南アフリカも暑かった。ラスベガスも暑かった。ラスベガスの炎天下、泳いだのも影響しているかもしれない。帰国後、体の疲れはそれほどでもないが、ずっと頭の芯が何か曇っているような感じがした。いま考えると一種の熱射病みたいなものだったのだろう。
それなのに、WOWOWの解説をし、スポーツ報知の原稿を書き、ワールドの「東洋から世界へ」の原稿も書いた。ある方法を取った。冷房を10度くらいにし、ガンガン部屋を冷やし、冷凍庫の中にいるような感じにし、体も冷えるが頭も冷える状態にして原稿を書いた。
本を読んでいるときも、何か頭への入りがよくなかった。それがやっと晴れてきた。一番よかったのは、少々頭に入らなくとも活字を読んで読んで読みまくったことだろう。徐々に頭がクールになってきた。
12日(土)の朝からラスベガスで読みかけた「GENE TUNNEY」の続きを読み始めた。元世界ヘビー級王者ジーン・タニーの伝記だが、いろいろヒントがあった。タニーはコブシを痛めがちだったが、次のトレーニングを継続して効果があったという。コブシをフロアにあて腕立て伏せ。さらに、指を立てて腕立て伏せ。タニーはコブシを鍛えるために、手の筋肉を強化した。これをランディに継続的にさせてみよう(いまもそれをしているが、その効用を再度説明しよう)。
次に、「Boxing’s Most Wanted」を読んだ。これは数時間で読了。各項目で歴代トップ10を挙げたものだ。
日曜の朝から、ラスベガスで買った「ITALIAN STALLION イタリアの種馬」を読んだ。これはイタリア系アメリカ人の選手を抽出した本だ。ラモッタ、グラジアノ、マルシアノ、ペップ、マキシムなどについて書いてある。
2日間で洋書3冊読了というのは、学生時代のようなペースだ(途中、昼寝もしたが)。この2日間は、他の事をせず、徹底的に本を読んだ。読んでいるうちに、熱射病気味の頭が冴えだしてきたのに我ながら驚いた。読書より昼寝がよかったのかもしれないが。
日曜の夕方、家内に誘われ映画に行った。2日間、英文ばかり読んでいたせいか、映画の中の台詞がよく頭に入ってきた。
よく歳をとると頭がぼける、とかいう人がいる。それは歳をとることで学習頻度、強度を落とすからだ、と思う。私は若いころから老人ウォッチャーで、歳をとっても頭がシャープな人たちを観察してきた。大学教授あるいは学校の先生、弁護士、牧師、作家、会社の経営者、アナウンサー、等々。要は緊張感を持って頭を使い続けることだ。
ものを書く。ものを考える。ものを喋る。これを持続し、記憶する作業を年齢に関係なく継続する。それで頭はぼけない。スライマン会長、故ビル・ケイトン、故ナット・フライシャー、故平沢雪村――みんな歳をとっても、頭はシャープだった。つねに自分にノルマを課し、頭を使い続けること。それが老化を防ぐ。そのためには継続の努力が要る。
(6−13−04)
5月31日、佐竹一行と渡米する直前、南アフリカから一旦、日本に帰国し成田に一泊してから比国へ戻るランディ・スイコとファニト・アブラカ・トレーナーと空港で会った。そこで、「トレーニングを開始したら練習しろ」とメモを渡した。
そのトレーニング・メモは次の通りだ。
HOW TO FIGHT AGAINST JABBER
ジャバーに対していかに戦うか
1. STOP
2. STOP + RETURN JAB (SINGLE, DOUBLE)
3. STOP + COUNTER JAB (SAME TIME)
4. HEADSLIP (LEFT) + LEFT HOOK (FACE)
5. HEADSLIP (LEFT) + LEFT UPPER (BODY) + LEFT HOOK (FACE)
6. HEADSLIP (LEFT) + LEFT UPPER (FACE) + LEFT HOOK (FACE)
7. HEADSLIP (LEFT) + RIGHT CROSS (SAME TIME)
8. HEADSLIP (RIGHT) + LEFT JAB
9. HEADSLIP (RIGHT) + STRAIGHT RIGHT
10. PARRY (WITH LEFT HAND) + STRAIGHT RIGHT
空港内の人通りがないトイレの横に二人を呼び、実演しながら説明した。トイレに入る人は怪訝(けげん)な顔でわれわれを見ていた。他人の目どころじゃない。
1. なぜジャブの防御でストッピングがよく、パーリィングはよくないか。パーリィングでは右手がアゴの位置から離れるからだ。相手のフェイント・ジャブからの左フックを食う危険性があるからだ。パンチにスナップが必要なように、ジャブに対するストッピングにもスナップが要る。相手のジャブをストップするや否や、すぐ元のガードに戻らねばならない。
2.ジャブに対する最高の武器はリターン・ジャブである。ジャブを受けるとき、自分の肩の力を抜き、ジャブをストップするや否や、すぐジャブを返す。できれば、ダブル・ジャブ。シングル・ジャブを返すときは、やや強めに。
3.相手のジャブを右グローブでストップしながら、同時に左ジャブを出す。カウンター・ジャブになる。タイミングがよければ、これで相手に尻餅をつかせるダウンがとれる。
4.タイソンがカール・ウィリアムズを倒したときのように、左へヘッドスリップをするや否や、左フック(顔面)。
5.左へヘッドスリップすると同時に左アッパー(ボディ)から左フック(顔面)のダブル。ヘッドスリップするとき、ヒザのバネをきかし、左へダッキングすること。
6.これは小さい左ヘッドスリップから左アッパー(アゴ)、左フック(顔面)。左フック(顔面)から左アッパー(アゴ)と逆の順序で打ってもいい。
7.なぜファナに対しもっと右クロスを決められなかったか。ヘッドスリップをして頭ひとつ中に入らなかったからだ。ジャブをヘッドスリップ(左側)すると同時に右クロス。
8.ジャブを右へヘッドスリップすると同時に左ジャブを相手のインサイドから顔面へ(ホセ・ナポレスが得意だった)。
9.ジャブを右へヘッドスリップする(できるだけ小さい振幅で)とすぐ、右ストレート打ち下ろし。
10.ジャブを右手でパーリーするのでなく、左手で外側へパーリー。相手の体を泳がせ、すぐ右ストレート。これは相手がジャブばかり突くジャバーのときの武器で、相手が1−2を打ってくる選手の場合は、これを用いるとこちらがあぶなくなる。
相手がジャブ、特にスローなジャブを打ってきたときは、チャンスだ。ランディはファナのジャブに対してカウンターを打てるチャンスが何度もあった。
この日は、これでしばらく会えなくなるので、しかも南アで負けて帰ったあとなので、トレーナーも聞く耳を持っているはずだ。だから、成田空港で、くどくどと説明した。アブラカ・トレーナーとランディに実演させた。今度、私がセブへ行くか、2人が東京へ来たとき復習させる。チェックする。テストする。
(5−31−04)
31日、サンフランシスコ経由、ラスベガス午後2時過ぎ着。佐竹選手、吉田会長父子のガイド役。「今日は夜まで頑張って眠るな」と指示。
1日、午前、眼の検査と身体検査。午後、トップランク・ジムで軽く練習。中でホプキンスが貸切で練習していたため、外で10分ほど待つ。練習後、HIV、B型肝炎の検査。ネバダ州の検査は厳しい。
2日、佐竹はトレーニングなし。朝ミゲル・ディアス氏の車でボクシングの本が多い書店へ行き、買出し。対戦予定のサウル・デュランの奥さんが自動車事故で重傷のため、デュランは出場をキャンセル。結局、トップランクの助力でウバルド・エルナンデスがピンチヒッターとなる。
3日、スポンサーの自動車ディーラーの店で計量。ウバルドがオーバーウエィトでもめる。体重差があっても試合をするか、キャンセルするか、佐竹、吉田会長と協議。結局、ゴーとなる。
4日、ユニオン・プラザで佐竹は6回KO勝ち。最後は見事にサウスポーの右フックを決めた。
5日、デラホーヤの6階級制覇を観戦。
6日朝6時過ぎ、ホテル出発。
7日午後2時半、成田着。この日は事務所に出ず、休養。
(6−7−04)