朝、WOWOWの予習。新しい単語帳を作成。
午後、明日掲載のスポーツ報知の原稿送信。
事務所では、4月11日の三迫ジムのダブルメインイベントの契約書をチェックし、インドネシアに送信。3月6日、大阪の興行に出る世界ランカー、フランシスコ・ロサス(メキシコ、戎岡淳一と対戦)の旅費送金手配。各地のトレーナー諸氏から来た依頼に対し、「ボクシング評論」の「トレーニングを科学する」の頁サンプルを送付。宛名書きも自分でした。
急いでホールに向かい、4回戦の最後の試合のとき到着。
もう少し早くホールに入りたいが、マッチメーキング書類のチェックにいつも忙殺される。
音田、永瀬戦は両者死力を尽くした激闘だった。
帰宅後、H会長と長い電話。1時間半。
FIGHTNEWSのリポートを送信し、WOWOWの予習の残りをし終えて寝る。
(2−15−05)
忙しかった。ある世界戦の契約書を作成し、関係各位にFAX。
ホールでは、マルコム・ツニャカオの強さを再確認し、メインでは山口真吾の試合巧者ぶりを観戦した。嘉陽も素質のある好選手なのでキャリアを積めば、きっと伸びるだろう。
帰宅後、スライマン会長からのEメールに返信。
(2−14−05)
名古屋の興行は4時には終わったので、杉田竜平選手の世界戦交渉の途中経過を記者諸氏に説明してから体育館前でタクシーに乗った。
名古屋駅前の噴水の所で人と待ち合わせた。
女ではない。息子とだ。
30分遅刻になると携帯に電話があり、駅ビルの高島屋で書道の本でも見ようとエレベーターに乗りかけたところで、また電話があった。乗り継ぎがよく、予定より早く着いたという。
駅前のビックカメラでPC用品を買ってやり、あと錦で夕食。
仕事のレベルが高く追いつくのに一生懸命だ、という。仕事に熱中するのはいいことだ。
15歳くらいから、公園の空いた駐車場で車の運転の練習をさせていたので、彼は車が大好きだ。
それが車の設計(といっても末端の末端だろうが)の仕事に就けたのだから、幸せなのだろう。
息子が24歳、ランディ・スイコが25歳だから、息子が2人いるようなのもだ。
息子が小さいとき、こちらはボクシングにのめり込み、海外に観戦に出かけたり、ビデオばかり見ていて、あまり面倒を見てやれなかった。誠に申し訳なく思う。非常に悪い父親だった。ボクシングという仕事は土、日曜に出かけることが多く、一緒に遊んでもやれなかった。
別れるとき、いつも言うことをもう言わなかった。
1.体に鍛えろ。
2.もっと語学を勉強しろ。
3.もっときれいな字を書け(息子は悪筆)。
4.女に気をつけろ(女ほどこわいものはないぞ)。
もうそんなことを言う必要もない。親はなくとも子は育つ。
比国の息子(といっても本当の息子ではない、念のため)ランディを見に行かなくてはいけない。
帰京の車中、自分の残りの人生をどう生きるべきか考えていた。
社員諸君にいい目をさせねばならない(リング・ジャパンの苦しいときもよくついてきてくれた)。生きる限り、1人か2人、自分の選手を持ち、天塩にかけて育て続けたい。運がよければ、いつかまた世界チャンピオンを作れるかもしれない。駄目なら駄目で、それも運命だ。いろいろな人に世話になって生きてきた。多忙なあまり、礼を失している人がいないか。習字を再開した以上、恩人たちに手紙を書こう、毛筆で。
帰宅が早かったので、1時間半机に向かえた。長い1日だった。
(2−13−05)
ボクシングは経験だけでなく新しい科学を受け入れ、教え方を変えていかねばならない、と思います。たとえば、20年前、ボクサーは減量期になると、水分摂取を極力控えることが常識でしたが、いまは水分を摂りながら減量することが推奨されています。また、ボクサーの減量は極力、炭水化物を減らし(米やパンを摂らず)、肉と野菜を食べていればいいんだ、という常識もいまや非常識になっています。科学が医学がボクシングのセオリー、常識を変えていったのです。
しかし、日々、自分の仕事、ジムでの指導で新たに勉強する時間的余裕のない方もいらっしゃるでしょう。
たとえば、トレーナー講習会に出ても、予備知識がないと講師の先生が話す内容が分からないはずです。そのトレーニングの科学の基礎を『ボクシング評論』の中で解説しています。
時間はないが、向学心のあるトレーナーの方は、1年間だけご購読いただければ幸いです。この1年12回の「みんな一緒に勉強しよう」の連載で、トレーニングの科学の基礎、減量、栄養の基礎知識をやさしく分かりやすく解説します。
一般は1年間400円(送料含む)×12ヵ月=4800円ですが、トレーナー、指導者の方には4000円にディスカウントします。あなたがたに読んでいただきたいからです。
サンプル頁ご希望のトレーナーの方には、1月号と2月号の「みんな一緒に勉強しよう」の頁(各1頁、計2頁)を“無料”でお送りします。どこのジムの誰と電話かEメールでお伝えいただければ、ジム宛あるいはご自宅宛にお送りします。そのサンプルが気に入れば、どうぞご購読ください。
(2−12−05)
2年ほど前、後楽園ホールを出ようとするとき、ある人に話かけられた。柏市の某高校の書道の先生である徳村旭厳氏だ。
実は当時、私は漢字を用いることで共通項がある漢民族が、パソコンの多用(日本)、漢字の略字化(中国)、表音文字ハングルによる漢字の衰退(韓国)などで漢字をおろそかにし始めていることを憂い、習字を始めよう、と考えていた。ただ私が考えたのは次元が低く、筆ペンを求め、書道三体辞典をなどろう、といった程度だった。
徳村先生にはご親切に立派な墨、硯、半紙、墨汁までお送りいただいた。習字を始める契機ができた。以後時を経て、ほぼ毎日、多忙の中、夜寝る前、筆を執る習慣ができた。
その習慣がくずれたのは、昨年9月の転居以来だ。今年の2月まで事務所から帰宅するのが11時ごろという日々が続き、夜、習字をする精神的エネルギーが残らぬ生活を強いられた。
水曜の夜、こう考えた。
朝早起きして、小一時間習字をすればいいではないか、と。寝る前、硯、筆などを揃え、朝起きるや否や直ぐ書き始める。これならフレッシュな気分で字が書ける。
三連休はありがたい。
朝、プールへ行き、1時間泳ぎ、気分は爽快。
中国の書の名人、王羲之に「蘭亭序」という名作がある。蘭亭の曲水の宴に際して、書道家の極、王羲之が書き残した中国書道史の中でも最高峰の作品だ。それを臨書(手本を見て、その通りに書くこと)し始めた。
午後1時から8時まで。現代に残っていない字、崩し方に疑問がある字は「書道字典」(角川書店)で調べた。この本はあるひとつの字について、歴史に残るさまざまな書蹟を並べる。それを参照しつつ、書き進んだが、夕食前には終わらなかった。
夕食後、9時から10時まで掛かりやっと書き終えた。半紙1枚に4字ずつ書き、気に入らない字は書き直したから、半紙90余枚になった。
2月11日は、15年前、マイク・タイソンがバスター・ダグラスに敗れた日だが、2005年のこの日は私にとり、「蘭亭序」を始めて終わりまで臨書し終えた記念日である。
私の習字は下手の横好きでいい、と思っている。あまりむきになって上手くなろうとすると、趣味が趣味でなくなる。
20年後の風景:
小津安二郎の「東京物語」で笠智衆と東山千恵子の会話を思い浮かべる。
家内「おじいさん、ご精が出ますね。また習字ですか」
小泉「ああ、ばあさん、この王羲之の蘭亭序は奥が深いのう。何度臨書しても、その形、線の勢いに新たな発見がある。名人というのは大したものじゃ」
家内「よく飽きずに続けられますね」
小泉「この後から10行目最後の『終』の字の何と流麗なこと。まさしく書道のモーツアルトじゃ。何度真似てもとてもこんな軽やかな線は書けん。天才とは凄いものじゃ」
家内「凡才で結構ではありませんか、おじいさん」
小泉「何年書き続けても上手くならんもんじゃ。そうじゃ、習字を片付け、盆栽の手入れでもするかのう」
凡才と盆栽
朝早く起きる目的ができた。
徳村先生、私の習字の習慣は戻りました。拙い臨書を送らせていただきます。またご添削のほど宜しくお願い致します。
(2−11−05)
最近、ちょっと変わったビデオの見方をしている。
試合中は寝転がったり、両足を挙げ、腹筋のトレーニングをしながら見る。参考になるKOがあった場合、ガバッと立ち上がる。
KOラウンドの最初まで巻き戻す。
立ったまま、勝者の動きと同じ動きをシャドーでしながら復習(側から見ればまるでバカだが)。
フロイド・メイウェザーがヘンリー・ブルセレスをTKOしたラウンドでやってみた。メイウェザーのパンチの回転のリズムは案外速くない。ただ体にバネがある。このシャドーをしながらビデオを見返すと、上下の打ち分けの配分が分かる。最後の右アッパーのボディブローは「ハハー、こんなタイミングで下を打つのか」と参考になった。
もうひとつは、ファン・ディアスとビリー・アーウィン戦。ディアスが頭をぶつけず、左サイド・ボディブローを出すコツがつかめた(頭の位置)。
トレーナー諸兄あるいは選手諸君、やってみるといい。ただ漫然とビデオを見るより、シャドーで真似ながら見ると抜群に効果がある。
なぜこんなことをやりだしたか。
最近、接近戦できちんとナックルの返った強いパンチを打ち込むタイミング、角度について興味を持ち出したからだ。その理由は来年のいまごろ開示する。
(2−9−05)
1月30日、韓国で池仁珍の2度目の防衛戦をマッチメークした。
池仁珍は柳明佑の後輩だが、スタイルは八方破れの張正九に似ている。
池仁珍の戦い方を見ていて、ある戦法を思いついた。
相手にもう自分を倒すパンチがない、もうばてている、と見切ったとする。自分のガードを下げる。一番打ちやすい位置にグローブを構え、強いパンチの連打で倒してしまう。この場合、ディフェンスはボディワーク(ウィビング、ヘッドスリップ、ダッキング)だけでする。
ガードを高く構えていると、肩の筋肉(三角筋)が緊張して、いいパンチが出せない。いいパンチとは、滑らかで、速くて、パワーのあるパンチだ。しかし、ノーガードで戦うと、相手のパンチを食う。だから、ガードをしてみんな戦うわけだ。しかし、ガードの位置からは、肩の緊張のためフルパワーのパンチを出せない。それがガードをすることの弊害だ。
一番、強いパンチを出せるコブシの位置はどこだろう。
直立し、両手を下ろす(柔道でいう自然本体)。その姿勢でそのままヒジを曲げる。そこでアゴを引き、やや前傾姿勢になる。コブシの高さは肩より若干下の位置になる。この位置からのパンチはフルパワーを出せる。
相手のパンチにもう力がない。万が一、カウンターで食っても、自分は倒れないくらい、相手のスタミナ、パワーが落ちている。そう見切ったとき、防御をボディワークだけに切り換え、猛然と襲いかかる。そこで倒しきる。
これをするためには条件が要る。
(1) アゴの強さ
(2) ボディワークだけで相手のパンチをよけきる勘のよさ、柔軟性
(3) 度胸のよさ
全盛期のウィルフレド・ゴメスはこれでJ・フェザー級タイトルの連続KO防衛をした。世界ライト級王者のアイク・ウィリアムズもこれを使い豪快なKOを見せた。
自分の選手でこれを試してみよう。
だから、出来れば、仕事を消化して3月に比国のセブにいきたい。
(2−8−05)
朝5時起床し、6時すぎ家を出て、7時前に水道橋のホテル着。
昨日、粟生、リナレスに敗れた韓国人、比国人一行を成田まで送る。
車中、アブラカ・トレーナーにランディ・スイコに昨年、日本でアドバイスした項目をおのおのどの程度マスターしているか、詰問。
「ジャブを右へヘッドスリップして・・・・」など。それが、シャドーで出来るか、ミット打ちで出来るか、スパーリングで出来るか、細かく訊いた。
3月、出来れば、喝を入れにセブへ行こう。
帰途、東京駅で下車して、八重洲ブックセンター本店8階で、「百年前の日本」写真展を見る。1900年頃の世相が分かる気がした。昔、上野にも神戸にも大仏があったのに、戦争で供出させられたそうだ。この写真は米国マサチューセッツ州セイラムにある全米最古の博物館である「セイラム・ピーボディ博物館」に収納されているそうだ。大英博物館が世界中の珍品を威勢にまかせ強奪し陳列しているのと同様な感じがした。日本人は歴史を保存するのが疎い面があるようにも思う。
8階から1階ずつ降り出して、本を買いだしたら、肝心の本(有斐閣の「法の国アメリカを学ぶ アメリカ法入門」)を忘れ、変な方向にそれだした。
「百年前の二十世紀」筑摩新書
「明治・大正・昭和 30の真実」文春文庫
「Six Tales of Fear by Edgar Allan Poe」(洋書)
「The Best of O. Henry」(洋書、日本語ではO・ヘンリーなど読む気がしないのに)
「Best Short Stories of W. Somerset Maugham」(洋書)
「Die Verwandlung」(これはカフカの「変身」のドイツ語対訳本)
「名画を見る眼」岩波新書
「新西洋美術史」西村書店を買いそうになったが、重そうなので次回にした。この4階にいるとき家内から電話があり、急いで帰宅したので有斐閣の本を見に法律コーナーに回るのを忘れた。
帰宅後、昨日4時間しか寝ていないので体がだるかったが、速報メールで「ジュダーTKO9回スピンクス」を送信。前田氏に電話して、テーマが重複していないことを確認したうえ、ワールドの「東洋から世界へ」を終える。それが5時半。マッチメーキングで大阪出張中の織田君から試合結果の電話が来たので、また速報メール。
速報メール会員諸氏に、「判定の是正について」というテーマでアンケートを募った。
早く夕食を済ませ、家内と約束していた映画「オーシャンズ12」を見に出た。主人公の名乗った名前が「ミゲール・ディアス」だって。あれには笑った。途中、寝不足なので居眠りしかけて、家内につつかれた。映画は荒唐無稽で一寸ついていけない部分があった。
今年は休める日曜(休めない日曜もあるが)には、美術館へ絵を見に行こう。私はサラリーマン時代、絵画部にいたことがある。
休みはできるだけボクシング以外の文化的な対象に時間を費やしてみよう。その中に仕事(ボクシング)へのヒントがありそうな気がするのだが・・・。今日も休日とはいえない。朝は見送り、午後は原稿書きなのだから・・・。それでも疲れないのは、「自分はいい仕事をしている、好きな仕事をしているんだ、楽しいんだ」と自己暗示をかけているためだろう。
早めに風呂に入り、ベッドで本を読もう。
ああ、そうだ。朝久しぶりに帽子をかぶって外に出ようとしたら、家内に強硬に止められた。朝早いし、成田空港まで誰にも会わない、と思ったのだが・・・。
(2−6−05)
読売テレビの萩原ディレクターがポンサクレック、小松戦と小島、仲戦、バハリ、山本戦のフルラウンド版ビデオを送ってくれた。感謝。
ビデオでは初めてポンサク、小松戦を見た。
私は勘違いしていたようだ。スポーツ報知に載った写真から、「ポンサクは小松の右ストレート(腹)より先に左フック(顔面)を決めた。あれは高等技術だ」と思った。
ビデオで見ると、あの小松の右ストレート(腹)が相手に当たった直後、ガードの空いたところにポンサクの左を食っていた。最初のダウンがそうだ。
あれなら、真似が出来る。ボディを鍛えておき、相手が右ストレートでボディを打ってきた瞬間、左を顔面に決めればいいのだから。
あのポンサクのような左カウンターを食わないためには、体を突っ込んで(自分の顔面を相手に近づけて)右ストレート(ボディ)を打たず、離れた位置から急にダッキングして右ストレートを目一杯伸ばして打つことだろう。
1−30の「ひとりごと」の見方を修正する。
(2−4−05)
2月号は現時点では7日印刷出しで、10日発送が目標です。
私は大阪に出張に出る前、自分の頁はすべて原稿を渡して出た。
しかし、東京に残った社員諸君は、世界戦発表資料作成、WOWOW資料作成で忙殺され、「ボクシング評論」にほとんど手がつけられなかった、という。
手書きの投稿、寄稿を打つのに時間が取られているようだ。
名古屋の水野先生の2頁分の原稿の打ち込みが残っている、という。
それなら、月報作成促進のため、私が打つことにしよう。
水野先生、いまEメールのトレーニング中とのことですが、どうぞ頑張ってください。
社員全員の願いです。
(2−3−05)