ジョー小泉のひとりごと 2004年1月前半


ミッドウェイ島で命拾い

3日、大阪でダブル世界戦のマッチメークを終えたあと、翌日、レフェリー、ジャッジ諸氏を見送り、5日に帰京。6日夕方、ヒューストン経由、メキシコへ飛んだ。

ところが、往路、エンジンの故障でマウイ島西のミッドウェイ島に不時着。機内ではWBCルールブックを2冊ヒザの上に置き、スペイン語版と英語版を1項ずつ交互に読んでいた。不時着で折角の学習が妨げられた。

22時間、その島(住民わずか28人の天然記念物のアルバトロスという鳥の島)にいた。乗客295名とともに旧米軍基地の講堂の床でひと眠り(私はどこででも眠れるように自分を訓練してきたから平気だったが、床に寝るとやはり背中が痛い)。

目覚めたあと、島に3台しかない病院の電話でスライマン会長、本田会長、家内に電話。講堂にもどり、灯りが暗いので、字が小さいルール復習はやめ、JTBの6ヵ国会話のスペイン語の部分だけを音読。終了した頃、夜2時、修理が終わり離陸。ヒューストン経由、メキシコ・シティ着は7日の夜9時。

10日のWBCライトフライ級タイトル戦は、ジョマ・ガンボアがホルヘ・アルセに2回KO負け。そのまま眠らず、朝4時半にチェックアウトし朝7時10分発のヒューストン行きに乗り、往きと同じルートで12日午後、帰国(ただし、ミッドウェイ島は経由せず)。

フロントでチェックアウトしていたら、エリック・モラレスが15人ばかりの仲間と朝帰り。モラレスから「コイスミ」と呼びかけられたので、しばらく話した。「2月28日のヘスス・チャベス戦がんばれよ。私は2位のランディ・スイコを持っていて、1位のムゾンケ・ファナと挑戦者決定戦をする。その勝者がきみとチャベスの勝者とタイトル戦をする」と。6時間ほど前、ガンボアがあれほど痛烈なKO負けしているのに、私が強気なことをいうのでモラレスは苦笑して皆と上にあがった。

タクシーで空港に出るとき、見送りに来たアブラカ・トレーナーに言った。
「いずれあのモラレスとやる。今回の復讐だ。ランディを徹底的に鍛えろ」

14日、WOWOWの音入れ。16日、リング・ジャパンの忘年会と新年宴会を兼ねた飲み会。17日、後楽園ホールに今年初めて行き、湯場、盧戦を見る。15日から3日がかりで大掃除。やっと今日、19日部屋の掃除、整理整頓が終わった。

ミッドウェイ島滞在記は2月号のリング・ジャパン会報に書く予定(写真もあり)。不時着している間、いろいろ考えた。ずっと考えていたので、「ひとりごと」は休んでいた。

生き延びたら、生き方を変えよう、と思った。
もっと幅広い知識を持つ人間になりたい。そのためには、多忙の中で自分を鍛え直す時間を確保せねばならない。
もっと生活の中に文化の要素を織り込もう。
もっと知的向上心を持とう。
もっと語学力を磨こう。
もっと本を読もう。
もっと綺麗で力強い字が書けるようになろう。
もっと体力を鍛え直そう。
もっと自分の意思に忠実に生きよう。
(1−19−04)