11−2大阪で正藤選手と対戦予定の代理選手プラカルン・ツインズジムのビザは間に合いそうだ。FEDEXで昨日午後送った招請書類は今朝バンコクに着き、それを持ってビザ申請し、31日(金)に交付される予定。コミッションにも外務省経由タイの日本大使館に督促してもらった。関係各位に感謝。
帰国後、2週間分の新聞を時間があるとき読んできたが、やっと今日終わる。
1週間、2週間と日本をあけると、日本では誰でも知っている出来事、訃報が海外には伝わらない。帰国して新聞を見る暇がなく、そのまま生活をしていると、人と話していて、「小泉さん、あの人亡くなったんだよ」とかいわれビックリすることがあった。私は帰国するまで、星野監督が阪神をやめることも知らなかった。日本のウェブサイトをこまめに当たれば知り得たのかもしれないが、英国にいる間は池仁珍の世話と街を散歩するのに忙しかった。
たかが散歩といわれるかもしれないが、異国の空気のなかで道を歩いていると、日本で散歩しているときとは違ったインスピレーションが沸いてきた。たとえば、港町リバプールを歩いていたとき、神戸港を想い出し、若い頃考えていたことがよみがえってきた。そんな経験は日本ではついぞなかったことだ。リバプールで、自分にとっての文化ということを考えたのだが、それはこの独り言に書くほどまとまった考えではない。何にでも起承転結をつけて結論を導き出さなくてもいいだろう。曖昧模糊とした、まとまらない考えというものにもそれなりの価値がある、と思う。
次の海外への旅は12−21のランディ・スイコのOPBF防衛戦だ。
(10−29−03)
タイから連絡があり、11月2日(日)、大阪で正藤秀明選手(エディタウンゼント)と対戦予定のウィラサク・チュワタナが体調不良で病院に行ったところ、B型肝炎と診断されたとのこと。
代理選手プラカルン・ツインズジムを決め、契約書、招請状を作成し、朝長君にすぐコミッションへ行ってもらった。その帰途、新宿のFEDERAL EXPRESS事務所へ寄り、今日の飛行機にその書類を乗せる手続きをした。明日バンコクに到着するとのことで、明日、日本大使館に申請。
朝長君が帰ってきて、その書類コピーをFAXでタイのマッチメーカーに入れた。
そのあと、JBC関西事務局の角田局長に選手変更の文書を作成しFAXした。
あとはJBCの督促しだいだ。31日(金)にビザが下りるよう祈る。
RJスタッフ諸君、今日はご苦労さん。
会報の「主人敬白」を書いた。
(10−28−03)
WBCライト級タイトルマッチ
フロイド・メイウェザー(米)5−1フィリップ・ヌドウ(南ア)
WBA・IBFフェザー級統一戦
ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)3−1デリック・ゲイナー(米)
この試合は日本時間、2日(日)の昼行われ、
翌3日(月・祝日)午後5時35分から放送あり。
(10−28−03)
国際試合を4つ組んでいるので名古屋まで日帰り出張。
朝7時にエイヤッと起き、新幹線に乗った。新幹線の中でFIGHTNEWSのリポートのアレクス・アーサーがKO負けした記事を読み直す。16戦全勝14KOのスーパーフェザー級ホープが敗れた。ガードがかたく、ジャブがよく出る好選手(WOWOWでも放映したことがある)で、いずれランディ・スイコとの対戦があるかもしれない、とマークしていた選手だ。まさかキャリアのこの時期に負けるとは。アーサーは世界ランキングを急上昇してくるだろう、と思っていたのに。明日はわが身だ。気を引き締めなければ。
名古屋の試合はみんないいファイトだった(1試合を除いて)。石原がダウンを食ったのには驚いたが、あれは油断だろう。他のラウンドは石原らしい攻撃力がよく発揮されていた。小縣も強敵相手によく勝った。松田会長に名古屋駅まで送ってもらいながら、来年のマッチメーキング方針を確認。もう来年の2月の試合計画を立てているのだから、われわれは気が早いな。
(10−26−03)
今日は土曜。
好きなことをする。
床屋へ行く。泳ぎにではなく、ウエィト・トレーニングに行く。
床屋の原さんに「これで通じる英会話」の本を贈呈。
順番を待つ人が暇つぶしにこれを読むだろう。
私がマッチメークしたが日本に不在で見られなかった
ホルヘ・リナレス対ペドリト・ローレンテ戦のビデオを見る。
このローレンテ対OPBF1位ジムレックス・ハカ戦、
ランディ・スイコ対白承元(韓国1位、韓国王者、張宇烈は挑戦拒否)
のダブルOPBFタイトル戦は12月21日、比国セブで
開催される予定。プロモーターはワキー・サルード。
年末は比国に行かねばならない。
このダブルタイトル戦は私がマッチメーカーなので契約書などを詰めないといけない。
時差ボケなどといっていられない。
(10−25−03)
池仁珍、マイケル・ブロディ戦は韓国で生中継があったので
マンチェスターを発つ直前、韓国の知人にEメールを出し
ビデオ送付を頼んでいた。それが届いた。
見直すと、やはり池仁珍の勝ちのように思えた。
しかし、クロスゲームだったことは事実だ。
そして見たかったトニー、ホリフィールド戦もビデオ鑑賞。
英文リポートなどで読んで想像していたほどにはホリーの
調子は悪くないように思えた。
(10−24−03)
10−4に5大マッチの興行があり、10−6にWOWOWの音入れ(3本分)をして10−7にロシアのWBC総会に旅立った。
モスクワ 3泊
ロンドン 3泊
マンチェスター 6泊
だから、時差がヨーロッパのそれになっていてなかなか日本の時間に慣れない。夜寝にくく本を読む。朝起きにくい。若い頃は時差に対する適応が早かったのに、気は若くても歳相応に老化現象が起きているのだろう。
眠れなければ、日中体を疲労させ夜寝やすくしてやろう。泳ぎに行った。ウェイト・トレーニングに行った。駄目である。筋肉は疲労しているが、夜頭が冴える。朝起きてもボーっとしている。珍しい、こんなに時差が取れ難いのは。やはりロシアと英国に約2週間もいて、体内時計がまだヨーロッパのままなのだろう。
22日、山口(ヨネクラ)対ムアンチャイ(タイ)の試合をリング・ジャパンで組んでいるので久しぶりにホールへ行った。やはり後楽園ホールはいい。みんなの元気な顔を見ると、こちらも元気が出てきた。時差はまだ解消しきれてはいないが。
(10−23−03)
午後1時からWOWOW音入れ(1本分)。
途中まで車だったが、あまりに混んでいたので四谷で電車に乗り換え滑り込みセーフ。
下記はWOWOWで確認した放送スケジュール。
日本時間日曜に行われる豪華世界タイトルマッチが
すべてその翌日の月曜夕方あるいは夜見られる
WOWOWエキサイトマッチ特別月間!
WOWOW 11月の放送カード
11−3(祝・月)午後5:35(注意:夜8時からではなし)
WBCライト級タイトル戦
フロイド・メイウェザー(米)
12回
フィリップ・ヌドゥ(南ア)
フェザー級統一戦
WBA王者デリック・ゲイナー(米)
12回
ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)
11−10(月) 夜8時
WBC/IBFライト・ヘビー級タイトル戦
王者アントニオ・ターバー(米)
12回
WBAヘビー級王者ロイ・ジョーンズJr.(米)
IBF S・ウェルター級タイトル戦
王者ロナルド・ライト(米)
12回
アンヘル・エルナンデス(メキシコ)
11−17(月) 夜8時
WBCフェザー級挑戦者決定戦
無冠の王者 マルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)
12回
IBF SB級王者 マニー・パッキャオ(比)
まだ確定ではないが、この日一緒に、世界的に話題を呼んだ
WBCフェザー級王座決定戦
1位池仁珍(韓国)
12回引分け
2位マイケル・ブロディ(英)
放送の可能性あり。
確定あり次第、掲示して確認します。
11月はまさしくホットなボクシング月間!!
(10−21−03)
日本に着いたのが20日(月)の朝10時。荷物をピックアップし、成田の安い駐車場に留めていた車で帰宅したのが2時前。4時まで仮眠して会社に一旦顔を出してから後楽園ホールに行こう、と思った。目覚まし時計をかけて眠ったが、体が睡眠を要求していたのか、目覚ましを止めてまた寝てしまったようだ。起きたのが6時過ぎ。体がだるい。
ホールに行くのは断念して、会社に電話し、速報メールを送るため代理で観戦に出てもらった。夕食後、ホールの試合結果がドローと聞き、それを速報メールで流したあと、また寝た。体が疲労して拒否反応を起こしているときは、その反応に従うことだ。山口、畠山戦はビデオで見よう。いくらでも寝られる感じだ。
(10−20−03)
帰りの飛行機の中で英国で起こったことを繰り返し考えた。
ただ悔しいという感情的なものではない。池仁珍のマッチメーカーとして、どうすべきだったか、今後どうすべきか。それを考えていた。
スライマン会長が控室に入ってきて、採点集計ミスを告げられたとき、「試合が終わって判定が出るまで10分以上かかって、こんな単純なミスがなぜ発見できなかったのですか。一旦、チャンピオン・ベルトを与えて、それから取り上げるとは何ということですか。池の立場を考えてください。韓国ではこの試合が生中継され、国民は池が新チャンピオンになったと喜んでいる。それなのに、こんな事態になった。この醜態でWBCの管理能力の是非が問われる、と思いませんか。そこに池仁珍がいる。選手本人に会長から説明してやってください」とでも言いたかった。
しかし、私はのど元まで出かかった怒りの言葉を抑えた。スライマン会長自身が「自分のミスだ。すまない」と言っている。いまさら愚痴をいっても始まらない。言えば、WBCのミスを追及することになり、スライマン会長は気分を害するだけだろう。
私が言ったのは、ただひとことだ。
「Then, Mr. Sulaiman, the title is still vacant, right? では、タイトルは依然として空位ですね」
会長はイエスと答えた。
韓国人で英国駐在の若いスポーツ記者がスライマン会長に噛み付いた。「一体、どういうことなんだ。こんなバカな」と大声で言った。会長は、「君は誰だ?」と言った。「スポーツライターだ」と彼が言うと、「これは関係者の話だ。君が池仁珍の陣営でないのなら、いまは黙っていてくれ。すぐここで記者発表をするから」と会長は言い返した。
私が自分の行動を振り返るとき、大きく分けて2つの尺度がある。
ひとつは諸般の状況から考え、妥当かつ適正な判断、行動をしたかどうかだ。もしそうでなかったら、次に同じことが再現した場合、どう行動すべきか、と考える。
いまひとつは、男らしく振舞ったかどうかだ。
私はもし妥当かつ適正な判断、行動を取らなかったとしても、それが自分なりに男らしい(manly)な振舞いだったら、それはそれでよし、とする。
スライマン会長に噛み付けば、きっとその場で気分はスッキリしただろう。韓国の連中は、「自分たちの気持ちを代弁して、小泉さんはスライマンとやりあっている」と心中、拍手しただろう。しかし、それは決して男らしくも、賢明でもない。引分けという裁定が出た以上、いかに再戦を有利に実現するか、それが最重要課題だろう。
私は黙ってスライマン会長の眼を見ていた。彼は私の複雑な心境を分かっていただろうし、ここで感情を抑え無言でいることの意味を理解していたはずだ。「私のミスだ」と謝罪している男にそれ以上、非難を浴びせて何になる。再戦を有利に運べばいいのだ。
これまでの人生で、大学時代、ビジネスマン時代、怒りの言葉を抑えきれず、それを喋りだすと止まらず、言い出したら口論になり、口論になったら、最後に相手を言い負かすまで続け、その結果、その後の人間関係が悪くなったことが何度もある。
私は黙った。今回は黙ることが男らしさだ。その代わり、再戦交渉の際には、言いたいことを言わせてもらう。穏やかに、ジェントルマンライクに。
歳をとれば、多少はマキャベリアンにならないといけない、交渉者なのだから。
(10−19−03)
WBCフェザー級王座決定戦は奇妙な結末を迎えた。
初回開始早々、両者バッティングで池が頭を抱え込み痛みをアピールし、ここでWBCルールによりブロディから1点減点(ただし、レフェリーによる減点の指示があいまいで、これがあとで論議を呼ぶ)。この回は、2者池、1者ブロディで、ブロディからマイナス1。
2回に池が猛然と襲いかかり、連打を浴びせると小柄なブロディは痛烈なダウン。かなり効いており、時間もあったので、この回で試合が終わるかと思われたほどだった。しかし、池は一発を狙い手数が減り、ラウンドの終盤はブロディが猛反撃。
3,4,5,6回はブロディが池をロープにつめ、連打を浴びせる。ブロディのボディ攻撃は執拗、かつ巧みで、池は劣勢。
ところが、7回あたりからブロディが失速しだし、今度は池が攻勢を取り出した。8,9,10,11回は池が打撃戦で打ち勝ちポイントをあげた。
最終回は両者全力をあげて打ち合い、どちらにもつけられるラウンドだった。
判定は、浦谷114−112(池)、ミン114−113(池)、バスケス113−113と、2−0の判定で池の勝ち。ただし、この判定が出るまで10分くらい、コミッション席で集計がもめていた。あとで聞くと、1回の減点の是非をめぐって論議していたらしい。やっと、スライマン会長以下役員がリングにあがり、リングアナウンサーがマイクをとり、採点を告げる直前、また待ったがかかり、それから数分間、スコアの再チェック。
私は池のセコンドのひとりだったが、池の勝利がアナウンスされ、チャンピオンベルトを授与されたとき、敵地特有のしらけたムードがあった。これがブロディの勝利でもおかしくないほど競った試合だった。
控室でみんな抱き合い、肩を叩き合い、池の勝利を祝福した。韓国一行全員から、「小泉さん、コマスミダ(ありがとう)」と握手を求められた。ビールかけこそしなかったが、雰囲気は最高だった。
そこに英国のインスペクターが来て、「あとスライマン会長が来るから待つように」という指示があった。会長が来て、私と韓国人レフェリーのデビッド・チュンを呼び、スコアシートを見せながら、「1回の採点集計にミスがあった。ミンのスコアは113−113だ。したがって、2者ドローの引分けだ」という。そんなバカな。
その場(池の控室)ですぐ英国の記者たちを前にして、裁定の訂正。ここで、英国の記者がこの採点修正を欺瞞的だ、とか言って非難し、スライマンが激怒し、怒鳴りあいになった。それをプロモーターたちがおさめ、この騒動は終わった。彼らは池の手からチャンピオン・ベルトを奪っていった。
失意落胆、悔しさ・・・誰にもぶつけようにない怒りが池の控室に満ちた。池は肩を落とし、泣いていた。
10時からメイン開始で、これは韓国で朝6時から生中継された。韓国の人たちは放送が終了し、池が世界チャンピオンになったのを目撃し、いい気分で19日の日曜をすごしたことだろう。しかし、判定は覆った。
ホテルに戻ったのが12時すぎ。ファイトマネーを受け取ったのが1時。日本への速報メールを流し終わったのが1時半(日本の朝9時半)。明日朝6時すぎにホテルを出るのでファイトマネーを韓国陣営に渡したいが、彼らはやけ酒を呑みに出ているのか、なかなか帰ってこない。連中が帰ってきて、札束を勘定して渡し終わったのが3時すぎ。朝5時に起きて出発。
今日一日で予想もしなかった凄いドラマを経験した思いがする。
(10−18−03)
プロモーターはマッチルーム・スポーツのバリー・ハーン氏で、体格がよく、ジェームズ・ボンドが歳をとったような感じで格好がよく、威厳がある。WBCのスライマン会長が着き、11時からの記者会見に出席。米国ではアンチ・スライマン、反認定団体の空気があるが、この英国では会長を大歓迎。そして、WBCタイトル戦に多大な敬意を払っているのが分かる。
昼食は韓国一行と街中の韓国料理店へ行く。他のみんなはビールを飲んでいたが、「昼間は飲まない主義なので」と丁重に断った。さらに勧めてくるのでこう言った。「ボクサーの武器はコブシだが、マッチメーカーである私の商売道具は頭だ。細かいことをいくつも詰め込み、記憶しておかないといけないので、昼間は一滴も酒を飲まないのだ」というと、やっと分かってくれた。
韓国コミッション副会長の張さん夫妻とマンチェスター・ユナイテッド・スタジアムを見に行く約束だったが、彼らはキャンセル。しかし、私は予定通り行った。車でオールド・トラフォードまで10分。スタジアム(6万8千名収容)を見て、博物館を見学。帰途、車が拾えないのでバスで帰ろうとしたが、バスがなかなか来ず、やっとタクシーをつかまえて戻る。
夜、時間つぶしにホテルから歩いて10分のマンチェスター・オペラハウスでCeltic Tenorsというアイリッシュ系のテノール3人組の歌を聴きに行った。ホテルに戻り、世界史の続きを読む。
もし計量前、池の体重が落ちていなければ最後の減量を手伝おう。私は計量直前、体力を落とさずウェイトを落とす方法をいくつか知っている。
(10−16−03)