ジョー小泉のひとりごと 2007年5〜6月


東京だよ、おっかさん

十数年ぶりに母が上京してきた。大正十三年生まれだから、八十三歳である。先年、白内障の手術はしたが、その他は元気だ。毎朝、神戸の須磨の浜で開かれているラジオ体操の会に出続け、九千回を超えたそうだ。今月、十五日には市役所で表彰を受けるという。いまグランドゴルフの集まりに出て、ホールインワンを数度したそうだ。傍らの老人に「ホールインワンはまぐれだ」といわれたので、それからすぐまた入れたという。老人会のホールインワン記録を持っているらしい。負けず嫌いのお転婆はいまも変わらない。五十九で父が逝ってから二十八年。大体、女というのは亭主が亡くなってから元気になる。

うちはスポーツ一家である。
亡父 柔道
母 陸上競技(いまでもすぐ走る)
妹 水泳、バレーボール、いまはテニス
私だけ特定のスポーツには凝らなかった。ただ若い頃からいろんな護身術に興味を持った。暴漢に襲われたときに自分の身を衛る術(すべ)は身につけておきたかった。相手が大きかろうが、刃物を持っていようが、闘う方法はある。ただし、それを業とはしない。

妹夫婦と三人、昨年末に引っ越した新居に泊まりにきた。五月三日の世界戦興行が終わってから、今月は無性に本が読みたくなり、この月だけで四十冊を越えた。といっても新書が多く、一冊三時間もあれば精読できる。日曜など一日に五冊読んだ日もある。今月は五十冊を超えそうだったが、母が来たので読書はしばし中断。別に五十という数字にこだわる必要はない。本より親族。

二十五日の午後一時五十分に羽田に着き、家内が車で迎えに行った。私は帝拳ジムでのリナレスの世界戦発表に出てから、先に自宅へ戻り客を迎えるための整理をした。五時前、母たちが着き、あとは歓談。普段、東京の私とはつきあいのない親戚の近況を聞いた。親族や わるき報あり よきことも。

土曜、はとバスに乗った。私は家で本を読むか、習字をして、新宿の乗り場まで送るだけでもよかったが、付いていった。ポケットに入れていったのは、「暗記用 フランス小文法」(白水社)だけ。進光ジムのパリでの興行は十一月ごろだから、それまでに復習し使いものになるように特訓中だ。

皇居前、浅草寺、東京タワーの半日コースだ。
ここが二重橋、記念の写真を撮りましょう(島倉千代子)。楠正成の像があり、彼らに少し日本史の講義をした。東京の三大銅像は、他に靖国神社の大村益次郎像、渋谷の西郷隆盛像がある、とガイドが説明してくれた。真夏並みの陽射しの下、玉砂利の上を歩く。宮中参賀の日程とか、入場の方法も聞いた。なるほど。

最近、英和対訳「武士道」を読んだ。新渡戸稲造の本だが、英語で一章読んでは日本語訳を読み直した。この講談社バイリンガル・ブックスの他の本も読み、英語で日本史をコンパクトに説明できるよう自分に課題を与えてみよう。日本の由来、東京の歴史を自分なりに外国人に説く方法に興味を持つ。

浅草寺は土曜だけあって大変な人ごみだった。母や妹は人形焼やちょっとした土産を買っていた。私はそれを持つ係だ。必勝や大和魂の鉢巻を売っていた。それを巻いて机に向かい、眠くても精神を引き締め勉強する自分の姿を想ったが、それは格好が悪いから買うのをやめた。線香の煙を手ですくい、頭や体に当てると、賢くなり痛みがとれるという。私もそれをしろ、と母がいう。こんなのは大嫌いなのだが、苦笑しながら付き合う。

賽銭をあげ手を合わせ、みんな祈る。後で見ていたら、親族たちが真面目に祈っている。そこで私も参加した。
一 もう一人世界チャンピオンを作れますように
二 死ぬまでに十ヵ国語を本国人並みに読み書きできるように
三 日本のボクシング史を英文で書き残せますように
みんな駄目そうな気がする。そこがお祈りだ。百円でこれだけ頼むのはトゥーマッチ(過大)かな。

東京タワーもすごい混雑だった。建ってから何年になるのだろう。いまだにこれだけの人が訪れるというのは、東京以外の日本人口の約九割が一度はこのタワーに昇るということかな、と思った。展望台で母にあの大きな建物は何か、と問われ、答えに窮した。私は東京に住んで三十二年だが、出不精だから東京の田舎者だ。その地に住んだからといって、隅から隅まで知る必要はなかろう。いつもこの悪い頭の中を整理することに汲々としている。だから地理を覚えない。そんなことどうでもいいのだ。必要があれば、地図かナビを見ればいい。母のガイド役としては落第。

丸の内で五時前、解散。料理の講習会に出ていた家内が車で来て合流するはずだったが、ちょっと遅れるという。そこで新丸ビルに入り、四階をウィンドーショッピング。途中、文具屋をのぞくと、ドイツのステドラーの文具が置いてあった。何か買おうと思ったが、ゆっくり選択して買うには時間が限られている。この前、ドイツへ行ったとき、文具店を回ったが、日本製が多くて興ざめしたことを思い出した。

家内と合流し、寿司屋で早い夕食をとり、銀座を通って帰宅。途中、車を停めてもらい、伊東屋でA4版のルーズリーフを買った(新丸ビルの文具店には適当なものがなかった)。エレベーターが遅いので五階まで走ってあがった。目指すものを選び、スペアの用紙も一緒に買い、車に戻るまで十分間。買い物というのは対象が決まっているときは、このようにてきぱき処理しないといけない。まして人を待たせているときには。

帰宅が八時前で、お茶を飲みながら談笑。家系について何か書いて残しておく必要を感じた。誰がするかとなると、やはり私だろう。妹の主人は私より年長で定年退職し、御影の家から垂水のマンションに移り、悠々自適、釣り三昧の毎日だ。彼はそんなことに興味がなさそう。途中、一時間だけ上にあがり習字をし、それをみんなに見せた。一族の中では妹が一番字が上手く、「まだまだ線が硬い」といわれた。

日曜、車で三人を羽田まで送る。スカイマークの三時半の便をとっていて、空港に着いたのが一時。チェックインをするとき、一時十分の便が一時間遅れで二時十分発になり、それに変更できるという。早く神戸に帰れるのでそれに変えた。一時半に彼らと別れ、車に乗り二時半には自宅に着いた。すぐ床屋に行き、帰宅して「渡辺一夫敗戦日記」の残り少しを読みきり、岩波新書の「ブレア時代のイギリス」を再読。それが終わり、江戸川乱歩全集(光文社)を読み出し寝た。

事後譚があり、翌日、母が携帯を忘れたかもしれない、と電話してきた。家内と一緒に探したがない。半時間ほどすると、ハンドバッグの下にあった、という。探しただけ時間のロスだが、そんなこともあるだろう、八十三歳だから。親戚が来ると疲れる。楽しんでもらおうと気をつかうからだ。寺田寅彦は四国などから血のつながったものが上京すると、大学教授で忙しいなかを必ず会いにいき激励の言葉をかけたという(そのひとりが安岡章太郎で、「僕の昭和史」か「対談集」に書いてあったと思う)。偉い。私はこの三日間、寅彦にならった。
(5−28−07)


米倉は判定を盗まれたか?

リング・ジャパンの会報に「あの頃、ボクシングはー」と題したコラムを書いている。
いま昭和30年代を振り返っているところで、今月は昭和35年(1960年)5月23日の世界バンタム級タイトルマッチ、ジョー・ベセラ対米倉健志戦を回顧した。

半日がかりで、当時の資料を読み返し、自分の想い出をつむぎ出して書いた。現代の視点からこの試合を振り返り、その後この試合がおよぼした影響を考えた。

今後、時間があるときは、このような掘り下げ方をしなければいけない。
会報は17、18日ですべて発送します。
(5−18−07)


SCORING STANDARDS TO BE REFORMED

Comments on the De La Hoya-Mayweather decision

This is to suggest the current scoring standards to be reformed for the sake of better decisions to be accepted by the general public, not only by the ringsiders. I was a TV commentator of the Oscar De La Hoya versus Floyd Mayweather Jr. fight on a live telecast in Japan. I, along with great majority of TV watchers, thought De La Hoya the winner because of his continual aggressiveness.

During the broadcasting in Japan, we, after the eighth round, got shocked to hear an HBO commentator’s intermediate score of 77-75 in favor of Mayweather, as we saw De La Hoya winning by 78-74 on watching the screen signaled from Las Vegas. We admit it was eventually a close affair in the end due to Mayweather’s surge in the last four rounds. It was also surprising for us that many of ringsiders favored Mayweather as the winner even if it was close.

Usually boxing bouts are broadcast by TV people and reported by press people. Where do they watch the fights? At ringside, of course. They are limited “RINGSIDERS.” Assume a situation that some 1,000 ringsiders close to the ring see Boxer A as the winner, while people in the balcony and TV watchers around the world, on the contrary, see Boxer B as the victor. It actually happened in the case of “The World Awaits” in Las Vegas.

Boxing is a sport to be watched not only by limited ringsiders but by the general public in the world. People cannot afford to pay $2,000 to buy a ringside ticket, so they watch the fight on TV. Ideally, the views of the ringsiders and the general public should be identical. Ironically, however, the current scoring standards sometimes make the respective views different.

The scoring standards consist of: (1) clean effective hit, (2) aggressiveness, (3) defense, and (4) ring generalship. Furthermore, there is a tendency that even a very close round is given to either of the two boxers. It may be sometimes difficult to judge whether a certain punch (or combination) was effective or not, and which of the boxers was superior in terms of ring generalship. People watching from the second floor or on TV feel that the aggressor should be the winner. But the ringsiders, including the judges, see it differently in favor of the other boxer. It means that the rich and the poor see a different thing in the same fight.

Yours truly wonders if currently declining popularity of boxing may be caused partly by the complex scoring standards or understanding thereof. The judges occasionally pick the winner that people don’t agree with. Then TV watchers and/or majority of spectators (except ringsiders) get disgusted and frustrated by the decision.

Boxing should be simpler to the eyes of all the general public in order to regain the popularity. Boxing used to be a manly sport to compare strength, speed, fighting spirit, durability and skills. But it is turning into a different sport since the current scoring standards evaluate slick-punching and sly boxers more favorably than game and aggressive punchers. In the near future all world champs may become Floyd Mayweather stylists.

We may have to reconsider the current scoring standards, its application, or the validity of forcibly scoring an even definitely close round for one of the contestants, etc. in order to revive the popularity of boxing among the general public.