ジョー小泉のひとりごと 2004年4月後半


成田まで外国人選手出迎え

この日、4名の外国人選手一行が成田に着く。
祭日でもあり、社員に休日出勤を頼むより自分で迎えに行くことにした。
みんな過労気味だから。

電車にするか、車にするか。
電車で行けば、往きは本を読める。
しかし、一行の中に比国のドン、ジュン・サリエルの息子が含まれている。
比国ではいつもジュンさんに世話になる。車で行こう。

出る前、本を読めないのなら、音楽を聴こうと思ったがCDが決まらない。
やっと決めたのが「魔笛」の短縮版。
「魔笛」はいいオペラなのだが、全曲版は枚数が多く入れ替えが面倒だ。
数年前、CD1枚に入った短縮版を見つけた。

この選択はよくなかった。
成田への高速道路を100キロくらいで走ると低い歌声が騒音のため
よく聴こえない。音を大きくして聴いていると、車中オペラハウスに
なったようでうるさい。

マニラからの便は2時間遅れ、セブからの便は30分早く到着。
バンコクからの便は定刻。

ホテルに着いたのが5時ごろ。帝拳ジムへ体重を量りに行き、食事をする場所を
指示してから帰宅。1日中、車に乗っていた感じ。
(4−29−04)


「死の壁」について

この著者の「バカの壁」を読んだのは、ベストセラーの呼び声が高くなってから大分あとだった。私は世間の評判になってもそれに興味を覚えなければ読まない。

「バカの壁」の方は読んでいる過程では「フン、フン、なるほど」と読み進み、いま特に印象は残っていない。口述筆記のせいか、語りが平明なためか、読みやすかった。

今回の「死の壁」の方が(自分には)よほどいい本だった。
私のいう、いい本とは考えさせられる本だ、ということだ。

157頁の「人命尊重の範囲」の書き出しは非常に上手い。森鴎外の「高瀬舟」にも取り上げられた安楽死の話をこんな風に始められるのは、この著者がものごとを非専門家に平易に説明できる能力に長けていることを示している。

第1章に「なぜ人を殺してはいけないか」のテーマで述べている。
著者はそれが非可逆的行為だからよくない、と述べる。

私はこの問題について若い頃から考えてきた。
故山本夏彦ではないが、自分の考えを短い言葉でいえる。

怒り、憎しみなどの理由で人を殺すと、その瞬間は気が晴れるかもしれない。
だが、その代償は自由の喪失となる。
それは、死刑(自己の生命の喪失)、あるいは懲役(身体的拘束)につながる。
人間が生きている最大の利点は自由(思考、行動の自由)だ。
その自由の喪失を社会から強制されるのだから、殺人行為はよくない(割が合わない)。

こんな面白い本を読むと技癢に耐えず、本を書きたくなるのだが、今年はいましばらくランディ・スイコの世話と読書に専念する。
(4−27−04)


名古屋にて

名古屋へ日帰りする新幹線の中では、会報の「マンチェスター旅行記」を書いていた。

名古屋に11:56amに着き、OPBFタイトル戦のレフェリー、ブラッド・ボカレ氏
(ライオネル・ローズに従弟)を拾い、小牧パークアリーナに向かった。

ボクシングが終わったあと、人と待ち合わせをするものではない。
名古屋駅で5時半ごろといっていたのが、結局7時過ぎになった。

息子が今年、大学を卒業し、就職して豊田市に住むことになった。
一緒に食事をしたが、「仕事が面白くて楽しい」と言うのを聞いて安心。
新車の設計の末端の末端の手伝いをしているそうだ。何事も我慢が肝心。
頑張ってほしい、と思う。

祖父、父、私、息子と4代続いての機械工学科だが、私だけがエンジニアを
やめ妙な職業についた。

息子を見ていると、エンジニア向きの人間というのがいるのだ、と思う。
私の学生時代にもそんな同窓生がいた。
機械に強く、修理、分解、組み立てが得意。低レベルでのエンジニアリング・
センスがあるのだろう。そのかわり、理屈っぽい本、抽象的な議論が苦手。

そんな方向性を持つ人たちは自分の進路を定めやすい。それが羨ましくも思う。
私のような団塊の世代が学生のころ、社会全体が理科系増産体制で、猫も杓子も
「将来、食いっぱぐれがない」と工学部へ行った。中には、理科系向きではない
人たちもいただろう。別の才能を持つ人もいただろう。しかし、彼らはその方向に
生きて、いま社会の中枢で生きているのだろう。

もし生まれ変わることができたら、言語学者になりたい。
朝から晩まで辞書を引いて言葉の意味や文法の構造を考え、それで生計が
立てられたら楽しいと思う。
私は人生の途中でボクシングに出会ってしまった。
言葉はわるいが、悪い女に引っかかったようなものだ。
ボクシングがあまりに面白く、人生をそちらに捻じ曲げてしまった。

新幹線に乗る前、東京駅でちょっと時間があり、ブックガーデンという書店に
寄った。養老孟司「死の壁」を買った。会報の「マンチェスター旅行記」を
書き終わったあと、それを読み出した。その読後感は明日。
(4−25−04)


試合の見所 渡辺 vs.サンティリャンOPBFタイトル戦

4−25 愛知県・小牧パークアリーナ
第1試合開始 午後1時

メイン・イベント
OPBFウェルター級タイトルマッチ(指名戦)
王者渡辺博(天熊丸木)
12R
1位レブ・サンティリャン(比国)
初戦は引き分け。再戦で渡辺が王座奪取。今回がラバーマッチ。
渡辺の1−2攻撃に対し、サンティリャンのサウスポー・ボディ攻撃。
前回以上の激戦になりそうだ。

杉田真教(天熊丸木)
10R
元OPBF王者ジェス・マーカ(比国)
これも因縁の再戦。前回、12月に杉田は初黒星を喫したが、その雪辱を期す。
マーカは長谷川に敗れOPBF王座を失ったが、実力はまだ健在。
序盤の主導権争いが勝敗を左右しそうだ。

中村好伸(天熊丸木)
10R
元WBCインター王者ランディ・マングバット(比国)
WBC王者ポンサクレックに善戦したマングバットは実力者だ。
中村は先手をとったときは強い。現世界ランカー、ロリー・ルナスにも
勝っている中村が強豪相手にどんな戦いぶりを披露するか。

名古屋地区のファンは明日、小牧に集合しよう。
(4−24−04)


比国人選手が南アで試合する手続きで忙殺された

こんな風に英国から帰った日からの遅れた日記を書いていたら、
いつまで経っても今日まで追いつかない。
ジャンプだ。飛んでしまおう。

この1週間、何をしていたのだろう。
ある比国人選手(ランディ・スイコではない)の4月30日、南アフリカ、ヨハネスブルグでのWBCインターナショナル・タイトル戦の協力を頼まれた。
単なる橋渡し程度の仕事と思っていたが、泥沼にはまったような気がする。

問題点はこうだ。
(1)比国に南アフリカ大使館(領事館)がない。
(2)スポーツ選手が南アに到着次第、現地でビザを発行する制度が昨年、廃止された。
(3)比国から一番近くで南ア大使館が存在するのはマレーシアのクアラルンプールだ。
(4)FEDERALでマニラからクアラルンプールまでパスポートとすべての招請書類を出し、戻ってくるまで最低5日を要する。
(5)比国側に南アまでの旅費を立て替える経済力がない。
(6)南ア側から比国へ送金してもらったが、その前段階でトラブルが起こった。
(7)南ア側プロモーターが背中を痛め、病院に行ったりで連絡が悪くなった。
(8)比国側が勝手に南ア側と連絡を取り勝手なことをいうので、手続きが混乱した。
(9)健康診断書(エイズ、B型肝炎)の持参が必要なのに、南ア側はそれが国際常識だと思い、こちらに事前連絡していなかった。
(10)DHL(クアラルンプールの南ア大使館はFEDERALでなくDHLしか料金着払い便に使わない)のマレーシア事務所が現金の受取人払いを拒否し、アカウント・ナンバーを要求した。

朝起きるとトラブルのEメールが入っており、その解決法を指示。
午後、比国側をプッシュ。
夜、時差の関係で南ア側からまた新たな要求。
その繰り返し。
南ア側と比国側とが互いに非難のし合い。
それを仲裁。
この4−30が新しいTVボクシング番組の第1回で、第2回が5−28の
ムゾンケ・ファナ対ランディ・スイコになる。この4−30が延期になると、
5−28のカードの日程に影響が出る。

南ア側が「もう駄目だ、間に合わない」とギブアップしかけた。
比国側も「もう無理だ、間に合わない」とあきらめかけた。

両者に電話とEメールで叱咤激励。
「ネバー・ギブ・アップ」

予定していた25日(日)の出発は無理だが、26日(月)に出発し、香港経由
ヨナネスブルグに到着予定。

5−28、私の選手ランディ・スイコが南アフリカでWBC挑戦者決定戦に出場するが、
事前にこんな経験ができてよかった。比国人選手が南アで試合する手続きがこれほど
大変だとは想像もしなかった。
(4−24−04)