ジョー小泉のひとりごと 2009年9〜10月


中高年のためのスポーツ医学

この前、図書館に本を返しに行った。新刊書コーナーに「中高年のためのスポーツ医学」(山崎元監修 世界文化社 2,100円)という本があり、それを借りた。

一度借りると2週間読める。それを延長したから、もう1ヵ月借りていることになる。もう返却しないといけない。アンダーラインをしたいし、書き込みもしたい。この本は買おう。気に入った。説明の密度と水準が私の好みに合う。

最近、WOWOWへ解説に行ったとき、O氏が腰痛を訴えた。ちょうどこの本を持っていたので、3種類の腰痛軽減運動の写真を見せた。

こういう記述がある。
「従来、腰を支えているのは主に腹筋であり、腹筋を鍛えることが腰痛防止の一番のポイントであると考えられていました。しかし、最新のけんかいでは、むしろ背中にある何種類もの筋肉が複合的に腰を支え、姿勢を維持していることがわかってきました。筋肉の断面積を腹側と背中側で比較すると、背中側の方が大きいのです」

背中側で脊柱を支える筋肉は、僧帽筋、広背筋、中殿筋(尻の上部)、大殿筋だ。中高年になると、これら筋肉群が衰える。だから、腰痛が起こる。腰痛、あるいはギックリ腰の予防には日ごろから規則的に運動をし、腰を支持する筋肉を鍛えておくことが望ましい。

この本はQ&A形式で、面白い設問があった。
「若いころのスポーツ効果は蓄積できるか」というものだ。
結論は、若いころの身体活動量は貯金がきかない。歳をとっても運動を続けないと、
骨量、筋力の低下 → 転倒、骨折 → 寝たきり
となりかねない。

以前、トレーナーとして自分のボクサーのため、評論家として読者のため、このようなスポーツ医学の本を読んでいたが、いまは自分自身が運動を続けるために読む。ああ、ギックリ腰の心配をする年代になったのか。

I do believe: 運動はギックリ腰を防ぐ。
(10−23−09)


もういくつ寝ると

家内が10日間もドイツ出張で不在だった。メタボ患者の治療に日本の海草、特にもずくを混ぜた料理で摂取カロリーを抑えるプロジェクトで、女学生たちと旅に出た。

出発の前日、ギネス・ビールを10本買った。
「毎日、1本ずつ飲むと、残りがなくなったときに帰ってくるわけだ」と私はいった。

私はそれほど酒呑みではないし、毎日飲むわけではないが、好みのビールは次の通りだ。
1番 ギネス(英国)
2番 シンハー(タイ)
3番 キリン・ラガー(日本)
まるで世界ランキングみたい。

ギネスといっても瓶のビールしか飲まない。缶のギネスは泡が細かいのだが、好みに合わない。よく頑張った日、いいことがあった日にギネスを飲む。自分なりの儀式で、それは月に1度くらいだ。最近、それほどいいことが起こらないから。普段はギネスを遠ざけ、キリン・ラガーだ。

家内不在なのに生き延びた、ということは、よく頑張った、という定義に合致する。ゆえに、ギネスを飲んでいい。

不在中、事務所の書類、パソコンの中身、書斎の整理をしだした。いつももうひと仕事したいが、あまり遅く帰宅すると、家内の体調が悪くなるので、そこそこで会社を出る。

ところが、不在中は何時に帰ろうと、制約がない。深夜2時半、1時、1時半、12時半とミッドナイトを過ぎてから退社。整理すべき仕事は山とある。普段、それをせず、優先順位をつけ目先の仕事をするから、仕事の焼けかすのような部分が残る。それを整理しだすと、なかなか大変だ。その上、WOWOWエキサイトマッチのスタッフ用資料作りが加わる。

帰宅して、ギネスを飲み、家内が冷凍化した食品、ライス(クッキングシートに包んで冷凍庫に入れてくれた)を電子レンジで温め、それを食べて寝る。

ギネスを1本あけるごとに、瓶の栓をテーブルに並べる。
「もう6本飲んだ。あと4日か」という具合だ。

洗濯をする。掃除をする。朝、昼、夜と食事を作る。といっても、トースターでパンを焼き、コーヒーを淹れ、昼夜は電子レンジの助けを借りる。

その10日間、習字がまったくできなかった。家事で疲れたからだ。本を読むのは、私にいわせれば習字をするより受動的な行為だ。墨をすり、筆を執るには読書よりエネルギーが要る。本は読めた。

寂しいというより、毎日の家事がいい加減いやになってきた。ヘルプ・ミー、SOSという感じだ。家内の帰国は9月25日で、私は23日から俄然、多忙になった。名城に挑戦するカサレス一行が来日するので、羽田から関空、大阪のホテルまで同行し、練習の手配をし、翌日、名城の公開練習を見てから一旦帰京。27日からまた大阪。出張の用意も自分でした。

本当に女房のありがたさがよく分かった。2日会っただけですれ違いのように大阪へ出かけたが、「家の中が思ったよりきれい」と誉められた。

あれ以降、ギネスを飲んでいない。特に頑張ってもいないし、いいことも起こらない。
(10−18−09)


メキシカンは靴を磨く

メキシカンはおかしい。
上はTシャツ、下はしなびたGパンを穿いているのに、靴だけはピカピカに磨く。あれが彼らのダンディズムなのだ。

グアダラハラ、そしてメキシコ・シティに靴屋(zapateria サパテリア)の多いこと。いつか、先輩マッチメーカーのラファエル・メンドサに訊いた。彼は交渉が執拗なので、「コブラ」のニックネームを持つ男だ。「グアダラハラ(彼が住む街)は古都だと聞いていたが、靴屋ばかりだった」というと、ちょっと嫌な顔をした。「メヒカノは靴に凝るんだ」と彼はいった。

9月末日の大阪での名城、カサレス戦で10名のメキシカンの世話をした。WBO王者フェルナンド・モンティエル、元統一Sフライ級王者クリスチャン・ミハレスもその中にいた。みんな敵地で戦うことに慣れているから、神経質から程遠く陽気だ。カサレス本人を含め、非常に図太い。

靴の話に戻るが、あの靴を磨く習慣は支配されていたスペイン人の影響を受けたのではないか、と推察する。

また本の話になるが、勧めるのはつぎの2冊だ。
「物語 ラテン・アメリカの歴史」(増田義郎著 中公新書)
「メキシコ革命物語 英雄パンチョ・ビリャの生涯」(渡辺建夫 朝日選書)

あとの本から「泰然自若」ということを教えられた。これは落ち着いて、物事に動じない様をいう。ビリャはこの特質を持っていたから、革命家として業をなしとげた。多分、そそっかしいくせに男っぽい面白い人間だったのだろう。ビリャはいつも靴を磨いていたのかな。きっとそうだろう。靴を磨いていないと、部下に笑われただろうから。
(10−6−09)


二流の愉しみ

散歩をしていたら、区の図書館を見つけた。いつも徒歩三十分の以前の家に近い図書館を使っていた。こんな近くに図書館があったとは。自宅から徒歩十五分、自転車で十分足らず、車なら五分。

小さくてきれいな図書館で、すぐ気に入った。総じて本が新しい。在庫がない本は予約しておけば、数日で区の他の図書館から取り寄せてくれる。

私は以前、古本や図書館の本は好きではなかった。どんな本も自分で買って読んでいた。ところが、一度読んだら読み返さないような本は図書館で読むのも手だ、と思い始めた。

古本を自分の中で許容しだしたのは、書道に凝りだしてからだ。書道関連のいろんな本を集めたが、新本は高すぎる(需要と供給の関係だろうが)。趣味の本なので、書道の古本を買いだした。それで以前の新本愛好癖が改まった。ここ五年ほどのことだ。

その新しい図書館で最初に借りたのが、「アメリカ映画の大教科書 上下」(井上一馬著;新潮社)だった。

結構厚さのある本だったが、「どうしてこんなに読みやすいんだろう」と驚くくらい、頁が速く進んだ。

中にドキッとする言葉が書かれていた。上巻の92頁だ。

リチャード・アッテンボロー監督の「チャーリー」の中で、チャプリンに扮する俳優がいう。

「何とか傑作を作りたいと思ったが駄目だった。あと一歩のところまでは行くんだが、結局は凡作だ。力が足りないんだ。あれこれ夢は見ているが、二流なんだ。(中略)人は、成し遂げたことによってだけ評価される。私は傑作を作れなかった。だが人を笑わせた。悪くはないさ」

チャプリンは結構、名作を作ったように思うが、本人からすると凡作なのかもしれない。

まるで自分のことをいわれているような気がした。マッチメーカーとしても二流、ジャーナリストとしても二流、トレーナーとしても二流(三流かもしれない)。ひとつのことに集中しないから、結局こんな人間になってしまった。後悔しても遅い。

しかし、二流の愉しみ(山本夏彦にこのタイトルの本がある)ということを考えた。一流でないから結構のんきに生きられる。これが、「俺は一流だ」と意識すると、もっと微に入り細をうがち緊張しなければいけない。つねに努力を継続しないと、一流の域を保てない。ところが、二流には二流の愉しみがある。一流のもの、人を見て気楽に高みの見物ができる。

自分で映画の本はまず買わない。図書館の本だから借りた。そうすると、こんな面白い本に出会った。そして、その中で人生を考え直す言葉と出会った。
(9−13−09)