計量は4時。それまでにオフィシャルの福岡観光をしてホテルに帰りたい。福岡在住のドクター山田の案内で、愛宕神社へ登り、福岡の全景を眺める。西暦72年に建てられた福岡最古の歴史ある神社だという。元々縁切りの神を祭り、禁煙、禁酒、女との縁切りを願う神社だという。「プレイボーイ諸君、ガールフレンドと円満に別れたいものは賽銭を入れて拝むといい」とオフィシャルにいったが、年寄りばかりなので、「何をいってるんだ」といった顔で見られ、まったく受けなかった。冗談の通じない奴らだな。
次に東長寺に行き、福岡大仏を見た。さすが大きい。案外新しく、昭和63年から4年をかけて出来上がったそうだ。この寺は真言宗で、弘法大師筆千字文の絵葉書を買った。槙材一本で彫られた、明治時代の国宝(ということは現在は国宝ではないらしい)、千手観音菩薩が安置されている。こういったものを外国人に説明するのはなかなか難しい。
計量は越本、ロペスともリミット一杯でパス。6時からレセプションがあり、アナウンサー、兼進行役。何でもやるのだ。途中、越本選手がちょっと顔を出し盛り上がった。最後は後援者の皆さんの前で川柳を一句披露してお開き。
「皆さん、越本選手を支援していただきありがとうございます。100のことをスペイン語でcien(しえん)といいます。これを憶えておいてくださいよ。そこで、最後に一句。
皆さんの
支援(cien)いただき
勇気100倍」
これは受けた。
越本選手、明日は頑張ってほしい。
(7−29−06)
事務所を出たのは
25日 午前2時
26日 午前12時半
27日 午前2時
だから、過労じゃなかろうか。
昨夜は明日からの出張の用意をして寝たのが4時で、6時に起床し、9時45分の福岡行きの飛行機に乗った。機中、ずっと寝ていた。
福岡に着き、ほぼ同時刻に着いたレフェリーのイアン・ジョン・ルイス氏と一緒にホテルにチェックイン。午後3時から調印式、記者会見。ドクター山田、小池局長、桑田さんと再会。越本選手は体調がよさそうだ。挑戦者ロペスは22歳とあって若々しい。
セレモニーが終わり、堀マネジャーと精算し、夜6時からのレセプションにオフィシャル、JBC諸氏とともに出席。乾杯の音頭をとらされた。何でもしよう。ホテルに戻ると、立会人のレックス・ウォーカー氏、ジャッジのエド・クグラー氏がチェックインしているところ。
コーヒーショップで歓談してから、仕事の整理をし、電話をかけてから、珍しくマッサージ(眼精疲労用マッサージ)を頼む。「お客さん、首の筋がパンパンですよ」と言われた。ランディ・スイコが石のコブシなら、マネジャーの私は石の肩こりか。
私の通常のマッサージは水泳で、水圧マッサージと思っている。8月2日が終わったら、泳ぎに行こう。習字も再開しよう。本をもっと読もう。いまは目先の仕事を消化するのが先決。もうひとがんばり。
(7−28−06)
朝4時に起き、5時に出る積りがもたもたして5時20分に家を出、成田空港着が6時半。7時半着のフアン・ホセ・ランダエタを出迎えるためだが、早く着きすぎた。1時間インターネットを見たり、メールを送ったりして時間つぶしをしてから空港へ。
朝早すぎるため10時からホテルでランダエタのインタビューがあり、その通訳。家へ帰り、1時間くらい仮眠しようと思ったが、何とランダエタが到着したばかりなのに、午後3時から練習をするという。自宅にもどり、急ぐ仕事を片付け3時にホテルに迎えに行き、帝拳へ。
寝不足の身体にはジムの熱気はこたえる(普段は平気なのだが)。下に降り、アイスコーヒーを飲みながら、リング誌を読んでいた。午後5時ちょうどに練習を終えてジムを出、ホテルまで送る。マウスピースを忘れたというので、ホテルの部屋でウィニングのマウスピースを作ってやる。これが30分はかかった。世界戦をするボクサーがマウスピースくらい忘れるなよ。そのマウスピースの出来栄えがよく、感謝された(これも明日以降の行事に気持ちよく協力してもらうため)。
帰宅して、ほぼ出来上がっていたスポーツ報知の「ウィークリーBOXING」を近藤デスクにメール出し。8時までといわれたが、帰宅が遅くなり5分遅れた。
事務所に出たのが夜8時半。結局、事務所を出たのが深夜の2時。ランダエタが8月2日の勝者が受け取るチャンピオンベルトを持ってくるのを忘れたため督促。未定の世界戦オフィシャルの来日離日日程の督促、確認。WBA、WBCオフィスに連絡、確認、要請など(すべて今日処理しておくことが望ましいことばかり)。朝4時に起きて、寝たのが朝4時だから、長い一日だった。マッチメーカーというのは、頑張るときには頑張らなければ。体力と気力が要る。いつまでこんな無理ができることか。
(7−25−06)
名城、カスティーリョ戦の第1ラウンド開始が2時45分。カスティーリョの傷はまるでざくろが割れたようだった。縫合手術が終わり、ホテルまで連れて帰り、自分のホテルに戻ったのが5時20分ごろ。オフィシャルが着いたのが5時半。6時からのディナーの手配をして、すぐチェックアウトする予定だった。7時45分発福岡行きを予約している。越本の挑戦者ロペス一行を出迎えるためだ。
オフィシャルの明日の空港行きリムジンバスの説明などをしているうちに時間が経ち、南海電車のラピート6時半発に間に合わなかった。次のラピートは7時発。これでは間に合わない。急行の6時40分発が関空につくのが7時29分。これでも7時45分には間に合わない。
ああ、FUKUOKAジムの堀マネジャーと福岡空港で合流する予定なのに・・・。なんばの駅を出て、タクシーの運転手と交渉。「関空まで精一杯とばして何分かかりますか?」と訊くと、「まあ1時間やね、混んでぇへんかったら」という。「割り増しを出すから7時20分までに着けませんか?」
「ほんなら、やってみよか」
「料金は大体いくらですか?」
「まあ1万5000円ちゅうところとちゃう」
「じゃ、2万円出しますよ、もし7時20分までに着ければ」
金の力は大きい。運転手のとばすこと。名城の試合の英文リポートを打ってもよかったのだが、間に合うかどうか心配なのと、車の揺れが激しいので、次から次へと他の車を追い抜くを見つめていた。
着いたのが7時15分。なんばから関空まで40分。すごい。間に合った。2万円払おうとすると、メーターの料金は1万2000円だから、「1万5000円でよろしおまん」とまけてくれた。良心的な運転手だった。
9時に福岡に着き、9時45分着のルディ・ロペスの便をTVクルー、記者諸氏と一緒に待つ。一行はなんと9名(あと2,3人来るそうだ)。空港でインタビューの通訳をしてからホテルへ。
RJ通信員のドクター山田と会い、ランディ、ディアス戦の韓国語バージョンのテープをもらった。感謝感激。地下鉄で空港まで2駅だという。ドクターを駅まで送り、部屋にもどったのが12時。ああ、そうだ、FIGHTNEWSの詳細リポートを書かなきゃ(ショートリポートはもう会場から送っておいた)。30分で書き終わり、風呂に入り寝た(FIGHTNEWSの私のリポートを見れば、私が30分で書ける量がわかる。名城の勝利で筆がよく進んだ)。
朝8時半に彼らの泊まるホテルに行き、一緒に歩いて山王公園まで。彼らは5人(中年のマネジャーそしてビジネスマネジャー、バレラの兄弟も)一緒に走る。「自分たちで帰れるな」と念を押し、自分のホテルにもどりチェックアウト。
今度は名古屋行き。午前11時25分発。12時40分着。ああ、そうか、中部国際空港セントリアは小牧じゃないんだ。ええい、面倒くさい。タクシーに乗った。あとで後悔したが、タクシー料金が1万7750円。名鉄で名古屋まで出て、そこから小牧パークアリーナへ向かうべきだった。それなら名古屋まで1000円、そこからタクシーで5000円程度。約3分の1で済んだ。こんなタクシーの使い方をしていると、RJの経理に厭味をいわれる。
2時開始に間に合わなくても、中村つよしと大場浩平の試合に間に合えばよかったのだが、名古屋の現地スタッフFさんとの待ち合わせがあった。約束をしているのに人を待たせるものではない。タクシー代2万円弱の価値はあった、と思いたい。まさに時は金なり。
名古屋の試合が終わり、松田会長に名駅(名古屋の人は名古屋駅をそう呼ぶ)まで送ってもらい、自宅に着いたのが8時半。家内の顔を見るのがひさしぶりな気がする。古い名古屋弁に「やっとかめ(ひさしぶりですね)」というのがあるが、そんな感じ。数えてみたら3日半か。その間にあまりにいろんなことが起こり、名城がチャンピオンになるハプニングが生じた。名城の出来は素晴らしかった。
今月は7月2日のマニラのパッキャオ、ラリオス戦に行き、6日から17日帰国までアメリカ。20日から23日まで、大阪―福岡―名古屋―東京だから、まるで旅がらす。
あと7月30日と8月2日の世界戦を消化したら、ちょっと休めるかな。
(7-24-06)
6月26日にランディ・スイコの世界タイトル挑戦が決まってからの3週間、それは自分の半生で最も生きがいを感じた楽しい時だった。
自分の選手が世界戦に出る喜び。世界チャンピオンが生まれる期待。本場アメリカで、しかもシェーン・モズリー対フェルナンド・バルガスの再戦という全米ペイパービューのビッグカードのアンダーカードで戦える誇り。
ランディのマネジャーになって6年、やっとチャンスが訪れた。ランディにはまだ欠点がある。だが、一発の威力は世界レベルでもトップクラスだ、と思う。「強く打て。それでタイミングを合わせろ」とつねに言ってきた。左フック、右ストレート、右クロス、右アッパー、左アッパー、どのパンチも体重を乗せ速く振り切るトレーニングを重ねてきた。ランディが本来持っているハードパンチャーとしての素質を殺さぬためだ。確かに単発傾向はある。あまり連打はしないが、タイミング合わせはキャリアを積み上手くなってきた。
英語にPuncher’s Chanceという言葉がある。強打が当たるかもしれないという期待だ。ランディには誰と対戦してもその期待がある。これまで24勝21KO2敗だが、そのノックアウトはいつもスリリングだ。ランディが世界王者のフアン・ディアスを倒し、タイトルを奪う。ディアスを仕留めるいろんなパターンが思い浮かんだ。
Nothing to loseという言葉もある。「失うべきものがない」という意味で、負けてもともと、と訳せる。世界戦のわずか3週間前、ラクバ・シンの代理として挑戦する。もちろん勝ちたいが、負けてもいい。思い切りのいい勝負をして、アメリカの関係者に実力を披露すればいい。それはランディの将来につながる。
ランディのもうひとつの特長はタフネスだ。これまでよくあんな強いパンチを食って倒れなかったなという場面が数度あった。本人はケロッとしている。足にきたこともない。アゴもボディも強い。試合後、「あれはきいただろう」と問うと、「別にきかなかった」という。「だからお前はディフェンスが甘いんだ」と叱るが、あの驚異的な打たれ強さは強力な武器だ。
そのうえ練習熱心でスタミナがある。南アフリカで世界1位と2位で指名挑戦者決定戦をしたとき、最終回にラッシュをかけ相手のムゾンケ・ファナをダウン寸前に追い込んだ。あの試合は2回と4回にダウンを奪い、最終回も10―8なのに2−1の地元判定で負けた。敵地の黒人地区ソウェトでフルラウンド戦ったのは、5試合分くらいの経験になったはずだ。
昨年9月、ハビエル・ハウレギに撹乱され2−0の判定負けをしたときも、後半の5ラウンドは必死に追い上げた。11回まで負けていても、最終回に一発で倒す力と精神力がある。
当たれば誰でも行く。問題は、得意の強打が当たるかどうかだ。ファニト・アブラカ・トレーナーはもう少し相手のディアスを研究したかったようだが、私はこんな出たとこ勝負が好きだ。振って沸いたチャンスだ。失うものはない。
結果は9回TKO負けだが、あんな早いストップはない。ダウンもないし、きいてもいない。悔しいのはあのような消耗戦の展開になれば、あと3ラウンドの間に倒すチャンスがあったのに・・・。負けた悔しさより、途中でストップされた悔しさがある。
翌日、ロス経由日本へ帰るとき、現地の新聞ラスベガス・レビュージャーナルにディアスースイコ戦の記事が出ていた。その中に、ディアスのコメントがある。「Suico was pretty tough. He came to take my title and he was very strong. He came out punching from the opening bell」。
負けてリングを降りようとしたら、この大興行の広報がリング内から私に感想を求めた。「ストップが早すぎる。最後の3回でディアスをノックアウトする作戦だったのに、レフェリーは早くストップした。ディアスはランディのボディブローで失速していたじゃないか。こんなアンフェアなストップはない」と言った。ちょっとオーバーだったが、マネジャーは自分の選手の将来をプロテクトするため、このくらいは言うべきだろう。
ディアスは思ったよりいい選手だった。パンチのパワーこそないが、攻撃力と固い防御を持ち、しかもタフで精神力がある。ランディが打つ、ディアスが打ち返す、という連続だったが、相手の方がディフェンスが固く、パンチの的中率が上だった。それは認める。ランディの防御の甘さを批判する評を見たが、それはこちらの作戦のせいもある。身長で約10cm小さいディアスにアッパー攻撃をかけ、さらに中盤に徹底的にボディを攻めたので、ガードへの返りが悪い面があった。そこを突かれた。相手にパンチがないから少々打たれても打ち合い、一発を当てようとした。その一発がヒットしなければ、あのような展開になるのは仕方がない。
ポイントは、1回、6回、7回を取ったと思う。6回はボディ攻撃で攻勢を取りながら、ラウンドの最後で相手が連打で反撃してきたから、ジャッジはディアスのポイントにしたが、相手の方がダメージが大きい。ただ8回の出来が悪かった。打ち疲れたのか、体が起きコンビネーションを受けた。9回にディアスがラッシュをかけてきて、ランディがバランスを崩しロープに後退した。そこでストップ。レフェリーに抗議するジェスチャーを見せようと思ったが、HBOテレビのコメンテーターやカメラがどっとリング内に入ってきたので、それができなかった。
ファイトマネーは小切手でくれるから、カジノのキャシャー(現金係)で金を受け取っていたら、後にディアスのトレーナー、ロニー・シールズがいた。「どうだ、これまでの挑戦者で一番強かっただろう」というと、「イエス、ベリー・ストロング」といった。「Let’s make a rematch じゃ、再戦しようぜ」というと、彼は苦笑していた。
ランディの鍛え直すべきポイントが明らかになった。試合後、ファイトマネーを渡したあと、反省会をした。今後の強化項目を3つメモに書き、ランディとアブラカに渡した。ランディは、「ディアスは強くない。もっと研究して戦えば、この次は勝てる」と言う。
しかし、ディアスは悪いチャンピオンじゃない。これで30戦全勝15KO。動きが機敏で、パンチにスピードがある。しかもガードが固いうえ、体をよく振るからなかなか的を絞れない。あんな動く標的を捕らえるには、特別なコンビネーションの組み立てが必要だ。帰りの飛行機の中で、あれを打っていれば当たったのにというコンビネーションを思いついたが、それはあとの祭り。試合前、あるいはセコンドをしている最中に、それをランディに指示すべきだった。それも悔しい。
敗北というのは苦い(BITTER)。しかしいまの気分はなぜか甘い(SWEET)。ランディがいい試合を見せたというせめてもの満足感ゆえか。あるいは「今後上手く鍛えれば、もっといい選手になるだろう」という将来への期待感のためか。あるいは、キャリアの間に一度は世界挑戦の機会を作ってやれたという達成感のためか(負けて達成感を覚えるのも変な話だが)。
振り返れば、楽しい思い出ばかりだ。本当にこの3週間は充実していた。比国へパッキャオーラリオス戦を見に行き、そこで3日間、ランディのトレーニングをチェックした。調子はよかった。体重はこの2週間前から練習が終わるとちょうど135ポンドのライト級リミットを持続し、ずっと普通に飲み食いしながら調整できた。
パッキャオの試合の翌3日、2人をマニラからロスへ送り出し、私は日本で仕事を消化してから6日にロスへ入った。ロスではルディ・エルナンデス氏に世話になった。感謝したい。スパーリング・パートナーを務めてくれた元世界王者のカルロス・エルナンデス、世界5位のウルバノ・アンティリョン、ホセ・ルイス・ソトに感謝したい。かれらとのスパーでもランディはほとんど打ち勝っていた。みんなに「ディアスに勝てるチャンスがある」と激励されていた。
ロスのメキシコ人地区にジムがあり、このあたりは治安が悪いそうだ。ただし、練習が朝11時(土曜は10時)からというのは、身体がまだ覚めきっておらず、決していい練習時間とはいえない。しかし郷に入れば郷に従え、という。ロードワークは陽が落ちた午後7時からで、夕食が8時半ごろになる。もっと早く夕食を終えさせ、寝るまでの消化時間をとりたいのだが、それもいいスパーリングのため我慢しないといけなかった。
9日の昼にラスベガスに入ってからは、ラスベガスVIPサービスで帝拳USAのAKEMIさん、NOBUさんの世話になりっ放し。心から感謝している。NOBUさんは朝5時からのロードワークのため、4時45分にはホテルの前に出迎えに来てくれた。私は4時に起き、ランディとアブラカを起こし、一緒に行った。ルイシトがチャンピオンの頃、私は朝一緒に走ったが、今回はやめた。マネジャーとしてロードワークに付き合うより、もろもろの手配に注意を払うべきだ。専念すべきは、ランディの体調の微調整だ。よりいいコンディションでリングに上げてやりたい。そればかり考えていた。
ロスに着いた翌日、ホテルのプールで泳いだ。上がって裸のままベッドでうたた寝をした。しかも冷房をかけたままだ。鼻かぜを引いた。これは警鐘で(風邪も軽症ですぐ治ったが)、選手の世話のため早く渡米したのに風邪をうつしてはいけない、と思い、少々熱くても水泳を我慢した。習字の道具も持ってきていたが、これも封印。好きなものを断ち、ランディの世話に専念した。
気をつかったのは、あまり長い時間、彼らの部屋に居座らないことだ。私が側にいると、どうしても選手が緊張する。私の存在自体が期待の重荷になってしまう。だから、時々部屋をのぞき、昼寝をしすぎないようチェックするだけにした。昼間、トレーニングの疲れがあってもあまり長く寝すぎると、夜寝られず、時差が取れない。何のために早く来たか分からない。もちろん、食事の時間はランディに合わせるから、朝食と夕食はずっと一緒だった。
自分でミットを持つのも、毎日1ラウンド程度に留めた。アブラカ・トレーナーの領域を侵さないためだ。私は元々トレーナーだから、マネジャーとしてトレーナーの面子(めんつ)を立て、彼のプライドを傷つけないよう留意する。チームワークを盛り立てることを考える。ランディとアブラカの練習を見ていて、もっと言いたいことは山ほどあったが、それを我慢した。あと1週間を切って、細かいことをいいすぎない方がいい。私が注意したのは、バランスを保つこと、腰が高くならないこと、打ち終わったら早くガードにもどること、そして力まないこと程度だ。
12日に記者会見があった。MGMグランドに設置されたリングの側の特設記者会見場で、トリプルメインイベントに出場する選手とマネジャーがひな壇に並ぶ。第1メインイベントの挑戦者ランディのマネジャーだから、私が最初のスピーカーだった。私は比国のボクシング史を語り、ミドル級(セフェリノ・ガルシア)、スーパーライト級(ロベルト・クルス)、スーパーフェザー級(フラッシュ・エロルデなど)では世界王者が出ているが、ライト級ではまだチャンピオンが出ていないことを説明した。
途中、聴衆の中のAKEMIさんが私にサインを送る。それが何かわからない。ネクタイがゆがんでいるのかな、と思った。そのまま続け、最終メインのモズリー、バルガスのスピーチなどが終わり、プロモーター格のデラホーヤと握手して壇上から降りた。AKEMIさんに言われた。「ジョーさん、メインじゃないから、あんなに喋っちゃ駄目ですよ」と。彼女は「もっとスピーチを短く」と合図していたのか。反省。
ランディを応援していただいた皆さん、ランディとスパーリングをしてくれた選手諸君には申し訳ないが、今回は負けた。このクラスはレベルが高い。かなり鍛え直さないと、世界は獲れない。少々パンチがあるだけでは駄目だ。パンチとスピードとテクニックをミックスした強さを築かないと、世界の頂点には届かない。その反省が今回の世界挑戦の成果といえるかもしれない。
(7−20−06)
これからアメリカに出かける。
7月15日、モズリー、バルガス戦のアンダーカードにWBAライト級タイトルマッチ(指名戦)が予定されていたが、チャンピオンのフアン・ディアスに挑戦するラクバ・シンが出場不能となり、ランディ・スイコがピンチヒッターに選ばれた。この試合を作ってくれた皆さんに心から感謝している。
ランディとアブラカ・トレーナーはもう3日にロサンゼルスに入り、元王者カルロス・エルナンデスなどとスパーリングをしている。9日にラスベガスに移動する。
マッチメーキングの依頼を受けている会長諸兄へ:
事務所とはつねに連絡を取りますので、用件を伝えていただければ直ちにメール、FAXまたは電話で会長に連絡させていただきます。17日に帰国します。ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願い致します。
(7−6−06)
July 3, 2006
MANILA, PHILIPPINES
We enjoyed enthusiastically witnessing the “Thriller in Manila #2” that resulted in Manny Pacquiao’s crowd-pleasing performance in defeating game and gallant Mexican Oscar Larios at the Araneta Coliseum yesterday. This reporter carefully reviewed the fight on TV after returning from the arena since ABS-CBN TV continually showed it time and again. My simple question is: Why can Pacquiao hit so hard or so effectively?
Watching the fight again on TV, I realized the Filipino sensation threw just hand punches without putting the weight behind his punches. But his attack was so destructive that he dispatched Marco Antonio Barrera and Erik Morales, and dropped Juan Manuel Marquez three times and Chololo Larios twice.
Juanito Ablaca, a long-time trainer in Cebu having watched Pacquiao training since his flyweight days and now handling ex-OPBF champ Randy Suico (who is scheduled to have a shot at the WBA light belt against Juan Diaz on this coming July 15), analyzed as follows: Pacquiao may look to throw only hand punches, but he hits from the shoulder. So, his hand-punch-looking attack is much more effective than it looks. Pacman is a natural hard-puncher from the beginning of his career.
Rafael “Cobra” Mendoza, the business manager of the good loser of Larios having represented 18 world champs out of Mexico, talked about the secret of Pacman’s power punching at breakfast on the next day. “Larios said Pacquiao didn’t hit so hard as expected. Chololo said he received just one punch, very effective, in the sixth or seventh. But his combination was too fast for Larios to react and defend against.”
That is the point. Pacquiao carries his flyweight speed in punching and moved up to the 130-pound division, so his punches are almost invisible for his slower opponents. Furthermore, Pacman is a lefty. His southpaw left hand quickly comes straight to your button or to your eye. The velocity of his punches produces the tremendous effect when his opponent takes Pacman’s quick shots without proper reaction.
This reporter, who once wrote a book titled “Boxing is Science,” insist that boxing isn’t a barbarous martial art but depends on the science. You can soften or decrease the damage in receiving punches by even a small movement (head-slipping, weaving, ducking or swaying back, etc.) of your head or upper body. That is the natural reaction of the boxer. Should a thrown ball come to you directly, you, even common people, usually dodge to avoid it (a collision of the ball to your body, especially to your eyes). Your reflexes make it. How and why do your reflexes work? Because your eyesight instantaneously catches the object (the ball) coming to you. A blind person cannot avert it colliding with him.
On the same logic, the boxer usually can avoid his opponent’s punches by sensing them coming. The most difficult to avoid is invisible punches coming from unseen angle. At the middle or close range, Pacquiao hit so fast combination for Barrera, Morales, Marquez and Larios to react against. There are few southpaw boxers in Mexico, and Mexican fighters aren’t generally so good at fighting southpaw opponents. Therefore, Pacquiao’s tremendously quick combination became the menace for them. Now we see the secret of Pacman the Menace, which results from his INVISIBLE punches, not from his punching power. While Pacman retains his “flyweight” hand speed and his stamina that he can hit punches even in the last round as fast as in the first session, his attack will prevail against anybody.
(7-3-06)
July 1, 2006
MANILA, PHILIPPINES
Philippine national hero Manny “Pacman” Pacquiao (41-3-2, 33 KOs) will put his WBC international 130-pound belt on the line against ex-WBC superbantam ruler Oscar “Chololo” Larios (56-4-1, 36 KOs), Mexico, tomorrow at the Araneta Coliseum, Quezon City, Metro Manila. It is billed as “Thriller in Manila #2”, which has caused tremendously great sensation here.
Pacquiao’s popularity in this country is beyond description. The Filipino southpaw may be by far more popular than President Arroyo. ABS-CBN TV, the sponsor of the event, has kept showing various publicities from morning till night every day. You see Pacman’s face everywhere in commercial endorsements such as McDonald, publicities on electric poles, sports columns in all papers. You may misunderstand Pacquiao is the president of this country. It might be no exaggeration Pacquiao is a sort of religion accepted by all people here. Pacman himself is the promoter with the energetic assistance of his partner Rex Wakee Salud, an influential impresario in Cebu.
Pacman has climbed up to the stardom by dispatching Mexican prides Marco Antonio Barrera and Erik Morales in the US, which certainly delighted and encouraged the whole nation. The 27-year-old fistic hero will take on another Mexican legend Larios, who is regarded as one of the most excellent 122-pounders in the world though he recently lost his WBC belt to Israel Vazquez by a third-round TKO defeat owing to a bad gash last December. Pacquiao himself was formerly a 112-pounder as he conquered the WBC flyweight throne by demolishing Chatchai Sasakul in Thailand in 1998. He jumped three classes up to the 122-pound division and seized the IBF superbantam belt by disposing of Lehlo Ledwaba in the sixth round in 2001. People in the world then couldn’t imagine the Filipino would become such a big thing or a real deal.
Oscar Larios, 29, is physically taller and possesses a longer reach than Pacman. The Mexican had an exceptionally big physique as a 122-pounder, so he never physically looked inferior to Pacman at the weigh-in at 8 am today (Saturday). Pacquiao tipped the beam at 129.5 pounds to 129 for Larios. Pacman, however, seemed much more muscular and accordingly more powerful than Larios, who is also a hard-puncher if his previous oppositions cannot be compared with those Pacquiao recently destroyed. The Mexican acquired the vacant WBC interim superbantam belt by scoring a dramatic stoppage of his grudge rival and current WBC titlist Israel Vazquez in the final session in 2002. Since then, Larios kept his WBC throne nine times beating such game challengers as Wayne McCullough (twice), Nedal Hussein (who once floored Pacquiao despite a controversial tenth round stoppage loss in 2000) to his credit prior to his recent forfeiture of the WBC crown. Larios is still at his prime.
Pacman is a prefight favorite with the local odds 10-4. He is expected to finish the affair within the first six rounds, but people here don’t know well what Larios is and how strong he is. Larios is an excellent boxer-puncher who can box at a long distance and mix up in the close range. He can use his faster footwork than Barrera and Morales, if necessary. The busy-punching Mexican boasts of his abundant stamina, having once scored more than 1,600 punches in twelve rounds.
Pacman is a very dangerous early starter, as shown in his drawn game with Juan Manuel Marquez whom he dropped three times in the opening canto in 2004. Should his dynamite southpaw left hand explode early, Manny will be victorious as Filipino general public whole-heartedly expect. But if Larios should survive the first four sessions, he may or may not utilize his superior experience in frustrating Pacman with his versatile combinations to the full extent of his power. Anything may happen.
Larios, prior to his entry to Manila, stayed three weeks in Tokyo, Japan, where he had strenuous sparring sessions with such highly regarded southpaws as WBC bantam kingpin Hozumi Hasegawa, WBC #4 ranked 122-pounder Toshiaki Nishioka, unbeaten golden boy Takahiro Ao, fast-rising Akifumi Shimoda, etc. at Akihiko Honda’s Teiken Gym. This training schedule was instructed by his business manager Rafael “Cobra” Mendoza, who has represented 18 world champs out of Mexico, including Pipino Cuevas, Miguel Canto, Humberto Chiquita Gonzalez, Daniel Zaragoza, Gilberto Roman, et al. Unlike other countries, Japan is full of southpaws since there is no concept of a “converted southpaw” as Japanese instructors make it a rule to have natural lefties fight in a southpaw stance as they are. It is said Larios looked terrible against southpaw partners at first, but got accustomed well to coping with them before his departure for Manila. Larios may show a much better performance than Filipino people expect.
The curtain raiser bout will start no later than 8 am tomorrow, and the main event of the Pacquiao-Larios may begin at about 11 am in accordance with the US TV time. The officials are as follows: referee Bruce McTavish (New Zealand); judges Humberto Furgoni (France), Daniel Van de Wiele (Belgium) and Nopparat Sricharoen (Thailand); and supervisor Mauro Betti (Italy).
(7-1-06)