書道の徳村旭厳先生に初めて自宅に来ていただき、レッスンを受けた。後楽園ホールで挨拶され、以後、文房四宝(筆、墨、硯、紙)を頂戴し、通信教育を受けだして約二年。途中、数箇月書かなかったりし、あまりいい弟子ではない。以前から一度出張教授を受ける話があったが、互いに忙しくこれまで実現しなかった。
先生はボクシングがお好きだが、某元日本ランカーの従兄だそうだ。
先生の実演を見せていただいたが、手つき、リズムが違う。さすがプロの書道家はすごい。結構速く書いているのに、字形がよく、線がきれいで力強く、字の配置がまたいい。
何十年にわたり日々、何時間も修練した成果だろう、と思う。とてもかなわない、と感嘆。私も先生の前で書いたが、やはり多少萎縮した。水すましとミミズくらいの差がある。しかし教えていただきたかったポイントはほぼ伺った。あとは時間をかけて反復訓練をすればいい。もうひとつ聞きたかったのは、巻紙で手紙を書くコツだ。折角用意していたのに。これは次回。
昔よくトレーナーが腕組みをしながら、口先だけで選手や練習生を怒鳴って指導するのを見た。そうではなく、たとえばワンツーはこう打つのだ、ときれいな見本を示す方がよほど効果がある。視覚的指導効果があるからだ。山本五十六は、「やってみせ、いってきかせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かず」と言った。私は先生の書きっぷりを見て、夜それを真似て書いてみた。数か月分進歩したような気がした。これまで我流で書いていた証拠だ。
書道はボクシングに通じるところがある。力の抜き、入れに共通する部分がある。英語でpunctuateという言葉があるが、それを感じる。
夜、ホールで試合があったので、電車の中で先生の筆跡をずっと思い出していた。目をつぶり、イメージトレーニング。総武線を二駅乗り越し、秋葉原まで行ってしまった。そこから戻ったのでホールに遅れた。
今日は素人の将棋ファンがプロの棋士に稽古をつけてもらったようなインパクトを感じた。先生、御足労を賜り、感謝いたします。
(12−15−05)
アランブレット、バハリの来日中、帝拳ジムでの練習を見ていた。このジムにはいい選手がいる。リナレス、稲田、粟生、下田・・・。4回戦、6回戦の選手もいる。レベルによりリズムが違う。
彼らが早く練習を終えれば、それだけ早く事務所へ出られる。早く仕事を終えれば、夜習字ができる。ところが、試合前だというのに両外国人選手は1時間半も練習をする。
ふと思った。水準の低い選手、練習生は動きがかたい。打ち始めに肩に力が入っていて、パンチが滑らかに出ていない。だから、パンチが力で押す感じになり、プッシュ気味で、パンチが切れない。当て際のインパクトが鈍い。これは初期動作の力みに起因する。
私が習字をしていて上手くかけないのも、これに通じる。上手い字を書こうという力みがある。それが書き始めの動作をかたくしている。だから滑らかな線が出せない。形は似せても、線が死んでいる。
若い選手たちの動きを見ていると、体がムズムズしてきて、椅子から立ち上がってストレッチングをした。それを長野マネジャーに笑われた。リズムには伝染効果があるということだろう。
(12−2−05)
家内がイタリアから戻り、話を聞いた。計二千人もの日本人がミラノ、ベネツィアで日本文化の紹介をしたという。宮殿の各室で、舞踏、料理、茶道、能、書道などの催しをしたらしい。私が筆で書いた食育、幸福、伊太利はイタリア人に好評で、レストラントのオーナーたちがそれを店に飾ると持ち帰ったそうだ。なぜ持ち帰るか、捨てるか、しなかったのか。
私「それは書道が分からないイタリア人だから喜んだだけで、字が分かる人は下手だな、と思ったはずだ」
家内「そう卑下しなくても・・・」
私「私のいまの字には根本的欠陥がある。筆の下ろし始めを起筆(あるいは始筆)が安定しない。たまたま上手くいくときがあるが、それは十度に一度だ。下手な証拠だ。線の送りを送筆という。その送筆に迷いがある。正しい字形を思い出そうと逡巡するためだ。線の最後を収筆(あるいは終筆)という。この収筆が雑だ。筆を紙から早く離しすぎる傾向がある」
家内「それではまるで駄目ということじゃない」
私「その通り。まるでなっていない。だから練習しているわけだ」
家内「書道の先生があなたの字を見ていたわよ」
私「下手だ、といっていただろう」
家内「黙ってみていただけ・・・」
それで気分が悪くなってしまった。あんな下手な字、書くのではなかった。ミラノかベネツィアのレストランに行ったら、壁に私の字が張られているわけだ。イタリアへ行って、それを持ち帰りたい気持ちだ。落款を押していなくてよかった。
(12−1−05)