中南米のボクシング王国として、数々の名王者たちを輩出してきた運河の国パナマ。今回は、王国から世界へその名を轟かせた拳雄たちのファイト が余すところなく網羅されている作品「パナマのヒーローNo.1&2」を紹介する。2本にまとめられている内容としては、先ず、ロベルト・デュラン である。世界にその名を轟かせた「石の拳」。文字通りパナマの産んだ最高の英雄。おそらく大統領よりもネームバリューがあるといっても過言で はなかろう。その活躍、拳歴は、多くのボクサー、ファン、関係者がご存知であろう。1967年のデビュー以来、飽くなき闘志で21世紀まで戦いつづ けたボクシングの申し子の主要なファイトが網羅されている。
続いてはイスマエル・ラグナ。カリブ海に面した同国第2の都市コロン出身で、靴磨きの少年が天性の素質を開花させ、世界王者へと駆け上がって いった。180cm近い長身から俊敏な動きと共に矢次早にストレート系のパンチを繰り出すスピード・スターだった。相手はラグナの速さに着いて行 けず、いたずらにラウンドを重ねることになっていった。1965年4月に名王者カルロス・オルチスを攻略してパナマ国2人目の世界王者になったラグ ナは一躍国民的ヒーローに。その後オルチスとのライバル戦を1勝2敗と負け越したものの、1970年3月に若き王者マンド・ラモスを9Rにストップし て2度目の王座を獲得する。初防衛戦では石松の挑戦を跳ね返している。ブキャナンに連敗して世界王座に別れを告げたが、引退後は殿堂入りも果た し、デュランの台頭する前の国民的ヒーローとして語り継がれている。
日本にもお馴染みの名王者たちも登場してくる。エウセビオ・ペドロサは、日本にも2度来日してR.小林、S.根本らの挑戦をことごとく退け、 フェザー級史上に輝く19連続防衛記録を樹立した技巧派ボクサー。バンタム級時代はA.サモラに失神させられるという2RKO負けを記録するものの、 フェザー級に上がってからは、相手のスタイルを選ばず試合をコントロールできる万能型のパフォーマンスに満ちていた。器用に相手の隙間を突く リード、死角から放つアッパーを武器に攻防一体化のボクシングは崩し難い牙城を築いていた。1978年4月にセシリオ・ラストラを13RTKOに降しWBA 世界フェザー級王座を獲得、19度の防衛戦の中には、先の小林、根本戦を含め、H.カラスキリャ、R.オリバレス、J.マルバレス、R.ロックリッジ (2度)、J.ラポルテ、B.テーラー、J.ルハンらの強豪が含まれ、7年に渡る在位期間がペドロサの偉業を如実に物語っている。
イラリオ・サパタは、軟体動物のようなボディワークと変則気味の左ストレートを武器に中島から王座を奪い、ウルスアに痛烈なKO負けを喫しな がらも友利から王座を奪回して世界L.フライ級、フライ級の2階級を制覇した。アジア地域の選手との対戦も多く、特に韓国の鷹、張正九との連戦 は必見である。
No.340、341は、上記の選手を含めボクシング王国パナマの産んだ名王者達を映像で見ることができ、ボクシングの歴史を振り返る意味でも貴重な 資料となり得る。
(RJ社友 末永慶寛)
ご存知、パナマの英雄「石の拳」ロベルト・デュラン。おそらくパナマで最も知名度のあるヒーローといっても過言ではないだろう。1972年6月、同じパナマの先輩王者イスマエル・ラグナから世界王座を奪ったスコットランドの技巧派ケン・ブキャナンを13RKOに仕留めてWBA世界ライト級王座に就いた時、誰もがそのボクサーとしてのセンスに無限の可能性を感じ、敗北の絵が浮かぶ者は皆無だったに違いない。ところが、無敵を誇った「石の拳」の進撃にストップが掛かるのであった。
1972年11月、プエルトリコのナショナル王座を保持していたエステバン・デ・ヘススとのノンタイトル10回戦で、デュランは、初回にデ・ヘススのタイミングいい左を決めてダウンを奪われ、その後もデ・ヘススの速い左ブローと右ストレートに悩まされ判定負けを喫してしまったのだ。大金星の勢いに乗ったデ・ヘススは、1973年2月にレイ・ラムキンを判定に降し北米王座も手にした。そして1974年3月に今度はデュランの保持するWBA世界ライト級王座に挑戦することになった。初戦で初黒星を付けられたデュランは、復讐の炎を滾らせて4度目の防衛戦に臨んだ。あろうことか、初戦と同様、1Rに王者デュランはまたも痛恨のダウンを喫してしまう。しかしボディブローを混ぜながら徐々にペースを引き寄せていったデュランは、11Rに怒涛の連打で逆転KO勝ちを飾り、対戦成績をタイに持ち込んだ。だが、敗れたデ・ヘススもただ者ではなかった。1976年5月WBC王座を保持し5度の防衛に成功していたガッツ石松(ヨネクラ)を地元プエルトリコに呼ぶことに成功し、判定勝ちでデュランの対立王者となったのだ。当然のことながら、デュランとデ・ヘスス、互いの王座を賭けた統一戦への気運は日毎に高まっていった。
遂に両者1勝1敗で迎えた因縁の第3戦、互いの王座を賭けた統一戦が実現した。試合前、握手を拒否したデュランの態度にあわや殴り合いかというほど両者のライバル心は煮え滾っていた。この試合まで、11連続防衛(内10KO)、64勝(51KO)1敗のデュラン(26歳)、3連続防衛(内3KO)、51勝(29KO)3敗のデ。ヘスス(25歳)。試合も怒りに満ちたかのようなデュランの左右連打とデ・ヘススの右カウンターが真っ向からぶつかり合う白熱した展開となった。過去2戦のような初回の波乱は無かったものの、デュランのワイルドさも併せ持つ連打とデ・ヘススの切れ味鋭いカウンターに魅了された観衆のボルテージは、ヒートアップしっ放しだ。至近距離での打ち合いも、互いの持ち得るスキルを存分にぶつけ合い、クリンチの無い見事なまでの攻防を繰り広げた。6Rにはデュランの左でヘススが後退し、逆に7Rにはデ・ヘススの右左フックの連打が決まる。だが、ペースを握っていたのは過去の対戦を教訓とし、中盤以降の勝負を想定していたデュランだった。一進一退のまま迎えた12R、デ・ヘススが踏み込んで右を放ったより僅かに早くデュランの真っ直ぐに突上げるような右ストレートが鮮やかなカウンターとなってデ・ヘススを直撃した。腰からキャンバスに落ちたデ・ヘススは、辛くも立ち上がったものの、デュランの鬼神の如き左右の連打でロープ際にしゃがみ込んだところで試合終了。因縁の統一戦、ライト級史上に残るライバル戦は、凄まじいKO劇で幕を閉じた。祝福の嵐に振り翳されるパナマ国旗にデュランが同化して見えた。
(RJ社友 末永慶寛)