毎月1日にRJクラブの会報(情報誌)「ボクシング・ファン」を会員諸兄にお送りしていますが、7月号は1週間ばかり遅れます。誠に申し訳ありません。
情報誌担当の久保田社員の入院と21日のランディ・スイコの試合、23日の世界戦のため、スタッフおよび私自身が忙殺され、いまピッチを上げているが、発送が1週間ばかり遅れることになった。会員からの質問に対する「小泉コメント」を今日、書き上げた。あと巻頭言の「主人敬白」をこれから書くところ。
今月中旬から何やかや雑用が多くて、「小泉コメント」の執筆ができなかった。今回の発送遅れの原因は、私にある。世界戦が終わったあと、すぐ馬力をあげて会報作成をすべきだったが、珍しく一寸ばてた。これからスタッフとともに全力をあげて作成に向かう。RJ会報には「ピープル・トーク」という意見発表のコーナーがあり、ここで「小泉さんはどう考えるか」という質問があった場合、私の意見を述べている。私がその「小泉コメント」を仕上げないと、会報のレイアウトができない。だから、遅れの責任は私にある。申し訳ない。
発送予定が決まれば、この「ひとりごと」に掲示します。
お詫びまで
ジョー小泉
(6−27−03)
九州のDr.山田からG+のテープが届き、私はもう5回見直した。
あの試合でTKOに持ち込む方法があった。
中盤の休憩時、レフェリーにこう言う。
「ドクターに見せた方がいい。事故が起こったらどうする」と進言する。
レフェリーがコーナーから離れたら、ランディに言う。
「藤田がドクターチェックを受けた直後、ガーっと全力をあげて攻めろ。TKOになる」
なぜそれをしなかったのか。
私は7回終了間際、ランディが藤田の腰投げでキャンバスに投げつけられたとき、1分余分に休憩を要求し、それが受け入れられていた。レフェリーとのコミュニケイションにおいて、もう貯金を使っていた。もしドクターチェックうんぬんをレフェリーに進言していても、無視されていただろう。
私にはランディにKOあるいはTKO勝ちさせたいという気持ちとタフファイトを経験させたいという気持ちが入り混じっていた。相手は気が入りいくら打っても倒れない。自分は3回から右手を痛めている。前半、あれだけ手数を出し、疲れもあっただろう。その状況下、後半の5回、どう戦えばいいか。スタミナの配分を考えながら、しかも左手だけでKOを狙う展開はランディにとり、いい試練になっただろう。10回をフルに戦い終えて、きっと自分のスタミナに自信を持ったはずだ。
大体、自分のタフネスに自信を持ちすぎるランディのようなタイプは防御が甘くなる傾向がある。ボディワークのテクニックはほぼマスターしてきたのだから、もう一度、基本にもどり、ブロッキングの再トレーニングをすべきだ。さらに、ボディ打ちがまだまだ甘い。今回、「前半からセコンドの指示通り、もっとボディを打っていたら、相手はもっと弱り、KOできていた」と私はランディとアブラカ・トレーナーに苦言を呈した。勝って大きなトロフィーをもらい浮かれている2人にきついことを言い、両者は渋い顔をしていたが、次の課題を明示するのはマネジャーの責務だから。
右手の診断のため昨日、病院に行ったそうだ。レントゲンの結果は明日出るが、もう腫れも引き出して痛みもなく、多分、大丈夫だという。
翌々日、横浜アリーナで、ランディの試合を観戦したファンから声をかけられた。
「ジョーさん、ランディはすごい選手だね。ルイシト以上だよ」と。
ルイシトの名前が出て、ちょっと考えた。ルイシトにはルイシトのよさがあり、ランディにはランディのよさがある。試合の駆け引きやワンツーの速さはルイシトの方が上だった。ランディが上回るのは、あの鉄のアゴ、石のボディと上半身の柔軟さだろう。ルイシトは自分の打たれ弱さを自覚していたから、ディフェンスがよかった。ランディの防御はまだ向上の余地がある。基本型において、ルイシトはボクサータイプ、ランディはケンカボクシングのファイタータイプだから、この点でも比較は難しい。
明日のレントゲンの結果次第で、次の試合の計画を立てる。Dr.山田に感謝。あと5回は見直し、課題を考え直します。しかし、あまり過大な課題を与えても消化できないし、ステップ・バイ・ステップでいこう。
(6−26−03)
6月21日の興行は当日売りがよく出たうえ、比国大使館からの招待客もつめかけたため、プログラムがない状態になり、遅く入った方にご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。
家内にG+の深夜1時半からの録画を頼んでいたところ、4時間とればいいだろうと、4時半まででセットしていたらしい。結論として、放送時間は4時間15分でランディ、藤田戦の6回半ばまでしか録画されていなかった。
朝11時ごろ、九州のDr.山田に電話すると、奥さんの応答がちょっとおかしかった。山田氏は早朝4時45分までのオンエアを見ていたらしい。起こしてしまって申し訳ない。彼にメインだけのダビングを頼んだ。東京の試合を九州の親友に頼むのもどうかと思ったが、親交は空間的距離を超えるのでご容赦ねがいたい。
だから、6回までしかレビューしていないのだが、ランディの出来はKOできなかったことを考慮してもそれほど悪くはない。3回に右手を痛め、以後、実質的には左手一本で戦ったのだが、右もグローブを開きながら打ち続けさせた。あのカモフラージュが出来たことで私としては合格点を与えたい。控室に戻り、バンデージを切ると手が腫れあがっていた。ワン・ツー(これはソフトタッチ)・左フック(これはガツンと力を込めて打つ)を基調にして、あとのラウンドを乗り切った。後半、右ガードが甘かったのは、右手の痛みからだろう。眼が生きていたので、相手のパンチをよく見切っていた。藤田選手は鼓膜を破るほどのダメージを負いながら、よく最後まで戦い続けた。敵ながら天晴れ。よく休んでダメージを抜いてほしい。
たしかにランディはもっとガードを固める必要があるが、ガードだけ上げて体を硬くするより、あのように全身を柔軟にしボディワークを使えるのも防御法だ。しかし、今後、もっと上のレベルの選手との対戦を考え、もっとガードを強化する(腕、肩の柔軟性を失わずに)。
6回か、7回終了間際、ランディは藤田に腰投げで投げられた。
私はレフェリーに「2分間の休みをほしい」とすぐアピールした。
私は子供の頃、柔道の特訓を受けていた頃の投げられたときの痛みを瞬間的に思いだした。投げられた瞬間は痛いが、しばらくすると痛みは消える。1分、プラス1分、2分あれば、万が一、ランディの腰に投げられた痛みがあっても回復するだろう、と読んだ。今日、明日の世界戦のオフィシャル諸氏と会食した折、「藤田の方も疲れて効いていたのだから、あそこで2分間の休みをとったのはよかったかどうか分からない」という意見があった。
それは傍目(はため)の意見で、選手のマネジャーとしては、万が一、ランディが投げられた痛みのため、次のラウンド脚が動かず、妙な展開になることの方を怖れた。私の判断、措置の方が正しかった、と思う。セカンドとしてあの場面でレフェリーに2分間の休みをもらう反射神経は、私が子供の頃からセコンドをしていた賜物だ。私は数多くの名セコンドを目の前で見てきた。自分自身、何度も悔しい失敗をした。何度、世界戦のセコンドをさせてもらったことだろう。それが私の中で生きている。
事実、2分休みをとったあと、ランディは回復し、パンチが切れだした。8回だったか、いま一歩で藤田選手からダウンを奪えるところまでいったが、片手ではあれだけ詰めるのが精一杯だろう。異国で片手であれだけ手数を出し続けて、フルラウンドを経験したのだ。それは悪いことではない。私は10試合に一度くらい判定になり、「なぜ倒せなかったのか」を反省するようなきつい試合がある方が、選手は強くなる、と思う。ランディは最近、9連続KO勝ちで、いつも早く試合が終わるので、スタミナを早く使い切るパターンの試合が多かった。前半で倒せなかった場合でも、判定で確実に勝つパターンのいい訓練になった。
試合後、ホテルで、こうしていれば、たとえ左手しか効かなくても倒せた、というパターンを教え、それを帰国したら練習するように、アブラカ・トレーナーとランディに指示した。ランディは自分のタフさにものすごく自信を持っているし、たいがいのパンチは眼でスイスイはずせるので、ガードが甘いが、今後はもっとガードを固めさせる。
体は柔軟だし(私はこれをボクサーの特質の最重要ポイントにしている)、勘がよく、左をいろんなパターンで使えるようになったし、どのパンチでも相手にダメージを与えられる。今日のようなワンサイドに打ちまくる試合で後半ガス欠にならない訓練もできただろう。細かい技術的矯正の必要はあるが、いまの野性味を失わず、もっとキャリアを積んでいけば、もっといい選手になるだろう。
次回、日本に来るときはもっと攻防のまとまりがいい選手になっていると思う。今回、ご観戦いただいたリング・ジャパン・クラブ会員の皆さん、そして一般のランディを応援に来ていただいた方々に御礼申し上げます。
(6−22−03)
12時に家を出て、車で横浜の大橋ジムへ行った。
2時からの川嶋選手の公開練習のためである。
余裕をとり早く出たら、1時ごろには着いてしまった。
車の中で、パソコンに入れてある英会話の本の原稿をチェックしていた。
金沢会長、大橋会長と小雨の中を近くの喫茶店まで行った。
雨に濡れ、ジムで公開練習を見ている間、蒸し暑かったのでちょっと汗をかいた。
熱かったのでクーラーを入れながら、一旦、帰宅したが、急に体を冷やしたので気化熱で少し頭が痛くなった。
私は1年中、週に4度か5度、朝泳いでいるので、髪の毛を乾かすのが甘く気化熱で頭が痛くなったり、耳の中の水が残り半日、耳がゴロゴロいうのはたまにある。
たいがい我慢していたら直る。人間には回復力があるからだ。
私はできるだけ薬を飲まない主義で、自然治癒力に体をまかせる。
一旦、帰宅し、まだ頭が痛かったが、英会話の本の続きを書いた。
苦痛は試練だ、と思った。
熱中して小1時間、机に向かっていると、頭痛が和らいだ。
6時半に家を出て、成田に向かった。
ランディ・スイコとファニト・アブラカ・トレーナーを出迎えるためだ。
無事到着。
明日、帝拳ジムで徳山選手の公開練習があるので、3時以降、ランディは軽く練習をする。
ミネラル・ウォーター、ポカリスエットなどを一緒に買って部屋に持ち帰らせた。
明日から忙しくなりそうだ。
(6−18−03)
最近、毎日、「これで通じる英会話」の本を会社から帰り、夕食後、寝るまで書き進んでいる。
発音にルビを振っているので、細かいところまで神経を遣う。
珍しく寝付きが悪い。執筆が追い込みで運動量が減っているせいだろう。
神経を鎮めるためナイトキャップ(寝酒)などを飲む人がいるが、私はそれをしない。
翌朝の目覚めが悪い。
軽い本を読みながら、コトンと自然に眠りたい。
落語全集も読み飽きた。
ふと手に取ったのが、自分が書いた「ボクシング珍談奇談」だ。
内容が軽くて(重量は重いが)、これ自身が落語全集だ。
本を書いた疲れを、自分の本を読みながらほぐすというのはどうなのか。
コトンと寝るための、これが本当のコント集。
おあとがよろしいようで。
明日、ランディ・スイコが来日するが、予定通り執筆を終えることが出来なかった。
まあ、何とかなるだろう。
(6−17−03)