明日から松田会長とWBAスーパーフライ級統一戦(ムニョス対カスティーリョ戦)の偵察に出かける。いまもろもろのマッチメーキングの手配で忙しい。
12月8日(あと1週間)、大阪で高山勝成vs.国重隆戦が予定されていたが、国重選手の練習中の負傷のため、急遽、代理選手の招請を依頼された。タイ、韓国、比国をあたり、結局、前タイ国ミニマム級チャンピオン、ナムチャイ・タクシンイサンに決定。6日来日だから、まさに滑り込み。韓国は本当に低迷中で、選手がいない。ランキングの乗っている選手がやめていたり、もう練習していなかったり。そんな選手はランキングからはずすべきだ。
来年からリング・ジャパン・クラブの会報を「ボクシング評論」としてリニューアルするので、張り切っている(張り切っているのは私だけかな)。
いつも遅れがちの投稿で回答を求めらる「小泉コメント」を早く済ませた。
会社で、巻頭言の「主人敬白」を仕上げた。
12月号は「ボクシング評論」準備号で、私は「わが想い出の名ボクサー」を書き始める。
第1回は酒井源治で、少年時代の私はこの選手が好きだった。
終身レコードは、63戦20勝(8KO)35敗6引き分け2EX。
負け越しなのに、無冠戦で2人の東洋チャンピオンにKO勝ちしている。
明日夜、出発するまで、私は酒井源治の古い記事を参照し想い出に浸る。
(12−1−04)
いま、12月18日、1月3日、1月29日の世界戦の準備を同時並行でしている。
まあ、世界戦の書類や手続きの多いこと。
今週は連日夜11時まで仕事だ。
松田会長とテキサス州に出かける12月1日までにはかたをつけたい。
明日は横浜、明後日はWOWOWのモラレス、バレラ解説。
(11−26−04)
昨日、横田広明が43歳でカムバックし、これが史上最年長とか新聞に書かれているが、これ以上の年齢でリングにあがった選手のことを調べた。
その名を島本禎一という。明治40年奈良県生まれで、青山学院在学中に日倶に入り、昭和5年にアマ全日本ウェルター級王者となる。この年、同大会のフライ級王者がプロ転向後、日本初の世界ランカーとなる除廷権だ。
島本は英語が堪能なので海外に活躍の場を求めた。アメリカではシアトルを本拠地にし、トーゴー・テイチャンのリングネームで活躍し、のちに比国やビルマでは南洋チャンピオンと自称した。奇人で有名だったが非常に強かったという。
戦後、大協ジムを設立し、その後カムバックするとき会長職をまだ小学生の息子に譲った。この再起のとき、島本は43歳だったという(横田は43歳1ヵ月だから、島本の方がカムバック時、歳が上だった可能性がある)。
その息子の会長の名は島本和光といい、関西(確か奈良ではないかと思う)で和光ジムを開いていたが現在は廃部(倶楽部制度だから廃部といっていいだろう)。確か、10年ほど前、大阪に行ったとき、和光ジムの会長さんに声をかけられ、「あの島本禎一さんの息子さんですか」と驚いたことがある。
以上は、郡司信夫氏の「ボクシング百年」、「日本ボクサー辞典」(ボクマガ昭和62年3月増刊号)で調べ、いまJBC関西事務局の角田局長に話をうかがって書いた。局長は昔、立命館大学のアマ選手で、JBCに入る前、サンスポのデスクをしていたので島本禎一のことを憶えていた。平沢雪村先生や郡司信夫氏がご存命なら、もっと詳しい情報を聞けたのだが、歴史はこのように風化していく。
私は10代のころ、神戸ジム(これも廃部となったが)の先代の会長、故谷崎善次氏から、島本禎一のことを何度も聞いた。非常に強いが変わり者だったそうだ。この谷崎会長は不二拳の岡本不二会長と兄弟分で、ピストン堀口の満州の興行に同行したという。このあたりの断片的情報も、来年からのリング・ジャパン会報「ボクシング評論」にいつか書いておこう、と思う。
もしこの島本禎一についてご存知のオールドファンがいたら、何かご教示いただければ幸いです。
order@ring-japan.com
ジョー小泉まで。
(11−25−04)
頑張ってボクマガ(創刊号の1956年6月号、表紙は三迫、金子の両東洋チャンピオンから現在まで、途中プロレス&ボクシング)、ワールド(ゴング時代から)の月別整理だけは終わった。RING誌、BOXING NEWS誌はまだ手がつかない。
なぜ最近まで本格的整理に着手できなかったのか?
直接的原因は、8畳ずつの書斎と書庫のどちらにボクシング雑誌の膨大なバックナンバーを置くか、迷ったためだ。
間接的原因は、今後、自分がどんな人間になろうと思うか、そのビジョン(目的像)に迷ったためだ。それは本の置き方に大きく関係する。
理想的には、ただのボクシング評論家でなく、もっと教養のある人間になりたい、とは思う。しかし、自分があと何年いまのように元気に生き、本を読み続けられるか、それが分からない。目の前でデビッド・チュン・レフェリーが亡くなり、その最期を看取った。人の命ははかない。彼は生きていれば、いろいろしたいことがあっただろう。
あまりに遠大な読書計画を立てるのは考えものかもしれない、と思い始めた。引越し業者がこれほどまでに蔵書をバラバラにせず、元通りの配置にしてくれていれば、こんな自己解体の迷いはなかっただろうに。
そこで「さしあたり」(英語でいえば、for the time being)という考えを採用した(そうしないと、いつまでも本の整理ができない)。暫定王座の活用のようなものだ。さしあたり、ボクシング評論家としての書斎作りをする。そして、平沢雪村先生のBOXING誌、下田辰雄氏、梶間正夫氏、中村金雄氏の蔵書を読了する。読了後、その時点で整理方針を決めればいい。ただし、いまの自分の興味はもっと別のところにあるので、ボクシングの本ばかり読むわけにはいかない。
語学書の棚(一体、何ヶ国語をかじったのだろう、どれも中途半端だ)、辞書類の棚は独立させたい。旅行ガイドもいつか一括してまとめる。読み散らしてきた歴史の本もまとめたいが、本当にバラバラでまとまりがつかない。
ひとつの理想像は、読書好きの好々爺になることで、これなら自分の小さな世界を作れる。雪村先生や郡司さんの晩年のようにゆっくり歩いて後楽園ホールに通い、死ぬ直前まで体力の続く限り、ボクシングを見守る。いきつくところ、このあたりかな。
(11−23−04)
雨の中、横浜の大橋ジムまで車で行く。途中、渋滞のため、6時からのスパーリングに間に合わないか、と思ったが、横浜に近づくにつれ車が走り出し、到着したのが6時5分前。
2人のスパーリング・パートナーを東京まで連れ戻った。彼らと一緒に食事をし労をねぎらう。
2人は明日帰国し、来月中旬、また来日する。
川嶋選手の調子がよく、いいスパーリングをしていたので安心した。
課題は、もう少し柔らかく体を保ち、もっとコンビネーションで打つことだろう。
スピード、タイミング、勘はよかった。
1月3日、来年最初の世界戦の興行なので、川嶋、そして中沼選手とも快勝し、弾みをつけてほしい。
(11−18−04)
リング・ジャパンの会報はマンネリ気味だ。
会員の投稿を主とするオピニョン誌のようなものを考えていたが、その投稿が少なくなってきた。来年から大幅に誌面を刷新しよう。私自身が書く。その企画は次の通りだ。
(1) ボクシング改造論
(2) 世界のボクシング界の潮流
(3) 昔、こんな本がありました
(4) わが想い出の名ボクサー
(5) ボクシング英語・講座
(6) みんな一緒に勉強しよう
(1) は、ワールド・ボクシングの「東洋から世界へ」に最近書いている改造試案の展開。
(2) は、世界のトピックスを構造的に分析する。
(3) は、私の蔵書を紹介する。
(4) は、副題を「ボクシング狂少年の想い出」とし、私がボクシングを見出したころの選手たちを回顧する。
(5) は、英語のボクシング雑誌を読むコツを解説する。
(6) は、力学や運動生理学や歴史の本からエッセンスをボクシングに適用する試みをする。
表題を「ボクシング評論」とする。
ボクマガ、ワールドは大衆向けの専門誌だが、RJ会報はハードコア・ファン向けの研究誌のようなミニコミ誌にする。
会報のモデル・チェンジのために必要なこと。
1. 通信員コラムの頁数を限定し、固定化する(追って、通信員各位に個人的に手紙を書く)。大阪1頁、名古屋1〜2頁、Dr.山田の拳闘日記2頁、メキシコと末永氏コラムで1頁(計5〜6頁)。
2. 会報発行のための日程管理をする。特に、月報の遅れのガンは私自身なので、早めに原稿を仕上げておく。
3. 巻頭言の「主人敬白」を適宜(毎月でなくても)復活させる。
以下は、会報11月号(11月19日発送予定)に書いたモデル・チェンジ予告の「主人敬白」。
主人敬白
1. 今年の会報を振り返って
今年はリング・ジャパンが年間過去最高の170試合をマッチメークし、主人および社員諸君が東奔西走のため、毎月初めに会報を出せない月が重なり誠に済みませんでした。まず第一にその点をお詫びします。会報担当だった久保田君の長期療養のため、他のメンバー、特に朝長君が会報を作成してくれたのですが、彼自身、他の仕事もあり、さらに私の「小泉コメント」が遅れたため、会報の印刷出しが遅れる月がかなりありました。反省しています。
来年もこんなペースになるかもしれませんが、年間12回の会報は出し続けます。私自身、旅行記をほぼ毎月書くつもりでしたが、今年の半ば以降、旅に出て帰っても帰国後、多忙のため肝心の旅行記を書く時間的余裕のないことが重なりました。これも反省しています。
2. 来年の会報の方針
(1) 「ボクシング書籍の書評、読後感想、あるいは要約」
RJ主人として毎月書き続けられるテーマは何か、考えてみました。実は9月に引越しをし、蔵書の再整理をすることになりました。そこで、「昔、こんな本がありました」という頁を持ち、毎月何冊か、紹介していきたい、と思います。第1回は、中村金雄著「拳の世界」を取り上げたい、と考えています。毎月、取り上げるのは、ボクシングに関連した回顧録、年鑑(レコードブック)、伝記などですが、私は愛書家なので、これなら毎月書けそうに思います。
(2)「わが想い出の名ボクサー」
ボクマガなどにも同様のテーマで過去のボクサーを取り上げ回顧していますが、自分なりの想い出を書いてみたい、と思います。第1回は、辰巳八郎から始めたい、と考えていますが、開始は蔵書の整理が終わる春ごろからを考えています。書き始めたら、できるだけ定期的に継続したい、と考えています。
私が書くのは、自分がテレビや生で同時代に(つまり、リアルタイムで)見たボクサーだけに限定します。酒井源治、山口鉄弥、福本篤人、などを少年ファンとして見た想い出から書き始めたい、と思います。
今年、「小泉コメント」でさえ時間がなくて遅らせてばかりだったのに、「読後感想」や「名ボクサー回顧」を書けるのか、と会員諸兄や社員諸君は疑問に持つでしょう。あるアイデアを思いつきました。ストック(書きだめ)です。会報の締め切りに追われて書くのでなく、2、3ヵ月先の分まで先行して書いておこう、と考えました。私は書くのが速いのです。「珍談奇談」は3ヵ月で、「つねに強気で生きる方法」は3週間で書きました。要は、やる気の問題でしょう。そのやる気はあります。
(3)「同じテーマによる誌上討論会復活」
一昨年はいろんなテーマで意見を募集し掲載しましたが、今年はそれを一切しませんでした。来年から毎月テーマを提示し、また以前のように誌上で討論会をしてみたい、と思います。
(4)「会報のタイトルの変更案」
会報のタイトル「ボクシング・ファン」で第3種認可を取りましたので、私の思いつきだけで可能かどうか分かりませんが、この会報を生まれ変わらせるために来年から表題を「ボクシング評論」に変更することを考えています。
(5)毎月の「今月の会員プレゼント」を廃止
「会員プレゼント」自体を廃止するのでなく、数ヵ月ごと掲載と回数を減らそう、と思います。この頁作成のため、デジカメでプレゼントの写真を撮り、レイアウトし、毎月掲載する労力を削減し、その分1日でも早く会報を出そう、と思います。箱にプレゼントをストックしておき、たとえば3ヵ月に1度ずつとか適宜、時間と頁のあるときに掲載する形にしたい、と考えます。
(6)新ライター発掘
最近、投稿数がやや減ってきたようですので、新しい書き手に依頼して定期、あるいは不定期で投稿してもらう案を練っています。世の中には隠れボクシング・ファンがいますので、その人たちに執筆依頼をしてみよう、と考えています。
3. 来年の会員継続募集
価格は据え置きにします。
1ヵ月、400円(送料含み) × 12ヵ月 = 4800円のまま。
ただし、11月25日までに継続手続き(会費到着および申し込み)が終了された方は、300円ディスカウントの4500円とします。これは、毎年年末、継続会員再登録で時間をとられるので、作業を11月と12月に分散するためです。12月は18日のイーグルの世界戦、および1月3日の世界戦で私、および社員諸君が忙殺されることが予想されます。
10月号が遅れ、11月に入っての発送になりましたので、この10月号と一緒に来年の継続申込書を同封すればよかったのですが、私がWBC総会やWBA総会に出席していたため、その指示をし忘れました。どうも申し訳ありません。
4. もっとざっくばらんに言えば
(1) 会報の発送時期について
リング・ジャパンはマッチメーキング会社で、出版社ではありません。月末、月初の世界タイトルマッチや地方出張のため全員が忙殺されることが起こり得ます。できるだけ月の初めに出すよう努力はしますが、そのような場合、今年のように発送時期が不定期になる場合が生じます。それをご諒解の上、ご継続ください。その代わり、年12回は必ず出します。
(2) Eメール活用のお願い
会員、および通信員の方へのお願いですが、できるだけパソコンを使い、社員が投稿を打ち直さないでいい方向にご協力お願いします。Eメールの投稿の場合、そのまま貼り付けできますので、非常に能率的です。手書き、ワープロ打ちのご投稿も受けますが、その場合、できるだけ短くしていただければ、会報作成を能率アップできます。事務所の私の席から見ていますと、会報遅れの原因のひとつは手書き、ワープロ打ち原稿のタイプ打ちの手間です。どうぞEメールによるご投稿にご協力のほどお願いいたします。
(3) 通信員各位への感謝
こんな薄い会報、兼情報誌ですが、毎月ご協力いただき、一部の通信員の方には「速報メール」の情報提供もお願いして本当に感謝しています。毎月会報を出し送り続けることが、われわれとしてせめてものお礼と考えています。2005年もどうぞよろしくお願いします。
5. アンケート募集
WOWOWエキサイトマッチの放送時間について、
(1) 現在の夜12時から2時までの時間帯をどう思うか?
(2) 理想的な放送の時間帯(2時間)は何曜の何時からか?
(3) その他、エキサイトマッチに対する要望は?
(11−16−04)