日本に着いたのは12日の午前11時すぎ。WOWOW音入れは2時入り。空港に駐車していた車のなかでワイシャツを着替え、気分もシャキッとしてスタジオ入り。11時間の空路、9時間は寝ていた。頭すっきり、体調良好。
ウラディミール・クリチコの番狂わせの敗北の音入れをしてから、次は後楽園ホール。
山口対増田のOPBFタイトル戦。私は直接マッチメークしたわけではなく、指名挑戦を待つ1位のバート・バワウィン(比国)と待ち料の交渉をして、OPBF本部の了解を取り、この選択防衛戦の承認を取った。
よく寝たはずなのに、メインの途中、眠くてたまらなかった。リングサイドの1列目で居眠りをしていると選手に対し失礼なので、「あと4ラウンド」と頑張って目を開いていた。
英国から帰国しそのままTVの解説をし、ホールで観戦をするのは、やはり疲れた。
(4−12−04)
「大英帝国衰亡史」(PHP文庫)
こんな記述があった。「大英帝国の絶頂期、一八五〇年代に歴代の内閣で何度も外務大臣を務めたクラレンドン(伯爵)は、六十歳に手の届く年齢で一日十六時間の執務を、じつに外相在任中、五年あまりにわたって続けたという」。それをいかにも英国貴族らしい美徳のように書いているが、そんな非能率な仕事の仕方をしているから英国が衰亡したのだろう、と思った。本自体は好著。
「The United Stares and Europe in the Twentieth Century」
これはデンマーク、コペンハーゲンの空港で7000円以上の値段で買った本だが、英国で買えばその半値以下だっただろう。しかし、本とのめぐり合いは貴重だし、読みたいという動機はさらに貴重だ。マンチェスターの部屋で時間があるとき頁を繰ったが、この著者は実に文章が上手い。難しいことをいっているのに読み手(私)の頭にスイスイ入ってくる。これもいい本だった。
オール読物4月号 丸谷才一「綾とりで天の川 二つの業界」
普段、オール読物など買わない。読む時間がない。しかし、成田空港で「あまり硬い本ばかり持参して前に進まなくなったとき、軽い本を持っていくのもいいか」と思い、4月号を購入。ボクシング批評家にとり目の覚めるようなことが書いてあった。
買った本:
マンチェスターにこれほどボクシングの本が揃っている書店があるとは思わなかった。ドン・マジェスキーがその本屋まで案内してくれた。私の本選びが長いので、彼は業を煮やして先に出て行った。私は、「自分はこの本に本当に興味があるか。読みきるか。役に立つのか」と自分に詰問していたのだ。
GENE TUNNEY
BARE FISTS
SPARRING WITH HEMINGWAY
THE VIEW FROM RINGSIDE
THE SHADOWS OF BOXING: PRINCE NASEEM & THOSE HE LEFT BEHIND
ちなみに英国でのNASEEM HAMEDの発音は「ナシーム」で「ナジーム」と濁らない。ニックネームはNAZだからナジームだ、と言い出したのは私だ。米国のBOB YALENに「ナジーム」と確認したのだが、英国人に発音を確認すべきだった。ただし、マイケル・バッファー・アナウンサーのようにナジームと聞こえるように発音する人はいる。
(4−10−04)
マンチェスターのわれわれのホテルは、禁煙席が3/4、喫煙席が1/4で、この喫煙側がバーになっていた。なかなか洒落た構造だった。
ここで長い散歩のあと喉がかわきギネス・ビールを飲んでいたとき、表示が目に付いた。
It is illegal to sell tobacco products to anyone under the age of 16.
バーテンダーに質問した。
「このunder the age of 16は16歳を含むのかどうか?」と。
答えは「含む」だった。
英国では
喫煙:17歳以上可。(16歳は不可)
飲酒:18歳以上可。(17歳は不可)
「喫煙と飲酒の年齢制限でこの1歳の差はなぜだ?」と訊いた。
「分らない、法律だから」という返事。
ともかくunder XXXというのは、XXXを含んでそれ以下という意味なのだな。
(4−10−04)
英国でハメド再起の噂を聞いた。
現在160ポンド(ミドル級)くらいあるらしい。
しかし、今年の末までにはリング復帰の意思があるそうだ。
ターゲットは?
池、ブロディの勝者だと聞いた。
なるほど、ハメドもブロディもバリー・ハーン・プロモーター
と契約している。
プロモーター傘下の人たちに試合後、いわれた。
「池はタイトルを守り続け、ハメドとのビッグ・マネー・ファイトに
もどってくればいい」
先の話だな。
ハメドが本当にカムバックし、池がそれまで王座を保てればの話だ。
池とハメド 実現するか マンチェスター
(4−10−04)
池仁珍はマイケル・ブロディを7回KOで破り、空位のWBC世界フェザー級タイトルを獲得した。いろんなことがあった。
韓国人一行は総勢10数名。プロモーターと掛け合い、VIPシート5枚、準リングサイド10枚、入場証(控え室に入る腕章)10名分をもらった。その世話係が私だった。「どうしてそんなにいるんだ?」とコーディネーターのジョー・フォーブスがいった。みんなは彼を「イングリッシュ・ジョー」と、私を「ジャパニーズ・ジョー」と呼んだ。試合の前日、ロンドン在住の韓国人応援者たちが押しかけたからだ。
私は4人目のセカンドで、カットマン役。出血したら、1人と交代する手筈だった。池は4回に出血。以後、コーナーに立ったが、うまく止まった。6回が終わり、傷口から完全に血が止まっているのを確認し、李(ミョンヒョン)さんに「次の回から交代しよう。傷はもうケンチョナヨ」といったら、その回にKOしてしまった。
勝負ごとは勝つと気持ちがいい。まして敵地だ。その壮快感は特別だ。韓国の連中は英国人記者による長いインタビューが終わるとすぐ全員出て行った。残ったのは、インスペクター(検査係)と私だけ。私は控え室を完全に掃除してから出た。立鳥あとを濁さず。カットマンの止血用具もきれいに詰めなおした。
ここからまた仕事だ。英国ではファイトマネーの支払いは試合後だ。9時に試合が始まり、KOで早く終わったが、ホテルに帰ったのが11時。プロモーションのジョン・ウィッシュフーゼン(仕事がよくでき、ダンディな英国紳士だった)の携帯に連絡すると、「いまから45分後にホテルの私の部屋に来てほしい」といわれた。
私たちのホテルはビクトリア駅の近くで、会場へも徒歩10分だ。ブロディやレフェリー、ジャッジが泊まるのがミッドランド・クラウン・プラザ・ホテルで、2つのホテルの間は徒歩15分。このホテル間の道がマンチェスターらしくて非常に趣がある。滞在中、何度も歩いて往復した。荘重で巨大なタウンホール(市庁舎のようなものだろう)の前の広場は実にひろく、ベンチに腰をおろし一服したくなるほど風情がある(いつも早足で往復していたので、そんな一服はしなかったが)。
約束した11時45分には間があるので、サロンでWBCの関係者と同席し、ギネス・ビールを飲み、3切れほどサンドウィッチをつまんだ。これが試合後、食べた夕食になった。食事をする時間がなくなってしまった。
ジョンの部屋でドルのキャッシュを受け取ると、「ジョー、どうやってホテルに帰る?」と訊かれた。「タクシーで帰るつもりだ」と答えると、「車とボディガードを用意しているから使うといい」と実に親切だ。ボディガードはニックネームを「ジャンボ」という元ヘビー級ボクサーで、彼が運転する車でホテルにもどった。サンクス。
帰ったのが、12時半ごろだったと思う。スカイTVで池、ブロディ戦の再放送が始まる直前だ。韓国勢は食事を終えて帰っていたので、各部屋に電話し、「チャンネル9を見よう」と声をかけた。
李巨聖プロモーターの部屋に金を届けると、池仁珍がいた。「いまから試合が見られるぞ」というと、彼は自分の部屋にとんで帰った。われわれも試合を見た。それからファイトマネーの手渡しをしたが、その内訳の説明をし、今後の防衛戦の話をし終わると2時を過ぎていた。もうレストランは閉まり、ルームサービスもない。だから、ミネラル・ウォーターを飲み、そのまま寝た。仕事のため、飯を食えないこともある。さすがに疲れた。
メキシコのグアダラハラでルイシト・エスピノサがコブリタ・ゴンサレスをKOしたときも気分はよかった。今回も気分がいい。ボクシングは勝ったり負けたりだ。たまには敵地で勝つこともあるだろう。
(4−10−04)
午後2時、マンチェスターのミッドランド・ホテル内での計量が終わった。夜、プロモーターのバリー・ハーン氏は関係者(池仁珍陣営も)をディナーに招待。
ホテル(これはマンチェスターでもトップクラスの荘重なホテル)から徒歩5分のイタリア・レストラン。そこで、ユニークな話を聞いた。
「あなたもジャッジだ」の著者で今回、池―ブロディ戦のジャッジを務めるトム・カズマレック氏はWBCオフィシャル委員会の委員長でもあるボクシング界の重鎮だ。私は彼の著書を翻訳した関係もあり懇意だ。彼は奥さんのアグネスを伴っており、この英国での仕事のあと、パリで金婚式(結婚50年)を祝うという。
ここから話が面白くなった。私が池のマッチメーカーで、ブロディ側のマッチメーカーはドン・マジェスキーだ。身長190cm近いポーランド系の米国人だ。ドンもこのディナーに同席していた。
アグネスが言った。
「あそこに座っているドンと私の関係を知ってる? 私が看護婦見習いをしていた頃、大きな赤ん坊を取り上げたことがあったの。名前がアメリカ人には珍しいので、なぜか憶えていたの。主人とWBC総会に参加したり、世界戦を見に行ったりしたとき、ドンと知り合ったわけ。そこで、『あなた、自分が生まれた病院を覚えている?』と訊いたら、『ニュージャージーのセント・エリザベス病院だ』というの。彼の生まれた年を確認してから『私はそこの看護婦見習いで、私があなたを取り上げたのよ』というと、ドンは驚いていたわ」
これは面白い、と思い、マジェスキーの席に行き、真偽を確認したあと言った。「ドン、この話をfightnewsに書いていいかい?」というと、「ノー・プロブレム」という返事。
その夜、ホテルで次のリポートを書いた。
CONGRATULATIONS ON KACZMAREK’S GOLDEN WEDDING
April 9, 2004
MANCHESTER, ENGLAND-Highly respected US judge Tom Kaczmarek is now in Manchester, England, for his assignment as one of the judges for tomorrow’s WBC feather elimination bout between #1 ranked Injin Chi (Korea) and #2 Michael Brodie (England) at the MEN arena here. The weigh-in ceremony took place at the Midland Crowne Plaza, where local favorite Brodie weighed in at 126, while Chi 125 pound 10 once. Kaczmarek has accompanied his wife Agnes to Manchester as the couple will move to Paris to celebrate the couple’s golden wedding anniversary. Agnes disclosed a unique story. While she was serving as a student nurse at the St. Elizabeth Hospital, New Jersey, she took care of a big baby’s birth in 1952, The baby was named Don Majeski, who grew up to be a prominent matchmaker/agent. Don, in tough negotiations, usually shows his big balls, which were already detected by Mrs. Kaczmarek 52 years ago. What a coincidence!
fightnewsではballsをbal*sとしていた。世の中には奇妙なめぐり合わせがあるものだ。
レストランではすばらしい声のオペラが響いていた。隣に座るレフェリーのマッシモ・バロベッキオ(イタリア)に訊いた。「これは誰の声だ? 素晴らしい声だな」というと、「これはカルーソだ」と教えてくれた。そのあと彼からパバロッティとカルーソ、マリオ・デル・モナコの比較をたっぷり聞かされた。イタリア人はみんな彼のようにオペラ・ファンなのかな。
このレストランの味も素晴らしかった。しかし、カラマリだけはいまひとつだったが。
(4-9-04)
昨日、池仁珍のプロモーター李巨聖氏がこの英国に到着し、今朝、細かい打ち合わせをした。もし池仁珍が勝てば、やはり韓国で初防衛戦の興行をしたいそうだ。
朝のミーティングを終え、今日は公式スケジュールがないので観光に出かけた。
ピカデリー駅から電車に乗り、ウィンダーミアまで。ここはLake District「湖水地方」と呼ばれ、英国でも有名な美しい湖畔だ。(往復12ポンド半、約2500円)
ホテルから歩いて20分ほどのピカデリー駅(始発)から2時間程度の場所なのだが、途中で事故が起こった。電気系統の故障で鉄道路線全般のスケジュールが狂ったらしい。
ピカデリー 11:11
プレストン停車12時半ごろ 強制的乗換え発車12:55
オクセンホルム下車1:50 乗り換え発車2:55(1時間待ち)
ウィンダーミア到着3:15(予定の倍、約4時間かかったことになる)
途中オクセンホルムで帰ろうかとも思ったが、些細なことでも途中で放棄するのはよくない。それは挫折につながる。語学と同じだ。ウィンダーミアまでともかく行ってみよう、と思った。
英国の有名な詩人ワーズワースが住んだところで、こんな静かできれいな場所で生活していれば、いい詩も生まれるだろう、と思った。絵本で有名になったピーターラビットの作者ベアトリックス・ポッターもこの地の人だという。
もっと早く着いていたら、ボートでも漕いだのだが。私は神戸の須磨の人間だから、ボートを漕ぐのは得意(でもないか、一度、天神下から須磨駅までボートで流され、貸しボート屋に迷惑をかけたことがあった)。静かな水辺を歩いていたら、気分が落ち着いてきた。
早春の 水面静かなり ウィンダーミア
帰途は
ウィンダーミア 18:09
マンチェスター・オクスフォード・ロード 17:55
(ピカデリーのひとつ前の駅)
帰途、チャイナタウンで五目焼きそばを食してホテルに戻る。
漱石は陰鬱なロンドンばかりにいるのでなく古都マンチェスターやウィンダーミア湖畔にでも気分転換にくればよかったのに。
車中、新聞を読んだが、一般紙はイラクにおける大量殺傷事件、イェローペーパーはベッカムの夫婦喧嘩の話題ばかり。
ビクトリアに 頬を張られて 平謝り
不倫して 妻に張り倒され 不憫なり (不倫、不憫)
色男に 誘惑多し 単身赴任(ビクトリアがスペインに同行すればいいのに)
英国でも 人気急降下 ブッシュかな
イラク情勢 その行く先は 藪の中(藪=ブッシュ)
ブレア首相 その決断に ぶれ有りか(ブレア、ぶれ有り)
明日の池、ブロディの計量は午後2時。両選手とも体重がきついらしい。
(4−8−04)
夜(というより夕方)7時からホテル内の秤を置いてある部屋で、出場選手は英国コミッションによる予備計量。ここで契約体重の3−4ポンド・オーバーまで落とさないと、警告を受ける。それだけでなく、そのラインまでウェイトを絞るよう命令されるとか。
池は130・5ポンド。練習後、このウェイトだから、あと2日間がきつい、と思う。金会長は、「池はフェザー級では大きすぎる。いずれS・フェザー級に上がるつもりだ」という。
なぜこんなに厳しい予備計量をするかというと、万が一、事故が起こったとき、訴訟の際の逃げ道を作っておくためらしい。BBBCはマイケル・ワトソンから訴えられて敗訴し、かなり大きな賠償金支払いを裁判所に命じられた。それ以降、このような計量の2日前の予備計量が行われることになったらしい。インスペクターは前回と同じく、大学教授だ。この先生と再開を祝して握手した。
May the best man win!
その教授(ボクシング・ファンらしい)はそう言った。
bestとはthe best of the twoの意味で、強い方が勝つ、勝った方が強いという意味だ。
(4−7−04)
池仁珍の様子がずっとおかしかった。
前回はあとでマンチェスターに着いた私を笑顔で迎えた。今回は頭を下げただけ。みんなともあまり話をしない。体重がきついせいか?いつもの笑顔が全然見られない。
それが夕方、ホテルの近くのジムに出かけるとき、彼の機嫌は直っていた。陣営に訊くと、「マンチェスターに到着したとき、池仁珍の荷物だけ出てこなかった。中に練習道具から着替えまですべて大事なものを入れている。5日の午前中、近くのショッピング・センターでトレーニング着を買ってやったが、機嫌がずっと悪かった」という。その荷物が今日の午後、届いたそうだ。
マンチェスターの気候は非常に気まぐれだ。にわか雨がたびたび振る。30分くらいで止むのだが、池仁珍一行がジムへ行く途中、急に驟雨が降り出した。大きな店の軒下でみんなと一緒に雨宿りをしていたが、止みそうにない。傘を売っている店を探したが、近くにない。
韓国の連中はどうしたか。「走ろう!」といってみんなが駆け出した。私は自分のウィンドブレーカーを池に貸したが、ジムに着いたとき、池はずぶ濡れだった。それを「ケンチョナヨ(問題ない)」で済ませてしまうのだから・・・。日本では世界戦前のボクサーをこんなに雨に濡れさせはしない。
池がランニング・マシンで走っている間、デビッド・チュンと一緒に泳いだ。そのあと、サウナに入り出てくると、池がちょうどマシンで走り終えたところだ。試合前、技術的なアドバイスを控える。金鎮吉マネジャー兼トレーナー(柳明祐のマネジャーだった)は韓国一の名トレーナーだ。選手にではなく、金マネジャーに明日、ちょっとだけポイントの取り方について助言をするが、今日はそれをしない。
朝11時から記者会見が予定されていたが、実際に始まったのは11時半。ブロディが池に勝ったあと、バレラとの対戦の可能性の話が出て、その話題についてばかり質疑応答が続いた。何か言ってやろうかとも思ったが、記者会見は論争の場ではない。
池は眠ければ昼寝をするが、他の連中は起きている。みんな夜目が覚めるようで寝不足気味(私もそうだが)。
(4−6−04)
朝10時55分に成田を発ち、ロンドン経由、マンチェスターに夕方5時半に到着。ロンドンで約2時間の乗り継ぎがあり、計約14時間半かかったことになる。機中ではずっと韓国語をハングルで読んでいた。ちょっと韓国語の勘がもどってきた。
ホテルに着くと、韓国の一行は1階のレストランで夕食をしていた。顔を洗い、髭を剃ったあと下に降り合流。みんなまだ時差が残り、もう眠そうだ。
池仁珍はやはりフェザー級では大柄だから体重がきついらしい。いつも強気の金鎮吉会長が弱気なことをいうので一寸驚いた。そこに池が入ってきて、私に挨拶。思ったよりは血色がいい。きついのはこれからの5日間だろう。
このホテルから歩いて5分のところにジムがあり、朝のロードワークはブロディが7時半から、池が8時半からと分担。夕方のジムワークはブロディが5時半から、池が6時半から。
明日は午前11時から記者会見があるという。
スポーツ報知の「ウィークリーBOXING」を書き、近藤氏に送り早めに寝よう。今日は、24時間+時差8時間=32時間の長い1日であった。
(4−5−04)
A:ジョー小泉
B:アンチ・ジョー小泉
C:傍観者(オブザーバー)
A:ボクシング人気を復活させるためには、もっと好カードを組まねばならない。
B:好カード、即ボクシング活性化というのは単細胞的発想ではないのか?
A:好カードを組めば、客が増えるだろう。
B:違うな。後楽園ホールの観客席を見るがいい。7割がジム、選手にチケット購入を頼まれ受動的な動機で見に来ている非ボクシング・ファン、2割がファンやマニア、1割が関係者だ。いいカードを組んだからといって増えるのは、このたかだか2割の部分だけだ。それも好カードだからといって、それが2倍、3倍になるわけではない。
A:2割のファン、マニアの部分が仮に1.5倍になれば観客は増えるだろう。
B:2割の1倍半は3割だろう。それでは、全体の1割増えるだけだ。1200人が1320人になるだけだ。その差、わずか120名。
A:そんなことはない。ジムの会長や選手本人がチケットを売りに行った場合、並のカードなら10万円分しか買ってくれない人が好カードなら20万円分ってくれるケースがあり得る、と思う。
B:そのスポンサーなり後援者が「これは好カードだ」と好カードの価値を認識できる予備知識を持っているか否かによるな。
A:そんなスポンサー、後援者を啓蒙するためにも、マッチメーカー兼評論家としてボクシングの面白さ、魅力、見所を説明し続けたい。
B:それが甘い。WOWOWエキサイトマッチを見たり、スポーツ報知の「ウィークリーBOXING」を読んでボクシングに興味を持つ人の何割が実際にチケットを買い会場に来る?TV観戦やスポーツニュース視聴だけで済まして球場に足を運ばない野球ファンがどれだけいる?同じことだ。チケット代を払ってまでボクシング会場に来るファンはなかなか増えないものだ。
A:いや、観客を増やす方法があるはずだ。スター選手を作るとか。
B:君はボクシング界の人たちとばかり話しているから、外が見えないんだ。ボクシングの選手で一般に名前を知られているのが何人いる。徳山くらいなものだよ。
A:一般に知られていなくても、ファンの間で話題になるようなホープを増産すればいいんだ。神戸の長谷川、姫路の金井、筑豊の丸山、大阪の亀田、東京の粟生と次代のスター候補を売り出していけばいいんだ。
B:どうやって売り出すのだ?マガジン、ワールドによる知名度浸透はしれている。従来もそれを続けて、この程度の観客しか入らないのだから。
A:もっといろんな媒体に取り上げてもらう努力が必要だ。
B:みんないろいろやってこれだろう。もっと発想の転換をした方がいいんじゃないか。
A:そうかなあ。
B:君たち拳闘屋はボクシングこそが面白い、他のスポーツは大したことがない、と決めつけているから、一般の感覚からずれているんだよ。
C:ジョーさん、ボクシング活性化のためもっと知恵を絞るんだな。何かグッドアイデアはあるはずだよ、みんなが気がつかなかったような。
(4−5−04)これからマンチェスター。
ひとりごとを言う。
考えをまとめる。
自分の中でつぎのような対話がある。
A ジョー小泉: 私は何々についてこう考える。
B アンチ・ジョー小泉: その考えはおかしい。誤りだ。
C 傍観者・ジョー小泉: どちらにも言い分があるのでは?
この混沌とした状態が続くと、ひとりごとが書けなくなることがある。
頭の中で一種の弁証法をやっているわけで、1人3役のいわば理論闘争を
繰りひろげていることになる。
忙しいときや追い込みのときには迷ってはいられない。
仮にいまの考え方で推し進む。
しかし、静かなときに、自分を振り返る。
自分の固定観念をつぶす試みをする。
自分の考えは間違っているのではないか、と。
A:月曜からマンチェスターに行くが、習字のため何枚、半紙を持参すべきか?
1日3枚として6日間、18枚。20枚入れておけばいいだろう。
B:デンマークのときのように、海外旅行中、習字をする余裕があるものか。
A:いや、今回はやる。
B:半紙など持っていかなくても、英国の新聞紙に習字をすればいいじゃないか。
A:昔の人(私の父など)は新聞紙に筆で習字の練習をしていた。しかし、
印刷された新聞に墨を塗るのは焚書坑儒に類するようで、私はあまり好きではない。
B:お前程度の習字レベルで何枚も半紙を浪費するのは無駄だろう。
A:一応、20枚半紙を入れるつもりだ。
B:計量がある前日、試合当日に習字ができるのか。2日は引いておいたらどうだ。
A:そうだな、3枚x4日=12枚だから15枚でいいか。
B:それでも多いのじゃないか。
C:もっと他の大事なことでも考えたらどうだ。
そうだ、私は英国渡航の前で忙しい。もっと考えるべきことがある。
(4−3−04)