ジョー小泉のひとりごと 2004年7月後半


明日のTV解説のため帰京

顔馴染みの僧侶がお経を唱えるのを斜め後から聞いていた。
長いお経だった。終わったとき、最近、長時間畳に座ったことがないので下肢がしびれ直ぐ立ち上がれなかった。うちは浄土真宗だ。お経が終わったあと、博識の僧侶は親鸞や他の話をした。唯円の「歎異抄」を読んでみよう、と思った。

妹の主人(義弟だが私より歳が上)に新神戸駅に送ってもらい帰京。宝塚に住む家内の従妹(カナダ人のデビッドと結婚した)の双生児を見に行く案もあったが、早く帰り、明日のモラレス、エルナンデス戦の解説のため体調を整えたい。朝5時に起き、8時には辰巳のスタジオに入らねばならない。車中、WOWOWから貰った厚い解説資料にアンダーラインを入れながら読了。Boxing Updateの同試合展望記事(7−10号)も再読。

書道三体字典の草書をかたわらの新聞の上に筆ペンで書いていたが、新幹線の揺れで字がゆがむ。新幹線の中でパソコンを打つことはある。本にアンダーラインを引くこともある。だが、字を書くことはまれだ。まともに字を書けないほどの振動の大きさを再認識。

午後6時半に東京駅に着き、八重洲ブックセンターに寄った。
俳句で楽しく文語文法(角川選書)
漢字百話(中公新書)
その他、2冊を買った。家内と6階の語学書フロアに上がると、私の「これで通じる英会話」がまだレジのカウンターに置かれていた。

帰宅後、サッカーのPK戦を見た。あんな緊張する場面になったら、平常心を保ちリラックスしてプレイする方が勝ちだろう、と思った。早めに床に就いた。
(7−31−04)


亡父のこと

二十五回忌のため帰郷して、亡父のことを想った。
私の家系をたどると、芸州(広島県)浅野藩御納戸役になる。倉庫管理係かと思っていたが、広辞苑を引くと金銀、衣服、調度の出納、あるいは献上品、下賜の金品の管理がその仕事だったらしい。筆でこまめに帳簿をつける祖先の姿が思い浮かぶ。

私の本名の姓=Kとする。
祖父母の代に、同姓のKとKが結婚した。祖母の方が御納戸役の血筋を引いた旧家だったらしい。真面目で仕事熱心な技師(エンジニア)がいて、祖母の家族が彼をみそめたようだ。同姓同士の結婚なので、親戚中がK姓になった。

私の父が近衛兵で東京にいるとき、広島は原爆に遭い、親戚はすべて亡くなった。終戦を迎え、親族で生き残ったのは、南洋に出征していた伯父、父、祖母、神戸に嫁いでいた伯母(父の姉)くらいなものだった。国敗れて、故郷は焼け野原。末っ子の父は敗戦後、帰郷の途中、神戸に下車し姉の元に身を寄せる。結局、広島には戻らず、神戸の造船所に職を得て、潜水艦の技師になる。国益、国防のようなことばかり言っていた愛国者だった。

父は四男か五男で、うち2人の兄が早世している。長兄は早稲田大学に進み、学半ばにして胸を病み逝った。うちは根をつめる家系らしい。東京に出て、適当に遊びながら学生時代を送ればいいのに、勉強しすぎて体をこわし若死にした。さぞ親はがっかりしたことだろう。

その後、祖父は子供たちに勉強よりも体を鍛えることを強いたという。父は無理やり柔道を習わされ有段者になった。子供たちの中で父が一番学業ができたらしい。当時は出来のいい子を東京の学校に出すのが郷土の誇りだったようで、家族全員、祖父に父を東京に出すよう懇願したらしい。祖父は長男の死に懲り、最後まで首を縦に振らなかった。

ところが、戦時下、別のルートで父は上京する運命となる。いまの天皇である皇太子殿下の護衛役として近衛兵に選出された。結果的にそれは栄誉でも何でもなくなった。日本は無謀な戦争に狂奔し、無条件降伏することになる。

歴史を振り返ると、日本という国は日清、日露戦争、第2次大戦と、中国、ロシア、アメリカという大国と戦った。指導者が無能な組織は無謀な方向に突っ走る。アメリカのような国力に開きがある国に戦争をしかけた。しかも国際法に基づく開戦通知が結果的に遅れる無様な形で、真珠湾攻撃の奇襲をかけた。長期的戦略がない戦争の結果、悲惨な敗戦を迎える。

私は日本の文化を荒廃させたアメリカという国に複雑な思いがあるしかし、私はランボーではない。たった一人で復讐を仕掛けるわけにはいかない。

伯父は休みの日には山に登るスポーツマンだった。山からの帰り、父の元を訪れ、よく一緒に酒を飲んだ。二人が話すのは、戦争のことばかり。「戦争さえなかったら、・・・」と酔った父が言い、伯父は「それを言っても仕方がない」となだめていた。広島の家は旧家で大きかったそうだ。大家族でにぎやかだったらしい。歴史を悔やんでも仕様がない。愚かな為政者を頭にかついだ日本のシステム(天皇制を含む)が悪かったのだろう。国として喧嘩の仕方が下手すぎる。戦史を読むたびにそう思う。勝ち目のある戦いか否か、その判断ができず、精神論で戦争に突入した。まさしく愚かしい。

ボクシングにたとえれば、実力的にとても勝負にならない世界戦に愛弟子を出場させ、惨敗。愛弟子はリング禍で死亡。ジムはその無謀な世界戦興行のため破産して閉鎖。それが日本の戦争だ。その敗戦の余波は末代までたたる。アメリカの文化を無理強いされ、日本固有の文化は荒廃の一途をたどる。

うちは酒飲みの家系らしく、伯父や父、祖父も大酒を飲んだ。昔、酒を飲むことが男らしさの象徴だった時代があった。私も若い頃、酒を飲んだが、こんな酒飲みの系譜は私で終わらせよう、と思う。以前、国際ジムの高橋会長、真闘ジムの佐々木会長と私が協会の好カード推進委員会のメンバーだったことがあり、3人でよく夜中まで酒を飲んだ。私が一番、酒は強かった。酒飲みの遺伝子(アセトアルデヒドの分解酵素)を持っているためだろう。だが、私は最近、付き合い程度しか酒を飲まず、息子は下戸だ。

父は酒のためだけではなかっただろうが、59歳で亡くなった。エンジニア特有の細かいところまで気がつく几帳面で整理好きで勉強家だった。昔の床屋は長く待たされるのが常で、ドイツ語の設計の本を持って散髪に行くような気障な人間だった。気障といえば、神戸に暮らしながら、ずっと近衛兵時代の東京弁で話をした。だから、私は外では神戸弁を話し、家では父の言葉を喋らされる、いわばバイリンガルだった。父にはインテリ特有の険があった。無学な人、外国人(中国、韓国、朝鮮、ロシア人)を嫌った。軍人経験からすぐ息子や母を殴る粗暴な面があった。非常に短気で喧嘩早い。そのくせ、自分の内的世界は高尚らしく、モーツアルト協会に入り定例音楽会に行き、エンジニアのくせに哲学書のような形而上関連の本もよく読んでいた。戦争がなく、別の人生を歩み、学者にでもなっていたら、もっと社会的に成功していたかもしれない。

私は父が大嫌いだった。彼は私がボクシングにのめりこむのを憂い、ボクシングのような仕事を賤業とみなした。この仕事を社会的に賤しいと見るかどうか、それは人の勝手だ。要はその中での自分の生き方だろう。一生懸命、自分を高めつつ生きればいい。あと20年生きれば、私は父よりも数多くの本を読むだろうし、多分、語学でも字でも父を凌駕できるだろう。私は残る人生を毎日、小さな道のりでも着実に前進せねばならない。毎日、辞書を引く。毎日、習字をする。毎日、反省をする。それが不肖の息子として父に対するせめてもの供養だ。
(7−31−04)


神戸に帰郷

明日、亡父の二十五回忌なので帰郷。
4時頃の新幹線に乗る予定だったが、実際は6時半発。
新宿の銀行まで行き、デラホーヤ、ホプキンス戦のチケット代金をRJエージェントに振り込むため時間を食った。1700ドルのリングサイド席を申し込まれたカップルがあり、今日振り込んでおくと、エージェントがモラレス、エルナンデス戦のとき購入し、フェデラルで送ってくれる。水曜にはRJから発送できるはず。お客さんによりいい席をより早く出すため帰郷を少し遅らせた。

新幹線の中で読んだのは:
「論理的思考と交渉のスキル」(光文社新書)
中に書いてあるのは自分でも使うスキルがほとんどだが、交渉というものを論理的に整理するとこの本のようになるのだろう。参考になる部分があった。

英国「BOXING NEWS」7−23号
タイソン、ウィリアムズ戦の展望記事。タイソン陣営はウィリアムズの実力を知ったうえで組んだのかな。タイソンの体調次第だが、危険な相手だ。

「BOXING UPDATE BULLET」
これはボクシング・アップデート誌のFAX版で、月に3回、10日おきに入ってくる。タイソンのフレディ・ローチ・トレーナーは、「再起3戦目にはビタリに挑戦する計画だ」と語っているが、明日のウィリアムズ戦の出来次第だろう。

車内誌「ひととき」
野球少年に帰る(赤瀬川隼)
私も昔は野球が好きだった。大下、川上、千葉、西沢の絵(多分、メンコの絵)を見、記事を読んでいると、頭の中で自分なりの「ボクシング少年に帰る」が浮かんだ。私たちが子供の頃のボクシングは面白かった。辰巳八郎、矢尾板、米倉、関・・・・とその勇姿が想い出される。

新神戸駅から地下鉄で三宮まで出て、そこでJRに乗り換え。今日先に出た家内と須磨駅で合流。

夜11時すぎから、NHKの室伏広治のトレ−ニングを追う番組を見た。室伏がアメリカ人コーチに指導されたポイントがボクシングにも当てはまるので、それを銘記した。そこには非常に重要なヒントがあった。
(7−30−04)


ラスベガス情報

日本時間8−1のモラレス、エルナンデス統一戦観戦のため
渡米中のWOWOWスタッフからのラスベガス情報。

本日MGMの新しいカンファレンスルーム(プールの奥方)にて
会見がありました。エルナンデスの奥さんがマネージャーとして一人で異例のスピーチ。
95年のプロ初黒星はレフリーが得意のインサイドファイトさせてくれ
ず距離を取るようにしたのがが理由。今回奇しくも同じレフリーで彼はモラレスが勝った試合も裁いている。偶然だろうが、レフリーに前回のようなことはないようにして欲しい。
ちなみにヴェロニカ夫人は非常に美人です。

エルナンデス
私の番がきた。12年間待ったビックマッチだ。
今回アンダードッグだが、勝ちに来た。
統一王者になるのは私だ。

モラレス
準備はできた。偉大なファイトになるだろう。
私は相手が誰でも気にしない、なぜなら自分自身の
問題で練習をしっかり行い自信はある。
リングで起きることに対応してゆくだけだ。
ヴェロニカはレフリーの件で心配していたが
その必要なない素晴らしい試合になるだろう。

今回は$39.95のPPV。チケットは$50-$300
会見出席選手でアメリカ人はいなかった。
(エルナンデスはアメリカ国籍だが両親がエルサルバドル出身)
(7−30−04)


銀座の書道展に行く

韓国から戻り、日本の蒸し暑さが実感される。韓国の暑さの方がカラッとしている。
2時半、後楽園ホールで明日、鈴木誠選手と対戦するタイ国ミニマム級王者ナムチャイの計量。そのあと、帝拳へ寄り、渡米する本田会長に持っていってもらうビデオ2本を届け、すぐ地下鉄で有楽町まで。

有楽町から松坂屋まで、こんなに暑くなければ大した距離ではない。徒歩10分くらいなものだ。ところが、蒸し暑さのため、松坂屋の下に着いたとき、汗びっしょり。鴎友展という書道の展示会に徳村旭厳先生から誘われ、拝見のため伺った。徳村氏は私が書いて送ったもの(作品というほどのものではない)に朱を入れて返送される。さすが書道の専門家諸氏の作品は立派なものばかりだ。

私は今後とも習字を続けるが、書道家になる積りはない。私の望みは、せめて草書、行書をすらすらと読みこなせるようになりたい、そして将来、達筆で書状を書きたい、という程度だ。墨の香りというのは神経を鎮める。漢字を書くという行為は自分がアジア人だということを再認識させてくれる。英文のEメールでマッチメーキングばかりしている自分には、夜あるいは休日、習字をする時間が格好のリラクゼーションになっている。徳村先生に感謝。

また後楽園に戻り、江口対タイ人(これはRJのマッチメーキングではない)を観戦。自分の席から速報メール。帰宅してから英文でFIGHTNEWSに記事を送るのは、明日の鈴木選手の試合と一緒にしよう。

寝る前に読んでいるのは、韓国から成田に着いたときKIOSKで買った司馬遼太郎「以下、無用のことながら」(文春文庫)。明日、読み終わる。
(7−26−04)


PABA解禁のための準備

洲鎌選手が善戦のあと敗れ、帰途、レフェリー、ジャッジ諸氏と食事をしてからホテルに戻った。30分でFIGHTNEWSのリポートを打ち送信。

夜、ホテルでPABA事務局長のアラン金氏と会った。もう30年近い付き合いだ。日本の協会はPABA承認の方針を打ち出した。コミッションの承認を得て発効となるが、それは多分、来年以降だろう。2時間ばかり話した。

PABAのルールブック、承認料のリスト、その他関連資料を受け取り、実務上の細かい話を聞いた。特に、PABAチャンピオンはノンタイトル戦に出るときでもPABA本部に承認料を支払わねばならず、ノンタイトル戦で負けても王座はく奪というシステムを聞いた。

いつ解禁になるか分からないが、ルールブックも隅から隅まで読み、PABA王者たちの記録、ビデオも揃え、準備をしておこう。

韓国出張中、4泊5日の間に読んだ本は4冊。
「朝鮮戦争」(文春文庫)
「スポーツ・エージェント」(文春新書)
「世界地図から歴史を読む方法」(KAWADE夢新書)
もう1冊は何だったかな。

習字はできず。あわただしくて筆をとる雰囲気ではなかった。
速報メールは国際電話を使ったりし、毎日出した。
今後、海外旅行のときには携帯のリースを使い、今回のように試合が終わるとすぐ日本に電話し、社員諸君に速報メールを出してもらおう。今回の池、洲鎌戦の速報は試合終了後15分以内にメールが流れたと思う。
(7−24−04)


韓国での入場証

日本における世界タイトルマッチの外国人記者の席はコミッションが管理する。記者席の数に制限があり、3席か5席しかくれない。外国人記者に対する入場証にも制限がある。だから、間に入っていつも苦労する。

それなのに、外国で日本人選手がらみの世界戦があり、日本人記者が取材するとき、まるで既得権のように入場証や席を要求する。韓国人の記者やカメラマンが来日したときには冷遇し、自分たちが渡韓したときは強引に席を取る。以前、韓国での世界戦で日本人記者が入り口で胸ぐらをつかまれ入場を阻止されたことがあった。

今回、私が依頼された入場証の数は次の通りだ。
1. 記者 11名
2. 読売テレビ、大阪帝拳関連 9名
3. 洲鎌グループ 10名

「30名分パスが欲しい」というと、「そんなに要るのか」とプロモーターに嫌な顔をされた。

そこで策を練った。「私はマッチメーカーだ。この試合を組んでやった。30枚分よこせ」と口角泡をとばしてパスを強奪する方法もあるが、それは最低だ。あとにしこりが残る。万が一、あともう1枚必要となったら、こんな喧嘩ごしで交渉すると、追加分が取れない。

23日の午前中、同じホテルのプロモーターの部屋へ行った。パスを貰い受けるためだ。ちょうどスタッフがパスを作っていた。まるでフーテンの寅さんのように、「おう、やってるな。手伝ってやろう」と気軽に声をかけた。パスを作っているひとりは元OPBFチャンピオンの高仁植だ。彼が現役のころ、何度かマッチメークして顔見知りだ。彼は不器用そうで、私が代わってパスを作り、彼がビニール袋に入れる役で分担ができた。

その作り方は、パソコンで名前を打ち、プリントアウトした紙を鋏で切り、それを池、洲鎌戦の写真入りの台紙の下の方に貼り付けるものだ。「日本人記者の分は打たなくていい。私が名前を書くから」といって、さっさと20名分を書いた。私は字を書くのが彼らより早いから、他の韓国の関係者の分まで仕上げた。

「洲鎌グループはパスは要らない」とプロモーターがいっていたのは、パスを作るのが面倒だったせいもあるようだ。「では、5枚だけ洲鎌グループをもらうよ」といって、さっさと仕上げ、流れ作業で高仁植に渡した。

共同作業は楽しい。1時間くらいですべて出来上がった。私は入場証計25枚と、余分に3枚を取った。みんなが「小泉さん、カムサハムニダ(ありがとう)」というから、「チャンマネヨ、チングウ(何でもないよ、友だち)」といって部屋を出た。

仕事というのはこういう風にしないといけない。喧嘩ごしでなく和気藹々、ものごとを進めるべきだ。だから、午後1時半からの記者会見のとき、日本人記者諸氏にきちんと本人の名前入りの入場証を渡せた。
(7−23−04)


連休中の読書

連休中3日間で読んだのは次の4冊。

「世紀の誤審 オリンピックからW杯まで」(光文社新書)
この著者は判定に作用するPower of Balance(つまり、力の論理)を知っているようだ。ビデオ判定導入、審判の語学力および体力(サッカーにおける走れるレフェリー)、誤審を生み出す先入観など、考えさせられるテーマがあった。

「書に通ず」(新潮選書)
この著者がいうことは難しすぎて理解できなかった。一応、終わりまで読んだが。

「スポーツ産業論入門」(杏林書院)
スポーツを産業と見た場合の各視点からの分析で興味深い本だった。ボクシングはクラブ制度の上に成り立っている特殊性があるので、他のスポーツと同様に取り扱えないが、参考になるところがあった。特に220頁の「プロスポーツにおける観客誘致策」をプロボクシングに当てはめ、もっと観客を増やすアイデアをさぐる重要性を感じた。

「その英語、ネイティブにはこう聞こえます 2」(主婦の友社)
この本はシリーズで同名の1とクイズ編があり、それを面白く読んだ。この3冊目もそれなりに面白かったのだが、最初の本ほど面白く感じない。なぜだろう。やはり二番煎じのためか?

明日から韓国で、4泊5日の旅だ。何の本を持っていくか、これから選択する。
(7−20−04)


速報メールサービス折り返し点通過

今年も7月に入り、半年を過ぎた。
「速報メール」は順調に継続している。
日本、東洋、世界タイトルマッチの結果をすぐ携帯、パソコンに送るサービスだ。

後楽園ホールで観戦できず、スポーツ紙でも詳報が載らない地方のファンに好評だ。
「今夜の日本タイトルマッチ、どっちが勝ったかな」と興味を持つファンの携帯に試合直後、結果の速報が入る。両選手の戦績、判定の場合の採点もメールする。

大体、ボクシング・ファンがファンでなくなるのは情報から隔絶されることが一因だろう。
私は思う。この速報メールの会員でいる間は情報の刺激によりファンとしてボクシングに興味を持ち続けてくれるだろう。私はこれがボクシング・ファン数維持のためになる、と思って毎日、速報を送っている。

今年の下半期はちょっと実験をしてみよう、と思う。
いままでより個人的主観の入ったレポートにする。
日本のいいカードのときは、展望をメールする。

いま入会すると7月後半は無料。
(7−18−04)


ボクシング人気再生法試案

今月のワールドボクシング誌の「東洋から世界へ」で
「プロボクシング人気再生法試案」を書いている。
どうぞ関係者はご一読を願いたい。

その骨子は、
第一に、強豪との対戦。
第二に、OPBF王者の指名防衛戦の遵守。
第三に、「中立ジャッジ制度」によるライバル対決の活発化。
第四に、「再戦契約」によるライバル対決の促進。
第五に、公式B級ランキング新設による「日本ランキング入れ替え制」の実施。

詳しくはコラムをご一読されたい。
第一、第二とアイデアの各項目を太字にするよう原稿に書いたが、それが編集部に
伝わっていなかったようだ。まあ、いいだろう。内容には変わりがない。
第五の案など是非、実施の検討をして欲しいと思う。
(7−17−04)


マッチメーキング進行

今年はマッチメーキング試合数の点では、ここ数年で一番多くなるかもしれない。
好試合のマッチメーキングが多い。ところが、いまここでは言えない。プロモーターが
きちんと発表会をする予定だから、それまで口を閉じる。
週末、いろんないい試合が決まった。

ここ数日で読んだ本(本のことばかり書いているが)は次の通り。
「博徒の幕末維新」(ちくま新書)
これは丸谷才一が推薦していたので読んだが、面白かった。
以前からヤクザというのはどうして発生したか、興味を持っていた。
この本でその一端が分かった。
私は神戸の生まれで、小学生時代の同級生でヤクザになったのがいる。
といってもいま親交があるわけではないが、ヤクザにでもなるしか仕様がなかった彼の屈折、
貧しさ、家庭環境を知っている。自分が昔、神戸ジムで教えたことのある選手でいまヤクザを
しているというのもいる。
この高橋敏という著者は稗史(はいし)というアウトローの歴史に詳しく、国定忠治、
清水次郎長など文献史学的考証の本が多い。

「スポーツ放送権ビジネス最前線」(花伝社)
面白かったのは、五輪あるいはワールドカップの放送権の金額の莫大さと、
ユニバーサル・アクセス権という概念だ。後者はペイ・パー・ビューと対立する考え方だ。

「昭和史の決定的瞬間」(ちくま新書)
なぜ自分は二・二六事件の前後の歴史を読むことに興味を持つのだろう。最近、こんな
戦史を読むことが多い。

明日は「スポーツ産業論入門」(杏林書院)を読む。

今日、コミッション・協会合同医事講習会があり、有意義な講義を聴いた。
(7−16−04)