香港、マカオの旅から戻ると、愛用の電子辞書がなくなっていた。もう10年以上、外に出たとき、ちょっと単語を調べるのに使っていた。自宅ではできるだけ大きい辞書を引く。例文が多いからだ。
私は物持ちがいい方で、機械や器具が壊れたら修理して使い続ける。たとえば、ブラウンの髭剃りは24歳で就職したときに買い、もう37年間使っていた。「一生持つのか、さすがドイツの製品は性能がいいな」と感心していたら、先日コンセントに入れてもオンにならない。修理に出すと、ブラウンから「もう部品がないので直せない」といわれた。そこで考えた。電気カミソリというのは果たして必要か、と。以後、シェイビングフォームをつけ、刃のついたカミソリで髭をあたっている。時間はかかるが、そり心地はこちらの方がいい。髭をそったあと、肌にしみるアフターシェーブローションをつけたときの爽快感。よくぞ男に生まれけり、と思う瞬間である。
ものを粗末にするのは愚かだ、と思う。われわれ戦後生まれの人間はものを大事にするよう教育された。直す過程で頭を使う、手を使う。修繕、修理して使い続けるのは人間の英知だ、と思う。
いつも旅行から帰っても、飛行機のパスの半券(座席券)は持っている。だから、JALに問い合わせた。搭乗日、便名、座席、忘れ物をしたと思われる場所(前のポケット)をいったが、見当たらない、といわれた。以前、一度同じようにこの電子辞書を機内に忘れたが、見つかり、着払いで送ってもらったことがあった。だが、今回は駄目だった。
その前に考えた。
2泊3日の旅の間、読んだのは次の通りだ。
1. スーパー日本史(講談社)
2. My View From The Corner (アンジェロ・ダンディーの伝記)
3. 古武術に学ぶ身体操法(岩波アクティブ新書;再読)
香港を出るまで2は読まなかった。厚い日本史を読み続けた。香港の空港で早く着きすぎたので、足の裏マッサージをしてもらいながら終わりのほうを読んだ。
2のアンジェロ・ダンディーの伝記は日本史を読み終えてから、飛行機の中で続きを読み出した。電子辞書を引いた最後はいつか? 65頁のJersey Joe Walcott’s “sand-dancing” moveのsand-dancingを引いた。辞書にこの言葉はなかったのだが、たしかに電子辞書を引いた、機内で。ということは、香港のホテルに問い合わせる必要はない、ということだ。
なくしたとすれば、気圧の関係で頭がぼけていた機内しか考えられない。しかし、それがない、とJALがいうのだから、あきらめるしか方法がないだろう。
ここで考えた。いままで使ってきたが、電子辞書というのは自分にとり絶対に必要なのだろうか? たしかに本タイプの辞書を引くより単語が見つかるのは多少早いかもしれない。だが、短所も多々ある。
たとえば、イディオムを引く場合、carry out (遂行する)を引くとしよう。carryを引いて、電子辞書の次頁を押し続けねば熟語は出てこない。その手間たるや、本タイプの辞書をさっと引く方が早いし、その周辺の関連の単語を一瞥できる。
そこで、鞄には小型で薄い新リトル英和辞典を入れ、もし外で辞書を引く必要が生じたら、これを引く。できるだけ電子辞書なしの生活を試してみよう。案外、電子辞書などなくても生きていけるのかもしれない。外で本を読んでいるとき興味を持った単語に出会ったらマークしておき、家で辞書を引く。1週間のような比較的長い旅で和英も必要ならどうする? 新リトル英和・和英辞典(ちょっと厚い)を持って行けばいい。
というわけで、当分、英和・和英、広辞苑が入った電子辞書なしでどこまで頑張れるか、実験中。
(4−26−08)
ボクシングとは関係ない使用で、香港まで短い旅をした。10日に出て12日に帰国。わずか2泊だった。2日目はマカオへ日帰り見物をした。
約4時間の飛行。機内では「スーパー日本史」(講談社)を読む。夜、香港に着くと、出迎えの車が来ていた。ホテルに着いてからも、それを読み続けた。
2日目、目的の会食を終え、あとはフリーだ。フェリーに乗り、マカオまで1時間。元近畿大の選手だった上甲義則氏がポートに出迎え。彼はいまマカオ旅行社に勤めており、車まで用意してくれていた。
短時間でよくあれだけ世界遺産を回ってくれたものだ。感謝。マカオは漢字でさんずい偏に奥、そして門と書く。東洋と西洋、歴史と現代が混淆する街である。1999年12月20日、ポルトガルによる統治が終わり、中国に返還された。看板には漢字(中国語)とともにポルトガル語が併記されている。私は漢字が好きなので、それを眺め、ポルトガル語の訳を読むだけで楽しかった。
聖ポール天主堂跡、地下納骨堂、マカオ博物館(中には入らず)、聖ドミンゴ教会、マカオタワーなどを巡る。カジノ街が建設中で、その中で先行して営業しているベネツィアン・マカオに寄った。ラスベガスの先端技術を移行しただけあって、天井のオートメーション操作は素晴らしい。限られた時間で、上甲氏が上手く回ってくれた。
マカオのギャンブル総額はラスベガスのそれの2倍強、いずれ3倍になるという。中国人の人たちがギャンブル好きとはいえ、ラスベガスを超えているとは驚きだ。いずれマカオがラスベガスのようにスーパーファイトを開催するボクシングの都になるかもしれない。
夜は上甲氏の知人の人たちと会食。ポルトガル料理。いろいろ面白い話を聞く。上甲氏はマカオの文化や中国語を学ぶため夜学に通っているという。偉い。夜9時半のフェリーで香港に戻る。
マカオへ旅する人には、上甲氏のマカオ旅行社がお勧め。
連絡先は、yoshieu2000@yahoo.co.jp
今度来るときは、マカオに数日滞在し、もっとゆっくり世界遺産を鑑賞したいものだ。
(4−18−08)
3月中旬、前田衷氏の来訪があった。私が招いたものだ。私に万が一のことがあったら、蔵書の中から欲しいものを寄贈するからピックアップするようにといった。
40余年にわたりボクシングの本を集めてきたから、かなりの数になる。死後、散逸するのは心残りだ。植草甚一という洋書を買いまくった蔵書家がいたが、没後、その蔵書は方々に散逸したそうだ。どこかの古書店に並び、それがどこかの愛書家に読まれるならまだいい。価値の分からない家人により二束三文で屑屋に売られたり、捨てられたりし、焼却炉行きでは哀しい。
同じような考えで、故下田辰雄、梶間正夫、中村金雄先生の蔵書を寄贈された。私の蔵書にはそれも含まれる。
助手の久保田守君がリング・ジャパンに在職中、蔵書のリストを作ってもらっていた。その途中までのリストを前田氏に渡した。中村金雄氏の「拳の世界」などを年代別に(途中までは)整理してある。
もっと「これが欲しい、あれが欲しい」と指示すればいいのに、前田氏は遠慮したのか、中村氏のアルバム1冊だけを借りていった。
今度、宮崎正博氏、増田茂氏を招く。彼らが欲しいものがあれば、背に「宮崎」、「増田」とポストイットパッドを貼っておく。私の没後、家人はそれらを前田氏、宮崎氏、増田氏に送ればいい。
彼らが私がアンダーラインした箇所に目を留めてくれれば、先輩読書家としてこんな嬉しいことはない。
(4−9−08)
ワールドの「東洋から世界へ」の次の寄稿は、「肩を入れて打つことの効果」を主題とする。
パソコンで図を描き、肩を入れるための予備運動の写真を撮った。これは次に「リカルド・ロペスはいかにしてアラ・ビラモアを一撃で倒したか」を説明する前段階だ。
ボクシング科学講座を続けている間、コラムのタイトルを「東洋から世界へ」以外のものに変更した方がいいかもしれない。一度、前田編集長に相談してみよう。「続 ボクシングは科学だ」とか「続 ボクシング・アラカルト」とか。
(4−8−08)
「孤塁の名人 合気を極めた男 佐川幸義」(津本陽)を読んだ。大東流合気柔術の名人の評伝だが、80歳の老人が20代の若者より強いという話を読んでいてしびれた。それが年季を積んだ極意、こつだろう。
技をかける直前、肩の力を抜くということが強調されている。これをボクシングに援用すれば、構え(ガード)のとき肩に力を入れない、力まないということになる。
武田惣角という佐川幸義の師にも興味を持った。そんなに強かったのか。本を探してみよう。
(4−7−08)
こんなことがあった。
クリチコとイブラギモフのヘビー級統一戦があった日だ。生で解説するため早朝、電車に乗りWOWOWのスタジオに向かっていた。電車の中で若者が靴をはいたまま座席に寝そべっている。周囲の迷惑になることこの上ない。だが、誰も注意しない。いさかいの関わりになるのをおそれるためだろう。
彼が寝て占領している席を老人たちのために空けるよう私自身が注意しようか、と思った。万が一、その若者が歯向かってきたら、どうする。負けはしない。だが、いさかいになれば、WOWOWの生の解説に遅れるな、と思った。それは絶対によくない。だから、我慢して黙って見過ごし、乗り換えのため電車を降りた。不快感が残った。
このような街の中のいさかいになったとき、ボクシングは喧嘩の道具として過激すぎる。相手を傷つける。当たりどころが悪いと、大怪我をさせる。相手が鼻血を出すと、こちらの背広が汚れる。きわめて短時間でかたをつけないと、2人の男が車内で喧嘩をしているように見られる。相手と同じたぐいの暴漢と見なされる。もっと悪いのは相手が手を出してこない場合だ。口論になる。それは見苦しい。
昔、このような車内の武勇伝はいくつかあった。義を見てせざるは勇なきなり、と若い頃は思っていた。姿三四郎のような気分でいたのだろう。そのとき暴漢を取り押さえるのにコブシは使っていない。そのとき使ったのは子供の頃から父に習い、高校時代、体育の正課だった柔道だ。かつぎ上げて胴を締めた。投げたこともあるが、決して殴らなかった。
ボクシングは喧嘩の手段としては非常に不向きだ、と思う。コブシは凶器と見なされる。ジョー小泉が電車の中でいかなる正当な理由があろうと他人を殴れば、社会的問題になるだろう。テレビの解説、もろもろの執筆はやめねばならないだろうし、コミッションからサスペンドされ、マッチメークしている試合に支障が起こる。いま武勇伝をやれば、みんなに迷惑がかかる。
世の中のあらゆる武道家はこんなとき、どう対処すべきなのだろう。それを考えている。子供の頃、空手家が街の喧嘩で相手を殺した話を聞いた。その空手家は監獄に行き、道場は閉鎖された、と記憶している。過剰防衛だったという。こんな平和を求める社会になって自衛のための武力はどうあるべきか、と思う。
いま考えているのは「ソフトな武力」だ。車内のいさかいを取りおさめるのに有効で、かつ相手を傷つけない程度の武力。それは何か。それは合気道、あるいは柔道ではないか。格闘技として、その強さを比較するのとは逆の方向だ。どちらがソフトで効果的かという問題だ。
最近、合気道のテープを見て研究している。合気道は護身術として、つまり「ソフトな武力」としては非常にすぐれている、と思う。複雑な体さばきまで習得しなくても、簡単な技術で相手の腕の逆をとれば、十分活用できる。瞬間技なので、仕掛けられた喧嘩をごく短時間で処理するのに向いている。
先週の日曜、裏の剣道場を見学に行った。2時間半も見ていた。張り詰めたような雰囲気で気に入った。足さばきを見ていたが、ボクシングに活用できるものがある。年季を重ねるごとに技が磨かれる生涯武力トレーニングを生活の中に組み込もうと考えているが、それが剣道なのかどうか。そこで迷っている。
剣道をパスして合気道を極める方が、街のいさかいをおさめるのには効果的かもしれない。だが、私は銭形平次ではない。街中で、車中で、私がそんな若者をいさめる役をすべきか否か。そのために武力トレーニングをするのは、喧嘩の道具を磨くためなのか。それでは身体、精神を鍛える本来の目的から外れているのではないか。
剣道場で私より年長の有段者を見た。始めたら、私の性格だから熱中するだろう。中途半端にやりたくない。週3度のうち何度通えるか。後楽園ホールと試合と練習時間が重なる日、どうすべきか。日曜の朝稽古のとき、地方の試合のマッチメークで東京にいないときもある。習いだしたら、集中的に基本を習得すべきだ。それがスケジュール的にできるか。中途半端でやめて先生に対して失礼だ。
こんなことで悩むのもまだ元気なためだろう。残る人生でせねばならないことがある。英文の日本ボクシング史を書き残すことであり、その前に数学など理科系の勉強の復習を終えようと思っている。それは剣道や合気道より重要な私自身の課題だ。まあ、すぐに結論を出さなくてもいい。もう少し考えよう。
将来、好々爺になろうと目指している人間の考えることではないのかもしれないが、いま武道というものの自分の中における位置を検索している。
(4−6−08)
食事に食べ合わせがあるように、読書にも読み合わせというものがあるのかもしれない。
いま“Jim Norris and the Decline of Boxing ジム・ノリスとボクシングの没落”という本を読んでいる。読み疲れ、ふと読み出したのが「黒人差別とアメリカ公民権運動」(集英社新書)だった。こちらは新書だし日本語なので、すぐ読み終わった。
ひょっとすると「公民権運動の成果」と「現在の米国ヘビー級の低迷」との間に関連があるのではないか、と思った。
差別の緩和、黒人層の教育水準向上、生活レベル向上、政治経済への参画――それらの要因が黒人層のプロボクシング参加低減に関与しているのでは?
彼らのプロスポーツ全般への参加が減ったわけではない。アメリカンフットボール、ベースボール、バスケットボールでは以前のように黒人アスリートが活躍している。しかし優れた大柄な運動選手のボクシングのヘビー級への参入が減少しているのではないか。そこにボクシングの特殊性があるのかもしれない。
現在のような旧ソ連、欧州の独壇場はいつまで続くのか? それは単なる一時的現象なのか? あるいはまたアリ、フレイジャー、フォアマン、タイソン、ホリフィールドのような米国の逸材が世界のヘビー級の覇権を奪回するのか?
あと20年くらい世界のヘビー級地図を見守れば、その答が出るかもしれない。そのころ、私はもう隠居して晴耕雨読の生活をしているのだろうが。
(3−25−08)
NHKで「ミラクルボディ」という番組をしていて、2回目は水泳のマイケル・フェルプスに焦点をあてていた。足首のバネの柔らかさに感心した。
これに刺激を受けて、最近泳ぎに行ったとき、水中でシャドーボクシングをしている。空中では気がつかない抵抗が水中では感じられる。構えたまま真直ぐ出すストレートとヒジがあがるクロス気味の右ストレートとでは水の抵抗が違う。
肩、ヒジ、コブシが作る平面内でパンチの軌道を描くのが効率的である(抵抗が少ない)。いまストレート以外のパンチで実験中。
プールでシャドーボクシングをしているのは私くらいなものなので、すいている時間帯を選んで水泳に行っている。
今日は体調がよい感じがしたので、昼、泳ぎに行き、共同通信の随筆を書いたあと、ボートを漕ぎに行き、そのあと夕方バドミントンをした。動きすぎだ。夜、習字をするエネルギーが残っていなかった。だから夜は寝転がって本を読んでいた。
(3−23−08)
ボクシングワールドの「東洋から世界に」に、『偏心を利用した強打法』について書いた。図も自らパソコンで描いた。15日発売だから、もうすぐ出るだろう。
こういうものを書かねばならない。他の誰にも書けない。私は自分の体で実験しているアスリートだ。この偏心強打法を書くために何年もかかった。他人には教えず、自分だけの秘伝にしておきたい気持ちもあった。しかし、みんなの意見も聞いてみたくなった。
3月1日の新井田、バレラ戦の前に出来上がっていたが、前田編集長に送るのを1日のばしにし、送ったのが確か3日だった。何度も読み直し、もっと分かりやすくできないか、とそのつど部分的に書き直した。
これだけ分かりやすくする努力をして理解できない人がいるなら、それはそれで仕方がない。分かる人だけ利用してもらえばいいことだ。
昔「ボクシングは科学だ」という本を出したが、約20年後のいま、その続編のつもりで書いている。12回から36回くらい続ける。書くべき題材は山ほどある。ただし、根気と体力が続くかどうかだ。
(3−13−08)