ジョー小泉のひとりごと 2004年1月後半


これから比国

これから比国のセブに飛ぶ。いま成田空港。
30日にランディ・スイコのOPBFスーパーフェザー級防衛戦がある。31日には帰国する。

私の荷物といえば、
ウィニングの8オンス(4名分、ダブルOPBFタイトル戦だから)
レブ・サンティリャンのリング・シューズ(プロモーターに頼まれたもの)
バンデージ100ドル分
ランディのジョッギング・シューズ

ジムレックス・ハカのリング・シューズも昨日、頼まれたが、これは間に合わず。これでは私はまるで買出し屋だ。帰りはバッグが軽くなると思うが。
(1−28−04)


長野の高校へ講演に行く

2月中旬の講演日程が決定。
約2時間の講演のタイトルは「私の英語学習法」。

ネイティブでない日本人として英語という外国語の習得を効果的にする方法、
英語と諸言語との相違点、
読み、書き、話し、聴くという総合的な語学力を高める工夫、
語彙(vocabulary)を増やす方法、
辞書の活用法、
米語と英語の違い、
発音、アクセント、イントネーションの上達法、
リエゾン・イングリッシュの重要性、
英会話のコツ、
失敗談
などを話す積りだ。
テキストには「これで通じる英会話」を使う。

学校側から正式な講演依頼書が届いた。「車で行けますか」と学校側に訊くと、
雪が多く車で来るのは勧められない、と言われた。

非常に楽しみにしている。あれもいいたい、これもいいたいで、頭の中で
計算すると5時間くらいになる。これでは長すぎる。
だから、講演の草稿を書き、2時間におさまるよう予習をしてから出かけよう。

東海先生から「英語のジョークも入れて欲しい」という要望があったので、
生徒諸君を退屈させないようにジョークも織り込む積りだ。
(1−25−04)


ランディ・スイコの南アフリカ遠征決定

WBCスーパーフェザー級2位のランディ・スイコと1位ムゾンケ・ファナ
の指名挑戦者決定戦は、南アフリカ開催で合意に達した。

スイコが1月30日、OPBF王座防衛戦をし、ファナが2月13日、
前哨戦をするため、両者とも負傷がないことを確認して試合日程を
決定する。

私は4月19日予定の池仁珍vs.マイケル・ブロディの再戦を
英国マンチェスターでマッチメークし終えてから、南アフリカに回る予定。
(逆に南アの試合の方が先の場合、そのあと英国に回る)。

ランディとアブラカ・トレーナーは織田君と一緒に1週間くらい前に
南アに入り、時差調整。あとで私が合流。

勝てば、2月28日のヘスス・チャベス、エリック・モラレス戦の勝者への
指名挑戦権が得られる。

負ければ、OPBF王座の防衛戦をしながら、今度は中南米遠征をさせて
みたい。たとえば、現地に着いてから1週間後に試合し、その3週間後に
2試合目をして帰国する形で現地のプロモーターと2試合契約をすればいい。
それで潰れるようなら世界チャンピオンになる力などないということだ。
(1−24−04)


短編小説集『老マッチメーカーの回想』完了

20週間、毎週1編ずつ携帯、あるいはパソコンに送った短編小説集が今日完了。
下記は最終回「ジョージの失踪」(マッチメーカー、ジョージが突如、失踪する話)の>最後に添えた文章である。

これで短編小説集『老マッチメーカーの回想』全二十編は終わりです。
一休みして、次の短編小説集『ボクシングはロマンだ』に取りかかります。これはラストファイトやカムバックなど、ボクサーの夢、ロマンを取りあげたショートストーリー集です。全十二編で、半分の六編を書き終えたらHPに広告を出します。この短編小説集をご購読された皆さんには通知させていただきます。

ご愛読ありがとうございました。
計二十編を読まれて、御感想があればこのメールアドレスにお寄せください。その一部をHPにで紹介させていただきます。

この携帯、パソコン小説という新しい試みを著者自身楽しませていただきました。読者の皆さんがいたおかげです。心より感謝いたします。
御礼まで
ジョー小泉

今後どうするか。
この『老マッチメーカーの回想』はパソコンで受けられる人に対する一種の書籍として、注文があれば全20編をメールする。
(携帯で全20編すべてを受けると、文字量が多すぎるため、PC受けによる注文のみ受け付ける)さしあたり、印刷をする形での出版はしない。

「珍談奇談」が12冊目で、「これで通じる英会話」が13冊目、「いまボクシングはどう動く」が14冊目。
だから、この「老マッチメーカーの回想」は15冊目ということになる。
ミッドウェイ島で飛行機が落ちていたら、これは完成していなかったのだから、読者との約束を果たせてよかった。

次の「ボクシングはロマンだ」は16冊目になる。
(1−23−04)


西沢選手、豪州で健闘 2月2日(月)放映

ある世界戦のオーストラリア人ジャッジが言った。
「WBA新スーパーミドル級チャンピオンのアンソニー・マンディンが初防衛戦の挑戦者を選択中だ」と。

そこで、「日本の西沢を挑戦させてほしい」と頼んだ。
そのジャッジを成田まで送る車の中で、マンディンのマネジャー、兼プロモーターに電話をかけ、強引に頼み込んだ。

西沢選手自身、試合が決まっており、それに勝つことを前提に見切り発車で世界戦を内定してもらった。それからWBAの承認が下りるまでが結構、長くかかったが、やっと正式に決定した。

契約条件で一時、紆余曲折があったが、それはどの世界戦でもあることだ。
西沢選手が一度はチャンピオンをダウンさせる健闘をし、敗れたりとはいえ、真価を発揮した。相手側から支給される航空券の枚数が制限されるため、私は豪州へ行かなかったが、善戦のニュースを聞き安堵した。

このマンディン、西沢戦は2月2日(月)夜8時からWOWOWエキサイトマッチで放映。
(1−22−04)