ジョー小泉のひとりごと 2008年9〜10月


私は魔術師ではない

先日、榎選手の公開練習のとき、某記者から「ネットで小泉さんが亀田興毅のWBA暫定フライ級王座決定戦で動いているって書いてありましたが・・・」と訊かれた。

私はそんなネット情報をまったく見ないから知らなかったが、こう答えた。「私はそんな話に一切関係していません。それはメキシコのNHプロモーターが勝手に画策している、と聞きましたが」

何でもかんでも私のマッチメーキングと噂するのはやめてほしい。私は今後、マッチメーキングの仕事を制限しよう、と思う。自分では処理できない申し出は断る。自分でそれをする価値を認める試合だけマッチメーキングを受ける。

先日、高山勝成選手がフアン・ランダエタと対戦する試合が流れた。私のマッチメーキングではない。他山の石とすべきスキャンダルだった。金沢会長から依頼され、高山の対戦者のピンチヒッターを頼まれた。他のマッチメーカーの尻拭いだ。断ってもよかった。しかし、人が本当に困っているときは、助けるものだ。メキシコの選手が来ることになり、滑り込みで間に合った。

金沢会長からその試合の数日後、石田とダニエル・サントスの世界戦を頼まれたが、断った。まとめる自信がないからだ。だから、他のマッチメーカーに依頼して話を進めているらしい。

最近、このようにマッチメーキングの話を断ることが少なからずある。できないものはできない。やりたくないものはやらない。できない仕事を引き受けて、迷惑をかけるより、最初から断る方が良心的だ、と思う。

私に頼めば何でもできるわけではない。私は魔術師ではない。

徐々に仕事を厳選する。何でもかんでも私がマッチメーキングにからんでいるわけではない。
(10−21−08)


「国家の品格」への懐疑

<まえがき>
藤原正彦氏著「国家の品格」がベストセラーになった。最初読んだとき、暴論壁論かと思った。著者は武士道の由来を知らず、新渡戸稲造の「武士道」さえ読んでいないのではないか、と感じた。ところが、文芸春秋10月号に名著講義という読書ゼミの話が出ており、藤原氏は上記の本を読んでいるらしい。

それなら議論になる。私は新渡戸稲造の「武士道」を繰り返し読んできた。以下、藤原氏に私の疑問を投げかけてみよう。

1.武士道は国家の品格を高めるか
 
藤原氏は117頁にこう書く。
 「二百六十年の平和な江戸時代に、武士道は武士道精神へと洗練され、物語、浄瑠璃、歌舞伎、講談などを通して、町人や農民にまで行き渡ります。武士階級の行動規範だった武士道は、日本人全体の行動規範となっていきました」と。

 新渡戸は「武士道」第1章にこう書く(原文は英語で書かれている)。
 「Bu-shi-do means literally Military-Kinight-Ways - the ways which fighting nobles should observe in their daily life as well as in their vocation; in a word, the “Precepts of Knighthood,” the noblesse oblige of the warrior class.」と。

 岩波文庫の矢内原忠雄訳はこう書いている。
 「ブシドウは字義的には武士道、すなわち武士がその職業においてまた日常生活において守るべき道を意味する。一元にすれば『武士の掟』、すなわち武人階級のノブレス・オブリージュ(身分に伴う義務)である」と。

 江戸時代という階級社会において、武士道は士農工商すべてにおいて日本人全体の行動規範となっていたのだろうか。武士を除く農工商の階級は、武士道が武士固有の道徳意識であったことは知っていただろうが、自らそれに基づいて生きていたわけではないだろう。

 たとえば、農工商階級は新渡戸が「武士道」12章で説くthe institutions of suicide and redress(切腹および仇討ちの制度)を守る義務を負わなかったのではないか。「武士というのは大変じゃのう。主君への忠義のため、切腹、仇討ちの責務を強制され――」と傍観していたのではないか。

 藤原氏は第5章に「武士道精神」の復活を、と賞揚するが、社会のエリート集団であった武士の規範をもって国家の品格向上の基礎とするのは論理の飛躍ではないだろうか。

2.「武士道」の概略
 
新渡戸「武士道」、藤原「国家の品格」とも武士道の由来をあいまいにしているので、それを振り返る。

 平安時代、荘園が発達し、国司、国衙は武装勢力に対抗して租税を徴発するため武装化していく。これが武士の始まりで、11世紀ごろから豪族、武士は同族的結びつきにより武士団を形成していく。12世紀になると、武士団は土着の貴族を統率者として仰ぎ、強大となる。武士の棟梁(大工の棟梁ではなく集団の長)の中で、特に有力となったのが平氏と源氏である。

 鳥羽院政、後白川院政のころ、僧兵の反乱に悩んだ院は武士を登用し、追補使、押領使、国司(受領)に任命するようになる。保元の乱、平治の乱を経て平氏が政権を握る。元来、傭兵であった武士団が天下を治める時代が来た。

 時はとんで、1192年、鎌倉幕府の長たる源頼朝は征夷大将軍に任ぜられ、武家社会の支配者となる。鎌倉時代の武士の道徳は「兵(つわもの)の道」と呼ばれた。これは忠孝、尚武、礼節、廉恥、倹約を重んずる規範であった。

江戸時代の武士の道徳、すなわち「武士道」はこの鎌倉時代の「兵の道」を基礎として、これに儒教(朱子学)を加味して体系化したものである。山賀素行の「山賀語類」の中の士道、大道寺友山の「武道初心集」は穏健な道徳律を解いた。一方、佐賀藩の家臣、山本常朝は「葉隠」を著し、主君への忠誠を過激な論調で展開した。

 1899年(明治33年)に書かれた、新渡戸の「武士道」は外国人に対して、日本の宗教に代わるものとして武士道の存在を宣伝した。

 江戸時代における武士道は武士、あるいは士族の階級のみに適用された規範であって、農工商階級まで武士道という道徳律が支配していたわけではない。

 新渡戸はこう書く。
「Bushido, then, is the code of moral principles which the knights were required or instructed to observe. (中略)it is a code unuttered and unwritten, possessing all the more the powerful sanction of veritable deed, and of a law written on the fleshy tablets of the heart.」

 講談社バイリンガルブックスの須知徳平訳では、「武士道は武士の道徳的な掟であって、武士はこれを守り、行うことを教えられ、かつ要求されるものである。(中略)(つまり不言不文の)道徳の掟であって、だからこそ実行を強く求める力があるのであり、武士の心に刻み込まれている律法なのである」。

 江戸時代、武士道は主君への絶対的服従と形式的な義理に束縛された規範であった。明治時代以降、武士道は天皇制強化のため復活し、のちに軍国主義により歪曲され、国民に強制される時代が来る。

3.「国家の品格」第1章への懐疑
 
 20頁に、藤原氏はこう書く。
 「私の考えでは、これ(社会の荒廃)は西欧的な論理、近代的合理精神の破綻に他なりません」と。

 何をもってそう言えるのだろう。この原因と結果の因果関係がよくわからない。

 28頁から29頁にかけて藤原氏はこう書く。
 「経済理論としてこの(株主中心)主義に論理が通っていることは認めます。しかしそれはよい経済理論ではないと思います。論理的に正しいことと善悪は別次元のことです。少なくともこの主義が社会を不安定にすることは明らかと思います。私は『武士道精神こそ世界を救う』と考えていますので、株主主権をやたらに言い立てる人には下品で卑怯という印象を禁じ得ません」と。

 これは資本主義否定の暴論ではあるまいか。

 34頁に藤原氏はこう書く。
 「論理を徹底すれば問題が解決できる、という考え方は誤りです。論理を徹底したことが、今日のさまざまな破綻を生んでしまったとも言えるのです。なぜなら論理それ自体に内在する問題があり、これは永久に乗り越えられないからです」

 これは数学の教授がいうべきこととは思えない。論理の徹底、即さまざまな破綻と強引に決めつけている。論理の徹底方法に問題があり、論理の徹底自体の責任ではないかもしれない。「論理の徹底」原因説はあまりに短絡的な推論ではないだろうか。

4.「国家の品格」第2章への懐疑
 
 「論理の徹底が人間社会の破綻に至る。論理だけでは人間社会の問題の解決は図れない」ことを藤原氏は証明するという。その理由を4つあげている。

@論理の限界
A最も重要なことは論理では説明できない
B論理には出発点が必要
C論理は長くなりえない

 まず@の説明だ。
44頁に藤原氏はこう書く。
「論理的に得られた結論は磐石ではないのです。いったん論理が徹やホッとして、往々にして他のもっと大切なものを忘れたり、他の解決法にいかなくなったりするのです。論理は魔物と言えるでしょう」と。

 論理に限界があるのは当然だろう。論理的に得られた結論に支障があるなら再検証し、論理のフィードバックをすればいい。論理に限界があるからといって論理そのものを否定し、論理が社会の荒廃を招くというのはおかしい。

 36頁のアメリカの大学生たちの英語力低下の話には矛盾があるように思う。氏がアメリカで教えていた当時、「なぜそんなに英語が出来ないのか学生に尋ねてみると、英語の時間にタイプを習っていた」という。アメリカのすべての大学生について綿密な英語力低下の統計を取ったのだろうか。百歩譲ってもし英語力低下の現象があったとしても、その原因がアメリカでは英語の授業時間中、タイプの練習ばかりしていたからと理由づけできるのだろうか。

 39頁に「公立小学校で英語など教え始めたら、日本から国際人がいなくなります」とあるが、これは暴論だろう。「国際的に通用する人間になるには、まずは国語(日本語)を徹底的に固めなければダメです」というが、過去、そのような国語教育をしてきた結果、これだけ英語下手の国民ができあがった。今後のさらなる国際化に向けて、小学校から英語教育をするのは大いに意味のあることだ、と思う。そのうえで、日本語教育をさらに強化すればいい話だ。将来的に、日本人のバイリンガル化、あるいはマルチリンガル化は意味のある教育方針と思う。

 41頁のロンドン駐在の商社マンが英国人のクライアントから縄文式土器と弥生式土器の違いを問われ、それに答えられないと商談が進まなくなる、という話は例示として適当ではあるまい。土器の差異については答えられないが、ビジネスの専門的知識は持ち、立派にビジネスをしている企業人は数多くいるのではないか。

 42頁に「初等教育で、英語についやす時間はありません。とにかく国語です。一生懸命本を読ませ、日本の歴史や伝統文化を教え込む。活字文化を復活させ、読書文化を復活させる。それにより内容を作る。遠回りでも、これが国際人をつくるための最もよい方法です」とある。

 これはひとつの考えだろうが、私はそうは思わない。初等教育で英語を教え、成年に達したとき、みんながもっと日本語でも英語でもすらすら本を読めるようになるべきだ。なぜもっと目標を高く掲げないのか。すなわち、英字新聞、英語の週刊誌、原書の単行本をみんなが読め、かつ日本語でも読書できるレベルまで導くことはできないのだろうか。それには初等教育から英語で読書する下地を作ることだ。

 次にAの説明がある。
 47頁に「人を殺していけない論理的理由なんて何もない。私に一時間くれれば、人を殺しても良い理由を五十ぐらいは発見できます。人を殺してはいけない理由も同じくらい見つけられます。論理的というだけなら、良い理由も悪い理由もいくらでもある」という。

 これは自家撞着だ。人を殺してはいけない理由がないといいながら、その後で「人を殺してはいけない理由も同じ(五十)くらい見つけられます」という。

 47頁の「会津藩の教え」の話もおかしい。「什の掟」という藩校の校則があったという。その校則を強制するため、「ならぬことはならぬものです」と書かれていたそうだ。これは藤原氏が解釈する「すべてを論理で説明しようとすることが出来ない」のではなく、それ以前に自明の論理が存在するからだろう。

 たとえば第一項目の「年長者の言うことに背いてはなりませぬ」の背後に、「年長者の助言には経験に基づく有用性がある」という隠れた論理がある。それは自明の論理なので、抗弁することなく受け入れるべきだ、と校則に記したのだろう。「問答無用」は論理で説明することが出来ないという不能性の例示ではなく、self-explanatoryすなわち、自明であり、そのままで明白な論理性を示しているのはあるまいか。

 次はBだ。
 数学者である筆者が、「論理というものを単純化して考えてみます」と説くと、いかにも筋が通った説明に聞こえる。しかし、51頁にある「論理の出発点を選ぶのは論理でなく、情緒や形なのです」という決めつけには問題があるのではないか。

 52頁の「パン泥棒」の話は何のための例示だろう。法をおかした犯罪者であるパン泥棒を見て、最初の人は「日本は法治国家である」という論理の出発点をとり、警察に連絡する。もう一人は「ああ、可愛そう」と感じ、逃亡を見過ごす。「しかしこの男は、今このパンを食べないと死んでしまったかもしれない。人間の命は一片の法律より重い場合もある」という。この論理は正しいのか。そうではあるまい。この一節は論理の出発点を選ぶことの重要さを言わんとしているのだろうが、適切な例示になっていない。

 53頁に「仮に彼が出発点Aを誤って選んだとする。もちろん後の論理は絶対に間違えない。すると、後の論理が正しければ正しいほど、結論は絶対的な誤りになります」とある。

 必ずしもそうとはいえない例は日常生活に多々ある。出発点は誤ったが、あとの努力で本来の目的に到達することがあり得る。登山の出発点を最適の場所に選定しなかったとしても、目標を見失わなければ、最終的に目標に到達できるかもしれない。

 アウトボクシングすれば楽に勝てる相手に最初からインファイトを挑んだとする。大苦戦するかもしれないが、勝利への意欲を失わず、インファイトしきれば(勝利のための論理が正しければ)、彼は目標である勝利を得られる。

 最後はCだ。
 62頁に「論理は、長く進めて初めて深みに達するという性質を持っているのですが、(中略)日常の論理は長いと危険で、とても使い物になりません。一方、短い論理というのは深みに達しない。従って、論理というものは本来、効用のほとんどないものです」とある。

 支離滅裂の暴論である。論理はその長短によらず正否により判定を受ける。何をもって「長い論理は危うい」といえ、また「短い論理は深みに達しない」といえるのだろう。論理を深みの尺度で測ることに意味はあるのだろうか。

 この第2章で、「「論理の徹底が人間社会の破綻に至る。論理だけでは人間社会の問題の解決は図れない」を藤原氏は証明し得たのだろうか。どこが証明になっているのだろう。

5.「国家の品格」第3章への懐疑

 この章は特に暴論がはなはだしいのでまずそれを引用しよう。

 66頁「私は『自由という言葉は不要』と思っています。控えめに言っても、『自由』は積極的に賞揚すべき概念ではありません」

 67頁「人間にはそもそも自由がありません」

 68頁「国家とは、人民が自由を放棄した状態を言うのです」

 80頁「民主主義の本質は主権在民ですが、主権在民とは『世論がすべて』ということです。そして、国民の判断材料はほぼマスコミだけですから、事実上、世論とはマスコミです。言い方を変えると、日本やアメリカにおいては、マスコミが第一勢力になっているということです」

 83頁「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。国を潰し、ことによったら地球まで潰してしまう。それを防ぐために必要なものが、実はエリートなんです。真のエリートというものが、民主主義であれ何であれ、国家には絶対必要ということです。この人たちが、暴走の危険を原理的にはらむ民主主義を抑制するのです」

 87頁「一万人の殺人犯がいても、先進国は何ともない。しかし、一万人の真のエリートがいなかったら潰れます」

 88頁「国民が国をリードすることはあり得ない。これはいかなる国でも永遠に、能力的に不可能です。なのに主権在民が金科玉条になっているのです」

 89頁「私は平等というのは、欧米のひねり出した耳当たりのよい美辞に過ぎないと思っております」

 92頁「自由と平等は両立しない」

 暴論ここにきわまれり。
 そもそも「自由」とは何か。広辞苑を引き、それを箇条書きにしてみよう。

 自由=責任をもって何かをすることに束縛・強制などの障害がないこと
(1) 社会的自由
  (a) 市民的自由: 企業の自由、契約の自由、財産の自由、身体の自由、思想・良心の自由、言論・集会・結社の自由など
  (b) 政治的自由: 政治的目的のための行動の自由
(2) 意思の自由
他から束縛されず自らの責任において意思を決定する自由
(3) 倫理的自由
意思が理性的な道徳命令に服すること

 われわれは著者のような大学の数学教授ほどには頭が良くないが、生活上の自由は享受したい。一部の真のエリート集団に言動を強制されるような社会はまっぴらだ。いまは格差社会になりつつあるが、階級社会ではなく、平等に恵まれている。マスコミを疑い、それに支配されない程度の賢明さを国民は持っている、と信じたい。一部エリートに自由や平等をおかされるような社会を賞揚するのはごめんこうむる。

6.「国家の品格」第4章への懐疑

 論議を呼ぶ箇所をあげてみよう。

 103頁「悠久の自然と儚い人生との対比の中に美を発見する感性、このような『もののあわれ』の感性は、日本人がとりわけ鋭い。おそらく世界中の人が持っている感性なのでしょうが、日本人がとりわけ鋭い」

 どんな統計データでこのような推論が導き出せるのだろう。世界中の人々の感性の調査をしたのか。

 112頁「私は、ガーナ人でガーナを愛さない奴がいたらブッ飛ばします。韓国人で韓国を愛さない奴がいたら張り飛ばします。仮に張り飛ばさなくても、少なくともそういう人間とは絶対に付き合いません。根無し草と付き合っても、何一つ学ぶものがないからです」

 愛国心の重要さを強調するレトリックなのだろうが、品のない文章である。国家の品格を云々する前に、自分の文章の品格を向上させるべきだろう。

 113頁「ナショナリズムとは、他国のことはどうでもいいから、時刻の国益のみを追求するという、あさましい思想です。(中略)ナショナリズムは不潔な考えです」

 他国のことを思いやったうえでのナショナリズムもあり得るのではないか。たとえば、国連での議論は一国の国益追求を目指す人たちで成り立ってはいないだろう。たとえ、彼らがナショナリズムを背負っていても――。藤原氏が理解するナショナリズムは非常に偏狭で矮小なイメージなのだろう。

7.「国家の品格」第5章への懐疑

 117頁「武士道はもともと、鎌倉武士の『戦いの掟』でした。いわば、戦闘の現場におけるフェアプレイ精神をうたったものと言えます」

 「戦いの掟」ではなく「兵(つわもの)の道」だ。それは戦場の単にフェアプレイ精神を賞揚したものではなく、武芸の修練を積み、戦陣の作法に通じ、武勇と忍耐を尊び、主君に忠誠を尽くすなどの徳目を意味した。著者は平家物語の一の谷の合戦における熊谷直実と平敦盛の故事を思い浮かべ、フェアプレイ精神などと書いたのだろうが、「兵(つわもの)の道」はそれ以上の武士の日常の行動規範を対象にした。

 119頁「禅と儒教は日本人の間に古くからあった価値観です。理論化したのは中国人とのことです。そして、いつものことながら、日本人はそれを神道などと融合しつつ、日本化し、武士道精神へと昇華させたのです」

 「武士道」なる言葉は江戸時代に生まれた。加藤周一氏が日本の文化を「雑種文化」ととらえたように、「兵の道」に忠君思想の朱子学をミックスし、「武士道」の外形ができあがったのだろう。それは元来、君臣を治めるための為政者の論理であった。

 武士道そのものに曖昧さがあるのは、聖書やコーランのよう期唯一性のある経典がないためである。「葉隠」の武士道と新渡戸の「武士道」は大分違う。

120頁「『わが闘争』を著したヒットラーと同盟を結ぶという愚行を犯したのも、武士道精神の衰退によるものです」

 1936年、日独防共協定が結ばれ、翌年にはイタリアが参画して日独伊防共協定が成立した。日本が国際連盟を脱退したのは1933年で、日本の満州国承認を42:1の大差で否決され、松岡洋右外相は席を立った。この日本の国際的孤立の中、欧州でベルサイユ体制から離れ国際連盟を脱退していたドイツ、イタリアと同盟を結んだ。それは武士道精神の衰退によるものではなく、当時の国際政治の力学から日本が選択した道だった。武士道精神との関連を云々するのは牽強付会だろう。

 121頁「戦後はがけから転げ落ちるように、武士道精神はなくなってしまいました。しかし、まだ多少は息づいています。いまのうちに武士道精神を、日本人の形として取り戻さねばなりません」

 現代のどこに武士道精神は多少とも息づいているのだろう。また、なぜそれを日本人の形として回復せねばならないのだろう。

 122頁「大事なのは武士道の定義を明確にすることではなく、武士道精神を取り戻すことです」

 学者のいうことではない。定義を曖昧にしたまま、ただその精神を復活させよ、という。何を、どう取り戻せばいいのか。

 129頁「武士道精神の力は地上より滅びません。まず日本人がこれを取り戻し、つまらない論理にばかり頼っている世界の人々に伝えていかなければいけないと思います」

 こういうのを妄言という。現在、日本にも残っていない武士道精神を取り戻し、世界の人々に伝達せよ、という。その世界の人々はつまらない論理にばかり頼っているという。これは一種の偏狭的中華思想で、日本を中心に世界が回っているような錯覚に陥っているのではないか。日本の置かれている国際政治地図における位置を考え直すべきだ。

8.「国家の品格」第6章への懐疑
 この章にもおかしい箇所が多々ある。
 133頁「例えば日本人の留学生がアメリカに行って、故国に残している年老いた両親を思ってふと目に涙を浮かべたら、必ずやその留学生はアメリカで尊敬、信頼されるでしょう」

 寂しがりやの泣き虫と思われるのではないか。私がその留学生の親なら、外国で女々しい態度を他人に見せて欲しくない。

 135頁「二十世紀の最後の頃から跋扈し始めたグローバリズムは、冷戦後の世界制覇を狙うアメリカの戦略にすぎません。世界はこれに対して、断固戦いを挑まねばなりません。グローバリズムは歴史的誤りといってよいものだからです」

 137頁「このように、経済に発したグローバリズムは、広く社会、文化、教育を腐食させるのです。最大の問題は、グローバリズムが世界をアメリカ化、画一化してしまうことです。これは経済の分野にとどまらず、必然的に文化や社会をも画一化してしまいます」

 この部分は共感を覚えなくもない。しかし日本は日米安全保障条約の下で、世界的視野で見ると、軍事的にアメリカに保護されているのは事実だろう。麻生首相が指名を受けるや、すぐ表敬訪問のため渡米したのがその証左だ。世界的なアメリカ化の波に抗して、文化的、社会的自立を保つのは現実問題としてかなり難しいのではないか。

 141頁「万葉集の頃からノーベル(文学)賞があれば、百以上は堅いはずです」

 日本人は独創的という激励なのだろうが、百以上ノーベル賞を取れるだけの文学的遺産が日本にある、あるいはあったと本気で考えているのだろうか。もしそうなら、その文学作品を列挙してもらいたい。源氏物語くらいは思いつくが、古今集、徒然草や、奥の細道ではノーベル賞は取れないのではないか。

 145頁「日本に住む日本人は、日常生活で英語を何ら必要としないからです。母国語だけで済むというのは植民地にならなかったことの証で、むしろ名誉なことです。TOEFLのテストで日本がアジアでビリ、というのは先人の努力に感謝すべき、誇るべきことなのです」

 TOEFLのテストで日本人がアジアでも成績が悪いのは、英語教育に欠陥があるからだろう。それは決して誇るべきことではなく、恥ずべきことだ。その是正のため、初等教育から英語を習い始めるのは実験として大いに意味があることだ。

 147頁「情緒や形を育てる主力は読書なのです」
 149頁「論理を展開するためには自ら出発点を定めることが必要で、これを選ぶ能力はその人の情緒や形にかかっています」
 155頁「論理や合理だけでは戦争は防げません。日本人の持っているこの美しい情緒や形が、戦争を阻止する有力な手だてとなります」

 この著者がいう「情緒や形」の意味が何度読んでもよく分からない。それに戦争を阻止するだけの力があるのか。それを育むのが読書だ、というのも分かったようで分からない。185頁に「情緒と形」を、「もののあわれなどの美しい情緒、そして武士道精神から来る自愛、誠実、惻隠、名誉、卑怯を憎む、などの形」と、あとから定義づけるが、それが戦争を防ぐ手段になるのか。

9.「国家の品格」第7章への懐疑

 この本の主題である「国家の品格」と題した章がここに来る。国家に品格の有無があるのか。国家の持つ品格とは何か。それを定義せずに著者は話を進める。

 国の底力という概念を唐突に持ち出し、それは天才を生み出す土壌だ、という。そこで、天才を生む土壌の三条件をあげる。数学の天才が生まれる土壌があるからといって、それは国家の品格とは関係がないように思うが――。

 178頁「国家の品格というのは、それ自体が防衛力でもあります。(中略)日本は品格ある国家であったが故に、植民地にならずに済んだのです」

 私の考えは違う。
 日本はなぜ外国勢力の植民地にならなかったのか。
(1)島国であったため、当時の航海技術の水準の低さゆえ外国勢力が大量輸送のための大型船を作る技術ななく、侵略が難しかった。元寇の二度にわたる来襲が失敗に終ったのが好例だ。

(2)侵略の対象として価値が低かった。
 侵略には犠牲を払わねばならない。遠路はるばる日本に押し寄せ、戦いをし侵略するだけの価値が日本にはなかったのではないか。給油地としての価値はあったかもしれないが、資源も豊富ではない島国を多大な犠牲と遠洋航海のコストをかけて征服するメリットがなかったのでは?

(3)江戸時代、武装国家であったこと。
 徳川幕府は武装国家であり、幕末の体制崩壊期は別にして軍事的結集力があった。外国勢力もその程度の情報収集はしていただろう。武士(新渡戸の訳によれば、military knights)の戦闘能力は諸外国から評価されていた。その意味で、当時の日本は軍事国家で文化国家ではなかった。

(4)狂信的国民性があったこと。
 忠君思想があり、主のために死すことを厭わない狂信的勇猛果敢さが日本の武士にはあった。外国勢力は日本を「破るに難し」と見ていたのではないか。最後の一兵までゲリラ戦法で歯向かってくる民族と戦うのは、米国がベトナムで苦渋をなめたようにリスクが高い。

(5) 日本自体が小型要塞であったこと。
 地理的にどこから攻めても大名の配備で、隙がなかった。小国であるがゆえに、自衛勢力の結集が可能で、日本国自体が小型要塞のごとき地形を持っていた。

 日本が植民地にならなかったのは、決して、179頁の「イギリス人たちは江戸の町に来て、町人があちこちで本を立ち読みしている姿を目の当たりにして、とてもこの国は植民地には出来ない、とあきらめてしまった」ためではないだろう。昼間から町人たちが仕事をせず読書していたというのはおかしい。だから、日本は品格ある国家であったが故に、植民地にならずに済んだという説は受け入れがたい。

 180−181頁「十年以上の不況が続いてなお、ヨーロッパのどの一国、アジアのどの一国と比べても比較にならないほどの経済大国として存在しているわけです。(中略)日本人が持っていた「国柄」が素晴らしいものだったからです」

 国家の品格を定義せずに論を進めて、ここでまた新しい用語「国柄」が登場する。国柄とは何ぞなもし。

 183頁「アダム・スミスはジョン・ロックの経済版にすぎず、ジョン・ロックの説はカルヴァン主義を自分流に取り込んだだけのいかがわしいものです」

 すごい。数学者なのに経済学の大家をこのように切り捨てることができるとは――藤原氏は読書量が少ないとか謙遜するが、専門外の書をそれだけ読みこなしているということだろうか。

 品格ある国家の指標が最後に書かれているが、これにも懐疑を抱く。

その指標とは、
@国家の独立不羈
A高い道徳
B美しい田園
C天才の輩出

 これが国家の品格の指標だろうか。だからこの本は壁論だ、と思う。@とAは受け入れるとしても、BとCがそれと同格の指標になるのか。

 国家の品格を、仮に「国家として保持する政治的、経済的、社会的、文化的威厳」と定義してみよう。それを構成する指標は、国家としての政治的独立、経済力、国民全体の教育水準、生活水準、治安あるいは犯罪率、文化的繁栄(芸術、スポーツ、エンターテインメントなど)などであろう。田園の美しさ、天才が出る風土、土壌などはこれらより二の次に思える。

 最後に著者はいう。
「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四半世紀ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方にくれています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいあにと私は思うのです」

 日本人はそれほど世界の中で特殊な民族、国民だろうか。読者への激励としてはいかなる美辞麗句も許されようが、現実を見なければいけない。かつての敗戦国、日本が置かれた政治的状況はアメリカとの関係において決してたやすく独立不羈とはならないだろうし、社会のアメリカ化も加速するばかりだ。金権社会、格差社会は進行し、今後日本はどうなるのだろうか、と危惧する。世界をリードできないにしても、せめて日本国内は古い文化を尊び、従来の美風を残す必要は感じる。それは国家の品格、いわんや武士道精神の復活とは次元の異なる、日本人としてのささやかな希望である。

<あとがき>
 私はたかがボクシング・ライターである。いろんな本を気まぐれに読むが、ボクシング以外に専門はない。ただし、愛国心や武士道というテーマには興味を持ったことがあり、新渡戸稲造の「武士道」は時をおいてではあるが、繰り返し読んだ。

 「国家の品格」という本を読んだとき、違和感を覚えた。私がそれまで読んできた武士道の話と大いに違うばかりか、主旨を肯定できない部分が多々あった。

 独学者は悲しい。ある本に懐疑を覚えても議論する相手がいない。だから、このように自分なりの懐疑論集のごとき読書ノートをとるのみである。
(9−28−08)


北京オリンピック雑感

ローマ・オリンピック大会のとき13歳だった。十種競技に“アジアの鉄人”と呼ばれた楊伝広がいた。ジョンソン(米)とたたかい銀メダルを獲得した。級友たちと楊伝広の体について話した。「格好いいな。あんな体になりたいな」と。ボディビルダーの筋肉隆々というのとは違って、体全体にバネとしなやかさがあり、しかも体脂肪率の低いアスリートの体をしていた。

NHK衛星で市川昆監督の「東京オリンピック」があり、それをHDDに録画した。それを早送りで見た。楊伝広を見るためだったが、終わりまで来てそれを見つけられなかった。見つからないはずだ。楊伝広が出たのは、ローマだった。勘違いしていた。東京ではメダルを獲っていない。出場したか否かもわからない。調べると1933年生まれで、昨年亡くなっていた。ローマ大会のときが27歳、東京大会では31歳。

今回のオリンピック大会はよく見た。いつも日本人選手や特定のスーパースター(カール・ルイスやイアン・ソープのような)を見るだけだったが、会社に出る前、そして帰宅後、オリンピックばかり見ていた気がする。開会式に驚き、その驚嘆が尾を引いた感がある。

勝者のコメント、敗者の表情を見ていた。まず指導者、後援者に対する礼を述べた選手に心中、拍手をおくる。試合直後の言葉というのは、本人の性格、地が出るものだ。

なぜオリンピックが面白いのだろう。
1.4年に一度の希少価値
2.国際的競技ゆえの栄誉
3.歴史と伝統ゆえのメダルの重み
4.国民の期待(ナショナリズムに通じるが)
5.背景にあるドラマ(ヒューマンストーリー;競歩の山崎のような)

ドラマといえば、野口みずきの欠場は意外なニュースだった。4年に一度の本番に調子を合わせる難しさに同情した。なぜほどほどに練習し、オーバーワークを避けないか、と思う人が多いだろう。

ところが、心臓の拍動(パルス)で送り出せる血液量を増やすには、猛練習しか方法がない。しかも、世界中のライバルたちが日常的にこなしているトレーニング以上の負荷に耐える体を作り上げねば、出場しても負ける。

だから、アスリートは限界近くまで自分を追い込む。猛練習を乗り越え、競技時にピーク・パーフォ−マンス(最高の成果)を出せる状態を作り上げられるか。それとも、猛練習の過程で体の一部に損傷を残すか。それは紙一重だ。これはボクサーのコンディショニングに通じるところがある。アスリートはスタミナの指標である最大酸素摂取量(有酸素作業能力;単位時間内に有酸素運動で出せるエネルギー量の最大値)を上げるためハード・トレーニングをしなければならない。一流アスリートと運動を楽しむアマチュア・アスリートとの能力差は、この猛練習に耐え抜くことができるか否かにある。だから、一流選手は往々にしてトレーニングの過程で負傷をする。

誰しも体に痛みのないベスト・コンデイションで出場したい。だが、それが難しい場合がある。本人がベスト・コンディションと錯覚していても、勝負で負けることもある。鈴木桂治の惨敗が好例だ。結果的に心技体が万全ではなかったということになる。

しかし、敗者がいるから勝者が輝く。周到なトレーニング計画を立て、それを消化してきた者同士が覇を競うのだから、勝利はかなり偶然に左右される。組み合わせしだい、初戦をうまく乗り切っていれば、鈴木が金メダルを獲った可能性もあるだろう(仮定法過去完了)。鈴木に代表される、期待に応えられなかった敗者たちを慰めたい気持がある。

マスコミは敗者には厳しい。谷亮子、鈴木桂治、星野ジャパン、反町ジャパンなどには酷評が浴びせられた。新聞や週刊誌を読むと、敗者の中の精一杯の努力に対し温かい目がない。勝者を過剰に持ち上げ、敗者は切って捨てる。それはたたかうものが受ける宿命かもしれないが、その落差に国民性を見る。敗北の中に明日の勝利への芽が潜んでいるのに、それを見ようとしない。慰労、憐憫、惻隠という語彙がマスコミの辞書にはないようだ。

100m、200m走で優勝したウサイン・ボルト(ジャマイカ)の強さには目を見張った。昔、アルミン・ハリーというランナーが人類初の10秒ゼロを出したとき、一般紙の一面にそれが特筆された。山があるから登る例えどおり、世界記録があるからそれを乗り越えようとする後続者が出てくる。まさしく記録は破られるためにある。

五輪前、NHKが高速カメラで、水泳のフェルプスや短距離のパウウェルのトレーニングぶりを映像分析していた。優勝が確実視されていたパウウェルを超越する怪物のような大型ランナーが同じジャマイカから出てくるとは・・・その層の厚さに驚いた。

多分、ジャマイカでは陸上競技(特に短距離走)で富と栄光をつかむ道が確立しているのだろう。優秀なアスリートの卵、しかも天性の速筋をもつ少年たちが、他のスポーツより陸上競技に集中的に参加すれば、当然層は厚くなる。切磋琢磨し、先輩に追いつき追い越す若者が再生産されるだろう。これは、プエルトリコにおいて、ベースボールとボクシングに限り優秀な選手が生まれてくるのに似ている。

女子棒高跳びのイシンバエワ(ロシア)の筋肉を見ていると、女性でもトレーニングしだいであれほどの筋力が発揮できる可能性が推察できる。女子ボクシングでもいずれイシンバエワ的な無敵のKOアーチストが出現するかもしれない。要はトレーニングしだいで、その激しいトレーニングに耐えうる女子選手が生まれてくるかだ。

5千メートル、1万メートル走のベケレ(エチオピア)の強さも出色だった。先行逃げ切り型といわれるベケレが中盤からとばし、最後のラストスパートでさらに2位以下を引き離した。

ベケレの1万メートルのタイムは
27:01:17だから、
このペースでマラソンを走りきったと仮定すると、
27分×4.2195 = 113.9分 (約1時間54分)
これの9割の速さでマラソンを走ったとすると、
113.9分/0.9 = 126.6分 (約2時間6分強)
これはマラソンで優勝したワンジル(ケニア)のタイムに相当する。

この0.9は広い意味の効率(efficiency)という係数だ。
仮にこれが0.95なら
113.9分/0.95 = 119.9 (約1時間59分強)
つまり2時間弱だ。

体重、体格に比して高性能の心臓、体躯の持ち主が現われ、マラソンをまるで中距離走の延長にように疾走すれば、マラソンで2時間を切る可能性も将来的にはある。

ボクシングではボディを打たれ、その痛みに耐えねばならないから、腹筋のトレーニングは伝統的に盛んに行われている。しかし、人間の体は「てこの原理」で一方の筋肉が伸びれば、その反対側(背後の)筋肉が収縮するわけだから、当然、背筋の強さが要求される。

やり投げのトルキルドセン(ノルウェイ)が優勝し、「きっと背筋が発達しているんだろうな」といった途端、この金メダリストがTシャツを脱いだ。やはり立派な筋肉をしていた。カメラが後からトルキルドセンを捕らえてくれたら、後背筋の発達ぶりをもっとよく見られたのだが。

私は小学校時代に3年間、高校時代に体育の正課で3年間、柔道をした。柔道に興味があるから、すべての競技を生かスポーツニュースで見た。五輪前、「柔道の危機」と題したNHKの特別番組を見て、ヨーロッパの集団合宿というのを知った。ボクシングでもあのような合同トレーニングがあるといいな、と思った。だが、ボクシングのテクニックは各国、各ジムで独特な秘策があるから、それを公開し合うような試みはまず無理だろう。

石井慧が100kg超級を制し、辛うじて面目を保ったのはいいが、あのJUDOが日本の主流になっていくのだろうか。そうすると柔道は、ポイントを取ればいい、勝てばいい、という競技に変質していき、一本を取る醍醐味が失せていくのでは、と危惧する。ヨーロッパのJUDOは姑息なポイント主義だ。それに日本独自の技の切れで対抗する方法を考えて欲しい。ヨーロッパにならえ、では工夫がないような気がする。

もっといろんな競技について雑感を書きたいが、このあたりでやめよう。

最後になるが、オリッピックというのは、はかない。アスリートのピークというのは4年持たないケースもある。4年経てば、技術的には進歩するかもしれないが、体力が衰える。若い世代が台頭してくる。スポーツ科学も進歩し、新しい波に乗らねばならない。いまから4年間、怪我なく乗り切れるか、という問題もある。ボクシングなら、惜敗したら、来年再挑戦という希望がある。しかし、スポーツの世界の4年は長い。そのせつなさ(まさに刹那的な栄光のあとの悲しみ)があるから、オリンピックは面白く、悲しい。

面白うてやがて悲しき五輪かな。
(9−7−08)