No. 107 三階級制覇の猛者たち:ジェフ・フェネック

 1980年代中盤,第3団体IBF誕生に呼応するかのように豪州から軽量級にイキのよすぎる,あるいは溢れんばかりのエネルギーを発 散させながらリングを席巻した猛者がいた.その名も3階級制覇の名王者ジェフ・フェネック!ナチュラルな喧嘩屋としての本能にボク シングの才能が備わったフェネックは,1983年のワールドカップ銅メダル,1984年のロサンゼルス五輪代表を経て1984年にプロ入りし た.B.ウィリアムスを2RKOに降してデビュー戦を飾り,3戦目にはJ.トンプソンから国内王座を奪う.アマチュア時代も含め,あ くなき前進,強烈なプレッシャーをかけ続けて相手を攻め落とすスタイルを完遂している.かつて専門誌でも書かれていたが,まるで 背中に止まることの無いエンジン,駆動部を搭載しているかのような実にエネルギッシュな戦いぶりである.ここでもリング内での自らの存在感を存分に誇示している.

 フェネックにとって最初の世界王座は,1985年4月,地元豪州で日本の新垣論を9RTKOに降しIBFバンタム級であった.当時新興団体と してのIBF王座は認知度が低くかったものの,新垣選手を2度(初防衛戦でも3RTKO勝ち)に渡りストップした試合は,後の偉業達成を 十分感じさせるパフォーマンスに満ちている.バンタム級の王座は,元トップアマのJ.コフィー,S.マクロリーを退け通算3度の防衛 に成功した後,返上している.特に1986年4月に行ったノンタイトル戦で,日本のリングにもお馴染みのD.サラゴサを倒しまくり判 定に降した一戦により複数階級制覇の手ごたえを掴んだと言っても過言ではない. 迎えた1987年5月,タイの貴公子サーマートを4R無慈悲ともいえるアッパーで眠らせてWBC世界S.バンタム級王座を奪取したシーンは衝 撃的な2階級制覇達成だった.防衛戦も名のある選手との対戦が続いた.初防衛戦ではスピードあるG.リチャードソンを5Rに捕らえ,2度目の防衛戦ではバンタム級の名王者C.サラテを4R負傷判定に降しサラテの野望を打ち砕いた.

 フェネックのタイトル・コレクションへの意欲は留まる所を知らず,S.バンタム級王座を返上後,1988年3月,史上11人目(当時) となる3階級目を狙いV.カジェハスとのWBC世界フェザー級王座決定戦に臨んだ.実力者カジェハスも自身2階級制覇を目指したが, フェネックの勢いを止めることは出来ず,10Rにストップされた.この試合はNo.107にフルラウンドで収録されている.フェザー級王 座はT.ダウンズ,G.ナバロ,M.ビジャサナを撃退し3度の防衛を果たし,またも王座を返上.ここまでで注目すべきは,フェネックは3 階級制覇を全てKOで勝ち取っていることである.1989年11月には4階級制覇への布石として強豪M.マルチネスを判定に降す.前述のサラゴサ戦も含め,フェネックは複数階級制覇の前に必ず名のある強豪とのテストマッチをクリアしている.ノンタイトル戦とはいえ,好 カードであることには間違いなく,この厳しいマッチメーキングを凌いだ事には脱帽である.

 フェネックが4階級制覇へ挑む日がやってきた.1991年6月,ガーナの産んだ名王者アズマー・ネルソンの持つWBC世界S.フェザー級王 座挑戦である.これは当時日本でもライヴで中継され,フェネックは常にネルソンをロープに押し込み優勢を保ったかに見えたが,激闘 の12Rの末,結果は惜しくも引き分けで悲願は成らなかった.試合後の怒りを爆発させる姿が今もなお印象に残る.翌年再度ネルソン とグローブを交えたが,このとき時代はフェネックのものではなかった.前戦とは別人のようなフェネックは,8Rにネルソンの豪打にキャ ンバスに横転し夢は打ち砕かれた.これで引退かと思われたが,闘志だけは衰えず,1996年5月にP.ホリデーの持つIBF世界ライト級王 座に挑んだものの,結果は2Rにストップされリングに別れを告げた.しかし,フェネックは輝かしい拳歴を残したことには変わりは無 い.僅か20戦で世界3階級を制覇(全てKO勝ち!)した時の年齢がなんと23歳!同時に最初に獲得したIBF王座の価値そして豪州ボクシング界の名を高めた功労者の一人ではなかろうか.

 引退後は豪州のボクシング界を支えるべく,プロモーターとしての活躍がリングを賑わせている.最近ではバロティーヨ選手のマ ネージャーとして来日した際の好漢ぶりも日本でのファンが増えることを予感させる. ビデオNo.107は,今回紹介したフェネックに加えて,全盛時のウィルフレド・ゴメスの5度目の防衛戦(対,後の世界王者レオ・ク ルス)が加わっており,3階級制覇の偉業を成し遂げた歴史に残る名選手の魅力を存分に満喫させてくれる映像資料となっている.

(RJ社友 末永慶寛)