ジョー小泉のひとりごと 2004年2月前半


体の連動の重要性について

先週だったか、スポーツ報知の過去のヒーローを回顧するコラムで
往年の野球の強打者、中西太を取り上げていた。
彼の打撃理論がボクシングに通じるもので、私の持論とも合致していた
ので非常に興味深く思った。

要点はこうだ。
強く打つには打撃のパワーを一転に集中せねばならない。
そのためには、体全体で打つことが必要だ。
すなわち、体全体が連動する打ち方が望ましい。

中西太は体の一部をウェイトトレーニングなどで強化する以上に
体全体のバネ、しなりを重視した。

ボクシングでいえば、腕、肩、腰、下半身が一体化したバネのように
「連動」させる打ち方がハードパンチを生む。
これが出来る選手はトレーナーのミットをはじくようなパンチが
出せる。実戦でいえば、当たった瞬間、インパクト(衝撃)があり
ノックダウンを生むようなパワーのあるパンチが出せる。

強いパンチを生むのは力ではない。
タイミングというのは、手先でパチンとはじくスナップのことではない。
瞬間的に距離を測り、体の連動を効かせてパンチを打ち込む。
それが強打を生み出す。

その連動を生み出すためには、体を硬くしてはいけない。
柔軟に体全体がひとつの一体化したバネのような意識でパンチを始動せねばならない。

試合中、体を柔軟にするには、
(1)フットワークを使いながら体の力、リキミを抜く。
(2)体全体をボディワークなどでリズミカルに動かし、リキミを抜く。
(3)前のめりにならず、適正なバランスでボクシングする。

たとえば、非力そうに見える佐竹政一がリチャード・レイナを一撃で倒したのは
カウンターの効果もあるが、力を抜いた状態から体をバネにして、体を連動させて
パンチを打ちぬいたからだ。

腰だけ回転させても、パンチと同調しなければ強打は生まれない。
腕だけ強化してもパワーはつかない。
要は、体全体の連動だ。
(2−13−04)


長野の高校で講演

WOWOWエキサイトマッチのファンである長野県中野高校の英語科担任の東海周二先生から招待を受け、12日に「私の英語学習法」と題した約2時間の講演をした。東海先生はボクシングに興味のない生徒のために、1時間目にルイス、クリチコ戦のビデオを全員に見せて私を画面の上で紹介してくれたそうだ。

朝10時発の新幹線に乗り、長野に着いたのが11時40分すぎ。そこから長野電鉄に乗り換え、12時20分ごろ小布施に着いた。そこで昼食に蕎麦をよばれ、北斎の美術館を案内していただいた。

午後2時ごろから4時ごろまで約2時間講演した。居眠りをする学生とか、まるで興味のない態度を示す学生とかの存在を危惧したが、約80名の若者は熱心に聞いてくれた。講演の内容は以下の通り。私が書いた「これで通じる英会話」をテキストにして一緒に読む積りだったが、他の話が膨らみ、そのテキストに入ることはできなかった。

1. 自己紹介
本名とペンネームの由来
自己紹介(英語、スペイン語、ドイツ語)
英語および語学学習歴
中学時代の英語学習の思い出(正規分布)
17歳からRING誌に寄稿
会社での英語経験(南アフリカ語、本社体験、科学技術用語辞典作成、特許管理における語学活用)

2. 辞書の引き方、単語の覚え方
(1) 辞書を引く時間の短縮法
(2) My dictionaries (英英辞典活用の薦め)
(3) 単語の覚え方 repetition の重要性(忘却曲線)
(4) passive vocabulary & active vocabulary

3. 発音とアクセント Long Long Ago a cappella
4. これで通じる英会話のrough reading (これは省略となった)
5. 発音とアクセント復習 Can’t help falling in love
6. 外国語の学習の意義

英語の歌を2曲うたった。アカペラで(a cappella これはイタリア語で「無伴奏で」と言う意味)。歌の中でリエゾン(単語と単語の発音の連係)を説明した。ひとつは世界の愛唱歌「Long Long Ago 久しき昔」、いまひとつはプレスリーの「Can’t help falling in love」だった。多分、おもしろくて学習のためにもなる楽しい講演だった、と思う(ジョークもいくつか言った)。

帰途、若者たちと接して自分自身の初心を思い出した。あの高校2年、3年の年代に自分はいまの自分程度の知性教養で満足できる像を描いていたか。そうではない。もっと教養豊かな立派な人間になることを夢見ていたはずだ。その意味で、いまの自分は恥ずかしい。努力が足りない。

まず日本史、世界史の知識がそらで日本語でも英語(あるいはスペイン語)で言える状態でなければならない。自分にとり第二外国語であるドイツ語が錆びついている(学生時代、ドイツ語で日記を書いていたほど好きだったのに)。ボクシングライターのくせに医学的分野の勉強が足りない。手で字を書かずパソコンを使うことが増え、年々字が下手になっていく。昔、好きだった漢文の素養が落ちている。音楽(クラシック)を聴く余裕がなく、絵(展覧会)を見に行く時間もない。文化から離れた生活に陥っている。

仕事の勉強(それはボクシングの情報を読み、ビデオを見ること)の他に、自分を高めるための努力を怠っている。それは怠惰が原因だ。さしあたり仕事のノルマを消化してこと足れりとしている。これではいけない。もちろん、仕事も一生懸命消化しなければいけないが、人間として基礎的部分を鍛えることを生活の中に組み入れねばならない。その後者の鍛錬は仕事には直接関係ないだろう。たとえば、書道がうまくなってもマッチメーキングに寄与できるわけではない。漢文の素養がテレビの解説に役立つわけではない。しかし、その実生活に直接役立たぬ部分の素養が必要だ、と私は考える。

なぜ忙しいのに長野の高校へ講演に行ったのだろう。多分、私はこのような自己鍛錬の意欲がわくのを期待していたのだろう。それは必然的に自分の中に起こった。高校生たちに「もっと勉強しよう」と言ったことばを反射鏡のごとく自分自身に投げかけよう。
(2−12−04)


スウェーデン語に挑戦

2月8日のヨーサナン、杉田戦のスウェーデン人のジャッジが来た。それを機にスウェーデン語を勉強し始めた。そのマイケル・フック氏(元スウェーデン・アマ・ヘビー級王者)と一緒の4日間、コーヒーショップで時間があれば、スウェーデン語の発音を直してもらった。Tak sa mycket (ターク・ソー・ミュケット これが英語のThank you very much ただし、saのaの上には小さな○がつく)。

名古屋にいる間、読んでいたのは「英語で読む日本史 Japanese History」(講談社バイリンガルブックス)だった。レフェリー、ジャッジ諸氏と名古屋城見物に行く前、安土桃山時代における大名が勢力を誇示するため城を築いたという歴史を英語で説明できるようにした。

いつもボクシングから離れて別の分野の本を読もうとして、時間を生み出すのに悪戦苦闘している。しかし、今回のようにマッチメーカーという仕事の中で、知識を高め、語彙を増やすのもひとつの方向だ、と思った。さしあたり英語で日本の歴史をコンパクトに説明できるようになりたい。

私には他の国の言葉をかじりたいという潜在的欲望が強い。「それよりもっと自国語、英語を磨け」と自戒し、その欲望を抑えてきた。しかし、このように外国人と接する仕事をしているのだから、できるだけ範囲を広げてみよう、と思い出した。いままでこの方向になぜ気がつかなかったのだろう。次の友人(ジャッジ)がいる。彼が来るたびに新しい言語を増やしてみよう。

オランダ ハンク・メイヤース
フィンランド エルキ・メロネン
デンマーク オベ・オベセン

スウェーデン語の本は一通り終えたから、これからデンマーク語に移る。3月9日から仲選手の世話でデンマークに行くせいもある。一生懸命勉強しないと、デンマークで言葉がでんまーく。
(2−11−04)


本の整理ほぼ終了

年末に消化したかった本の整理をしていた。
書庫のスペースを作るため、かなりの本を整理した。
整理とは捨てることだ。

三島由紀夫、山本周五郎、村上春樹、沢木耕太郎、古くなったハウツー本、2度と読まない文庫本、古い理科年表、2冊以上ある古いボクシング雑誌・・・。
捨てる残すの選択は今後、自分が何を、どの方向で読むか、自分と対話し、自らに決断を迫ることだった。

比国のランディ・スイコの防衛戦からもどり気分転換に映画(息子のまなざし)を見に行きたかった。ところが、家内にせかされ、廊下、階段に積んである本を整理しだした。1冊ごとに「再読するか?」と確認していたら、取捨選択に集中しだして映画どころではなくなった。
残す本の中でも、読むべき本を前に持ってきて、自分に「読め、読め、読め」と迫るような配置にした。
(2−1−04)