ジョー小泉のひとりごと 2008年7〜8月


会報のマンネリ防止構想

リング・ジャパン・クラブ会報はマガジン、ワールドとは違った面白さがある、と思っている。個性的な通信員が名古屋、関西、九州からレポートを寄せる。末永氏の「発掘された名勝負・名ボクサー」、相田氏の「メキシコボクシング情報」、粂川氏の「リングつれづれ草」、城島氏の「高山勝義だより」とユニークな頁が続く。

しかし、最近ちょっとマンネリだ。原因は私が担当する「あの頃、ボクシングは――」が古い時代を取り上げすぎることにあるのかもしれない。6月号から3回にわたり、昭和22年のボクシング界を資料で振り返った。3回も続けず、1回で済ませ、他の時代に移るべきだったのかもしれない。

何か私が書ける面白いテーマはないかな。
「現代のKOアーチスト」と題して、科学的分析をするのはどうだろう。私の「読書ノート」よりはよほど会員諸氏にとり興味深いかもしれない。

多忙だから会報のマンネリに甘んじているが、私はマンネリが好きではない。自分なりにオリジナリティのある企画を考えてみよう。
(8−21−08)


会報に「読書ノート」を書こうかな

リング・ジャパン会報に「ジョー小泉自伝序章 故郷喪失」を書いてきたが、もう飽きてきた。港町生まれの人間は気まぐれが多い。私は神戸出身の典型かもしれない。「序章」と謳(うた)っているから、適当なところで自伝序章第一部終わりとしよう。

会報に何を書くか?
「日本ボクシング界改造論」を書きたいが、それを書くのは控えよう。辛らつすぎて、批判を買うことだろう。騒ぎを起こすべきときではない。だから、これもやめよう。

自伝の代わりに「読書ノート」をしばらく書くのはどうかな。たとえば、この盆休みに次の本を読んだ。

コリアンスポーツ<克日>戦争
昭和陸海軍の失敗
あの戦争になぜ負けたか
昭和の名将と愚将
「昭和」を点検する

同じ著者たちの同じような本を読んでいたら、彼らがいわんとすることが分ってきた。それに対する私の意見がある(私は元近衛兵の息子として子供の頃、軍事訓練のような育てられ方をしたから)。

読書ノートをリング・ジャパン会報に書くというのはどうかな。人が本を読まなくなった時代に、依然として本を読むことに取りつかれた男の読書録。別に毎月書かなくてもいい。

いま猛然と読み出したのが、「人体のしくみ」。類書が10冊近くある。読んでない本もある。他人に「こんなことが書いてありましたよ」と話したいことが多々ある。

英語で読んでいる「BOXING A Cultural History」が終わったら、「PRIZEFIGHTING An American History」そして「BATTLING SIKI」を読む。これも読んで人に話したくなるような本だが、それを披瀝、披露する場がなかった。

「読書ノート」の一部を会報に書くことを真剣に考えてみよう。
(8−19−08)


これまで何を書いてきたか

自分がこれまで書いてきた本をまとめてみた。Wikipediaを見たが、4冊抜けているので、ここに加えた。

1. ボクシングは科学だ(1986年 ベースボールマガジン社) 絶版
2. 世界のKOアーチスト(1988年 福昌堂) 絶版
3. ボクシング讃歌(1989年 リング・ジャパン)絶版
4. 時代を生きたボクサーたち 世界のKOアーチスト2(1992年 福昌堂) 絶版
5. ボクシングにとりつかれた男(1997年 広美出版事業部)
6. ボクシングマッチメーカー ボクシングにとりつかれた男2(1998年 広美出版事部)
7. ボクシング・バイブル(1999年 アスペクト)絶版
8. 世界のボクシング・トピックス(2001年 リング・ジャパン)
9. 80年代のリングは輝いていた(2002年リング・ジャパン)
10. つねに強気で生きる方法(2002年 リング・ジャパン)
11. これで通じる英会話(2003年 広美出版事業部)
12. あなたもジャッジだ(2003年 リング・ジャパン)
13. いまボクシングはどう動く(2003年 リング・ジャパン)
14. ボクシング珍談奇談(2004年 リング・ジャパン)
15. 天使と少年(2008年 リング・ジャパン)
(CD−ROM版で出した「あなたもジャッジだ」、「マッチメーカーの回想」は除く)

過去の著作を振り返ってみよう。

1. 「ボクシングは科学だ」

 「ボクシングマガジン」に連載していた「ボクシング・アラカルト」をまとめたもので、私の本の中では一番多く出た。当時、トレーナーをしていたので、自分が従来のセオリーについて疑問に思うことについて自分で考え、自分なりの答を出していったものだ。

22年経てば、ボクシングは進化する。セオリーも変わる。たとえば、スウェイバックや右クロスカウンターは以前ほど使われなくなってきた。なぜだろう。みんなが回転の速いコンビネーションや速いジャブを打ち出したからだ。体を反らすと連打が来る。速いダブル、トリプルのジャブに対して右クロスを合わせにくい。

 「ボクシングワールド」誌の「東洋から世界へ」に20数年を経てボクシング科学講座を書き出したのは、「ボクシングは科学だ」のどの部分が古くなってきたか、を確かめてみよう、と思ったからだ。

 もう絶版だが、Amazonの中古商品で入手できる。

2.「世界のKOアーチスト」

 空手雑誌「フルコンタクト空手」に連載していたものの前半をまとめた本で、過去のボクシング・ヒーローの講談本のようなものだ。これもAmazon中古商品で在庫がある。

3.「ボクシング讃歌」

 20代の頃から平沢雪村師の「ボクシング」誌に寄稿していた連載をまとめたもので、当時弊社に勤めていた大川ジムの吉川トレーナーが主に担当してくれた。感謝している。この頃は単なるフリーのボクシング・ライターだったので、内容に結構、辛らつさがある。ただし、若書きなので見方が甘く、複眼思考ができていない。

 これは書店を通さない本だったので、古書店にあるかどうか。刷った部数も2,000部程度だったので、入手が難しいかもしれない。

4.「時代を生きたボクサーたち 世界のKOアーチスト2」

 これは「世界のKOアーチスト」の続編で、ハードパンチャーたちが出た時代背景を書いたもの。こちらの方が「世界のKOアーチスト」より手間をかけて書いたが、売れ行きは正編の方がよかった。読者はエンターテインメントとして読むので、堅苦しい時代考証が敬遠されたのかもしれない。しかし、本の内容はこの続編の方が上。

ところが、RJ九州通信員の山田氏から、「一般ファンにとっては硬く、マニアやインテリ層にとっては甘い。やや中途半端ですね」といわれた。確かにそれはいえる。両方を満足させるのは難しい。

5.「ボクシングにとりつかれた男」

 これはレナード対ハグラー戦をはじめとする1987年から1990年にかけての観戦記である。初出は「フルコンタクト空手」で、毎月どこか外国へ出かけ世界戦など面白い試合を見た記録だ。特長は試合の成立状況を書き込んでいること。試合というのは伏線、背景を知ってこそ興味深い。

 これは5年ぶりの本だったので結構売れ行きがよく、すぐ続編を出してくれた。在庫ありリング・ジャパンで注文可。

6.「ボクシング・マッチメーカー」

 それがこの続編だ。これも1990年から1996年にかけての観戦記。自分でマッチメークやプロモートした試合も含まれるので、そのファイトにおいてどの位置で何を見たかを書いている。しかし、重厚な観戦記で、「ボクシングにとりつかれた男」を読んだ人にとっては二番煎じに思えたかもしれない。内容的には、この続編の方が、筆者が観戦記の中で行動しているので面白い、と思う。
在庫ありリング・ジャパンで注文可。

7.「ボクシング・バイブル」

 副題は「ボクシングはいかに進化したか」。これは福昌堂に勤めていた木村氏の勧めでまとめた本。古いビデオ映像から、近代ボクシング技術を作り上げたボクサーたちを描いた。名選手たちの得意技、独特のKOパンチを取り上げた。

 テーマが硬かったので、ちょっと力んだ。文章が硬く、読みものか研究論文か、どっちつかずの内容になっている。マニア向けかもしれないが、一般向けではない。例のごとく、重箱の隅をつつくような議論が続く。トレーナーの人たちには面白かったかもしれないが。これはリング・ジャパンにもう在庫がない。

8.「世界のボクシングトピックス」

 スポーツ報知の連載をまとめたもので、1998年から2001年まで同紙に毎週書いたコラムの集大成。一般スポーツファンに対しボクシングに興味を持ってもらおうという意図で書いたもので、掘り下げが甘いきらいがある。刊行の前、サービス精神を発揮し、おのおののテーマについてジョークを入れたが、あらずもがなだったような気がする。あの頃はまったくジョーク小泉で、ジョークばかり考えていた。
リング・ジャパンに在庫あり、注文可。

9.「80年代のリングは輝いていた」

 これは「ワールドボクシング」誌に「世界のトップボクサー技術分析」と題して連載していたものをまとめた。レナード、アルゲリョ、サンチェス、ハグラー、プライヤー、ウィルフレド・ゴメス、デュランなどを技術分析している。大判で読みやすかったのか、結構出た。

 一般ファン向けとしては、これが一番面白かったかもしれない。80年代は本当に特徴のある名選手が活躍した歴史的黄金時代だったような気がする。リング・ジャパンにまだ在庫あり、注文可。

10.「つねに強気で生きる方法」

 これは3週間で一気呵成に書いた。精神的に挫折したボクサーを励ます言葉、論理を一般人に適用する二重構造になっている。いわば人生論で、読めば元気が出る。

 ただし、全編「頑張ろう、頑張ろう」で、そのような精神論に興味がない人にはまったく向かない。リング・ジャパンに在庫あり、注文可。

11.「これで通じる英会話」

 これはトラベル・イングリッシュのガイドブック。英語を通じるように話すこつが書いてある。ある程度、英語の知識はあるが、会話が苦手という人向け。

息子(当時、英語に興味がなかった)をイギリスに連れて行ったとき、この本一冊で結構、旅行中役に立ったそうだ。

12.「あなたもジャッジだ」

 これは当時WBC審判部長だったトム・カズマレックが書いたガイドブックを翻訳し、さらにより理解するために自分の解説を付け加えた。完全に絶版。

13.「いまボクシングはどう動く」

 これもスポーツ報知連載のコラムをまとめたもので、2002年から2003年のボクシングトピックスを取り上げている。新書版にし、最後に新たにコメントを付け加えた。ボクシング界の動向が分るようになっている。リング・ジャパンに在庫あり。

14.「ボクシング珍談奇談」

 これは3ヵ月で書いた。社員諸君に「君たちに年末のボーナスを出してやろう」と宣言し、代引きの予約注文を数ヶ月前から募り、それに拍車をかけられるようにして書いた。11月中旬に原稿を仕上げ、年末までに出す予定が、印刷所が年賀はがきの印刷に忙殺され仕上がりが新年になってしまった。

 誤植が多く、急いで仕上げた粗さが残る(正誤表は入れてあるが)。こんなテーマはライフワークにし、数年かけてじっくり書くべきもので、3ヵ月で仕上げたところに無理があった。

 ただし、珍談奇談を読みながら、ボクシング史がわかる内容になっている。親父ギャグ満載で、くだらないジョークなしでも十分面白い内容なのに、当時の自分はジョークを付け加えねば怠慢のような気分になっていた。そのジョークの部分を面白がってくれる人にはいいが、駄洒落に引いてしまう人にはそこが欠陥だろう。リング・ジャパンに在庫あり。

15.「天使と少年」

 新刊紹介をするつもりが、「ボクシングは科学だ」から振り返るから疲れてしまった。この本の紹介は次の機会にしよう。ああ、しょうかい。
(8−16−08)


敗者の弁

一日中見ているわけではないが、やはりオリンピック大会の映像を見る機会がある。北島のダブル金メダル、体操の内村の銀メダル獲得など、活躍した選手にはスポットライトがあたる。

一方、期待されながら、好結果を出せなかった選手もいる。彼らの表情、コメントに注目する。

負けて悔しい。ベストを出せなかった。期待にこたえられず残念。すみません。自分が情けない(福原愛)。今まで何をやってきたのかと思う(鈴木桂治)。いまはもう新時代、旧世代の自分は退くときが来た(ファンデンホーヘンバント)。

4年に一度の大会に体調を万全にして臨むのは、さぞ大変だろう。猛練習で体力、技術、精神力を鍛えながら、ピークを今大会に合わせることができなかった選手もいる。野口みずきなどはさぞ無念であろう。

敗者を見るとき、私は画面に映らないコーチたちの表情を思い浮かべる。彼らも悔しいはずだ。

敗者がいるから勝者が浮かび上がる。マスメディアは勝者を誉めそやし、敗者を捨て去る。観衆はある意味で非情だ。しかし、それがアスリートの受ける宿命だろう。栄誉と挫折は紙一重。

私は昔トレーナーをしていて自分の選手が負けたときの悔しさを思い出した。敗者にも明日がある。
(8−15−08)


脱水症について

先週の金曜だ。朝いつも水とジュースを飲んでから泳ぎに出かけるのに、その日は別に喉が渇かなかったので何も飲まずに行った。帰ってから水を飲めばいい、と考えた。

20分くらい泳いで帰宅後、朝食を摂り終わった。そのときひどく体が疲れているのに気づいた。おかしい。寝不足ではない。泳いでいるとき、別に体調は悪くなかった。

虚脱感あるいは脱力感というものを感じ、何をするのも億劫だった。あまりおかしいので、しばらく横になった。睡眠は足りているので眠りはしなかったが、本を読む元気もなかった。

この体調不良は翌日まで続いた。さすが翌日は泳ぎに行かなかったが、散歩はした。脱力感はおさまったが、元気ではない。

翌々日には元に戻り、そこで原因をいろいろ考えた。原因と結果はそう簡単には結論づけられない。多分、金曜の朝、水分をまったく摂らず泳いだのが原因ではないか、と推察する。

寝ている間、寝汗をかいている。夜12時に寝て(その直前に水分を補給して)、泳いで帰ってくるまで約9時間半、体に水分を入れず、水泳をした。それだけでこんなに体調がくずれるのか。

けだるい気分だったが、精神力で会社に出て、いつも通り仕事をしようとした。頭の回転が悪い。能率が悪い。翌日もそうだった。

運動をすると、その運動している間、発汗するだけではない。運動により、排泄の促進が起こる。ところが、金曜は泳ぐ前の体が脱水状態だったのか、運動後の排泄がいつものようではなかった。

多分、血液どろどろ状態で泳いでいたのだろう。今後は気をつけよう。1日中、定期的に適度に水分を体に補給しないと、先週の金曜のようになるかもしれない。注意しよう、特に夏は。
(8−13−08)


独学者の悲哀

私は頭が悪い。しかし知的向上心、向学心、知識欲は強い。
運動に費やす時間を机に向かい勉強すれば、もっと本が読めるのに――。それをせず運動するのは、頭の悪さを体力で補おうとするからだろう。

A: 体力を鍛えつつ勉強する自分
B: 運動をせず、その運動の時間を勉強する自分
長い目で見れば、AはBより成果をあげる、と信じたい。

勉強が好きなら学者になればよかったのに、そうしなかったのはひとつのことに縛られ一生それに没頭することが性に合わないからだ。
教師にならなかったのは、やる気のない学生にものを教えるのが嫌いだからだ。

どの職業も自分には当てはまらない。マッチメーカーも評論家もテレビ解説者も、必ずしも適職とはいえない。嫌なことを我慢している部分がある(どの職業でもそうだろうが)。

そこで本来自分が向かう方向を求めて本を読む。私にとり読書とは自分を見出すための模索かもしれない。

学者なら、分らないことを同僚や同学者や大先生(あるいは恩師)に問うことができる。しかし、独学者は悲しい。分らないことを自分で解決しないといけない。

辞書や百科事典やgoogleで解決することなら苦労はない。読んでいて理解できないことがある。それが引っかかる。訊く人はいない。疑問符?を本の脇にマークし、前に進む。

終わりまで読んでもう一度、その箇所に戻れば、何とか意味を推察できる場合もある。別の本を読んでいるとき、その箇所を理解するヒントが出てくることがある。しかし、そうでない場合の方が圧倒的に多い。

頭を下げ、その道の専門家を訪ね、教えを請う解決法もあるが、そこまではしない。だから、これまで数多く本を読んできて、その読書は?ばかり。穴のあいた読書でしかない。

それは街の好事家の悲しみである。深い水準まで達しない。専門化していない知識ばかり。上っ面のうろ覚え、生半可な知識ばかりだ。

ボクシングだけは詳しいが、それも興味に任せた漆塗り作業のようなもので、自分の知識が果たしてどれだけ厳密で価値あるものか、それが分からない。ただし、この分野では訊けば教えてくれる智恵袋をアメリカとメキシコと英国に持っている。

学者ではないから、勉強することで生活の糧を得ているわけではない。生計を立てるべき仕事をしてから余った時間で本を読む。時間に限度がある。限られた時間で何かを知ろうとすると、集中力と持続力が必要になる。頭の悪さをカバーするとしたら、集中と持続しかない。

ときに「なぜこんな本を読み出したのだろう」と逃避したくなることがある。我慢して読み終える。頭の中には一応読み終えたという仮の満足感しか残らない。

理解できないとき、著者の書き方が悪いせいだ、と決めつける人がいる。自分はそんな態度をとれない(たしかに中にはそんな本もあるが)。そんなとき、私のように頭の悪い独学者はどうすべきか。

ここまでは何とか分るが、この部分は分らない、と線引きをすることだ。そして、何年かあと、再読する。分らなかった部分が多少は減っているはずだ。

一生こんな状態なのか。しかし、自分のこの悪い頭で考え、理解しよう、そこから新しいことを想起しよう、と繰り返す。まるでギリシャ神話のシシュフォスSisyphusだ。
(8−5−08)


110歳まで生きられるか?

名誉の殿堂授賞式でキャナストータにいる間、行事があるときはいつもアレクシス・アルゲリョと隣り合わせだった。多分、名簿がそうなっていたのだろう。彼とは「アルゲリョのボクシング・レッスン」という教則ビデオを一緒に作った仲だから、非常に親しい。

アレクシスがいった。
「Joe, what’s your dream? 夢は何だ?」

そのとき、とっさに出た答はこうだった。
「I want to live to be 110 years old so that I’ll see boxing for 100 years as I started watching it at the age of 10. 10歳からボクシングを見始めたから110歳まで生きたいね。そうすりゃ、100年ボクシングを見られる」

アレクシスは「オー、イヤー」といって絶句。

帰国して2ヵ月が来ようとするが、なぜあんなことを言ったのだろう、と考える。

いま結構いらいらしている原因はこうだ。80歳まで生きるとして、あと20年弱。この間にしたいことをし終えたい。ライフワークを完成したいし、そのためにすべきことがある。本当に何をしたいのか。厳密に序列を作ることが出来ないから、闇雲にあれもこれもしようとする。そこに無理がある。

これがあと50年生きられるとすると、かなりペースダウンできる。もっとゆっくり本を読める。

あくまでボクシング評論家で、そこから歴史、力学、数学、語学、書道(熟達のプロセスという観点でボクシングに通じる)、小説書きなどを自分なりに究められるといいな、と思う。

先日、増田、宮崎氏に重複している蔵書を贈呈し、前田氏には写真集を貸した。山田操氏、末永慶寛氏、粂川麻里生氏などリング・ジャパンの会報に寄稿されている社友にも、死後送る本を決めている。

それなのに、ひょっとすると100歳近くまで生きられるのでは、という淡い期待がある。矛盾している。なぜだろう。いま元気なせいもある(水泳の賜物)。母親を見ると、84歳だがまだまだ元気だ。亡父の系列は総じて早死になのに、母の系統は総じて長生きだ。

ストレスをためず、自分をノルマであまり痛めず生きよう。今日無理をしても仕方がない。明日がある。しかし、私はいろんな分野の本を読み続けて死にたい。敵はただひとつ。自分の怠け心だけだ。他人と比較しても仕方がない。

朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり。
(8−3−08)


千里中央での判断ミス

7月21日、大阪まで日帰り。ここで愚かしいミスをした。原因は不確かな情報、予測を元に動いたことにある。

11時半羽田発の飛行機で伊丹着12時35分。なぜ飛行機にしたか?出張者のT君が「伊丹から15分で会場に来ます」といったからだ。

朝出る前、会場の地図を見た。千里中央駅近くの読売文化ホールだ。
家内が、「千里中央なら新幹線の新大阪の方が近いでしょう。なぜ飛行機にしたわけ」といった。「そうだよな、帰りは新幹線で帰るよ」といって出た。

T君の情報の方が正しかった。伊丹からモノレールに乗ると15分で千里中央に着いた。地下鉄御堂筋線で千里中央から新大阪へ行き、新幹線に乗るより便利かもしれない。

多田悦子選手(非常にいいボクサーだ)が初回31秒でKO勝ちし、関係者に挨拶して会場を出たのが5時ごろ。T君、タイ人女子選手、その付き添いと一緒に出て、そこで一瞬迷った。

新幹線より飛行機の方が早く帰宅できる。6時の飛行機に乗れれば、7時羽田着で帰宅は8時半。泳ぎにいけるし、すっきりして墨を磨り習字ができる。彼らは地下鉄、私はモノレールと逆方向に別れた。このとき頭にあるのは水泳と書道だけ。

伊丹では連休の最後で、最終便までJALもANAもすべて満席でキャンセル待ちも多い。あきらめて新幹線にした。モノレールで千里中央まで戻り、そこで地下鉄に乗り換え新大阪まで。元の場所、千里中央の陸橋を歩いたのが6時すぎで、ちょうど1時間ロスしたことになる。

新幹線も混んでいて座席指定を取れたのが7時で、東京着が9時半。もう水泳は駄目だ。しかし習字はできる。駅で「今日は泳いでいないのだから、運動量が少ない」と考え、自宅まで荷物を持ちながら歩いた。これがこの日、最後のミスだ。11時に帰宅したとき、非常に疲れていた。大阪まで日帰りして、結局、水泳も習字もできなかった。

なぜ往復とも飛行機を予約しなかったのか?
試合では何が起こるか分からない。予約を取っているため、本来、一緒に病院へ行ったりする職分を助手に押し付けて帰京するのはよくない。だから、できるだけ帰りの予約は取らない習慣がある。それがよいか悪いか?

なぜ帰りは最初から新幹線にしなかったのか? あの千里中央でT君たちと別れず、御堂筋線に乗ればよかった。そうすれば、泳げた。9時半帰宅で、プールは10時半までに入ればいいのだから(プールまでは車で5分だから一休みしてからでも間に合った)。1時間早く帰ろうとして、2時間ロスしたことになる。

出張するときは、事前に所要時間とルートをもっと確認してから出かけないといけない。あの日、習字をしていれば、いい字が書けたかもしれないのに。いい気分で夜、本を読んで寝られたかもしれないのに。暑さで頭の判断機構が狂っていたようだ。不細工。要反省。
(7−28−08)


デラホーヤの伝記を読む

先週、「American Son」というデラホーヤの伝記を読んだ。
スター街道を驀進した男のまだ30代なかばの半生記なので、多分に虚飾が混じる。考え方、行動がラテン系特有で非常に刹那的だ。そして自己中心的。スーパースターになる男というのはこんなものかもしれない。

未婚の母をたしか3人作り、トレーナーたちを次々と替える。やめさせられたトレーナーの欠陥が描写されているが、彼らが読めばいい気はしないだろう。思いつきで側近を入れ替えていくドライさ。

しかし、読み終わればデラホーヤは自分なりにマチョなナイスガイなのだろう、という印象を持つ。そこがデラホーヤという不世出のスーパースターの複雑なところだ。

英語を読むボクシングファンにとっては軽い読み物かもしれない。次に読んでいる「BOXING  A Cultural History」の重さに比べれば、この本は本当に軽い。
(7−26−08)


草書入門

渡米前、拙宅に徳村、前田先生が来られた。
徳村先生に書道を師事して4年、楷書、行書、隷書、詩文書は書いてきたが、草書はまだ書いたことがない。草書とは隷書をくずした続け字である。

昔から続け字に興味があった。現代人は草書が読めない。いわんや書くことにおいておや。それが悔しい。草書で書かれた漢詩の碑をすらすら読めれば、どんなに素晴らしいことか。

我流で字をくずすのを自ら禁じてきた。いま時は来た。熱望がわいてきた。「先生、草書を書きたくなりました。是非手ほどきしてください」と頼み、出張教授が実現した。先生が来られるのは年に2度ほどだ。あとは通信教育である。課題の手本をいただき、それを送り、添削を受け、また送る。

孫過庭の「書譜」という草書を志す人なら誰もが手本とする古典を目の前で書いていただき、それを自ら書いた。草書を書くときの注意も受けた。あとは自分で書き慣れていけばいい(私は「書譜」より先に、智永の「真草千字文」から始めることにし、いま少しずつ書いている)。

前田先生は徳村先生と同じ高校の数学の教師で、ボクシングファンである。以前、私の書斎を見たい、という希望があった。それを是とし、今回の同行となった。

以前、高校の数学を復習しよう、と本を求めに行ったが、制度が変わり、IとかAとかまるで分からない。われわれの時代は、数1、数2、数3だったが。そこで徳村先生経由、前田先生に手紙を出し、本を求めるためのアドバイスを貰い、先生から問題集を送られた。

私が買ったのは、「本質の研究 数学I+A」、「同II+B」、「同III+C」(すべて旺文社)である。工学部出身だし、高校程度の数学はやさしく感じ、すらすら読めた。まだ終ってはいないが、受験のためではなく、順列と組み合わせや微積分を復習していると結構楽しい。

前田先生は2階で私が徳村先生の特訓を受けている間、原田―メデルや青木―ジョフレ戦などの古い試合のテープを観戦。

先生の前で書くと緊張のためか非常に疲れる。横で見られていても書道家は平気でさらさらと書く。だが、私は駄目だ。側に誰かいると、集中できない。まして先生の前だ。「うまく書こう」と力む。滑らかさを損なう。

3時間程度だったが、非常に疲れた。数学と書道が好きなボクシング・ライターがいてもいいだろう。趣味なのだから。
(7−25−08)


なぜまた太極拳を

アメリカから帰国してしばらく時差がとれず、朝5時前に目が覚める日が続いた。そのかわり、夜はもうひと仕事と思っても眠くて頑張れず寝てしまう。

ある日、また5時ごろ目覚めた。ベッドの中でうとうとしていたが、思い切って起き散歩をすることにした。6時から1時間公園を歩いた。7時すぎ、公園に人が集まり体操をしだした。10人ほどで70代の老人が多い。

彼らの人の輪のずっと後で、同じ体操をしていた。輪の中心にいるリーダーから声をかけられた。「そこの人、遠慮せずに輪の中に入ってください」と。

老人たちと一緒に体を動かしていると、最後は太極拳になった。そうか太極拳の集まりか。分かったのは、私は左側に出る動作では体が柔らかいが、右へ出る動きがかたいことだ。右を軸足にして左足を踏み込むことに慣れているからだろう(いまも散歩をするときシャドーボクシングをしている)。

見よう見まねで終わりまで太極拳をしたあと、汗をかき頭がすっきりし、その日は一日中、調子がよかった。毎朝7時15分から8時までしているそうだ。「よかったら、おいでください」と声をかけられた。

あれから約1ヵ月。毎日しているようだが、出たのは5回。12時に寝て7時前に起きれば、その太極拳体操に参加できるのだが、なかなか12時には寝られない。夜型ではないので早めに寝ようとするが、その日の仕事や勉強(ノルマ)が12時には終らない。12時半に終わり、風呂に入り1時に床に入り、30分本を読んで寝ると、起きるのは7時を過ぎる。そんな日は太極拳でなく泳ぎに行く。

自戒する。太極拳に凝り、本やビデオなど買うなよ。本末を転倒しては駄目だぞ。まずリング誌、英国ボクシング・ニュースを読め。ボクシングの本を読め。大事な試合のビデオ、DVDを見よ。マッチメーキングの仕事のし残しはないか。それが終っていたら、他の分野の本を読むなり、書道をするなり、落語を聴いてもいい。順序を間違えて太極拳にのめり込むなよ。

しかし、太極拳にはまりそうな予感がする。ディレッタントは仕様がないな。
(7−17−08)