1970年代を代表するラテンの名ボクサー同士の決戦として、今もなお語り継がれる試合が、バズーカの異名を持つウィルフレド・ゴメス 対 KOアーチスト、カルロス・サラテの王者対決だ。この試合までの両者の戦積が並ではない。王者ゴメスは、デビュー戦を引分けた後、1977年に韓国の廉東均を12RKOに降して世界王座を奪取し、5度の防衛に成功しており、25勝無敗の上、25連続KO勝ちを記録していた。一方のサラテも1976年に同国のロドルフォ・マルチネスを9Rにロープ外に叩き出してKO勝ちし、8連続KO防衛を含む54連勝53KO無敗と凄まじい記録を残しており、世界王座2階級制覇を目論んでいた。怪物じみた2人のKOキング対決に、会場となったロベルト・クレメンテ・スタジアムに詰め掛けた観衆のボルテージは、試合前から最高潮となっていた。どちらのボクサーも敗れるシーンが思い浮かばないほどの軽量級スーパーファイトのゴングが鳴った。
試合前の予想は、キャリアに勝るサラテ有利の声が多かったが、ゴメスの若さと必殺の左フックがいつ炸裂するかとKO決着の期待が高まった。あろうことか、試合前に一階級下のサラテの方が減量に失敗し、なんと3度も計り乗ってやっと計量をパスするという事態となった。
初回、プレッシャーをかけながら前へ出るサラテに対し、ゴメスは、軽快なステップワークでサラテの攻撃をかわしながら鋭いステップインから左フック、右ストレートを放つ。2Rも同様の展開で、ゴメスがサラテを迎え撃ち、カウンターを狙う。3R、サラテの前進は強引さを増してくる。減量失敗の影響からか、短期決戦を狙って攻撃を仕掛けるサラテは、明らかに焦りの色が覗える。
ゴメスは、サラテの焦りを嘲笑うかのように巧みなボディワークから的確なショートパンチを決める。4R、大きなヤマ場が訪れる。ゴメスは左ダブルを決めてサラテを棒立ちにさせる。なおもサラテが前へ出てくるところにゴメスはロープに下がりながらも左フックをカウンターで炸裂!横を向くようにロープに飛ばされたサラテはたまらずダウン!メキシコのKOアーチストは、辛くも立ち上がったがダメージは明らかで、ゴメスの連打から右を喰い2度目のダウンを喫した。終了ゴングも聞こえないほどの怒涛の如き声援が会場を包む。レフェリーがラウンド終了を告げても、ゴメスはなおもサラテに襲いかかろうとする。迎えた5R、ダメージの残るサラテにゴメスは左右の強打でサラテをロープまで後退させ、試合を決めに掛かる。挑戦者側のコーナーに追い詰めて、サラテがスリップ気味にキャンバスに四つん這いになったところで、ゴメスが右を叩きつけると、レフェリーストップとほぼ同時にサラテ側からタオルが投げ込まれて、世紀のKOキング対決は終了した。
セコンドに肩車されて喜びを爆発させ観衆に応えるゴメスに対して、初敗北を喫したサラテの呆然とした表情がなんとも対照的だった。
この時期のゴメスの卓越した攻防技術には、眼を見張るものがある。相手を迎え撃つ時は左フックのカウンターで仕留め、逆に自らが出て行くときは、右の強打で打ち崩すというフィニッシュ・ブローの選択とヒッティング・ポイントを実に正確にサーチし、KO劇を創り出している。サラテ戦のみならず、日本のリングでロイヤル小林相手に披露した下がりながらの左フックのカウンターも含めて、まさにボクシングの芸術性を具現化しているといっても過言ではない。
この試合は、RJ社から発売されているビデオNo.200に収録されており、稀代のKOキング対決の凄絶な決着が今も見られることは、喜ばしい限りである。
(RJ社友 末永慶寛)