「ボクシング・マガジン」10月号(9月15日発売号)の広告原稿
チェックのため、(株)広美に電話した。
「発売中」と書いてよいか、の確認のためだ。
そこで、発売は9月20日以降になる、との連絡を受け、
申込者に下記の通り、詫び状を出した。
『これで通じる英会話』御申込者各位
拙著を御申込いただき、衷心より感謝致します。
ホームページ、専門誌には9月1日発売予定と告知致しましたが、出版社の(株)広美から発売は9月20日頃になるとの連絡を受けました。遅れの原因のひとつは、私がゲラ(校正版)に入れた訂正、追記が多いことで、それの再チェックにも時間がかかりそうだとのことです。
当方へは書店に並ぶよりは早く届きますので、出来上がり次第、急送させていただきますので、いましばらく御猶予頂きますよう御願い申し上げます。
御詫びまで
ジョー小泉 拝
明日、オスカー・ラリオスが名古屋に着き、出迎えに行く。
その往復車中、最終のゲラをチェックする。
9月3日に出版社と最終打ち合わせをする。
印刷には文庫本とはいえ、2週間はかかるだろうから、
やはり発売は20日すぎになるのだろう。
(8−30−03)
私はボクシング以外で見るのが好きなのは、柔道と陸上競技だ。水泳は自分でするのは好きだが、テレビなどの見るのはあまり好きではない。昔、山中、ローズ、コンラッズが三つ巴のレースを繰り広げ、われわれ子供たちが熱狂していた頃、スウィマーの表情が見えた。息つぎのため口をあける様が、競技者でみんな違った。当時、彼らは水中眼鏡をかけていなかったのでラストスパートの苦悶の表情が見えたように思う。別に水泳競技をおとしめる積りなど毛頭ないが、水泳競技のスピードアップとともに私は興味を失った。
いま夜、世界陸上の中継があり、私は陸上マニアというほどではないが、時間が許す限り見ている。陸上競技はファンダメンタル(根源的、原始的)なスポーツなので、人間の運動能力、そしてその進化を見るのが楽しい。多分、陸上競技を見ながら、つねにボクシングのことを考えているのだろう。
24日の夜、小松、中沼戦のあと、神戸の実家に一泊する際、世界陸上を見ていたら、母親に夜更かしせずに寝ろ、といわれた。母親は朝6時前に起き、夜は10時には寝る。朝起きて、須磨の海岸で毎日行われているラジオ体操の会に出る。何千回参加という記念の盾を見せてくれた。母は昔、リレーの選手だったそうで、来年80歳なのにいまでもちょっとした距離をすぐ走る。まあ、元気なのだろう。
実家の寝室で、残りの頁を読みきった。
この本の原題は、TABOO: Why black athletes dominate sports and why we’re afraid to talk about itである。
主題は2つだ。
(1) なぜ黒人選手はスポーツを支配するか
(2) なぜそれについて語るのがタブー(禁忌)か
で、(1)の主題については他の本でも読んだことがあるが、(2)の主題について書かれた後半がおもしろかった。
これは引用好きなもの書きならいろんな部分を引用したくなる本だろう。(1)の結論は、「黒人選手が競技ですぐれた成績を上げるのは、遺伝子の優位性のためだ」である。奴隷貿易で、優れた労働力を確保するため、大柄な男と大柄な女を強制的に交配させることもあったという。アフリカからアメリカ大陸に移送された黒人たちは、何代にもわたる遺伝を通じてスポーツに適合した特質を持つにいたったという。一方、アフリカでは遺伝を通じ、ケニヤのような中、長距離走に強い陸上王国が生まれた。
ふとボクシングの戦力というものを考えた。
戦力 = f(素質、努力、環境、+アルファ)と考える。
環境とは、ボクシングを受容する社会的・経済的土壌、伝統、トレーニング設備、トレーナー、などだろう。
環境を含む他の条件を仮に同じとすると、
戦力 = f(素質、努力)となる。
黒人選手の素質(先天的資質)が優位を占め、いかに努力しても素質の優位性を越えられないような競技では、非黒人選手は不利だ。体格差が勝敗に関与する、ボクシングにおけるヘビー級がこれに相当するのではないか。
中量級、軽量級とウェイトが軽くなるほど、素質の優位性が占める割合が低く、努力のそれが高くなるのではないか。ただし、この関数は単純な足し算ではあるまい。たとえば、重量級では、素質80%+努力20%、中量級では素質70%+努力30%、軽量級では素質60%+努力40%といった単純な決め付けは間違いだろう。個人差の問題もある。白人、あるいはアジア人でも、黒人選手に匹敵する競技への適合性を持つ場合があるし、黒人選手の柔軟性(バネ)では劣るが、敏捷性やスタミナで優るといった戦力上の補完がある場合があるだろう。
「努力」という抽象的かつ文学的表現を使うと話が精神論に傾くなら、努力を「トレーニング(あるいはその効果)」で置き換えてみよう。
戦力 = f(素質、トレーニング)
となる。こう考えると、素質の差を補うトレーニング効果をあげれば、総合的戦力で相手を上回ることが可能となる。
ボクシングにも触れた部分があるが、ミスもある。247頁に、「彼(ジョー・ルイス)の連勝に目を止めた白人が二人いる。シカゴのボクシングマネジャー、ジョン・ロックスバラと、その相棒でトレーナーのジャック・ブラックバーンである」とあるが、ジョー・ルイスのマネジャーはJulian Black とJohn Roxboroughで、トレーナーはJack Blackburnだった。3人とも黒人で、白人ではない。原文の間違いか、誤訳か?
他にもボクシングに関する記述には通常、いわれているのと違うものがいくつかあった。しかし、そんな揚げ足取りをするより、この本が指摘する問題点を今後とも考えてみたい。
本に書いていることを鵜呑みにするタイプのボクシング指導者にはあまり薦めない。敗北主義につながるという点で危険な本でもある。
しかし、世界陸上ではこの本の指摘どおりの結果が次々と生まれ、それを見ながらわが心では反撥が生まれ、それはそれで我ながらなかなかおもしろい。
(8−30−03)
小松、中沼戦のあと神戸の実家で一泊。
試合が終わったのが8時過ぎだったので、この日帰京することもできたが、実は翌日、用事があった。
神戸ジムの先代の谷崎会長はもう逝去されたが、その奥さんも7月に亡くなった。そのため、一度挨拶に伺いたかった。
神戸ジムは新開地の谷崎ビルの4階にあった。その2階が先代の住まいで、いまはお嬢さん夫妻が住んでいる。神戸の大地震のあと、結局、ジムは閉鎖となった。このジムから、来馬英二郎、千里馬啓徳、淺川誠二、鈴木敏和と4人のチャンピオンが出た。その前には、小坂純也、メリケン森などの日本ランカーがいた。
神戸ジム出身者が開いたジムには、白鷺、明石、JM加古川、千里馬神戸があり、みんな頑張っている。
先代は私のことをどう思っていたのだろう。
後援会長の親戚だから、先代には子供の頃から可愛がってもらった。
男は若いうちはボクシングが好きになるものだ。そして、いつか他のものに興味を覚え、ボクシングから離れていく。しばらく熱に浮かされ、いずれ去っていく若者だ程度に思っていたのではないか。
私も大学を出て3年ばかりボクシングから距離をとった。
世の中はボクシングを中心に回っているのではないという当たり前のことに気づいた。しかし、結局、ボクシングにもどってしまった。
先代と教え方について論争をしたことがあった。
「あいつは、『会長、それは力学的におかしいですよ』といいやがった」とあとあとまで笑い話にされた。
お嬢さんと昔話をして辞去したあと、当時の初心が思い出された。
より強く打つには、より速く打つには、どうトレーニングすればいいか、そんなことばかり考えていた。昔、いいトレーナーとはいかにパンチを強く効かせるように打つか、を教える指導者だった。いまは、より速く連打、コンビネーション・ブローを出すのが指導の主眼になっている。
時代が変わったのだろう。
ルイシト、ガンボアと2人の世界チャンピオンのマネジャーになったが、俺はこんな選手を作ったと自分自身にいえるような選手ではない。このまま自分の作品を作れぬまま死んでいくのか。マッチメーカーのような多忙な仕事を選んだので、指導の現場から離れてしまった。
先代と奥さんの遺影の前で頭を下げ、「ありがとうございました」と礼をいってから出た。もっと勉強し、もっと一生懸命生きないといけない。
ボクシングを生業とする以上、もっとボクシングに貢献できるよう努力をしないといけない。もっと長い時間軸を頭に置き、いま何をすべきかを
考えて生きないといけない。
(8−24−03)
朝、眼が覚めると、起きられないほど疲れている。
多分、昨日、根をつめて仕事をしすぎたせいだ。
一日中、ベッドに寝たまま、本を読もうか。
そんな気になったとき、自分をいじめようと思った。
泳ぎに行った。
体は「今日は泳ぎたくない」というのを、だましだまし、車に乗った。「こんな体調の悪い日に泳いで心臓麻痺でも起こしたら、どうする」という弱気の声を無視して、プールへ行った。ロッカールームでも「今日はやめて帰った方が賢明だ」と思った。
それでも泳いだ。泳ぎだすと、少し調子が出てきた。
今日は15分であがった。やはり調子がよくない。
帰宅してブランチを摂り、寝ようか、と思ったが、「一寸だけ短編小説を書いてみよう」と自分の中の怠け者を説得した。
今日書いたのは、
「グスターボ」(アルゼンチンの話)
「秤(はかり)」(タイの話)
「信念」(日本の話)
この「信念」というストーリーは読者を泣かせる話。
結局、いつもの土曜より多く仕事をした。
トレーナーはボクサーをだまして(いや、説得して)練習させるのが仕事だ。
だから、今日、私の中のトレーナーは絶不調の私をなだめたり、すかしたり、おだてたりしながら、なんとか仕事をさせた。
今日、これだけ書いておくと、明日、大阪の小松、中沼戦に行く道中、本を読める。「黒人アスリートはなぜ強いのか」を読了したい。
夜は世界陸上を見る。
(8−23−03)
このところ、まるで小説家気分で、いろんな短編小説のネタが頭に浮かんできて仕方がない。
朝、散歩をして図書館でニューヨークの停電事故がらみのNEWSWEEKなどの記事を読んでから帰宅。
会社に出る前に、ひとつ短編を仕上げた。
題して「時計」。
自分でいうのも何だが、かなりいい。
ひょっとすると、短編集「老マッチメーカーの回想」の中で一番いい小説かもしれない。
これは9月5日から始まるメール小説の4回目に出したい。
なぜか。
4番バッターだ。
これを英語にすると、もっといい、と思うが、それはまたあとだ。
文字カウントをすると、3180字くらいだ。
携帯には、1600字ずつ2分割しないといけない。
PCにはそのまま入れる。
乞う御期待。
昨夜、ある大きな試合が決まった。近いうちに発表できるだろう。
(8−22−03)
17日の日曜だ。
助手のT君がひとりで休日出勤し、前日、帝拳から受け取ったチケットを発送する。
「彼ひとりだけ出るのはかわいそうだ」と思い、私も日曜の事務所に出た。
目標は、15日(金曜)までに注文を受けたすべてのチケットを発送し終えることだった。
途中で韓国から来日している友人より電話があった。
そこでT君にあとの仕事を任せ、事務所を出た。
私は17日中にチケットがすべて出た、と勘違いしていた。
実際は、数が多く、券種、枚数を慎重にチェックしてから出すので時間がかかり、一部が休み明けの発送に回ったそうだ。
申し訳ない。
したがって、先週金曜日までに受けた注文分はRJの夏休み明け、21日と22日に発送し終えました。
ひとりごとに書くと余波が大きいので、慎重にチェックしてから書いてください、と社員諸君におこられた。
以上、訂正させていただきます。
これが本当のわびジョー(詫び状)。
I am sorry.
小泉総理
(8−22−03)
朝5時に置き、8時前には辰巳のWOWOWスタジオに入った。
今日の音入れは一本だけ(通常は2本、すなわち2週間分)。
終わって帰宅したのが午後3時前。
今日までがリング・ジャパンの夏期休暇。
自分自身に問いかけた。
何をするのが、一番休みになるか?
結論が出た。
まず、小1時間、昼寝をする。
それから、BOXING CONFIDENTIALを読む。
毎日、5頁、10頁とこまぎれに読むのでなく、ずっと読み通す。
この本は凄い。
WBA、IBF、ボブ・アラム、スライマン会長、ドン・キングなどを徹底的に切りまくっている。
あのタイソン、ダグラス戦のあとの混乱を辛らつに描いていて、名指しではないが日本の関係者(ジャッジ)も登場する。
かなりひどく書かれている。
一般社会でよくあるが、情実に流され、仲間うちでまあ、いいかと「みんなで渡ればこわくない」方式で何かを処理したとする。
それが倫理的観点から後世に弾劾、非難されることが起こりうる。
90年のタイソン、ダグラス戦のあと、ニューヨークで公聴会があった。
スライマン会長弁護のため、日本から証人が求められた。
たしか、JBCからは出席しなかったはずだ。
そこで、私に代理出席を求められた。
私が断った理由はひとつだ。
これに出てしまうと、終生、WBCマン(man)と呼ばれるな。
それを危惧した。マッチメーカーとしてWBAの仕事もしなければいけない。WBCマンのレッテルは御免こうむりたい。
ましてタイムキーパーの行動を説明するのは、マッチメーカーの職分ではなかろう。
もし公聴会に出ていたら、この本で名指しで叩かれていたことだろう。
この世界での生き方には難しい面がある。
この本を読み終わって、ため息をついた。
(8−20−03)
「これで通じる英会話」は(株)広美から出る。
この会社は、広告代理店、兼出版社である。
場所は築地にある。
そこで午後3時半から7時半まで担当の皆さんと最終チェックをした。
一字一句、担当者の疑問に答え、最終稿にしていく。
担当者の熱意を感じた。
私が見落としていたケアレス・ミスを探し出していた。
感服。
しかし、この段階で、字の大きさとか、字面とか、いろいろ注文を出したので、9月1日に出来上がるのは難しいかもしれない、といわれた。
1週間くらい発売が遅れるかもしれない。
発売日が確定したら、ひとりごとで告知するとともにHP広告を修正します。
先行予約していただいた方には誠に申し訳ありませんが、この日の修正により、さらに読みやすくなる、と思います。
(8−19−03)
朝、メキシコからの電話で起こされた。ラファエル・メンドーサからの電話だ。もう1時間寝ていたかった。折角、リング・ジャパンの振り替え盆休みなのに。私の兄貴分だから仕方がない。起きてラファエルの依頼を処理した。やや寝不足気味だが、もう寝る気にならない。泳ぎに行くには体がけだるい。調子の悪い日は泳がないようにしている。若い頃は、自分で決めたら、毎日走る、毎日泳ぐと意地でもノルマを消化していた。しかし、いまそんな意地を張ると、その日一日、ぐったりして虚脱状態になる。仕事ができない。だから、水泳の代わりに散歩にした。
「散歩なら私も行く」と家内がいう。女は好きな男と一緒に歩きたいのだろう。それは分かる。だから、一緒に神社まで歩いた。別に神道ではないが、散歩の距離として丁度いいのだ。神社で大旋回をし、腕立て伏せをして、清めの水で手を洗う。いつもは自分で手を洗うが、今日は家内が横から水をかけてくれた。帰りには、もう頭がスッキリし、調子がよくなってきた。
帰宅後、シャワーを浴び、朝食を撮り、2階でEメールをチェックした。そのあと、本を読んでいて、下にコーヒーを取りに降りた。
家内が「映画でも見に行きたい」といった。
「ゾルゲ、まだやってるか?」
「あんなのもうとっくに終わったわよ」
「では、適当な映画を探せ。ただし、SFは駄目だよ」
私はスターウォーズのようなSFが大嫌いなのだ。いつかトム・クルーズの映画に入ったとき、未来の犯罪を過去にさかのぼり防止するとかいう内容のSFだった(テーマを調べてから入ればよかったのだが)。私は辟易し、家内をせかして15分で出た。
結局、渋谷の文化村で上映している「フリーダ」というメキシコの女流画家の伝記の映画になった。家内の選択だ。1時40分開始で4時20分には終わる。それから後楽園ホールへ行けば、山中対ピセーの試合には十分間に合う。ところが、文化村のシネマ1に着くと、満席だという(ここは立見席を出さない)。
「仕方がない。今日は映画はなしだ」というと、家内は「この映画、見たかった」と悲しそうな顔をした。「もし4時20分からの上映を見れば、終わるのは6時35分か。ちょっとホールに行くのが遅れてもいい。そうするか」というと、家内の顔が輝いた。では、2時間半、どうして時間をつぶすか?
東急のビルを降り、目の前のブックファーストという大きな書店ビルに入った。もしあれば、欲しい本があった。この前、荻窪の八重洲ブックセンターで探したときなかった。「まあ、読まなくてもいいか」と、特に注文まではしなかった。パソコンを叩いて紀伊国屋にでもオーダーするほどでもない、と思った。その本を急に読みたくなった。
それは「黒人アスリートはなぜ強いのか」(創元社)だ。翻訳された本だが、原題が長く、内容をよく物語っている。「Why black athletes dominate sports and why we are afraid to talk about it」だ。結果の分かる(predictable)ボクシングの試合は面白くないというが、この本の主旨はある雑誌の書評で読んだ。それは、「黒人の運動選手が優秀なのは遺伝子のせいだ」ということだ。これは危険な主題で、もし黒人選手が遺伝的に他の人種より優秀なら、試合前にハンディがついているということになる。努力より生まれ着いての素質の方が重要になる。それをもし肯定すると、スポーツの公平性が失われる。問題なのは、著者ジョン・エンタインの主張がボクシングに当てはまることだ。
書店でパソコンで検索してもらい、そのビルの1階の喫茶室でその本を読むことにした。家内は渋谷をウィンドーショッピングしてくるという。3時40分まで120頁くらいまで読んだ。外に出て、向かいの東急の文具売り場へ行った。実はある外国語を勉強し始めようと思い、単語帳が欲しかった。7階に丸善が入っていたが、学生が使うようなカード式のものしかない。銀座の伊東屋へ行くか、自分専用の単語帳をEXCELで手作りするかだ。
家内と映画館で待ち合わせ、映画を見始めた。「えっ、英語か」とビックリ。スペイン語を聞きたかったのに。メキシカンたちが、いかにもスペイン語なまりで英語で会話する。それはわざとらしい。映画自体は面白かったが。私は帰宅後、「老マッチメーカーの回想」という短編小説集をスペイン語にも訳し始めておこう、と思っていた。まず第一は「コブラ」だ(いずれ、ひとりごとに「コブラ」のスペイン語訳を掲示する)。そのために、スペイン語のリズムを耳に残しておきたかった。その目論見があったのに、映画は英語か。ガッカリ。
よくバイリンガルとかいうが、私はいずれトライリンガルで書きたい、と思う。書き言葉としてのスペイン語は微妙なニュアンスを表現でき、英語より優れている。ただし、私がスペイン語で自由自在に書けるようになるには、もっと鍛錬を要する。この忙しい毎日で、そのライティングのトレーニングを自分に課すことができるか。いずれ自分のためのトレーニング・プログラムを組まないといけない。
こういう想像をする。ジョー小泉という人間の業績は、死ねばすべて風化する。後世に残るのは、短編小説集「ある老マッチメーカーの回想」を自らスペイン語で書いたものだけだったりして。私の小説はちょっとガルシア・マルケス風で、ラテンアメリカでは結構受けるかもしれない。
映画館の上の階でコーヒーを飲んでから、ホールへ直行。家内は帰宅。あいかわらずひどいタイ人選手が出て、日本人が勝つ。自分のボックスシートの席で、速報メールを送ってから帰宅。試合が終わるのが遅く、帰宅は10時半。
シリモンコンとヘスス・チャベスの15日の試合のビデオを見ながら夕食。あまりにシリモンコンが不甲斐ないので、気分が悪くなる(disgusted)。チャベスはメキシカンだ。またメキシカンが世界チャンピオンになった。ふと思った。日本はタイの格下選手とばかり試合をして目先の試合に勝って喜んでいるうちに、技術水準が停滞しているのではないか。日本で長嶋健吾、崔龍洙に圧勝しているシリモンコンにしてから、メキシカンに対するとこの有様だ。本当にこの国のボクシングのあり方について考え直さないといけない。この世界は強い選手を出した方が勝ちだ。しかし、日本はその強い選手を生み出す努力を怠っているのではないか。マッチメーキングのあり方をいっているのだ。いまのような安易な相手ばかりを日本のホープにあてがい勝って満足していると、きっとしっぺ返しがくる。いかに政治力で世界ランカーを増産しても、世界戦ではメキシカンをはじめとする実力者にとても勝てない状況が訪れるのではないか。みんな気がつかないだけで、もうそんな状況は現実に日本に来ているのかもしれない。
防御は甘い。パンチのパワーはなく、軽いパンチの手数とスタミナだけで勝負する。いいジャブを打たない。フットワークを使わない。そんなパワーレス・ボクシングで世界を制覇できるか?
最近、寝る前、「Boxing Confidential」という本を読んでいる。ボクシング・ファンの歯科医の人が英国を旅したとき、1冊余分に買い、それをプレゼントしてくれた。毎晩、5頁から10頁読んで、眠たくなったら寝ているが、その内容は非常に過激で辛らつだ。著者は英国Boxing Newsのライターらしいが、よくここまで書いて訴訟事件が起きないものだ。いま読んでいるのはスライマン会長の項目だ。
今日は朝から夜までメキシカン・デイだった。
(8−18−03)