ジョー小泉のひとりごと 2004年5月前半


名古屋城、そして風信帖

朝8時半、毎日、レフェリー、ジャッジ諸氏と朝食を摂る。
今回のメンバーは、
立会人 ロバート・マック(米国)元アマレスラーの弁護士で柔術を始め東洋の武術に興味を持つ
レフェリー ピニット・プラヤドサブ(タイ)大学の体育(Physical Education)の教授
ジャッジ 
オベ・オベセン(デンマーク)元アマボクサーで歴史(スカンディナビア史)の高校教師(退職)
ヘンク・メイヤース(オランダ)政府の社会保障の役人
フェルディナンド・エストレーリャ(比国)これも政府の役人

朝食後、彼らと名古屋城に行く。各階の展示品をみんな非常に興味深く見ていた。
ホテルに戻ると、部屋がちょうど掃除中。目の前にイクゼクティブ用のロビーがある。そこで掃除が済むまで時間つぶし。

「国宝」(毎日新聞社)と題した図鑑が置いてあった。その中の「書跡」3巻を開いた。
日本には優れた書家がいた。
三筆 空海、嵯峨天皇、橘逸勢
三蹟 小野道風、藤原佐理、藤原行成
彼らの筆の跡を眺めていた。空海(弘法大師)の「風信帖」は過去に見たことがある。最初の「風」の字が素晴らしい。嵯峨天皇の書跡を初めて見たが、雄渾で見事だ。
「掃除が終わりました」と声をかけられたが、それから半時間ほどその3巻に魅入られていた。

今回は旅先でも習字をした。チェックインして部屋に入り、荷物を整理するとき、すぐ机上に習字の道具を並べた。世界戦の際、行事があり、レフェリー、ジャッジとほぼ1日中一緒だ。その合間に字の練習をするのは、精神の安定につながる。

毎日、1日1度は辞書を引き、語彙が増える。昨日の自分より今日の自分の方が進歩した人間である、と思いたい。習字においてもそうだ。昨日よりは一寸はましな字を書きたい、と反復訓練をする。

計量が終わり、夜、レフェリー、ジャッジ諸氏との会食があり、明日早いのでみんな早く寝た。ベッドの中で空海の「風」の字が思い浮かび、起き上がって「風」の字を書きたい衝動が起きたが、それをすると明日の仕事に支障が出る。だから、そのまま寝た。
(5−15−04)


名古屋の丸善にて

午後2時から名古屋の東海テレビ7A会議室で、明後日のWBAスーパーフライ級暫定王座決定戦の調印式、記者会見、ルールミーティングがあった。

終わったあと、レフェリー、ジャッジ諸氏と広小路通りを歩き、三越に入る。ハンク・メイヤース(オランダ)が息子(13歳)のためにPradaのTシャツを買いたいという。そこにはなくて、松坂屋の手前のPrada専門店にみんなで歩いて行った。Tシャツ1枚が1万7800円もする。それを買う彼を、他の連中は「お前はアホか」といった目で見る。それを見ていておかしかった。

4人をタクシーに乗せたとき、みんなに訊かれた。「君ひとりどうやって帰るのだ?」と。「もちろん、走って帰る」とジョークをいうと、「オー、ノー、ジョー」と連中は手を振った。

広小路通りまで歩いてもどり、丸善に寄る。ホテルに入っていた朝刊に本の広告が出ていた
サムライと英語(明石康、角川ONEテーマ21)
を買った。その英語コーナーに興味を引く本があったので、
私の英単語帳を公開します!尾崎式の秘密(幻冬社)
電車で覚えるビジネス頻出英単語(日経ビジネス文庫)
も買った。

途中、名古屋市美術館でゴッホ、ミレー展をしている広告を見て、散歩の足を延ばし白河公園内の美術館まで行こうという誘惑に駆られた。いや、松田会長がホテルに来る6時半まで、いますぐ戻れば1時間半ある。この「サムライと英語」を読みたくなった。読書欲が絵画鑑賞欲を上回ったということだ。

ああそうだ、ランディとアブラカの南ア・ビザが下りた。グッド・ニュース!
(5−14−04)


名古屋空港にて

名古屋に着いたのが午後4時56分。タクシーで名古屋空港へ向かう。新幹線車内、空港での待ち時間、「The United States and Europe in the 20th Century」を再読。

デンマークからのジャッジが6時に着き、デンマーク語で挨拶すると彼は笑った。「私のEメールにデンマーク語で返事してきたのには驚いた。ちょっと文法的な誤りがあったが」といわれた。こちらは初学者だから。彼は高校の歴史の先生で、最近退職したそうだ。松田会長の息子さんに彼を先に送ってもらい、私は空港に留まった。

7時半にWBA立会人到着。彼とは初対面だが、元アマレスラーで柔術を習い、武道全般に興味を持つ弁護士という。

ホテルに着き、先に到着していたオランダとタイのオフィシャルと合流。日本とオランダの関係(蘭学による文化導入の歴史)、さらにヘーシンクが神永を破ったときの衝撃を私は話した。学校の元教師や弁護士にレクチャーしているのだから、彼らは変わった日本人だ、と思っていたかもしれない。
(5−13−04)


時刻表とにらめっこ

問題は私のスケジュールだ。
24日に南ア・ヨハネスブルグに出発して、試合が28日。翌29日に出て、香港経由、成田に着くのが30日の午後2時半。金沢市で同日7時ごろ開始のOPBFスーパーバンタム級タイトルマッチに間に合いたい。私はマッチメーカーだから責任がある。

5時羽田発の小松空港行きに乗り、6時着。すぐ高速バスで西インターまで行き、そこからタクシー。あるいは小松空港からタクシーで会場へ。

問題はいかに早く東京に帰ってくるかだ。翌31日、佐竹政一選手一行とロス経由、ラスベガスに飛び立たねばいけない。一度、帰宅し、南アの荷物を片付けたい。

樫見会長に訊くとその日のうちに東京に帰るのは無理とのことだ。一泊し、一番早い飛行機(朝8時発)に乗り、羽田に9時到着。一旦、帰宅し、また荷物を取替え、成田発午後5時に間に合えばいい。何とかいけそうだ。しかしハード・スケジュールではある。
(5−12−04)


ビザ申請用紙

今日も帝拳でランディの練習。
南アフリカのビザ申請用紙を書く。
ランディに訊く。「女房の生年月日を書く欄がある。いつだ?」
「2月18日だったかな。16日かも」というから、
「自分の女房の生まれた日くらい覚えておけ」といって笑った。
まるで落語の「代書屋」だ。

比国人の場合、英語の上手さと教育とが正比例する。
ランディは子供の頃からベビーボクサーで勉強ぎらい。
英語を聞いて理解はできるが、話すのが苦手だ。
ビザ申請用紙も本当は自分で記入させえるべきなのだが、
彼はそれができない。外国で試合をする機会が増えるだろうから、
もう少し英語を喋る練習をさせた方がいい。

来週、南アフリカ大使館にビザ申請に行く。
(5−8−04)


ランディを連れコウジ有沢の試合を観戦

4日からランディ・スイコが来日していて連日、帝拳ジムで練習している。
5月28日、南ア・ヨハネスブルクで試合だ。
練習後、後楽園ホールのコウジ有沢、豊島耕志戦を見に連れて行った。
帝拳へ入る前、事務所で仕事をしていたが、16日の世界戦準備で忙殺
されていた。レフェリー、ジャッジの旅行手配。カスティーリャのビザ確認。
(5−7−04)


八王子の会場へ

帝拳の長野マネジャーと一緒にJRで八王子まで。
車中、約1時間、マネジャーと話が途切れたとき、
「みるみる字が上手くなる本」(PHP文庫)を読んでいた。

「字なんか上手になっても仕方がないでしょう。最近はみんなパソコンだから」
といわれた。
「いえ、この程度の字しか書けずに死んでは、恥ずかしい」と答えると
笑われた。

京王プラザホテル八王子に着くと、セミファイナルの前の試合だ。
オニャテがホープの村上選手を右一発で1回KOしたのには驚いた。
鈴木、中堀戦は好試合で満員の観客は大いに沸いた。
地元の観衆がよく入ったいい興行だった。

結局、4月末から5月にかけての連休はすべて動きづめ。
「人が休んでいるのに自分は仕事だ」と思うと疲れる。
「楽しんで仕事をしているんだ。自分はいい仕事をしている」と
思うことが大事だ。
ものは思いようだ。
私が普通の人より頑張れるのは、自分のしている仕事に誇りを感じ、
楽しいと思い込むようにしているからだ、と思う。
それでも一寸疲れたが。
(5−5−04)


比国王者オニャテの計量

比国フェザー級王者ジェフリー・オニャテの計量(休日なのでコミッションにて)。
同行しているトレーナーは、ルイシトの弟ランド(ローランド)だ。
「ルイシトはいまどうしているんだ?」と訊くと、
「週に2回夜バーテンダーをしている」という。

「パパ・ディオは?」と訊くと、
「もう足が動かなくて車椅子生活をしている」という。

時は流れる。ルイシトが世界チャンピオンで、パパ・ディオがトレーナー、
ランドがミット・トレーナーと私たちはチームを組んで5度防衛した。
いまみんな分散してしまった。
パパ・ディオへの見舞いをことづけた。
(5−4−04)


「体力回復トレーニング」を読む

講道館クリニックの小山郁院長は柔道、空手の有段者で
最近は某ジムのボクシングのセカンドもしている。

寄贈された「体力回復トレーニング」(山海堂)を新幹線の車中で読了。
40歳以上のトレーナー諸氏は一度、この本を読まれるといい。
自身の健康管理のみならず、ボクサーの腰痛などについての知識が増す。

この先生の本はこの前の「図解 スポーツリハビリテーション」(山海堂)
もそうだが、非常に分りやすい。
(5−3−04)


久保田君の見舞いに岡山へ

久保田君が神戸で倒れたのは昨年5月18日だから、ほぼ1年前だ。
早起きして須磨、西明石経由、岡山に到着したのが10時半。
病院で久保田君を見舞い、近くのご自宅でご家族と話してから出る。
岡山、東京間はのぞみで約3時間半。
「久保田君の分まで頑張ろう」と気合が入った。
回復を祈る。
(5−3−04)


大阪の2部興行

朝9時、水道橋駅でタイ人のトレーナー、サマットと待ち合わせ、
一路大阪まで。12時半にはIMPホールに到着。

1時から第1部、5時半から第2部。両方で5試合マッチメークしている。
小島英次がワエンペットに2回でKOされたのは衝撃的だった。

千里馬マネジャーの車で神戸まで。
会長も交え、世界戦開催の場合の経費の説明。
神戸の実家泊。
インターネットで世界のニュースをチェックしていたら母に
早く寝ろと怒られた。今年80歳になるのだが、元気だな。
(5−2−04)


比国人選手、頑張る

矢代義光(帝拳)と戦ったローランド・ヘロンコ、
ホルヘ・リナレス(帝拳)と戦ったマイケル・ドミンゴ。
両選手とも非常にタフで頑張った。
強いリナレスにワンサイドで打ちまくられながら健闘する
ドミンゴに観客席から「ドミンゴ・コール」が起こったほどだ。
いまのリナレスはS・バンタム級からS・フェザー級で
日本では一番強いだろう。
(5−1−04)