ジョー小泉のひとりごと 2004年9月前半


レフェリーストップの最適タイミングについて

ふとJBC広報を手に取った。ランキングを確認するためだ。
JBC特別検証「ボクシングに早すぎるストップはない」と題した
文章を読んだ。

違和感を覚えた。反論がある。

ボクシングのストップは早ければいい、というものではない。
そこには早すぎず、遅すぎずの最適なタイミングというものが
あるはずである。

その最適性の追求がレフェリーとしての経験であり芸だろう。
キャリアの浅いレフェリーが「早くストップすれば善だ」と
勘違いして、消化不良のようなレフェリーストップを増産したら
どうなるだろう。

ボクシングはいま人気が低下しつつある。
その一因は、レフェリーストップのタイミングが微妙に早すぎる
ためではないか、と考え出した。

観客は金を払い、スリルを見に来ている。
スリルとは端的にいえばノックダウンである。
それを見せず、安全性第一という仲間内の論理でボクシングを管理
することが過ぎれば、確かにボクシングは安全化するかもしれないが、
客はいま以上に来なくなる。プロボクシングは衰退する。

日本のプロ選手にアマ経験が少ないことを理由に、試合のストップを
早くしよう、というのは論理的ではなかろう。アマ経験の有無と
ストップのタイミングとは別の次元の問題だからだ。

この著者はボクシングの安全性のテーマでものを書き続けているため、
最近、考えが歪んできているように感じる。安全性、安全性といって
いれば世の中まかり通ると思ったら、間違いだ。別の弊害が出てくる。
もっと複眼思考をしなければいけない。

ボクシングは格闘技で、プロボクシングはそれを客に見せて金を取る
プロ競技だ。防具をつけたアマ・スポーツではない。
だから、レフェリー・ストップのタイミングに研鑽、追究が必要なの
だろう。

「ボクシングに早すぎるストップはない」などという愚かしい文章を
JBC広報に載せるのは、最適なストップ追究の責任放棄と誤解され得る。
(9−13−04)


白檀香をたいて

水曜だったか、後楽園ホールに行く途中、荻窪で下車して本屋に寄った。
「めざせ小筆の達人」(二玄社)を買うためだ。
その書店には、数週間前、確か在庫があった。
同じ出版社の「小筆の字がうまくなる」を求めたとき、その隣にあった。
この本を習い終え、次の段階のその本が欲しくなった。

その書店は大幅にレイアウトを変えており、書道コーナーが縮小され、
目当ての本はもうなかった。がっかりして本屋を出たとき、目の前に
香料の店があった。これまでは気がつかなかったが。

そこで、白檀香を買った。店員は沈香を勧めたが、それは次にしよう。
最近、香をたき、その残り香を味わいながら、統計学の本を復習しだした。
また香をたき、毎日、習字をする。

朝、1時間、アスレティックか水泳に行く。
午後、1時間は英文を読む(それから会社へ出る)。
夜、寝る前、1時間は習字をする。
これを毎日繰り返している。

人間の教養とは、和漢洋に行き渡らばならない。
和とは和文である。漢とは漢文である。洋とは外国語である。
それらを均等に読み続けることが肝要である。

また人間の素養とは、文理に広がらねばならない。
文とは文科系の知識であり、理とは理科系の知識である。

統計のあと、流体力学を復習したい(水泳の途中、それを思いついた)。
そのあと、数学を高校生レベルからやり直す。

一方、習字をしつつ、漢文を学び直し、唐詩を読む。
それと並行して、新井白石あたりから歴史を逆にし和文を読む。

その一方で、自ら書く英語を鍛え直す。
これはいろんな分野の英文を読み、語彙を洗い直し、文章を書くために
必要なリズムを頭に植え付ける。
生きているうちに「アジア(駄目なら日本)のボクシング史」を英文で
書いておきたい。できれば、英米人が感心するような名文で書きたい。

知は力なり、という。
知力は財力、暴力に優る。

長期的計画を立て、本を読み続けること。
あと20年か30年かかりそうだ。
それは他人に知識を披瀝するためではない。あくまで自らを高めるためだ。

時間と、そして体力との勝負になる。
だから、体を鍛え続けねばならない。
ゆえに、プールに泳ぎに行こう。

1時間で帰れば、午後、成田空港へ川嶋の挑戦者ラウル・フアレスの
出迎えに間に合うだろう。
(9−12−04)


日本ノーランカーがOPBFランカーに勝った場合

昨日も大阪で日本のノーランカー山崎晃がOPBF3位で比国フェザー級王者ジェフリー・オニャテに勝った。このような場合、日本ランキング、あるいはOPBFランキングはこの試合結果をいかに反映すべきか。

それについてワールドボクシングの「東洋から世界へ」のコラムに書いた。
仕上げたのは金曜の夜だった。
一晩原稿を寝かせて翌朝、読み返してみて思った。
この内容、文調は過激すぎる。

土曜の朝、一から書き直した。かなり穏やかな内容になった。
私がマッチメーカーでなく在野のもの書きなら元の内容でもいい。
しかし、自分の立場を考えると、ものごとを丸く解決することが重要になる。

9月号の「東洋から世界へ」にPABA加盟の問題点を書いた。
協会の理事諸氏は是非、一読しておいてほしい。

「日本もPABAタイトルマッチをやろうじゃないか」と協会が決め、
すぐ明日から解禁というわけにはいかない理由が書かれている。
私はPABA解禁に賛成だが、タイミングと手順というものが必要なことは
わかる。それを説明してある。

本のことを書こう。
最近、読書の範囲をもっと散らしてみよう、と考え、ボクシングから離れた本を
読むことが多い。

先日、ランディ・スイコが来日している間、腹筋をさらに鍛えるトレーニング
方法の図解を見た覚えがあり図書館へ行った。その本は貸し出し中で、戻ったら
連絡してもらう手続きをして、帰りにふとある本が目についた。
「香と香道」というタイトルだった。以前一時、香に興味を持ったことがあった。

忙中閑ありで、香をたきながら本を読んだり、ものを書いたりした時期があった。
飽き性だから、すぐそんな習慣はなくなったが、今回、香の本を読んでみた。
大いに興味を引かれた。いずれ再開してみよう、と思う。

あと2週間で引越しなので、家内は雑品をダンボールに詰めたり忙しそうだ。
私は自分の本を分散させてあり、自宅、事務所隣の倉庫、神戸の実家、品川の
倉庫(コンテナを借りている)に置いてある。自宅は私の本で階段から居間まで
足の踏み場がない。

引越し業者に見積を取ると、本が多いので60万円といわれたそうだ。
「そんなに高いのなら、本はダンボールに詰め自分で運ぶ。そのためには体を
鍛えておく必要があるな」と言って、泳ぎに出て行くから家内はあきれる。
何とかなるだろう。

WOWOWのタイソン、ウィリアムス戦を見たあと、散歩に出た。
立ち寄った書店で、「となりのカフカ」(池内紀、光文社新書)を買った。
数時間で読んだ。カフカは新潮社の全集で全部読んだ。

私はこの著者にドイツ語を習ったことがある。年譜を見ると、7歳違いだ。
私が19歳のときだから、この人は25歳の新米教師だったのだろう。
まだ学生のような紅顔の美少年で、教壇で朴訥とした話し方をした。
あるとき、私は質問をした。彼は「分からない」と答えた。

その授業のあと、われわれ学生は彼を褒めた。分からないことを分からないと
いう誠実さを好もしく思った。われわれは無知な若者だ。適当な回答で済ます
ことも出来ただろう。彼はそんな対応をしなかった。
年譜を見ると、その著作でいろんな賞を取っている。
カフカのように地道にいい仕事をしてきたのだろう。

私がこんな雑読家になったのは植草甚一の影響もある。
いろんな外国語をかじったのは加藤周一の影響かもしれない。
諸外国に行くのは小田実の「何でもみてやろう」を子供のころ読んだ影響かも
しれない。

その小田実に韓国のホテルで会った。自分がマッチメークした世界戦のときだ。
「私はあなたの『何でも見てやろう』に影響を受けました」と挨拶しようか、
と思ったが、それが子供じみた行為に思えてやめた。相手は女性連れだったし。

結構いろんな有名人に出会っているのだが、声をかけたことがない。
見ず知らずの一読者に声をかけられ、相手は迷惑かもしれない、と思うからだ。

ああ、こんな独り言ばかり書いてはおれない。
整理をしないとまた家内に怒られる。
本を読むのは楽しいが、本を運ぶのは本当に億劫だ。
(9−6−04)


衝撃のタイソンKO負け、9月5日放送

WOWOW音入れ。
タイソンがウィリアムスに番狂わせで敗れた試合。
これは9月5日(日)午前11時から1時間の番組。

この日は、夜10時05分からレギュラーのエキサイトマッチ
放送もある。まさにBOXING DAYだ。

音入れが終わってから、後楽園ホールに行く。
この日は、レフェリーのストップがみんなグッド・タイミングだった。
4回戦の宮下、平川戦、6回戦の末長、室伏戦、メインの戎岡、村松戦。

村松のファンだろう。後の列で「ストップが早い」と怒鳴る人がいた。
よほど言ってやろうかと思った。
「あれ以上戦わせてダメージが残り後遺症が出たらどうするんですか」と。
しかし、頭がホットなファンと言い合っても仕方がないのでホットいた。
(9−1−04)