ジョー小泉のひとりごと 2003年7月後半


「拳の漂流」を読む

往年の名選手ベビー・ゴステロのことを書いたノンフィクションを読んだ。昨日の名古屋の2部興行(ともにリング・ジャパンのマッチメーキングだった)に行く新幹線の中で読もうと、その本を買った。土曜の夜、書き出しはどうなのか、と一寸頁を開いた。それが悪かった。読み出したらやめられず、結局明け方までかかり、終りまで読んでしまった。

非常に面白かったのだが、複雑な読後感が残った。ゴステロのことをもっと知っている(あるいは、覚えている)関係者は・・・? 先代の長谷川関西事務局長、以前のコミッションドクター鈴木先生、メモ魔だった高橋ジムの高橋会長、神戸ジムの先代の谷崎会長、関西の古参記者・・・。みんな亡くなってしまった。

私が神戸ジムにいたころ、もうゴステロの話をする人はいなかった。傷害事件で永久追放の形になり、ゴステロの話題に触れたくなかったのだろう。そして、これがボクシングの厳しい部分だが、過去のヒーローをたやすく忘却していく。若い人たちは昔話を好まず、年輩の人たちは昔話が敬遠されるので回顧談を控える。現代は語り部の口を封じる風潮がある。

この著者は若いのにゴステロのような過去の選手に興味を持ち、ゴステロ自身に実質的なインタビューができなくなった時期から取材を始めて、それでもこれだけの本を書いた。大変な苦労だった、と思う。

上方藤四郎や斉藤八郎会長の名前が出てきて非常に懐かしかった。私は府立の第2で、新日本大阪ジムの鈴木太一会長に紹介されベビー・ゴステロと会ったことがある。数年前のことだ。それも懐かしい。

私は著者が比国に取材したとき会ったエロルデの未亡人ラウラさんや、彼女の指示でフィリピン・スター紙にゴステロのことを書いたヘンソン記者のこともよく知っている。だから、文章を読んでいて、いろんな状況が眼に浮かんだ。私はこの労作を楽しんで読ませてもらった。
(7−28−03)


メキシコ市からのインターネット接続テストOK

朝起きてE-MAILを見ると、WBCオフィスからホテルの予約確認が来ていた。
空港に出迎えてくれると言う。
グラシアス。

まだ池、ブロディ戦の交渉が急転直下、合意に達する可能性は若干あるのだが、旅の用意を始めた。

頭の中で、メキシコシティに着いたとき、必要なものを考える。
そうだ、インターネットの接続テストをしておこう、と考えた。
この新しいノート型パソコンにしてから海外出張はしていない。

途中、ちょっと支障があったが、サーバーに電話して直ぐ解決。
KDDI経由でメキシコ市のアクセスポイントにつながり、すぐ切断。
これでOK。

これは私の「未来対策法」で、ある特定の未来の時点に頭を切り替える。
そこで(頭の中で)行動すると、いま(現在)用意しておかねばならないことが明確化する。私はこれが得意で、その未来が実に鮮明に頭に浮かぶ。

たしかに他人から見ると、私は変わっているのだろう。
ルイシト、メディナの世界戦を後楽園ホールで興行したとき、勝ったあとリング上でスピーチをしようと考えた。
そのスピーチの練習を2週間前から始めた。
毎日、夕食後、その練習をした。
「まだ勝ったわけでもないのに」と家族に笑われた。
最初は10分くらいかかったが、それは長すぎるので5分間程度でまとめるリハーサルをした。
だから、ルイシトがメディナからタイトルを獲ったあとのスピーチは要領よく、滑らかで出来がよかった、と思う。20回以上練習したのだから。

こんなリハーサルもした。
そのルイシトとの仲が悪くなり、これは訣別だな、という状況になった。
一度、こいつと殴り合うことになるかもしれない、と思った。
現役の世界チャンピオンと殴り合ってはこちらが不利だ。
高校時代、ラグビーが正課で体操の時間のたびにタックルの練習をさせられた。

これから喧嘩だ、という瞬間にダッキングしてヒザをタックルする。
タックルして後に倒してしまう。すぐ馬乗りになる。
地面に足を踏ん張っているからボクサーは強いので、倒してしまえばパンチは打てない。
ヒザでミゾオチに乗る。左足で相手の右手(上腕)を踏み、動けないようにする。
上から首筋に右ストレートを打ち込む。
相手は失神する。
これを手際よくやれば、1分とかからず相手を組み伏せられる。
結局、これを使う機会はなかった。

電車や新幹線に乗っているときなど、結構難しい顔をして私は考え込む。
こんな護身術の手を考えていることもある。
将来、未来のいろんな可能性を考え、こうしたらこう、と対策を練っているわけだ。

いま散歩するときしている未来対策は、ランディ・スイコがアメリカで世界戦をし、勝った場合のHBOインタビューのリハーサルだ。

こう言おうと思っている。

You, American people, might underestimate Asian boxers.
But Randy Suico proved his worth.
Eric Morales is a great boxer, but Randy tonight beat him to his credit.
In Asia, there are many good boxers like Randy.
It would be our pleasure that American promoters will show more interests
in booking our outstanding boys from Asia.
We really appreciate this great opportunity to Mr. Bob Arum, HBO and Mr. Honda.

まだランディの世界戦が決まりもせず、モラレスがS・フェザー級チャンピオンになってもおらず、世界戦ができたとして勝てるかどうか分からないのに、こんな予行演習をしている。
頭がおかしいのではないか、と思われるだろう。

いやいや、物事、備えあれば憂いなし。
あらゆる可能性に備えるのが、My Wayだから。

RJの速報メール会員にはメキシコからWBC暫定王座決定戦の入札結果をメールします。
(7−26−03)


メキシコ行きチケット手配

8月1日のWBCオフィスでの入札のため一応、航空券を手配した。
しかし、直前になって急転直下、合意に達し、入札がなくなる可能性もある。
私としては日本に留まる方がいい。

英会話の本は校正刷りをすべてチェックした。
出発前、再度チェックして出版社に渡せばいい。

ワールド・ボクシングの「東洋から世界へ」も書き終えてから出たい。
RJクラブ会報の私の担当するパートも早急に仕上げねばならない。

旅というのは化学の触媒のように反応を促進させる効果がある。
(7−25−03)


ラリオス、石井戦は9月7日(日)レインボーホール

あわただしい週末だった。
20日(日)OPBFバンタム級タイトルマッチのマッチメーキングのため、19日の計量前から岐阜に入った。
私が担当する世界戦2つがもめていた。
ひとつは、8月10日予定であったラリオス、石井戦だ。何とラリオスのビジネスマネジャー、ラファエル・メンドサ氏が日程確認にため急遽、日本に来ることになった。
ラリオスには、1位ナパポン、あるいはバレラとの試合の話がある。
石井戦のスケジュールはあとの交渉に影響を及ぼす、と考えたのだろう。
電話で済む確認なのに、わざわざ日本に飛んでくる行動力に驚いた。

岐阜のタイトル戦が終わったら、すぐ東京にもどりメンドサ氏と会った。
翌日、丸木会長が上京し、9月7日の新日程の契約書にサインし合った。
これでラリオス、石井戦は確定。
ラリオス一行は8月31日(日)に名古屋入りする。

もうひとつは、WBC暫定世界フェザー級王座決定戦だ。
1位池仁珍(韓国)対2位マイケル・ブロディ(英国)。
当初、英国開催でほぼ合意していたが、急に韓国側が地元開催を主張しだしたので再交渉中。
メキシコのWBC本部での入札指示が出た。
8月1日正午。
その直前までに合意が成立しなければメキシコへ飛ばねばならない。
日帰りというわけにはいかないから、前日と当日、2泊。
ということは、2日に組んでいる湯場vs.マルサンの試合が見られないことになる。
湯場選手の再起戦を見るのを楽しみにしていたのに。

ということは、「これで通じる英会話」のゲラ(校正刷り)チェックを急がないといけない。
8月25日発売予定というから、のんきに構えていた。
ピッチをあげよう。
(7−24−03)