「Escopeta:ライフル」の異名を持ち、世界ミドル級王座を14度防衛という偉業を成し遂げたカルロス・モンソン。1963年にプロデビュー後、今回の世界戦までになんと80戦以上のキャリア(70勝47KO3敗8分1NC)を積んでの挑戦だった。モンソンは、これだけの戦績を誇りながら、当時、世界的には無名といってもいい存在に甘んじていた。一方、王者ニノ・ベンベヌチは、ローマ五輪L。ミドル級金メダル獲得後にプロ入りし、1965年にサンドロ・マジンギを6RKOに降して獲得した世界S.ウェルター級王座に加えて1967年にエミール・グリフィスを15R判定に破り世界2階級制覇を達成していた。この王座は、グリフィスとの再戦で失ったものの、ラバーマッチで奪い返した後、4度の防衛に成功し、まさに円熟期を迎えていた。
しかし、試合開始直後にアルゼンチンから来たパンパの拳雄が、ただ者ではないことが判明した。183cmの長身から打ち下ろす左右のブローは、キレ、威力共に高いポテンシャルを秘め、王者は予想外の後退を強いられる。モンソンのワン・ツーからのフォローの左右フックがヒットするたびに、観衆からもどよめきが起こる。
試合中盤からは、「ライフル」と形容された必殺の右ストレートが何度も王者の顔面を弾く。映像画面からでもこの威力が計り知れる。7Rにはモンソンがタイミングのいい左フックを決め、王者をグラつかせる。必死で反撃を試みるベンベヌチだが、懐の深いモンソンには決め手となるブローは届かない。9Rからは、ペースは完全に挑戦者モンソンに傾いて行った。
迎えた12R、もはや王者のワン・ツーは機能しなくなった。モンソンは、左右の連打でベンベヌチを攻め込み、右ブローで対角線側のコーナーまで後退させると、左から快心の右ストレートを決めた。たまらずコーナーにしゃがみこむ様に倒れた王者は、辛くも立ち上がったが、足元はフラつき、カウントは10に達していた。両手を高々と掲げて勝利を誇示するモンソン。ミドル級における新たな時代の幕開けでもあった。敗れたベンベヌチも潔く完敗を認め、再戦を望んだ。
両者の再戦は、1971年5月にモナコのリングで行われた。前回のKO負けの雪辱を期してベンベヌチは、左から右ストレートを軸に攻め込む。世界王者となったモンソンは、立場の違いを見せ付けるかのように、重厚な左リードでベンベヌチの前進を阻み、得意の右を打ち込む距離を測っている。2R終了間際には、モンソンが右ストレートをボディに決め、左フックから右オーバーハンドでベンベヌチを倒した。
3R、モンソンは、ベンベヌチの出てくるところに左フックを合わせてロープに詰める。間髪入れずモンソンがボディ連打から右ストレートをヒットさせ、ベンベヌチを前のめりに倒したところで、挑戦者コーナーからタオルが投入された。ベンベヌチは、タオルを蹴って試合続行をアピールしたが、許されなかった。モンソンは、王座獲得試合がフロックでないことを、前戦以上の力の差を見せ付けて証明した。
(RJ社友 末永慶寛)
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No.299 アルゼンチンの英雄 カルロス・モンソン特集
<収録内容> 1. ニノ・ベンベヌチ第1戦(白黒・ハイライト) "ライフル"と呼ばれた右強打で敵地の英雄を粉砕
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