王者ラモスは、1963年3月にデイビー・ムーアに10RKO勝ちして世界フェザー級王座を奪い、この試合の約半年前の1964年3月には、日本のリングで関光徳の挑戦を持ち前の強打で圧倒し、6RKOで退けており、当時のフェザー級シーンで「殺人パンチャー」の異名を持ち、無敵の快進撃を続けていた。ラモスの戦績は、45勝(34KO)1敗3分で、唯一の1敗は反則負けであり、サルディバルを相手に4度目の防衛戦に臨んだ。
挑戦者のサルディバルは、1961年2月にベイビー・パラシオスに1RKO勝ちしてのプロデビュー以来、25勝(20KO)1敗の戦績で、この1敗も失格負けによるものだった。試合前の賭け率は、2−1でやや王者有利というものだったが、試合会場となったエルトレオ闘牛場には、地元の英雄が世界奪取をすることを期待して2万4千人もの大観衆がつめかけた。
試合は、初回から激しい打撃戦の様相を呈してくる。挑戦者サルディバルは、ラモスの強打に臆する事無く果敢にインファイトを挑む。サウスポーの鋭い右から左に繋げるコンビネーションが王者の顔面、ボディを弾く。ラモスも得意の左アッパー、フックのダブルから右ストレートを決めて挑戦者の勢いを止めに掛かる。序盤から白熱した試合展開に会場のボルテージが高沸してきた。5R、サルディバルの左右の連打が王者を捉え始め、徐々にペースが挑戦者に傾き始めていく。サルディバルの右フックは伸びがあり、ショート連打の後に続ける右フックがストレート気味にラモスにヒットする。挑戦者のボディブローも有効で、終盤にさしかかる頃には、明らかにラモスのスタミナが落ちていくのが明白になってきた。両者の持ち合わせるパンチのバリエーションに差が出たのがボディブローの多彩さだろう。メキシカン特有のボディ攻撃は、ラモスの強打を封じ込めることに成功した観がある。サルディバルは、攻撃の手を緩めず、左右フックを顔面、ボディに決めてラモスのスピードまで削いでいった。
迎えた10R、まさに猛牛を髣髴させるサルディバルの攻撃に何とか耐えていたラモスも、怒涛の連打に晒され、横倒しになるようにダウン。辛くも立ち上りこの回を凌いだが、勝負の行方はほぼ決していたといっても過言ではない。続く11Rのゴングには応じたラモスだが、もはや反撃の力は残っておらず、サルディバルの猛攻にロープを背負い、ダウン寸前で立っているのがやっとという状態になった。この回終了ゴングに救われた形となったが、ラモス陣営が棄権を申し入れ、弱冠21歳の新王者が誕生した。この王座は、ラウル・ロハス、ハワード・ウィンストン、関光徳との2戦、ジョニー・ファメションらを退け、1971年7月に柴田国明に敗れるまで実に8度の防衛に成功している。メキシコ・ボクシング史に燦然と輝く拳歴を刻んだ偉大なボクサーだった。
サルディバルvsラモスの試合は、RJ社で発売されているNo.287「メキシコの赤い鷹、ビセンテ・サルディバル特集」にも収録されている。内容は、以下の通りで、充実のアイテムだ。
(RJ社友 末永慶寛)
”閃光の拳を持つ男”イスマエル・ラグナをパワーで圧倒。”殺人パンチャー”シュガー・ラモスとの歴史的死闘を制す!関 光徳との一戦は今も伝説として語り継がれる。
カラー/白黒(一部ハイライト) 4,200円
90分 発売・販売 リング・ジャパン (C)メキシコ・テレビサTV認可
反則負7R ベビー・ルイス(62/12/29、白黒、1,2,5ラウンド以降)
判定10R イスマエル・ラグナ(64/6/1、白黒、1,2,4,10R)
TKO12R シュガー・ラモス(64/9/26、白黒、約7分のハイライト)
TKO15R ラウル・ロハス(65/5/7、白黒、1,4,15R)
判定15R 関光徳 第1戦(66/8/7、白黒、4,7,15R)
TKO12R ハワード・ウィンストン(67/10/14、カラー、1,7,12R)
判定10R ホセ・レグラ(69/7/18、カラー、1,3,9,10R)
TKO負13R 柴田国明(70/12/11、カラー、1,10,12R)