ジョー小泉のひとりごと 2008年11〜12月


「公開採点制度の是非」アンケートに伴う私の意見

私は公開採点制度に反対。
第一に、中間採点公開により、ジャッジ間で”採点修正現象”が起こり、公正な判定を阻害するため。

ちょっと長くなりますが、持論を述べます。
現在、民主主義の美名のもとに、多数決裁定が一般化しています。
上は国会から下は小学校のホームルームまで。ボクシングのスプリット・ディシジョンもそうです。

しかし、多数決というのは、非常に大事なものを抹殺しかねない危険性を秘めています。
それは、少数派意見の正当性です。

世の中、意見が2対1の場合、2の方を採用してそれで終わりという例が多々あります。
ところが、1の方が正しい場合があり得るでしょう。

ボクシングを例にとりましょう。
4回終了時、40−36が2人、もうひとりは逆に36−40ということがあり得ます。

たとえば、ファイター対カウンターパンチャーの試合で、ガンガン前に出て攻めているのはボクサーAだが、よく見るとまったくクリーンヒットしていない。一方、ボクサーBは下がりながらも、手数で劣りながらも、的確にカウンターをヒットしている。有効なクリーンヒットではこのカウンターパンチャーの方が優っているとします。

この場合、ジャッジ2名が40−36でボクサーA,もうひとりのジャッジが36−40でボクサーBを支持していたとします。この少数派のジャッジの採点の方が正当、妥当です。

4ラウンド後、採点が公開されます。
第3のジャッジは、心理的パニックに陥り、急に見方を変え始めます。
これが「採点修正現象」です。

第3のジャッジの採点は以後、ガタガタになります。5回以降、4回までと違う採点基準でスコアしだすのですから。彼は以後、他のジャッジに追いつくため、帳尻合わせに懸命になります。

第3のジャッジは自分の見方で終わりまで採点すべきなのです。
その結果、例えば120−108が2名、108−120が1名となっても、それはそういう見方があり得る、という貴重な少数派意見となります。

ジャッジの人たちは、多数決の横行により、2−1の少数派になることを極度に危惧します。
余談ですが、世界戦で2−1判定が出たあとのディナーで、少数派のジャッジで「自分の見方の方が正しい」と主張する人はまずいません。むしろ、黙って「今日は採点ミスをしてしまった。スライマン会長(あるいはメンドサ会長)の勤務評定が悪くなるなあ」と渋い顔をしているのが常です。実は、この少数派のジャッジの見方の方が正しい、という場合が可能性としてはあり得るでしょう。

公開採点制度は、4回終了後と8回終了後の2回、ジャッジたちに「採点修正」を強いる機会を与えるわけです。3者のスコアはそろうかもしれませんが、それが本来2−1になるはずなのに、誤った3−0になる可能性もあるでしょう。

第二に、8回が終わり、一方が5ポイント以上勝っている場合、その中間採点の勝者はあと危険をおかさなくなります。

私がセコンドなら、9回から12回まで、全ラウンド取られてもKOされなければ勝ちですから、もう無理はさせません。勝ってタイトルを獲れば(あるいは、守れば)いいのですから。8回終了後の採点発表のあと、残り4回は野球の消化試合のようになる可能性が多分にあります。

一方が倒されまいと防御姿勢を固め、フットワークを使い徹底的に打ち合いを避ければ、8回終了後ポイントで負けていた方が必死に逆転KOを狙っても、それは成功しない確率が高いでしょう。

逆に、一方が採点上、十分勝っていても、それを知らないために、「採点はひょっとすると競(せ)っているかもしれない。もう1ポイント取ろう」とラストラウンドまで熱戦が続く方がファンにとっても面白いはずです。

ダルファイトで8回終了後、一方が大差で勝っていることを観客が知ったら、彼らは会場をあとにするかもしれません。ボクシングは野球やサッカーとは違います。試合途中で採点を公表することで、試合の本質をねじまげる危険性が多分にある、と思います。

もちろん、観客にとり、中間の採点を知ることにメリットはあるでしょうが、上記のようなデメリットはそのメリットを超える、と思います。
(12−16−08)


オバマの演説の上手さ

20年ほど前、「Beyond the Ring」という本の版権を、人を介して購入したことがある。いい本だったが、結局、翻訳を完遂できなかった。ニューヨークで著者のJeffrey T. Sammons氏に会った。黒人だった。大学の歴史の教師で、非常にインテリジェントな男だった。

私の智恵袋ハーバート・ゴールドマン(彼も大学の歴史学科をでている)と話したとき、「ジャック・ジョンソン、ジョー・ルイス、モハメド・アリの評伝を書いた著者には黒人が多い。彼らは反差別の思想展開の途上、ジョンソンなどの存在に出会い、そのライフを追究して本を書くのだ」といわれた。

米国には黒人に対する差別が厳然としてあった。アリの徴兵拒否が公民権運動やブラック・モスリムとともに論じられた時代があった。ボクシングは抑圧された黒人が富と栄光をつかむ数少ない手段だった。

そのアメリカで黒人大統領が誕生するのだから、時代は変わったのだろう。

名誉の殿堂でスピーチする前、参考として、CNNニュースで大統領選の候補者たちの演説をよく聞いた。最近になって、オバマの演説が巧みだ、とみんながいい出したが、私は早くからそれを指摘していた。

一緒にCNNを見る家内に、「このオバマは抜群に演説が上手い。間がいい。瞬間的に黙る。聴衆の反応を見る。あの間が長いと、次に喋ることを忘れたようで、見た目が悪い。オバマは違う。口を閉じ、唇をへの字に曲げる。『どうですか、皆さん』と呼びかけ、聴衆に考えさせているんだ。話す英語はやさしく、誰が聞いても分かる(賛同するしないは別にして)。大したものだ」といって誉めた。

オバマが落語家の卵なら、いい落語家になるだろうに。いや、大統領を落語家にしてはよくないか。誰でも、論理を積み重ね、たたみかけて話したい。ところが、オバマはpatient(辛抱強い)だ。演説におけるタイミングを知っている。

しかも、ディベイトも上手い。相手の言うことをよく聞いて、論点を噛み合わせ、答弁する。並みの演説者は、他人が喋っている間、次に自分が話すことを考えるから、話が食い違うことが多々ある。

「言葉の力」がオバマを勝利に導いた、と評する人がいる。そうかもしれない。若い頃、ケネディの演説を聞いたとき、アメリカの理想を謳いあげるダイナミズムを感じた。それと質は違うが、オバマには他人を説得する独特な話術がある。あんな巧みな話し方をどこで身につけたのだろう。

いまのアメリカの政治は誰が何をしてもうまくいかない泥沼かもしれない。オバマ次期大統領の前途は多難だろう。しかし、オバマには「言葉の力」がある。

人間は考える葦である。考える手段は言語である。問題を整理し、相手に分かる言葉で説得する、天成の能力を持つ男の将来を見守りたい。お手並み拝見。
(11−6−08)


中国往還

加藤周一にこのタイトルの本があるが、それを見出しにする。今回の旅の間、次の本を読了した。

1.この一冊で日本史と世界史が面白いほどわかる ムック本 (青春出版社)500円 (中国の歴史についてよく略述している)
2.日本文学史序説補講 加藤周一 (かもがわ出版) 2,600円(漢文の日本文化における重要さが述べられている;空海、菅原道真は中国語が非常に堪能だったそうだ)
3.論語 岩波文庫 800円

「中国韓国日本三兄弟」説を考えた。
中国は長男。おっとりしている。
韓国は次男。気性は激しいが、長男ゆずりで礼儀正しい面がある。
日本は三男にして末弟。進取の気に富むやんちゃ坊主。

三男は長男、次男にさからい、ときにはひどいこともした。三男は柄は小さいが、外界の長所を取り入れること敏にして、創意工夫の才に恵まれる。

長兄は大柄で鷹揚だが、長い目でものごとを見る気質がある。三男は言動において短絡的な面がある。次男は直情径行、弁舌の才に富む。

韓国がハングル一辺倒に陥らず、もっと漢字文化を残していれば、三国は漢文で意思疎通ができたのに。たとえば、成都に滞在中、中国料理店でかたわらの紙に「請 紹興酒」(中国語で発音すれば、チン シャオシンシウ)と書いたら、これで通じた。筆談でかなりの意思疎通ができる。これは素晴らしいことだ。

帰りの飛行機の中で、船橋に住む水野大さんという日本に二十年前に帰化した元中国人(中国名は任さんという)と話した。私が「論語」を読んでいたことから、話しかけられた。歳は60歳を越えているだろう。中国で教育を受けた人だ。

「中国では何年間くらい書法(書道)の教育を受けるのですか?」と訊いた。
氏が受けた教育では、小学校の6年間だけ。あとは自分で練習をする、という。

中国の一般の人たちはどの程度、字が上手いのだろう。
孔子は中国語では何と発音するか?
「ホンズー」

書聖、王義之(ワンシーズー)はどの程度有名か?
「誰でも知っている」
水野さんは書家、顔真卿を知らなかった。

そういえば、中国で買った書道の5巻本に日本では有名な欧陽言旬(おうようじゅん;最後の字はごんべんに旬)、虞世南の記述が少なく、書道史年表に名前も載っていない書家の作品が結構入っている。中国と日本では書道史が(書家に対する評価)が違う部分があるのだろうか。ただし、王義之には多くの頁がさかれていた。

車で街を走ると、看板がつぎつぎと目に飛び込んでくる。立派な字で書かれた看板を読んでいるだけで、目の保養になった。漢字を書くことにおいて能率化するため、略字がかなりある。商業の「業」は上の四画だけだ。言べんも略字。門がまえも略字。ちょっと違和感を覚えた。

私は別に中国かぶれではない。かぶれるほどの知識さえない。ただ書道(書法)の奥の深さが好きなだけだ。もし書き続けることに挫折したら、単なる素人の書道鑑賞家でもいい、と思っている。骨董好きの人が中国を訪れ興奮するような感情が、今回、私の中でも起こった。
(11−6−08)


中国雑感

わずか4泊、中国の成都という街に滞在しただけで、中国あるいは中国人を総括するつもりはない。ただ短い旅の中で感じた印象を記すのみである。

中国人の女性は化粧しないのか。口紅さえ差していない女性が多い。

あれだけ脂っこい中華料理ばかり食べているはずなのに、街を歩くと肥った人がほとんどいない。

中国人はもっと大柄か、と思っていたが、街を行くと、老若男女、中肉中背が多かった。北の方へいくと身長の高い人たちがいるのかもしれないが。

自動車は日本車より韓国の現代の車が多かった。これも成都だけの現象かもしれないが。自転車で出勤する人たちが多いようだ(朝、窓から街並みを俯瞰して)。

英語は街中ではまったく通じず、今回宿泊した一流ホテルでさえフロントとオペレーターくらいしか英語を解しない。しかも、その英語力はかなり低い。

米飯は、タイのぱさぱさした外米と日本の水分過剰で蒸した米の中間くらいの乾燥度だった。本来、アジアの米飯はドライライスが主体で、日本だけがウェットライス好きなのかもしれない。

看板における漢字使用度が高い。すなわち、日本の看板におけるカタカナ、アルファベットによる表記にあたる部分が漢字である。

本場の四川料理はやはり辛い。その辛さは多様なとうがらしから来ている。辛さは塩辛さとは違う。だから辛いものを食べたあとも、それほど喉が渇かない。

老若男女、総じて髪の毛が短いヘアスタイルであった。

成都の空港において、書店と果物屋が多い。

成都は観光都市であり海外からの直行便が発着する国際都市でもあるから、街は予想以上にモダンできれいだった。北京や地方の街については見ていないから分からないが。
(11−5−08)


スライマン会長再選

午前の会議で会長選挙があり、ホセ・スライマン会長が再選された。満場一致。スライマン氏の指導力が群を抜いているせいもあるが、氏に匹敵する人材が育っていないことも確かだ。人格、統率力、ビジョン(将来像)、勤勉、体力、柔軟性、世界的視野など、164もの加盟国をリードする難しさも感じる。

選挙のあと、雨の中、タクシーで街を見に出た。

<永陵博物館>
五代十国時代の王建皇帝の墓を見に行った。中国の皇帝の墓室というのを一度見たかった。「蘭亭序(叙)」という書道(中国では書法という)の名蹟の本物をかたみの品として抱えて逝った皇帝もいた。それほど大きな墓ではなかったが、墓室の周囲には大きな庭園や茶館があり、全体としては大きな敷地を占めている。

<杜甫草堂 再訪>
時間があるので、車を杜甫草堂に回してもらった。再び観光ではなく、中の売店で書道用品(徳村先生への土産を含む)を買って、すぐ出た。中でビック・ドラクリッチ、ケニー・ベイレス夫妻と遭遇。杜甫の偉大さをちょっと説明して別れた。

午後1時、家内はパンダ見物ツアーに出かけ、私はホテルに残り、スポーツ報知に会長再選の原稿を書く。家内が帰るまで、CNNニュースで米国大統領選前日の模様を聞きながら、本を読む。

かたい本を読んでいたら、頭が重くなり一休み。桂文楽集を開き、愛宕山を読むが、読後感が悪い。幇間の哀れさ、旦那の非情さが感じられ、読み続けるのがいやになった。やはり、ボクシングの本を読もう。

成都だけをみて中国全体をいうわけではないが、昼間はスモッグがすごい。3ブロック先がかすんでいる。世界記録保持者のゲブレセラシュ(エチオピア)がスモッグを理由に北京オリンピックで走るのを拒んだ、という話を読んだ。推察だが、北京の日常はこの成都よりひどいのかもしれない。

今回は、スライマン会長の再選、OPBF本部の来年から日本への移動、知人たちとの再会が記憶に残る。もっと時間があれば、九寨溝(世界遺産)まで足を伸ばせたのだが、総会出席のついでだからこの程度の観光で我慢せねばならない。

帰途はSikiを読もう。
(11−04−08)


OPBF総会

午前中、スライマン会長の長い演説。任期4年間を総括。58分。
終ったとき大きな拍手。やっと終わった、という感じ。
あれだけ長く喋ることができるのだから、まだ元気だ。

午後3時より、OPBF総会。

1. 空位決定戦により生まれた新チャンピオンは選択防衛戦を挟むことなく、初防衛戦で最上位選手との防衛戦。

2. 空位決定戦は同国人同士を原則として禁止し、異国人最上位2名による決定戦とする。機会均等のため。

3. OPBFランキングにおいて世界ランカーはWBC、WBAなどの15位以内とする(従来はトップ10)。当該世界ランカーはOPBFランキングにランクされないが、決定戦あるいは指名防衛戦では最上位世界ランカーがOPBF1位を上回る優先権を持つ。

4. OPBFタイトル戦での出血ルール(偶然のバッティングのあと、出血していない方から減点1)適用は来年協議まで持ち越し。それまでは開催国の判断により採用可否を決める。

夜7時から四川料理のバイキング・ディナー。ドン・キングも来ていた。

今日は、「図解でわかる からだの仕組みと働きの謎」(ソフトバンククリエイティブ)を読んで寝る。なかなか面白い。
(11−3−08)


中国の成都でWBC総会

中国の歴史で名高い成都(Chengdu)でWBC第46回総会が開かれる。一日早く着いた。総会が始まると、会議場に缶詰になる。高い航空運賃を払いながら、もったいない話だ。世界各地の名所のある街を訪れながら、毎年会議だけに明け暮れするのは。今年は中国なので、せめて1日自分の思い通りの観光をするため、早く来た。

成田発、朝9時。北京まで4時間半。通関のあと、同じ飛行機でさらに2時間。成都に着いたのは現地時間の4時(日本時間5時)。予想したほどには寒くない。同行者はJBCの安河内局長、カメラマン兼国歌歌手の山田純夫氏、そして家内。

中国人の若者、男女各1名が空港に出迎え。小型バスに乗ると、同じ時間帯に着いた出席者が10名ほど座っている。挨拶をし合い、舗装道路を走ること20分。

ホテルは高級で、予想以上にデラックスだ。ロビーにはすでに到着している顔見知りの人たちが三々五々。チェックインに時間がかかったが、社会主義国の非能率はウクライナやロシアで経験しているので、もうそれほど腹が立たない。

空腹ゆえ早めにホテルで夕食。バフェ(バイキング)スタイルで、四川料理の本場なので料理はやや辛い。疲れたので早めに寝る。

翌2日、観光に出た。ホテルで車を雇い、3時間街を回る。

<武候祠博物館>
三国志で有名な諸葛孔明を祀る祠堂。敷地は3万7000平方メーターというから、非常に広い。

中国の人口は13億人。世界人口が65億だから、5人に1人は中国人という勘定になる。世界の20%がチャイニーズというのは、考えてみると驚異である。中国の各地からの観光客がここを訪れる。

いろいろ額がかかっているが、さすが本場、いい字が書かれている。ときどき立ち止まって、そんな字を眺めるからなかなか進まない。広い敷地にいくつもの祠堂があり、四国の八十八箇所を回るかのように、それらを巡るわけだ。しかし、こちらは短期間の旅行者だ。すべての祠堂を回りきれない。

三国志は庶民の中に生きているのだな。帰ったら、レッドクリフを見に行こう。家内から出演者の金城武の話を聞く。いつか成都を再訪する機会があれば、もっと時間をかけて見たい。三国志の愛読者なら、ここは楽しい観光地だろう。

<杜甫草堂>
「国破れて山河あり、城春にして草木深し」などの漢詩で有名な詩人、杜甫(Dufu)は安禄山の乱のあと、成都に4年ばかり避難し、240編の詩を詠んだという。その住居が「杜甫草堂」だ。これがまた広い。

陳列上に杜甫詩集のいろんな版が並べてある。日本人は詩を忘却する。北原白秋、室生犀星などいま誰が省みるだろう。世は技術化、工業化、能率化し、人は携帯メールのやりとりに忙しい。杜甫が現代において、このように立派に祀られていることに感心した。

記念品を扱う売店に入った。書道の本場、中国の書の名品を集めた5巻本があり、360元(1元=15円)と結構高い。交渉の結果、200元まで落ちたところで、それを買った。筆も一本どうか、と執拗に勧められたが、これはやめた。筆の良し悪しを見るのは難しく、以前、井の頭公園を散歩していたとき、路上で筆を売る中国人から一本買い、最初はまあよかったが、すぐ駄目になった。それを思い出し断念。

中国は日本と同じ漢字文化圏にあり、日本の源である。私は中国に対して複雑な感情を持っている。もちろん、文化の伝達者として弟が兄をうやまうような敬意を持っている。遣隋使、遣唐使の昔より、日本はいかに中国の文化を取り入れてきたか。しかし、その後のこみ入った歴史のため、両国の関係は歪んでいる現状を認める。

そのあと、青羊堂(道教の3つの神を祀る)を経てショッピングセンターへ。これは家内に付いていっただけだが、日曜とはいえ繁華街の人の多さに驚く。新宿などの比ではない。百貨店をのぞいたが、人混みに閉口。

ホテルに戻り、3時間借りきりのホテル・タクシー(一般のタクシーよりちょっと高いが、それは保険と思えばいい)に300元(約4,500円)を支払う。この運転手、ヤンさんは感じがよかった。

今回、持ってきた本は:
論語(岩波文庫) 往路で半分再読。
中国はなぜ反日になったか(文春新書) これも再読用
句形整理 基礎からわかる漢文(日栄社) 愛読書
草書の覚え方ハンドブック(日貿出版社) これは勉強中
Battling Siki; a tale of ring fixes, race and murder in the 1920
(私は正岡子規とこのバトリング・シキに興味を持つ。子規とSiki)
加藤周一「日本文学史序説 補講」(かもがわ出版)いま就寝の書
古典落語「文楽集」(ちくま文庫) かたい本を読めなくなったときのための逃げ場
「リング」誌最新号
「Boxing News」最新号
日本・中国・朝鮮 書道史年表(萱原書房) 徳村先生から頂戴した小型の年表 殷周秦漢魏蜀呉晋宋斉梁陳隋唐と中国史自体にもなる

そのうえ書道の名品集5巻本(非常に大きい)など買って、バッグに入るかな。まあいいか、手持ちにすれば。空港で重いと咎められたら、「中国の偉大な文化、王義之を持ち帰るのです」とでも言おう。まるで天平の甍のようだ。
(11−2−08)