ジョー小泉のひとりごと 2006年4月


公開練習、アラバマ物語

日曜だが、午後3時からカルロス・ファハルドの公開練習。中南米の選手のときは時間を守らない連中がいるから2時にホテルで待ち合わせたら、きちんと2時前にロビーに下りてきた。だから協栄ジムに早く行き、ウォーミングアップをさせた。

ファハルドは3日かけてニカラグアから日本に来たそうだ。それはアメリカの通過ビザがないためで、最近米国は不法労働者の流入を惧れ、これを取るのが難しい。マナグアーコスタリカーパナマーマドリッドーアムステルダムー東京の経路で来たという。

旅の疲れ、時差の影響で公開練習の出来はいまひとつ。亀田の相手の実力を測るなら、今後、来日2、3日後に練習を公開する方がいいだろう。日本人パートナーがラフなスパーを仕掛けてきたので、ファハルドは怒っていた。その怒りは直接私に来た。「軽くていいから記者、カメラマンのためにスパーリングしてほしい」といったのに、パートナーは遮二無二かかってきた(中南米のスパーは目慣らしの軽いものが多い。特に試合近くになったら、怪我を惧れて激しいスパーはしないのが通例)。

ホテルまで同行し、そこで別れた。今日は疲れた。今日も、事務所に出るのはやめる。家でEメールかFaxで処理すればいいことだ。

帰途、本屋で注文していた井上靖「天平の甍」(鑑真のことを書道の本で読んで、急にもう一度読みたくなった)と新書を5冊ばかり買って出ようとしたとき、名画のDVDが目についた。グレゴリー・ペックの「アラバマ物語」があった。500円だ。これはテレビで放送があったが、いつも見損ね、もう見られないだろうと諦めていた。

帰宅後、まず新着のボクシング・ビデオを見て、次に「アラバマ物語」を見た。なるほどこんなストーリーか。南部の人種差別を題材にし、たしかアカデミー賞を受けたと記憶している。最後の締めが甘い。もっと上手い終わり方があるはずなのに。

マッチメーキングの督促をEメールでし、習字をし、本を読んで寝た。
(4−30−06)


ファハルドの出迎え

早起きして成田空港に亀田興毅選手と5月5日に対戦するカルロス・ファハルドを出迎えに行く。9時40分着予定で、それより早く到着したのに、待てども出てこない。

空港で人を待つのは辛気臭い仕事だ。ふと自分はこんな所で何をしているのかな、と思った。これも仕事の一部だ。我慢、我慢。それにしても出てこない。到着後もう1時間15分が過ぎ、おかしいと思った。KLM航空、そして入国管理事務所に何度も電話するが、ずっと話中。

まさか乗り損なったのではないか、と危惧したが、マネジャーのマリオ・アルセはいまラスベガスでマヨルガに同行している。アメリカにいる彼に電話しかけたところで、係の女性から私の名前を呼ばれた。入管でファハルドが引っ掛かっているので、至急、中に来て欲しい、という。

中に入ると、ファハルドとトレーナーは不安そうな顔をして待っていた。「心配するな、私が説明して出してやる」といい、入管の係員と話し始めた。

エンターテインメント・ビザで来日すべきところが、一般の短期滞在ビザで来ている、と入管側はいう。私は丁寧に説明した。こちらはしかるべき招請書類を送って、この2人(ファハルドとメナ・トレーナー)はきちんとニカラグアの日本大使館にビザ申請したと連絡を受けている。それなのに、興行ビザを出さなかったのは、大使館側のミスと考えられる。

「そうだろうな、ニカラグアから興行ビザで来る人間などほとんどいないから、ミスしたのだろう」と係員はいう。私はあくまで穏やかにいった。「いま話題の亀田の対戦相手がこんな大使館側のミスで入国できなかったら、問題になり新聞に載るんじゃないかな」と。

声を張り上げて相手を屈服させる方法もあるが、それは交渉のアート(the art of negotiation)にの観点空見ると下の下だ(それが有効な場合もあるが)。最近、私は穏やかに交渉し、少々時間がかかっても穏便に目的を成就するよう努めている。

入管は、ファハルド一行2名の帰国便の航空券を確認したうえ、興行ビザに切り替えてくれた。空港から出られたのは12時すぎだから、2時間半も留め置かれたことになる。

1時半にホテルに着き、チェックインさせてから、すぐ大塚の角海老ジムへイーグルの公開練習に行く。それが終わったあと、またホテルに戻り、4時から記者諸兄のためにファハルドのインタビューの通訳。このため、事務所で2時間ほど仕事をするのは中止。

このあと日本橋に出て丸善に寄ったが、改装中で閉鎖されていた(知らなかった)。八重洲ブックセンターに回り、目的の本を3冊買った。7時から丸ビルの35階のレストランで会食。本屋に寄っていたので、少し遅れた。

夜は習字をして、買ってきた本を読んでから寝た。成田でのトラブル、ジムとホテルの行き来でちょっと疲れた。
(4−29−06)


九成宮レイ泉銘を書き出す

早朝目が覚めたとき、そのまま顔も洗わず書斎で書き始めた。欧陽詢の「九成宮レイ泉銘」だ。レイは酉偏に旁が豊で、甘酒の意味らしい。これは楷書の極則と呼ばれる名作で、およそ書道を志す人なら誰もが臨書する手本中の手本だ。いままで書かなかったのは、自分の性格からして書き出したらのめり込むだろう、それは仕事に支障をきたすかもしれない、と危惧したからだ。しかし、時は来た。書き始めよう、という衝動が起きた。

私はそのような内的衝動を大事にする。それが生じたときは、それに逆らわない。読みたいときに読む。書きたいときに書く。それを抑え込んで、何で生きている価値があろう。

1時間あまりでやめた。集中力が落ちだしたからだ。こんな立派な手本を注視する力が落ちた状態で書き続けても、いい臨書にならない。

今日は金曜。片付けるべき仕事が山積だ。正午には事務所に着いた。午後3時から亀田(兄)の公開練習があり、比国の2名のパートナーを見に行こう、と思っていた。ところが仕事が多すぎる。とても新宿の協栄ジムまで行っている時間はない。篠田さんに電話し、予定変更を伝えた。

明日来日予定のカルロス・ファハルドの来日便変更のFAXが入っていた。中南米の人間はこんな直前の変更をする。なぜもっと早く連絡して来ないのだ。朝7時50分着が、9時40分に変わって、出迎えは楽になったのだが。協栄ジム、記者諸氏に来日便変更の連絡。

プロモーターは国際マッチメーカーに何を望むか、と考えた。
(1)希望通りの選手を海外から呼んで欲しい。
(2)マッチメーキング総経費をできるだけ安くしてほしい。
(3)選手、トレーナーに見せるため、映像(ビデオ、DVD)が欲しい。
(4)できるだけ早く見積書が欲しい。
(5)ポスター、プログラムのため相手の写真が欲しい。
(6)来日日程を知りたい。
(7)相手を変更してほしくない。
(8)マッチメーキングの途中経過を知りたい。
(9)できれば、その外国人選手の他の(追加の)映像(ビデオ、DVD)も欲しい。
(10)できるだけ支払いを後にしてほしい。
(11)オプション契約書をしっかり取っておいて欲しい。
(12)予定通り、相手が来日してほしい。
(13)いい試合になり観客を満足させ、かつ自分の選手が勝って欲しい。
(15)試合後、選手が逃亡し不法滞在などのトラブルを起こして欲しくない。
(16)試合後、自分の選手の勝利を世界、あるいは東洋太平洋ランキングに反映されるよう努力してほしい。
(17)自分の選手が世界へ行けるよう青写真を描いて欲しい。
(18)マッチメーキングを任せたら、大過なく何から何までやってほしい。

リング・ジャパンは見積書をもっと早く出すべきだ。プロモーターは総経費を早く知りたい。相手が決まれば、できるだけ早く見積書が欲しいはずだ。遅くとも試合の1ヶ月前には見積書を出しておかないといけない。

だから、5月中の試合の見積書で残っているカードはすべて片付けた。今後、相手が決定したら、もっと早く見積書を出そう。変更があるなら、第2回見積書を出せばいい。そのうえで、その見積書の枠内におさめる努力をする。ビジネスはもっと能率的に処理しなければいけない。

私はビジネスマンをやめボクシング一本で生きる決断をする前、特許契約の仕事をしていた。契約書を読んだり作ったりするのは得意だ。頭の中で物事を代数の場合分けのように整理することができる。それでも、オプション契約書には注意を払う。どのオプション契約書にも特殊性がある。文言ひとつで数百万円、数千万円の金が違ってくる。神経をつかう。しかし、マッチメーカーの実力、語学力、知力を発揮できる仕事だ。オプション契約書にマッチメーカーの力が表れる。

終わったのが、夜11時半。また失敗したようだ。今日しなくてもいい仕事まで消化した。それは決していいことではない。仕事のリズムを乱している。なぜ明日という日がないかのような仕事の仕方をするのだろう。もうクタクタだ。やはり仕事中毒の傾向がある。

車を運転して帰宅の途につきながら、各会長の顔を思い浮かべ、宿題(頼まれているのにまだ消化していない仕事)が残っていないか、頭の中でチェックする。明日は朝早いのだから、早く帰り、早く寝るべきだった。さもないと、明日いいコンディションで仕事ができない。反省。
(4−28−06)


私の中の鬼トレーナー

私の心には鬼トレーナーが棲んでいて、いつも私を叱咤激励する。
「もっと頑張れ」
「くじけるな」
「根性を出せ」
「弱気になるな」
「もっと工夫しろ。頭を使え」
「これは試練だ。乗り越えろ」
「頭にくるな。怒ったら負けだぞ」
「落ち着け」
「負けるな」
「調子に乗るな」
「気をつけろ、うまい話(いい女)に」など。

心身の調子がいいときは、体の中から聞こえてくる鬼トレーナーのアドバイスはありがたい。張り切って次のラウンド(目標)に飛び出す。

ときどき疲労困憊して(こんなに自分に負荷をかける生活をしていると、クタクタに疲れる場合がある)、トレーナーの声に逆らう。
「もう勘弁してくれよ。疲れたんだよ。もう働きたくないんだ。もう勉強したくないんだ。明日でいいじゃないか」
と反抗的態度をとる。

今日がそれだった。
昼間、某会長と会い、そのあと6時過ぎ、コミッションに寄りレブ・サンティリャンの再招請について助言を聞いた。事務所に出たのが7時半ごろ。10時まで仕事をしていて、連日の疲れがたまったのか、本当に仕事を続けるのが苦痛になった。

「確かに今日消化することが理想的だが、明日でもいいじゃないか。もう、いやだ。ノーマス!」と、もっと仕事をしろという鬼トレーナーの声にさからう。

夕食後、すぐ寝る積りだったが、書斎に入ると、ちょっとだけ習字をしなければいけない、と思った。まるで条件反射だ。王義之に臨書を30分ばかりして寝た。疲れたときは、睡眠が何よりの栄養。
(4−27−06)


免許の切り替え、八王子のマッチメーキング

車の免許切り替えに行った。3月31日生まれなので、4月末で免許が切れる。
家内が着いてきた。車で府中の自動車試験場まで行く。
途中で家内に運転を代わってもらった。
「単語を覚えたくなった」と。
後で英単語を増やす辞典を声を出し読んでいた。

タイミングが悪い。次の講習まで45分間待たねばならない。あと15分早く入っていれば、45分早く終わったのに。待っている間、語源ごとにまとめた単語の本を読んでいた。

講習は2時間。3点以下の減点者は1時間で、4点以上は2時間という。
振り返ると、駐車違反、右折禁止のところを曲がったこと、シートベルト違反があった。
講習の間も、途中で単語の本を読んでいた。

1時間後、休憩があり、外で待っている家内と話した。
「隣の講習の教官の人が、毎週見ています、頑張ってください、といっていたわよ」という。
そのひとことで目が覚めた。いかに時間欠乏症とはいえ、講習の間、勉強をしてはいけない。
私はジョー小泉なんだ、人に挙動を見られている。きちんとした態度をとらなくては・・・。
後半の授業はまじめに集中して聞いた。次から次へと画面に悲惨な交通事故の例が出てくる。
安全運転をしなければいけない。

私はできれば30分以上、運転をしないようにしている。時間がもったいないの理由のひとつ。
いまひとつは、運転していると、次々とインスピレーション、グッドアイデアが浮かんでくる。
浮かんでは消えるアイデア、思いつきだから、それについて考え込んでしまう。
それは運転によくない。

電車の中では本を読める。単語を覚えられる。外国語の本を読み、辞書を引ける。
この前、あまりに忙しく、時間がないので、後楽園ホールで試合を観戦しながら、3分試合を見て、1分本を読んでみた。いまEXCELの裏技に興味を持っていて、それを1分で読んでみた。
やはり駄目だった。騒音は気にならないが、1分で本から目を離せない。試合の3分に食い込む。
結局、観戦も読書もどっちつかずになったので、これはやめた。

新しい免許をもらい、すぐ帰宅。車中、英国のBOXING NEWSを読む。
すぐ会社に出て、3時半に織田君が選手の迎えに出て、5時半に朝長君が直接、八王子の会場に向かった。私はギリギリまで仕事をして、6時すぎに飛び出した。ファイトマネーは私があずかっているので、早く行って試合前に韓国、タイのマネジャー、あるいはトレーナーに支払わねばならない。

三鷹から八王子まで30分弱。ホールに行くより早い。着いたのは7時(第1試合開始は6時半)。村上、小暮選手の相手はともに強く、いい試合になった。しかも両試合とも地元の両選手のTKOで、内容はベリーグッドファイトだった。

試合後、控室に挨拶にいったとき、中屋会長から「いいマッチメーキングだった。ありがとう」といわれた。毎回こんないいマッチメーキングができるわけではないが、今後ともいい仕事をしなければいけない。

時間の密度を高めると、疲れる。帰宅後、非常に疲れ、早く寝る、といって入浴後、上にあがった。ああ、そうか、今日は習字をしていない。1枚だけ徳村先生に手を入れていただいた集字聖教序を書いた。半藤一利の日本史をちょっと読んで寝た。最近、こんなに早く寝るのは珍しい。やはり疲れていたのだろう。
(4−26−06)


WOWOWスタッフの皆さん、すみません

大失態の日。
午前中、快調だった。起きてすぐスポーツ報知の原稿を書き、散歩し、朝食後、徳村先生に拙作を送るにあたって筆で長い手紙を書いた。

午後1時、明日の八王子の試合の計量に出ようとしたら、WOWOWの伏見さんから電話。
「ジョーさん、今日音入れですよ」と。
代わりに計量に行ってもらう手配をし、急ぎの連絡をしてすぐ飛び出した。
着いたのは2時半。何と1時間半の遅刻。
浜田氏の記録を抜いてWOWOW新記録だ。
スタッフの皆さんに平謝り。申し訳ない。

日曜のクリチコ、バード戦の際、「次は火曜」と確かに聞いた。しかし、最近多忙なせいか、連日働いているためか、曜日の感覚にうとい。音入れをすっかり忘れていた。

6時15分にWOWOWを出て、コミッションへ。皆さんまだ仕事をしていた。今日の計量時の韓国、タイのライセンス料を支払い、ある保証書をもらい一旦帰宅。日本茶を一杯飲んですぐ事務所へ出発。

10時半に事務所を出て、車を入れて、すぐJRの駅へ。マヨール一行の招請状を松岡氏の配下の人に手渡す。夕食後、徳村先生の手紙と拙作を入れた速達をポストに出しに行く。

夜の習字をしたかったが、英語の勉強を優先。
ただ読んで意味がわかるだけでなく、自分で文章を書いたとき、瞬時に最適な単語抽出ができるように自分の作文能力を鍛えなおしている。FIGHTNEWSなどに書いているのは、将来のためのウォーミングアップのためもある。いかに速く、いかにいい文章を書くかのトレーニングだ。目的はボクシングについて書くことではない。

新渡戸稲造のように欧米人が感心するようないい文章を書きたいものだ。そのためにはボキャビュラリーを磨く必要がある。10年かかりで自分の書き言葉の語学力を鍛え直す。そのためには1日も休めない。地道に前進する。

私は時間を大事にするので、今日、他人の時間を浪費させたことでWOWOWスタッフの皆さんに誠に申し訳なく思う。猛省。
(4−25−06)


マッチメーキングの試合日変更

マッチメーキング・リストの訂正

川瀬昭二 10R スマイル・ブラウン(OPBFランカー)
は6−15でなく6−25

相澤国之 10R 相手未定
は8−10でなく8−14

訂正前のマッチメーキング消しこみ表のアップデート前のものを
貼り付けていた。だから訂正。
(4−24−06)


ホールの帰り、電気店のスーパーへ

朝、タイから5−5の天熊丸木ジムの3試合の付添人が怪我をして急遽変更せざるを得ない、という電話あり。もうビザ書類上は済んだ仕事なのに、またやり直しだ。

ロデル・マヨール一行のビザ書類、計20名。コミッションはボクシング・ライセンス所持者でないとJBC保証書を出せない、という。だから、その他の応援団、記者、TVクルーはプロモーターの招請。今日ホールで2試合組んでいるのに、これを作り終え、事務所を出たのが5時半。コミッション経由でホールに入ったら、次が川村ーマンコーントン戦だった。

今日は家内が仕事の帰りに車でホールに迎えに来た。ちょうどかつらボクサーを見られたようだ。帰途、夜10時まで開いている電気店スーパーに寄り、CD−DVDケース、大きな卓上電卓などを買った。土曜、私は会社のすべてのPCのフォルダーのバックアップを取った。その保管のためのケース。大きな電卓は見積り用だ。何でもかんでもパソコンでプリントするのは愚かしい。電卓なら、3分で出来る見積りをパソコンを立ち上げ、エクセルで清書しプリントする必要はない。世界戦のような大きいマッチメーキングならいざしらず、急ぐものはハンドですればいいのだ。

夕食を摂りながら、ビデオを見ていたら、いい選手が出ていたので、2階に上がって勉強するのが遅れた。ホールで試合があるときも、帰ってから机に向かい、その日のノルマ分勉強することにしている。集中力が出ないときは鉢巻をまく。まるで受験生だ。

こう思う。ホールから帰って、もう一度事務所にもどり仕事をすることもある。夜、パジャマに着替え寝ようとしていたら、12時半ごろ大プロモーターから電話がかかり、服を着替え事務所にWBAあてのFAXを入れに行くこともある。それと比較したら、夜ホールから帰っても30分、1時間は机に向かえる。それを幸運と考えねばならない。

どんなに忙しくても勉強はできる。要は工夫だ。集中力だ。
努力しよう。毎日の小さな積み重ねが能力を向上させる。
(4−24−06)


WOWOW解説と習字の日曜

早起きして9時10分前にはWOWOWに入る。
バードークリチコ弟戦の解説。ゲストは長谷川穂積選手。チャンピオンとしての風格が出てきて、喋りも落ち着いていた。

2時半には終わり、3時前にはWOWOWを出た。上野に回り、最澄の字を見に行こう、と思った。家内に電話すると、「今日はやめておいたら。疲れているでしょうし」といわれた。そういわれて、自分がクタクタなのに気づき、今日の国立博物館行きは中止。

帰宅後、1時間仮眠。それから習字の次の課題「洗心」を書き出した。昨日、「守正」が割りと上手く書けたので、今日も自分が納得できる作品が書けると思って書き出した。「洗」がよければ「心」が悪い。「心」がよければ「洗」が悪い。両方よければ、名前で失敗。

夕食後夜中まで、また同じ「洗心」を書くが、何十枚書いても駄目だ。最後の一枚と決め、「これで決めるぞ」と勝負したが、これも駄目だった。計6時間書き、疲れてきて、いい字が書けなくなった。明日、早起きして再度書こう。

徳村先生から私が王義之の「集字聖教序」を臨書したものに添削を加え、送り返されていた。
先生の手紙にこうあった。
「原帖から解釈する見識眼すばらしく書家の道へ一歩踏み出したようです」と。
十級から始める未熟な初学者を励ましていただいた言葉だが、深く考えた。

あと三十年生きる。
最初の二十年は古今東西の名跡を臨書する(臨書とは模書である)。
最後の十年に自分の字を編み出す。
長生きし、マッチメーカーの多忙な合間にたとえ半時間、一時間でも毎日書き続ければ、習練を継続すれば、書家になれるかもしれない。

死後、私のマッチメーカー、ボクシング・ライターとしての業績、軌跡などすべて風化するが、書は残る。それは悪くはない。しかし、本末を転倒してはいけない。
I'M A MATCHMAKER.
私は一介のマッチメーカーである。

来週から、私だけ週6日制にし、土曜も会社に出て仕事をし、そのかわりホールで試合がない日は夜10時には事務所を出る。できるかな。10時に帰れば、夜習字ができる。
朝1時間、楷書の練習をし、夜30分、行書の練習をする。あるいは、逆でもいい。
1日、1時間半しか習字ができないが、そのかわり毎日やる。
毎日、12時を過ぎ、1時や2時まで仕事をしていては、生活のリズムが乱れる。体が持たない。
土曜も事務所に出るのは、(習字のためには)グッドアイデアかもしれない。

六島ジムの新トレーナー、ジョージョー・カイソンは今夜、関空着。枝川会長には昨日、空振りさせて悪いことをした。深く反省。
(4−23−06)


現地スタッフ+短期ビデオ整理スタッフ募集

下記の通り、スタッフを募集します。

(1)大阪地区で関西空港に選手の出迎えに行ける人1名
(2)名古屋地区で中部国際空港に選手の出迎えに行ける人1名
(3)東京地区で成田空港に選手の出迎えに行ける人1名

できれば、空港から1時間以内の場所に住み、ホテルまで連れて行きチェックインまでさせてくれると助かります。

もちろん、交通費、所要時間あたりのアルバイト料を支給するとともに、リング・ジャパン・スタッフとしてマッチメーキング担当試合の観戦もできます。

(4)JR三鷹駅周辺に住む若い人(できれば学生)で、週に2回くらいビデオ整理などを手伝ってくれる人1名(3ヵ月から半年間、平日の午後3時から8時までの数時間)

仕事はビデオやDVDを早送りで見て、中に何の試合が入っているかをメモし、ビデオ・リスト(EXCEL)に打ち込むこと。
ある程度、ボクシングとパソコンの知識がある人が望ましい。
リング・ジャパン・スタッフとしてマッチメーキング担当試合の観戦もできます。
その他、雇用条件、詳細は面談にて。

応募者は市販の履歴書に写真添付のうえ、略歴を書き、下記までお送りください。
募集期限は適当な人が見つかるまでですが、一応5月末までとします。

<応募先>
〒180−8691
武蔵野郵便局私書箱5号
リング・ジャパン
スタッフ募集係

Tel. (0422)55−9931 (午後3時ー8時まで)
または、(0422)51−3400
Fax (0422)54−2036

ジョー小泉


休日出勤、タイ選手出迎え

明日(土曜)、誰か成田へ出迎えに行ってくれないか、と言ったが社員諸君は無言。誰しも土曜に成田に選手の迎えに行きたくないだろう。予定もあるだろうし。夜9:25着だから、ホテルに入れたあとの帰りにも問題がある。だから私が行くことにした。

昨日も遅かったが、朝は早く目が覚めた。習字の課題「守正」を書く。いまの自分の力ではまあまあの出来。これが10級から始める書道の第一回分。

散歩がてら電気店まで30分歩き、今日は車で来ていないのでかさばる物は買わないはずなのに、事務所にこれがあればもっと能率化すると、結構買い込んだ。帰りは袋を背中に背負い、大国主命(おおくにぬしのみこと)。万歩計の歩数を稼ぐ。

私は脚力だけは昔の人みたいだ(字は昔の日本人ほど上手くないが)。普通の日でも1万歩は軽く歩く。歩きながら考える。歩きながら予定を立てる。歩きながら、昨日単語帳にメモした言葉を復習する。歩きながら(ランディ用の)新しいテクニックを考案する。

ブランチを摂り、今日は土曜だが出勤。会社のパソコンのもろもろのフォルダーのバックアップを取った。みんな忙しいから、なかなかバックアップが取れないようだ。早くしておかないとPCがアウトになるような悪い予感がした。書類の整理をして、7時前に事務所を出て、一旦家にもどり、成田空港へ。

ひとつミスがあった。六島ジムが雇う比国人トレーナー、元OPBFフェザー級チャンピオンのジョージョー・カイソンが枝川会長が出迎えに行ったのに出てこなかった。電話を受け、すぐ比国のアブラカに連絡すると、明日23日出発だという。トラベルエージェントからは22日着とスケジュールが来ているぞ、と怒った。アブラカは旅行社のナネットに連絡を取り続けたが、電話が通じなかったという。枝川会長に平謝り。比国の連中はいい加減だな。これまでこんなミスはなかったのに。Eメールを確かめたが、今日到着になっていた。

24日に出るタイ選手2名を車で出迎え。都内のホテルまで連れて行ってチェックインさせ、それからドームホテルで食事をして帰宅。明日は5時半に起きて、WOWOWスタジオ入りだ。
(4−22−06)


今週の仕事を来週までのばすな

今日も多忙。いつもより早く出社。仕事がまだたまっていた。
6−17のトラッシュ中沼の相手が比国フライ級新王者ジョージョー・バルドンに変更。
7−2の仙台の目黒拓仁の契約書も済み。

最近、某マッチメーカーからおそろしい話を聞いた。
4−3横浜で岡田と試合をしたタイのチャクラペット(リング・ジャパンのマッチメーキング)は2重パスポートを使い、次の日本の試合のためのビザを取っていたそうだ。チャクラペットは岡田にKO負けしたため、次の試合が出来なくなったが、そのときコミッションから彼は指摘されたそうだ。逆の立場ならどうなる? 折角、組んでいた試合の相手を短時間で変更しなければならない。タイの連中はいまだにこんな悪事を働く手合いがいる。悪人とはチャクラペットのマネジャーのことだ。

対策:
現地エージェントと話がまとまったら、すぐ契約書をつくり、プロモーター・サインをもらいJBCのスタンプを受けてしまう。2重契約はコミッションで見つけてもらわないと、他のマッチメーカーが組んだ前座試合など情報が入ってこないことがある。

5−5亀田と対戦するカルロス・ファハルドへの旅費を協栄ジムから現地旅行社に送ってもらった。その振込み通知をした。

ロデル・マヨール一行のビザ招請状を作成。パスポートネームのリストが今日やっと届いた。5月初旬には連休があり、比国の日本大使館は休む。だからギリギリだ。なぜもっと早くリストをだしてくれないのかな。仕事のしわ寄せはマッチメーカーに来る。

新しいDVDのデッキの組み立てを始めたのが、夜10時半から。今週中に済ませる予定だった。1日のばしになり、今日も忙しく、やっと区切りがついたのがその時刻だった。自分を甘やかしてはいけない。今週と決めたことは、今週中に終わらせねばならない。仕事上、ひとつ妥協すると、次から次へ妥協が重なる。それはよくない。

来週24日と26日のマッチメーキングの領収書をチェック。うちは見積書通り、各項目について領収書を出す。ガラス張りだ。それは私の方式だ。

今週、仕事が消化しきれていない。いつもは土曜、家で本を読んだり、泳ぎに行ったりするが、明日は自分に対する罰だ。出社して仕事を消化する。忙しいのは、仕事を遅らせる理由にはならない。そんな泣き言をいう癖を自分につけてはいけない。

そして明日の夜は24日出場のタイ選手を出迎えに成田へ行く。夜9時半着だ。車で行って、早くホテルに入れ、早く寝なければいけない。日曜は、朝9時にWOWOWスタジオに入り、バード、クリチコ弟のIBFヘビー級戦の解説だ。その予習も明日する。いま夜中の12時20分だ。今日はリンゴを食べる時間さえとれず、バナナを腹にいれただけ。

私を信頼してマッチメーキングの仕事をくれたプロモーターの期待を裏切ってはいけない。信頼にこたえるのが男だ。
(4−21−06)


今年のマッチメーキング

1 1月7日 粟生隆寛 10R RICHARD CARILLO 
2 JORGE LINARES 10R JEFFREY ONATE 
3 佐藤幸治 8R KWANGJIN CHOI
4 長井祐太 8R KONGSURIN SISHSOEI
5 1月9日 イーグル京和 12R 中島健 (WBC)
6 川嶋勝重 10R PHETCHKLONGPHAI SOH DHARNTHIP 
7 1月14日 坂本博之 10R MARNKORNTHONG POLSONGKHRAM
8 1月15日 池原信遂 10R MEDGOEN SINGWANGCHA 
9 吉山博司 10R PHANOMDETCH AU. YUDHANAKORN
10 吉村憲二 8R WANCHANA CHUWATANA
11 國重隆 8R SANGATHIT POR. BUNCHUAY 
12 1月21日 榎洋之 12R DENTHAKSIN SOONKILANOYNAI (OPBF決)
13 1月25日 小林生人 8R YODDED SITHSAITHONG
14 1月29日 RODEL MAYOL 12R LORENZO TREJO 
15 1月29日 INJIN CHI 12R 越本隆志 (WBC)
16 2月4日 西岡利晃 10R HUGO VARGAS
17 矢代義光 8R CRIS BESMANOS 
18 2月5日 RANDY SUICO 12R 杉田竜平 (OPBF)
19 MALCOLM TUNACAO 12R 大場浩平 (OPBF)
20 和賀寿和 8R DETCHSAK SITHSAITHONG 
21 2月11日 三上朗央 8R WANCHANA CHUWATANA
22 2月18日 臼井欽士郎 8R SAMINGNUM VOR. WIWATTHANANONTH
23 亀海喜寛 6R MANFAH LOOKSAIKONGDIN
24 2月19日 安田眞之介 10R NONGKHAI PATHAVIKORNGYM
25 丸木和也 4R CHAINARONG TOR. TIVANON 
26 田島秀哲 6R FEADPHAYAK SAKTHAVIN
27 中岸風太 6R CHAROENNSAK SOR. VORAPHIN
28 松原拓郎 6R KOHENG CHUWATANA
29 林翔太 4R PETCHDAM SITHSAITHONG
30 山本憲顕 4R PRABSUK SITHSAITHONG
31 2月25日 西郷武師 8R CHAKKRABHOP RUNGRUANGTOUR
32 熊谷謙志 8R DHIRASAK YOOCHUMPHOL 
33 2月27日 徳山昌守 12R JOSE NAVARRO (WBC)
34 山本大五郎 8R SINGTOTHONG FLUORIDE GYM
35 三浦誉士 8R EKAWIT SITH. SORWOR
36 光山健 8R CHAIYOT AU. PRAMOT
37 3月4日 新井田豊 12R RONALD BARRERA (WBA)
38 3月4日 木ノ下国広 8R SAKNARONG HUANGPRASERT
39 3月5日 小西明生 10R JUNGHOON KANG
40 3月8日 亀田興毅 10R CARLOS BOUCHAN
41 3月11日 福島学 10R KAONAH KHLONGPHAJON
42 久保田智之 8R KONSURINTHR SISHSE-I
43 半田友章 8R SAMKOLEK CHUWATANA
44 トラッシュ中沼 8R CHRISTOPHER TEPORA
45 3月12日 有富康人 8R CHOKSOMBAT SINGDONGTHAI
46 3月15日 高橋良輔 8R HUSO SMAJLAGIC 
47 3月18日 Monte Carlo (Chinese)
48 3月25日 長谷川穂積 12 VEERAPHOL
49 武本在樹  8 KULARBDANG KIETKREERIN
50 粟生隆寛 6 OSWALD JUAREZ
51 EDWIN VALERO 6 GENARO TRASANCOS
52 4月1日 JORGE LINARES  10 SAOHIN SIRITHAI CONDO
53 松橋拓二  10 沈 康錫
54 佐藤幸治  8 呉必勝(鄭 東柱)
55 4月2日 桑名竜一  10 DONDON SULTAN
56 松田トモヤ 10 JR SOLLANO
57 中岸風太  8 ROLAND ESTANCIA
58 4月3日 八重樫東(OPBF決) 12 WEERASAK CHUWATANA 
59 川嶋勝重  10 文在春
60 細野  8 KOM SITHSAITHONG
61 岡田  8 CHAKKRAPETCH TOH.TWANONTH
62 4月9日 佐野友樹  8 KAENAKORN KLONGPAJOL
63 4月15日 PETER OKHLLO  (OPBF) 12 BOB MIROVIC
64 4月20日 山口裕司 (OPBF) 12 REV SANTILLAN
65 4月24日 川村貢二  8 MARNKORNTHONG POLSONGKHRAM
66 石井一太郎  8 RUNGPETCH SITHSAITHONG
67 4月26日 村上潤二  10 李英範
68 小暮飛鴻  10 SINGMANEE S. SRISERMPONG
69 5月5日 亀田興毅  10 CARLOS FAJARDO
70 5月5日 安田眞之介  10 WAENGPETCH CHUWATANA
71 丸木和也   4 SUNUN SANGPET
72 JOEL CONSULTA 6 DAOROEK SOONKILANOYNAI
73 5月20日 本望信人 (OPBF SFe決定戦) 12 JIMREX JACA
74 5月21日 中島健 中央公会堂 10 KAENNAKORN KLONGPAJOL
75 丸元大成  10 SINTUNG KIETBUSABA
76 奈須勇樹(Gツダ) 10 NOPADETCHLEK CHUWATANA
77 青木誠 8 LEOPARD JOCKY-GYM
78 岩下幸右 6 DENLANGOO THOR. SAMARKHOM
79 5月23日 池原繁尊(相手サウスポー希望)8 NUAPETCH SITHJASAN
80 瀬川正義 8 YODDOI SISHSOEI 
81 5月26日 PRADEEP SINGH 10 PILSUNG OH  呉必勝 (Melbourne)
82 5月27日 RANDY SUICO 12 PONGPETCH CHUWATANA
83 5月27日 吉澤佑規 10 MOSES SERAN  (京都)
84 磯道徹平 8R DARSIM NANGGALA
85 5月28日 岸田直哉 10 SURIYA KHLONGPHAJON(和歌山)
86 広瀬信和 8 JOMHOAD DOKPLAMORKOO
87 6月9日 細野 悟 8
88 6月11日 石田順裕 10 HYUNGWON JUNG 鄭亨源
89 三浦タカシ10 DHIRASAK YOOCHUMPHOL
90 松田一弘 8 KOHENG CHUWATANA
91 6月11日 吉村憲二 8 ALEX ESCANER
92 6月15日 川瀬昭二 10 SMILE BROWN
93 6月17日 トラッシュ中沼  10 JOJO BARDON
94 6月19日 清水智信  10 PRABPRAM KHLONGPHAJON
95 額賀勇二 10 PETCHKHLONGPHAI SOH.DHARNTHIP
96 6月27日 福島学  10 KAONAH KHLONGPHAJON
97 7月2日 RANDY SUICO 10 HECTOR VELAZQUEZ ?
98 7月2日 目黒拓仁(仙台) 8 CHAIYOT AU PRAMOT
99 7月6日 奈須勇樹(Gツダ) 10
100 7月16日 杉田真教  10 JIHOON KIM 金智勲
101 7月22日 名城信男
102 安田ミキオ 10 CARLOS BOUCHAN ?
103 7月23日 中岸風太 10 東洋ランカー
104 桑名竜一 10 RAMIL CABALLES
105 ROLLY LUNAS 10
106 8月10日 相澤国之  10
107 8月13日 山本大五郎(OPBF)12 金正範
108 光山健 10
109 9月16日 榎洋之(OPBF) 12 NADEL HUSSEIN
頑張ろう。
(4−21−06)


OPBFウェルター級タイトル戦

超多忙で夕食を12時すぎてから摂り、風呂に入って直ぐ寝る。こんな生活をしていると内蔵に中性脂肪が貯まる。だから、どんなに忙しくても、朝食前に小一時間、空腹状態で散歩する。体内の脂肪を燃焼させているわけだ。深呼吸しながら、自ら考案した小泉体操を混ぜつつ3分早足で歩き、1分ゆっくり歩く。私は体脂肪率が低く、それについてはまたこの次。

しかし、今日は散歩どころではない。先に朝食を摂り、すぐ事務所へ。
マルコム・ツニャカオの招請書類を作る。5−26メルボルンで組んでいる、プラディープ・シングー呉必勝の試合の決定を豪州プロモーターに伝える。その他、8−13のOPBF Sライト級タイトル戦、金正範ー山本大五郎のサイン入り契約書の到着を韓国コミッションに伝える。

すぐ協栄ジムに向けて飛び出す。亀田興毅選手のサウスポーのパートナー2名を呼んでいるので、今日の初スパーを見に行った。ベネディクト・スイコ(ランディの甥)とレイ・オライス。亀田選手は各2ラウンドのスパーを披露したが、さすがパワーがあり、ワンサイド。

4時ごろ、彼らのプロモーター兼マネジャーのワキー・サルードと協栄ジムを出て、東京ドームホテルに向かう。今夜のサンティリャンのファイトマネーを渡し、5−27と7−2のランディ・スイコの試合の条件を話し合う。

終わって、コミッションでツニャカオのJBC保証書をもらい、すぐドームホテルに戻り、2人のプロモーターと協議。その場で覚書を書き、コピーを取り、両者に渡してホールに入る。

接戦の末、山口がOPBFウェルター級新チャンピオンになった。すぐ速報メールを全国のファンに送信。控室で、サンティリャンのサポーターから判定についてクレームを受ける。私に言っても仕方がないだろう、と思うが、向こうは気が立っているから、「ウン、ウン」といいながら聞く。接戦や地元判定のあと、控室でマッチメーカーが外国人選手陣営からどんなに厳しい言葉を受けるか、普通の人たちは分からないだろう。それも仕事と、毅然として対応する。

安部譲二さんに久しぶりに再会し、リング・ジャパン・クラブの会報を渡す。ランディ・スイコのビデオを送る約束をする。ランディはこのサンティリャンをスパーリングで何度も完全にのばしたそうだ。そんなけんか腰のスパーをするから、パートナーがいなくなる。

試合後、サンティリャンのワキー・プロモーター、主審のアネック氏(東洋人で一番アメリカでのジャッジ回数が多い)、比国人ジャッジのビダル氏を先に招いていたので、会食。私が中を取り持ち、いろんな話題を振るが、ワキーとアネックは目を合わせず、会話もなし。7−2、ワキーがプロモートするマニー・パッキャオ、オスカー・ラリオスのWBC SFe級インター・タイトル戦で、アネックは呼ばれないだろう。

帰宅後、FIGHTNEWSに英文リポート。ちょっと勉強して就寝。
明日も仕事が多い。頑張ろう。
上野の国立博物館に「最澄と天台宗展」を見に行きたいのだが、いつ時間が取れることか。
最澄の字(これが空海に劣らず素晴らしい)を一度見たい。展示会は確か5月半ばまでだったな。
免許の書き換えにも行かねばならないし。
(4−20−06)


リンゴをかじりながら

まだ事務所。12時半すぎ。途中、腹が減ったのでリンゴを食べた。
リンゴは私の好物で、独身時代、リンゴをむいてそれをかじりながら本を読むのが日課だった。
年から年中、リンゴをナイフでむいていたので、皮を薄くむくのが特技になった。
大体、私は指先が器用なたちで、子供のときから微妙な細工など他人ができないことができた。
だから、いま習字に凝っているのだろうが。

10時ごろ帰りかけたが、八王子中屋ジムの4−26の手順書を思い出し、それを消化したら、あと次々に今日、やっておいた方がいい仕事が出て来て、それを処理していたら、また12時を過ぎた。

今日は明日のOPBFウェルター級タイトル戦の計量があり、そのあとレフェリーのアネック氏と東京ドームホテルでコーヒーを飲みながら話したから事務所に出るのが5時すぎになった。タイ現地の人から情報を得るのも重要。

私は仕事が速い。それでも連日、12時すぎになる。いまマッチメーキングシステムを考えながら、仕事をしているせいもある。こんなに頑張れるのは、責任感と意地だ。リング・ジャパンにマッチメーキングを頼んでよかった、と思えるような仕事をするためだ。

今後、もっとアグレッシブに仕事をする。すなわち、私が担当したマッチメーキングで勝った選手のOPBF,世界ランキング入れをもっと強硬にする。すなわち、アフターサービスの強化だ。

さあ、帰ろう。うちの家内は偉い。こんなに連日、滅茶苦茶に遅くまで仕事をしても何もいわない。いっても聞かないことを知っているからだろう。
(4−20−06)


ヤマまたヤマ

今日は仕事の配分が悪かった。
最重要なのは、世界戦の契約書を打ち、WBCに送ることだった。
明後日、発表なのだから。
時差があるから、夜までにすればいい、と考え、他の仕事に優先順位をつけて消化していった。
重大なミスが発覚し、大いに反省。忙しいのは理由にならない。

肝心のWBC契約書を打ちかけたが、昨夜寝不足のためか、どうもリズムが悪く、タイプミスが続く。夜遅くまで本を読んでいたのに、早起きしたからだ(半藤一利の「日本史 戦後編」を寝ながら読んでいたら、やめられなかった)。

やっと終わり、スライマン会長に候文を書き、FAX。
織田君が「君は先に帰れ」というのに付き合ってくれて、彼を三鷹駅まで車で送ってから帰宅。それが12時半。帰宅1時。

ヤマを越したというのは勘違いで、次のヤマが押しかけている。頑張ろう。
(4−18−06)


相手が左手を伸ばしてきたとき

ボクシングが好きで会社員をやめてマッチメーカーになったのに(それまではサラリーマンをしながらトレーナーをしていた)、忙しすぎて後楽園ホールに行くのが遅れがちになる。もちろん、自分がマッチメークした試合のときは、第1試合開始前にホールに入るようにしているが。

会長諸兄は私が国際電話でちょこちょこと連絡して簡単に相手を見つけ、それで相手が日本に来ると思っているかもしれないが、裏は大変だ。責任がある。プロモーターはチケットを売っている。TVはスケジュールを組んでいる。これで相手が来なければ、マッチメーカーは切腹ものだ。

選手の選択、契約書、ビザ書類、ビデオ、写真、オプション契約書、フルレコード、ホテル手配、選手あるいはレフェリー、ジャッジの出迎え、来日後選手のジムへの送迎・・・割りに合うビジネスではない。これがいい商売なら息子に継がせているだろう。だから息子はボクシング界には入れなかった。こんな仕事は私一代で十分だ。私も生まれ変わったら、こんな仕事はしない。

この仕事はホールで試合があるとき、特に忙しくなる。ホールに飛び出すまで、より優先順位の高い仕事を消化する。急いでいるときに限って、地方の会長から電話がかかってくる。それも重要な、新しいマッチメーキングの話だ。あとで、というわけにはいかない。目の前のメールを打ってからでないとホールに出られないのに、結構長電話になる。ホールに入るのが7時ごろになる(試合数が多すぎる)。

今日の亀田大毅の試合はよく入っていたな。驚いた。

今日のように相手が左手を伸ばして接近を阻もうとしたとき、次の手がある。

1.相手が伸ばした左手を右グローブでパーリーするのでなく、左グローブで外側にパーリーしてすぐ右を打ち込み、左アッパーをボディ(あるいはアゴ)。

2.ちょっとスウェイして左にダッキングし、左アッパーをみぞおち。

3.右グローブでパーリーすると同時に右足を斜め前に出す。それと同時に左フックを相手のガードの間に打ち込む。理想的には、左フック(ガードの間を貫通)−右フックーもう一度左フックと3連打。

4.相手が左手を伸ばしてきたら、すぐ右へダックしてその位置から右アッパーをアゴへ。このアッパーは相手から見えない。

5.相手の左手を横へパーリーするのでなく、ショビング(上から払い落とす)。と同時に強い左ストレートで鼻っ柱を打つ(強いリターン・ジャブ)。あるいはショビングから左アッパーをアゴへ。これを2,3度やると、相手は左手を伸ばしてこなくなる。

帰宅してから、某会長、某マネジャーと長い電話。それからFIGHTNEWSの英文リポート。そして急ぎのEメールをニカラグア、比国、タイに。
習字したかったのに。もう遅い。それは明日。さもないと早起きのリズムが乱れる。
(4−17−06)


ミロビックと病院へ

早起きして昨夜OPBFヘビー級タイトルマッチを戦ったボブ・ミロビックを病院に連れて行く。
TVもリングアナウンスも「ミロビッチ」と発音していたが、ミロビックが正しい。
MIROVIC(クロアチア生まれで豪州に帰化)をどうしてミロビッチと誤読するのか、疑問。
本人がミロビックといっているのだから、理屈のいいようがない。
パンフレットには私が緑ジムに出した情報通り、ミロビックになってはいたが。

御茶ノ水の日大駿河台病院まで同行し、検査を受けた。
左小指が骨折していて、鼓膜が破れていた。
日曜なのに親切に診断していただいて感謝。

日曜でも休めない。それはこんな仕事をしているための宿命だろう。
帰途、書店で本を買い込んだ。
いろんな分野の本を読まねばならない。私はボクシング評論家ですからボクシング以外何も知りません、では妥当な判断ができないだろう。ピントのずれた思考をしないためには、他の分野の知識が要る。それを得るには、やはり努力だ。知は力なりという。

私が「努力」と習字で書き、それを居間に貼ったとき、家内はそんなものを貼るのはやめてほしい、といった。「世の中で、努力なしに得られるものなの何も無い」と私はいうが、家内は折角、私が書いた「努力」の半紙を部屋の隅に移動させた。手拭を墨で汚すし、私の習字愛好癖はどうも家では歓迎されていないようだ。
(4−16−06)


東洋から世界へ

「今週はちょっと早めに帰るようにする」と家内にいったが、それが守れたのは火曜だけ(月曜は、長嶋ー伊藤、菊井ー相沢のダブルタイトル戦があった)。
水曜から金曜はやはり11時すぎ、12時近くに事務所を出ることになった。

なぜ毎日こんなに遅くまで仕事をせねばならないのか?
マッチメーキングの数が多いのが主因だが、私のタイや韓国のエージェントの仕事が遅いのが副因だ。フルレコード、写真、ビデオなどを頼むが、何度も督促しないと送ってこない。いわれるとすぐする日本人とは好対照だ。

昔、エンジニア時代、会社の中に工程管理課というのがあった。その仕事は、理想的なプラント建設の進行スケジュールを作り、各パートに進捗状況を確認し、督促することだ。いわば、急がせ屋だ。いま私は自分のマッチメーキングでそれをしている感じだ。明日、明日が来週になる。彼らは(日本人と比べると)怠惰なのだ。頭にこず、辛抱強く督促を続けないといけない。

今週、仕事が10時くらいで片付いた日、ふと思いついてメイウェザー、ジュダー戦で両選手が別のグローブを使ったことに対するコメントを書き、世界中に流した。翌日、ネバダ州コミッションでその試合に関する公聴会があると知り、それに間に合うように書いた。

最後の部分はこうだ。
The NSAC is a leading commission in the world, and should show a good example to all over the world. Modernization isn’t necessarily improvement. Given too much freedom, the game of boxing may deteriorate against the fairness. It is really hoped that the Mayweather-Judah bout was the very last ever that each boxer was rendered an undesirable and unnecessary right to select the gloves of ANY BRAND.

ひとりだけ意見を寄せてくれた。スライマン会長からだ。私信ではあるが、それを貼り付ける。
Dear Mr. Koizumi :

You have a very important point with the gloves ; I made exactly the same point in Germany for a fight and the WBC did not allow that to happen.

The gloves must be the same in size, form , materials and structure, best regards.
Jose Sulaiman

今後とも、世界的な試合で問題があり、私が別の意見を持つとき、積極的に世界中にその意見を送っていこう、と思う。東洋に世界のご意見番がいてもいいだろう。私は今年でボクシングを見始めて50年目になるのだから、アメリカの若い記者連中とは別の意見を持つとき、彼らに私の”異見”を提示するのもいいだろう。
(4−15−06)


メイウェザー、ジュダー戦の解説

9時半、WOWOWのスタジオ入り。
メイウェザー、ジュダー戦の解説。

数時間、画面を目をこらして見続けると、やはり疲れる。
帰途、電車の中で王義之の「集字聖教序」をながめていた。これは行書の手本で、目で字をたどる。

ウィークデイは忙しくて、長い時間、習字ができないから、計量への往復のときなど、車中、目で文字を書く。
趙孟フは一日に一万字書き、康里キキは三万字書いたという。
こんな忙しい生活をしているから、多くは書けない。だから、黙読ならぬ黙書をしている。目で字を追うのなら、かなり速く字が書ける(それを書くといえるかどうかだが)。

帰途、書店に寄るつもりだったが、車中気が変わった。
ちょっとでも早く帰り、一字でも多く書きたい。

私が習字を好きになったのは、自分の進歩が確認できるからだ。
毎日少しずつでも書いていると、一ヶ月前の自分の字が稚拙に見える(元が下手なせいだろうが)。

私は昨日より今日、たとえわずかでも進歩していないと気分が悪い。
辞書を引き、たとえ一語でも語彙を増やさない日はない。それと習字は通じるところがある。
(4−9−06)


This is my company

今週、火曜以降、事務所を出た時刻は次の通り(月曜は横浜で試合)。
12時半
1時半
11時半
2時半

夜中の12時を過ぎ仕事をしていると、「これは明日でもいいのでは」とか「これは来週でも・・・」という弱気が起こることがある。空腹感もある。牛乳とバナナとチーズで腹の虫を抑えながら、仕事を進める。

マッチメーカーの仕事が裏でこんなに大変だとはプロモーターは分からないだろう。良心的に、誠意を込めて仕事をすれば、何でも努力が要る。ミスが起こったとき、たとえ社員のミスでも、それは私の責任だ。私が謝らねばならない。リング・ジャパンは私の会社だ。

マッチメーキングというのは次から次へと書類が発生する。そのファイリングを以前は社員に任せていたが、ときに見つからないときがある。だから、すべて私がすることにした。その長所は、すぐに探し出せること(自分がファイルに入れたのだから)、および交渉プロセスの不要な書類を捨てられることだ(社員は残すか捨てるかの判断ができないから全部ファイルするため、各試合のファイルが膨らみすぎる)。その短所は、考えながらファイルするから、時間がかかることだ。

この前など社員がみんな帰ってから、プリントアウトしている間に掃除機をかけた。掃除も私がする。これは私の会社だ。いま忙しくて、みんなノルマを消化するのに汲々している。私が、その多忙の中でも掃除をしないと、事務所はだんだん汚れていく。模範を示すのは、経営者の務めだ。

というのは、一時期、本を書いては会社で出すことに熱中していたので、執筆の合間、夕方数時間会社に出るだけだった。自宅で急ぎのマッチメーキングの仕事は消化し、それ以外は資料を読んだり、本を書いたりしていた。雑用はみんな社員諸君に任せていた時期があった。

それがよくなかった。掃除をしなくなり、私が決めたルールがどんどん易きに流れ、勝手な方向に動きだしていた。しかも、報告が悪い。私が知らないことが出てくる。私はおよそマッチメーキングについては隅から隅まで把握しておきたい。

だから、すべて私が処理することにした。まるで1人だけでマッチメーキングの仕事をしているような気持で仕事をする。量的にすべて処理できるわけではないから、部分的に社員に任せるが、主導権、裁量権、責任はすべて私が支配する。ひとつひとつのマッチメーキングを機械的にするのでなく、手作りにする。

2時半まで仕事して、帰宅すると3時。新しい試合のビデオを見ながら一杯飲んで風呂に入って寝る。それでも朝、結構早く目が覚める。今日しないといけない仕事があるから、責任感で目がさめる。この前、夢の中で18の長嶋会長が出てきて、「あっ、昨夜までにマッチメーキング見積書を入れておく約束だった」と飛び起きた。まだ朝の5時半だった。それを入れてから、そのまま起きて、資料(ボクシングの)を辞書を引きながら読んだ。

この1週間で私の寿命は多少縮んだかもしれない。
事務所でひとり自分にいった。
「この程度の仕事で病気になるなら、普段何のために体を鍛えているんだ。いま仕事から逃げるくらいなら死ね」
人間、気が入っているときは少々無理をしても病気にならない。
今週が仕事のヤマだったようだ。
(4−8−06)


長い月曜の一日

本当に休む暇がない。
日曜、OPBFミニマム級決定戦の計量で前座出場のタイ選手が体重オーバーで、計量場のコミッションで1時間待ち、やっとパスしてから協栄ジムへ。招請した3名の比国選手を協栄ジムに引き渡すためだ。篠田氏と彼らをホテルにチェックインさせたあと、一旦帰宅。
一杯、日本茶を飲み、事務所へ。

日曜は普通休むのだが、明日も忙しいので急ぎの事務作業を仕上げた。
新しいプリンターのインストールをし、コミッション提出用のライセンス写真のプリント・テストをしてから帰宅。それが11時半で、夕食は12時。
事務所の冷蔵庫に牛乳とバナナを入れてあるので、それで空腹をしのいだ。

夜2時に寝たのに、早く目が覚めた。しかも、頭は爽やかで、体の疲れもない。
最近、新しい語学学習法を考え出し、時間を見つけ英語の復習をし始めている。
これはあくまで書き言葉としての英語力強化法で、英語が上手くいけば、他の言語にも幅を広げる。いずれ英文で大きい著作をするための準備。

そのあと、習字。毎日、夜の12時ごろ帰宅し、ここ数日筆をとる余裕がなかったので、気を引き締めて書いた。明日、徳村先生に送る。

亀田興毅の公開練習は4時からだったが、私が協栄ジムに着いたらもう始まっていた。
大毅(2R)、興毅(4R)、和毅(2R)を見て、比国のスパーリング・パートナーたちを激励してから4時45分にジムを出た。横浜文化体育館に急がねばならない。

強風のため、湘南新宿ラインが遅れ、体育館に着いたのが6時半。すぐタイ3名、韓国1名のファイトマネーを支払い、領収書を大橋会長夫人に渡し、やっとゆっくり観戦できる。

メインで八重樫選手が勝ったが、敗者ウィラサックが目の上の傷を縫って欲しい、と希望。体育館では縫合の準備がないので、私が横浜中央病院に連れて行った。家内に電話すると、ちょうど新宿にいるので、車で迎えに来るという。病院の前のデニーズでウィラサックと付き添いのサマートを食事させ、終わったところで家内が着いた。

都内のホテルまで送り、ホテルでアンモ・マネジャーと横浜で断られた交渉のやり直し。やっと説得に成功。これで5−13の試合が決定。

帰宅したのが12時半で、もうくたくただったが、書斎に入ると、昼間習字したあとの墨が残っていた。そこで数枚書き直した。やはり疲れていると、いい字が書けない。ああ、そうだ、今日中に金沢会長に6−11のカードをFAXしておく約束だった。男は約束を守らねばならない。15分ほどパソコンを打ち、FAXし、入浴して就寝。今日は早起きしたので、長い一日だった。
(4−3−06)