5−27京都における興行に出場のインドネシア人選手2名のビザで問題が起こった。
JBCのシステムが変わり、事前に3種の書類を提出しないと保証書を出さないことになった。
これは厳正化の点でいいことで、積極的に協力したい。
しかし、タイ、比国、インドネシアの人間は概してのんきだ。まして書類の送付などになると、俄然応答が悪くなる。
「インドネシア・コミッションのスタンプ付フルレコード」の提出に時間がかかった。何度、督促したことか。
結局、日本からの招請書類を受け取り、彼らがビザ申請をしたのが22日(月)。
試合は27日(土)。ジャカルタの日本大使館にビザ交付には3日間かかる、といわれたそうだ。
そこで私に泣きついてきた。督促してくれ、と。
月曜の計量後、JBC事務局に寄り、大使館への早期ビザ交付依頼を受け取り、それを大使館にFAXした。コミッションは大使館と話してくれ、それを大使館に出せばビザが出るという話だった。
こころが、インドネシア一行から大使館が別の書類を出すように言っているので、電話してほしいという。またコミッションに手間をかけるのは悪いので、私が直接電話した。
ビザ担当(女性)は領事の言葉を伝えていう。
「今後2度とこのような早期ビザ発給依頼はしないという誓約書を添えてほしいのですが」
「そんな誓約はできない。今後、またこのような事態が発生するかもしれない。そのとき、私たち日本人を助けるのがあなたがたの仕事でしょう。その領事さんはコミッションと早期ビザ発給依頼を出せばビザを発行すると約束されたのでしょう。約束通り書類は揃えたのだから、ビザを出してやってください」
「ではお待ちください」といわれ、国際電話なのに5分くらい待たされた。
「やはり誓約書を出すようにといっておりますが」
「その領事を出してほしい。私が直接話をする」
「領事は電話に出ないことになっております」
「じゃ、領事の名前を聞かせてほしい。私はこれから外務省のアジア部門にあなたがたの対応の仕方についてクレームをつけに行く」
それから、また5分。もし公衆電話なら、100円硬貨が落ちていくのだろう、と思った。
「名前はいえない、と申しております」
そこで切れた。
「名前はいわない。電話にも出ない。それでも日本を代表している大使館の領事か。何のために日本からインドネシアに派遣されているんだ。バカにするな! 必要な書類はすべて出してある。それで十分だろう。ビザを出せ、といってください。私は外務省へ行くぞ」
あまりの剣幕に受付はまた領事に話をしに行ったのだろう。
「誓約書は結構ですから、今回なぜ申請が遅れたかの理由説明書を出してほしいそうです」
どうしても追加書類を出させようとする。
「今後、このような早期ビザ発給依頼はしないという誓約はできないが、説明書なら出しましょう。それを出せばビザは出してくれるんですね」
「そうです。FAXを入れていただいたら、再度お電話いただけますか。こちらの受領を確認するために」
わかった、わかった、電話するよ。
20分ほどかけて、理由説明書を打ちFAXした。それから受領確認。私はもう頭にきていた。官職や地位をかさに来て、こんな応対をされたとき、私は切れる傾向がある(大人気ないのだが)。
受領確認の電話をしたとき、私はいった。
「日本からこのようにビザの確認や依頼があったとき、いつもこんな応対をするんですか。国際電話なにの、さっきは何分待たせたと思いますか。あなたがたも忙しいのだろうが、こちらも忙しい。なぜ私たち日本の市民に対してもっと親切に迅速に対応しないんですか。明後日、きちんとビザを出すよう、その領事に言っておけ!」
万が一、24日の朝にビザが出なかったら、朝日か読売の読者投稿欄に今回の事態を投書しようかとも思った。もちろん、外務省にも行く。
無事ビザが下り、日本への便に乗ったことを確認してから、反省した。
今回、目的通り、ビザが出て、試合も成立する。
しかし、怒鳴ったのはよくない。交渉の技術(the art of negotiation)に反する。あのように大使館員とけんかしてビザを出させる(出してもらう)のは、若い頃の仕事の仕方だ(若い頃は、結構大使館員や領事とやりあった)。今後、もっと穏やかに処理しないといけない。
(1)平身低頭、電話で頭を下げ続ける。相手が誓約書を出せ、というのなら、出してもよかった。また同じような事態が起こったら、そのときまた謝るのも一法だ。そのときはそのときだ。
(2)他のボクシング関係者がその大使館とコンタクトすることがあるかもしれない。私があのような態度を示したことで、ボクシングの人間はガラが悪い、と思われるだろう。畑を荒らしたことになる。それはよくない。
(3)時間のロスだ。長々と交渉するより、誓約書ひとつ出して、相手が気の済むようにしたら、ビザは下りたわけだ。こちらのビザ申請が遅れたのが原因だ。相手の立場を考えれば、毎度こんな早期ビザ発給で忙しくされてはかなわない、という気持も察しないといけない。
ここのところ、忙しくて力押しで仕事を処理しようという傾向がある。目先の目標(たとえば、今回のビザ発給)を達成しても、長い目で見て、しこりを残すのは得策とはいえない。
幸い、京都の試合は終わり、吉澤、磯道両選手とも勝った。
明日、インドネシア大使館に今回のビザ早期発給の礼状を出しておこう。
私はまだ人間ができていない。反省。
(5−29−06)
3時、横浜光ジムへ行く。
山田マッチメーカーが送ってくれたが、車中、関光徳会長が現役時代、どれほど強かったかの話をする。彼は若いから、関会長の凄さを知らない。
ランディは木村登勇選手と4回、石井選手、川村選手と各2回の計8回。感謝。
雨の中、帰りも山田氏に送ってもらう。感謝。
ランディ、アブラカ・トレーナーと夕食。
帰宅後、疲れて何もしたくなかったが、徳村先生から習字の添削が帰ってきていたのを見て、一枚だけ書こうと体を起こす。このようにばてたときに、自分に鞭を入れるのが大事。
明日は日曜出勤しよう。
ランディは自分の選手だからもっと一緒にいてアドバイスしてやりたい気持ちと、早く帰って欲しい(仕事がたまるから)気持ちが相克。
(5−13−06)
明日8ラウンドのスパーをするので、今日は4回(対石井一太郎選手)。
越本、ロペス戦など見積書を消化。
12時になり、あと2時間は必要だが、もう集中力が切れだした。
織田君と一緒に出て、車で駅まで送ってから帰宅。
リング・ジャパンは社員が社長を車で送るのでなく、逆だな。
明日会社に出るか、日曜出るか?
(5−12−06)
まず応募いただいた方に感謝します。
いまランディ・スイコの練習で忙殺されているので、応募者への連絡が遅れていますが、今日か月曜連絡させていただきます。
もう必要な人員以上の応募がありましたので、これで募集終了させていただきます。
御礼まで
(5−12−06)
5日が、亀田ーファハルド。
6日が、イーグルーマヨール。
7日が、デラホーヤーマヨルガの生中継解説。
連日の大事な仕事でちょっと疲れた。
7日は、WOWOW解説のあと、雨の中、上野へ行き、最澄の自筆を見た。
中国から持ち帰る経文の目録を記したものなので、若い頃の書跡だった。
8日、ワールドの「東洋から世界へ」を書いたあと、帝拳へ。
いまランディ・スイコがスパーリングのため来日しているので、毎日3時にはジムへ行く。
9日はリング・ジャパンの代休日。午前中、報知の「ウィークリーBOXING」の原稿を近藤さんに送る。ジムから帰り、ずっと本を読んでいた。
10日、11日もジムから帰り、事務所で仕事。
ボクサーには一度にあれやこれや指示すべきではない。すべて未消化になる危険性がある。それを何度も経験した。
いま指示しているのは、バランスを保つことと、腰を落とすことだけ。他の悪いところには、目をつむっている。ランディは強振するから、打ち終わりにバランスをくずすことがある。それを過度に矯正すると、パンチの強さが損なわれる。ハードパンチャーにテクニックをつけようとあせるあまり、肝心の強打が失われる悪例を何度も見た。その愚をおかさぬため、細かい技術的ミスはあえて指摘しない。指導者にとり、あえて”指導しない”我慢も必要だ、と思う。
11日、小学館の女性セブンの記者のインタビューを受けた。ランディが泊まるホテルの2階のレストランで30分間だけだったが、最近のボクシングブームについてというテーマだった。ボクシング界のためになることなら、協力せねばならない。
土曜は横浜光ジムへ行き、ランディは木村選手とスパーをする。
忙しいのに、昼間の時間がランディのトレーニングを見るために使われているので、夕方以降の仕事が非常にきつい。だが、これも試練だ。どの仕事も手を抜いてはいけない。一生懸命やろう。
(5−11−06)
8−9 習字
午前中 事務所で今日、明日の領収書など整理。
2:15 オフィシャルをホテルに迎えに行く。
3:00 明日の世界戦計量。
3:30 ファハルドを車に乗せ有明コロシアム。
8:15 有明を出る
8:45 ホテル着
9:00 ファハルド一行、ランディ・スイコ、アブラカ、織田、村木、家内でディナー
10:20 別れる
10:50 帰宅
11:00 亀田ーファハルド戦、吉田秀彦ー西島洋介を録画で見る
12:00 速報メール(名古屋の結果)、FIGHTNEWSレポート(15分間)
12:30 入浴のあと就寝
明日は世界戦、明後日はデラホーヤーマヨルガの生中継。頑張ろう。
問題は、ワールドの原稿「東洋から世界へ」と上野の博物館行きをどう組み込むかだ。
(5−5−06)
午前中から事務所で仕事。ギリギリまで頑張り、それからホテルに行きファハルドを連れ計量へ。
今日は3時に後楽園ホールの展示会場で亀田ーファハルドの計量。
それが終わると、すぐ後楽園飯店で土曜のイーグルーマヨールの調印式、記者会見、ルールミーティング。
上野の博物館に最澄を見に行こうとして、電話すると5時半が最終入場で6時閉館という。それでは間に合わない。金曜は夜8時までと書いてあったが、今日は金曜ではなく木曜だった。残念。
ホテルでファハルドにファイトマネーの支払いをし、明日会場で出る時刻を確認。来日したランディ・スイコのホテルを訪れ、そのあと世界戦のレフェリー、ジャッジ諸氏とデイナー。
帰宅後、急ぎのマッチメーキングをし、FIGHTNEWSに5つのリポートを送った。忙しいときは、集中力を高めて仕事のスピードを上げ、かつミスがないように細心の注意を払わねばならない。忙しいから出来ないというのは怠け者の言い訳(excuse)だ。明日も会社で午前中仕事をしてから、イーグルーマヨールの計量を済ませ、それからファハルドを有明コロシアムに車で入れる。
忙しいのだが、非常に体調がいい。今日は15,587歩。なぜこんなに歩いたのだろう。
電車の中で、「筆順の解明」をほぼ読み終わった。
(5−4−06)
今回の出迎えは効率的だった。午後1時半から4時半までの3時間で、5人のWBCオフィシャルを出迎えられた。1人だけ第2ターミナル到着のジャッジがいて時間が重なったので、織田君に手伝ってもらった。
最後のジャッジと一緒にホテルまで同行し、チェックイン。往きの成田エクスプレスからずっと「筆順の解明」(江守賢治 日本習字普及協会)を読んでいた。目からうろこが落ちるというが、まさしくその通り。
帰途、あまりに熱中してこの本を読んでいたので、1駅乗り越した。先週あたりから起床後、パジャマのままですぐ1時間習字をしているが、今日は帰宅後も集字聖教序の徳村先生に直していただいたところを復習。
カーミット・シントロンとデビッド・エストラーダの試合を見た後、読書。
昨日、織田君とRJの代休を8日(月)にするか9日(火)にするか話したが、結局9日に決定。私のことだから、休みにしておきながら、また事務所に出るのではないか、と思う。
夜、渡嘉敷会長と11月のカードについて話す。息が荒い。「何かトレーニングしながら話しているんですか?」と訊くと、サンドバックを打っていたのだ、という。元気だな。
(5−3−06)
高田馬場の大同病院へ1時前に着く。イーグル、マヨールとも静止視力は両眼とも2.0。日本の若者のようにパソコンや携帯メールをしないから、こんなに目がいいのだろう。
高田馬場から渋谷に回り、道玄坂上まで歩き、京和建物内のエイトグレープコーポレーションへ寄る。世界戦のレフェリー、ジャッジの旅費と役員費を受け取る。
事務所に出て、仕事を終えて出たのは深夜1時15分。明日はオフィシャルの出迎えで成田へ行かねばならず会社に出られない。だから頑張った。
(5−2−06)
土日曜、会社に出られなかったので朝から事務所に出た。午後2時から三迫ジムでロデル・マヨールの公開練習があるからだ。ファハルドの練習は村木君に頼んだ。事務所で仕事の片をつけるのに時間がかかり、東武練馬の三迫ジムについたのは2時を少し回っていた。マヨールも好調で、5月6日はいい試合になりそうだ。
事務所に戻り、夜12時まで仕事。織田君が出るのと一緒になり、駅まで車で送ってから帰宅。疲れて習字できず。
(5−1−06)