No. 25 イラリオ・サパタ 対 張正九 第2戦

 この試合の約半年前(1982年9月)、「韓国の鷹」の異名を持つ韓国の若き挑戦者、張正九は、1980年11月のデビュー以来、アマド・ウルスアやアルフォンソ・ロペスらの元世界王者を撃破した試合を含め、破竹の18連勝(8KO)の勢いに乗ってイラリオ・サパタの保持する王座へ挑戦した(15回戦)。張は、止まるところを知らないかのような旺盛なスタミナに任せ、アグレッシブな攻撃を終始展開したにも拘らず、判定は2-1のスプリットデシジョンで惜しくも世界王座に届かなかった。張は、この試合の前に足の裏を負傷し、試合を2週間延期していたということも試合結果に影響したものと思われる。張の世界初挑戦は失敗に終わったものの、試合内容も加味されてか、ダイレクトの再戦が実現した。

 王者サパタは、日本のリングでもお馴染みの様に、中島成雄(ヨネクラ)、友利正(三迫)らとの対戦においては、第1戦は際どい判定勝ちを拾いながら、再戦となると別人のような強みを発揮し、TKO勝ちを飾っていることから、張の再挑戦も決して楽観されるものではなかったはずだ。

 しかし、王座奪取の執念に燃える張は、再挑戦に備えて160ラウンズにも及ぶスパーリングを消化。またWBCは、この年から世界戦を12回戦に変更していた。一方、王者サパタは、減量苦が伝えられ、当日朝の計量時に適正体重が作れず、なんと6度も秤に乗ってやっと計量をパスしていた。一気に張に追い風が吹いてきたかのような状況で、試合開始のゴングが鳴った。

 地元の大声援に背中を押されるかのように、復讐の炎を滾らせ、張は初回から攻めた。いきなりの右ストレートで飛び込み、左右フックの連打を見舞う。挑戦者の積極的な攻撃に王者サパタは、得意の柔軟な防御技術を封じられ、たまらずクリンチに逃れる。明らかに挑戦者優勢のラウンド。

 続く2R、張は、やや変則気味ながら小刻みに上体を振りながら前進し、王者をロープに詰める。サパタは何とか距離を作り、相手の出鼻にカウンターを狙っているようだが、張のブローは、サパタのガードの上からでもお構いなしに叩きつけられる。王者は、間断無く繰り出される張の手数に押されて反撃の糸口を見出せないまま2Rが終了した。

 迎えた3R、またも挑戦者が王者をロープに詰めて顔面、ボディへ連打の嵐を見舞う。サパタの身体がくの字に曲がる。張は、ここぞとばかりに左フックを顔面にヒットさせると、サパタの腰が落ち、レフェリーがスタンディングダウンを宣する。カウントが進むにつれ、サパタはロープに伏せて顔を上げようとしない。戦意喪失だ!レフェリーは、試合続行に応じなかった王者を見て張のTKO勝ちを宣した。若き新王者の誕生の瞬間だった。遂に、「韓国の鷹」が世界の頂点に君臨したのであった。

 この後、張は、連続15度にも及ぶ防衛記録を樹立し、1985年にWBA同級王座に就いた柳明佑(17度連続防衛記録を樹立)と共に、韓国ボクシングの黄金時代を築いた。

 張は、当時、RJの小泉社長が、「韓国のマイ・ボーイ」と呼ばれて世界獲得前からのマッチメークを始めとする様々なリング活動を支援してこられた選手でもある。張正九の世界王座奪取には、韓国の関係者、ファンにも増して、人一倍喜ばれたことでしょう。

bQ2「韓国のヒーロー(3) イラリオ・サパタ 対 張正九 第1戦」(75分)3,150円(税込)

イラリオ・サパタ 判定15R 張正九 (世界J・フライ級タイトルマッチ。 "韓国の鷹"が巧者サパタに大善戦)
白仁鉄 KO3R フレッド・ガラン (KOキング白の強打爆発)
金相賢 KO5R フラッシュ・ロメオ (東洋J・ウェルター級タイトルマッチ)

bQ5「韓国のヒーロー(5) 張正九 対 イラリオ・サパタ 第2戦」(106分)3,150円(税込)

張正九 KO3R イラリオ・サパタ (張、世界タイトルを獲得。 韓国ボクシング界に新しい英雄が誕生。張、鮮やかな世界奪取!)
張ハイライト集、対アルフォンソ・ロペス、アマド・ウルスア
李承勲 KO6R リカルド・カルドナ (上昇気流に乗る李、元世界王者を粉砕)
白仁鉄 KO3R ヘスス・ゴンサレス (白、25連続KO勝ち)

(RJ社友 末永慶寛)