ジョー小泉のひとりごと 2003年5月前半


カルシウムはコブシだけに付かない

4日、デラホーヤ、カンパス戦解説の際、浜田剛史氏に言った。
「最近、減量とコブシの負傷や骨折の関係に興味を持ち、復習しているんだ」と。

浜田氏は何度もコブシを痛め、手術後、病院に見舞いに行ったことがある。もう20年も前になる。

「日頃からカルシウムを摂ることにより、コブシの負傷は防げるのではないか、と思う。現役時代、カルシウム摂取はどうだった?」
と訊くと、元チャンピオンは答えた。

「医者に言われて、随分カルシウムを摂るようにしました。しかし、カルシウムはコブシだけに付かないんですね。全身の骨について、その一部としてコブシにも付くわけです。だから、カルシウムと摂り続けて骨を強くするというのは時間がかかるんです」

なるほど、カルシウムの骨への吸収は、当たり前のことだが、コブシだけには付かない。中学生の頃、理科で簡単な鍍金(メッキ)の実験をしたことがある。たとえば、銅メッキは一箇所だけに吸着するのでなくメッキを受ける板全体に付いた。あれとカルシウムが骨に付くのは同じ原理だろう。

カルシウムは日々、充分に補給しても体全体に付き、その一環としてコブシにも付くなら、それはボクシングのスタミナと同じだ。毎日、時間をかけて走り込み、そのトレーニング効果の蓄積がスタミナ強化となる。

カルシウムもトレーニング期、調整期、減量期と継続的に摂り続けねばならないわけか。

カルシウム吸収のいい乳製品を研究してみよう。
特にチーズだ。そのカロリーを調べよう。
ランディには試合前最後の1週間でも、チーズとヨーグルトを食べさせないといけない。

思い当たるのは、ガンボアとランディだ。
ガンボアはあれだけ単発の強打を振り回し、相手の頭を打つことも多いのにコブシを痛めたことがない。一方、ランディはときにコブシを痛めることがある。そのため、昨年アメリカで2試合する予定が、最初の試合で手を痛め、帰国する破目になった。

ガンボアの食事は魚が主で、ランディは肉が主だ。
フィリッピンで彼らがどんなものを食べているのか、チェックしよう。
今度、ランディが来日するとき、小山先生の講道館ビルに行き、骨密度のチェックを受けさせてもらう予定だ。それは手の中手骨で測定すると聞いた。

計量が終わって、カルシウム含有の食品を大量に摂っても、明日の試合には間に合わないのだな。普段の栄養摂取が肝心ということか。浜田氏という骨折体験者にそれを教えてもらった。
(5−8−03)


三題噺 カルシウム、坊主、コンビネーションブロー

4日、デラホーヤ、カンパス戦の解説をして、5日は大阪へ行った。
小松則之選手のOPBFフライ級タイトルマッチ、そしてセミファイナルの世界ランカー、ナデル・フセイン対薩摩選手のマッチメーキングのためだ。

まだ私のカルシウム病は続いている。家の中の栄養関連の本を調べた。私の蔵書が約10冊、家内のそれが約20冊あった。それを全部読んでみようと思う。

一体、どれから読むか?
ここで考えた。バラバラに、at randomに読めば、「どの本にこんなことが書いてあった」という知識の継ぎ足しになるだけだ。同じ読むなら系統立てて読んだ方が理解が深まる。さもないと、Aの本とBの本で逆のことが書いてあった場合、どちらが正しいかの判断が出来ないだろう。

まず樹でいう幹を作ろう、と考えた。それがあれば、あとの知識は枝であり葉である。それを幹に継ぎ足していけばいい。
選んだのが、大修館の現代のスポーツ科学シリーズ第2巻「スポーツとエネルギー・栄養」だ。

エネルギー発生のメカニズム、エネルギー代謝の項目を先に復習しよう、と思った。この本は昔、マガジンに「ボクシング・アラカルト」という寄稿をしていたころ、座右の書だった。その連載が「ボクシングは科学だ」になった。

新幹線に乗り、昔、アンダーラインを引いたところを懐かしく思いながら読み進んだ。のぞみで行ったのだが、京都に着いたころ、あまり根を詰めて読んでいたので頭が痛くなった。

この本は体育大学の学生などが読む本だろう。全編、化学用語の羅列であるが、論理的であり説得的である。著者の長嶺晋吉という先生は説明が上手い。

なかにいいことが書いてあった。ちょっと引用させてもらう。

「脱水症」とは「(狭義の)水欠乏」と「塩分欠乏」とに分かれる。

<水欠乏>
水分の補給が少ないときに起こる。細胞外液の水分が減少して浸透圧が上昇するため、細胞内より水が細胞外に出る。細胞は萎縮し、体液全体の浸透圧が高くなる。

のどが渇き、皮膚は乾燥して弾力がなくなり、尿量は減る。
重症の場合、発熱し、倦怠感を覚える。
これを防ぐには、大量の水、果汁、砂糖水を補給すればいい。

<塩分欠乏>
強い発汗、多尿、下痢があったとき、水だけを補給した場合に起こりやすい。

発汗などに伴い水だけでなく塩分も失われる。そのため水だけを補給すると、体液の浸透圧は低下し、頭痛、吐き気、めまい、筋力の低下が見られる。はなはだしい場合、激痛を伴う熱痙攣(ねつけいれん)を起こし、生命の危険を招く。

これを予防するには、水の代わりに薄い食塩水を飲めばよい。
(引用終わり)

私は熱痙攣というのを見たことがある。たしか、レイ・タム(比国)だったかと思う。体重が落ちず、サウナで残り4ポンドを落としたが、もう汗を絞りに絞った体なので落ちない。さらにサウナに入り続け、出てきたとき目をまわした。その選手は体がほてり、痙攣を起こした。だから、冷たいタオルで体中を拭き、後頭部に氷を当て目を覚まさせた。

話は変わるが、よく酒を飲み、翌日、二日酔いで頭がはっきりしない人がいる。濡れタオルを後頭部に当てておくと、5分ばかりすると頭が覚めることがある。これは神経が首筋を通り、脳へとつながっているためだろう。首筋をもむのは、緊張緩和の効果もあるようだ。

ポカリスウェットを飲んだとき、甘味とともにちょっと塩味がする。あれが薄い食塩水にあたるのだろう。ハードトレーニングで大量の汗をかいたあとは、水だけではなくスポーツドリンクを飲んだ方がいい。アメリカの選手たちはトレーニングバッグにゲータレード(スポーツドリンク)を入れており、練習後、すぐそれを飲むのをよく見た。

小松選手が見事な防衛を飾るのを見てから、地下鉄の朝潮橋、本町経由、梅田に出てJRに乗り換え、須磨の実家に泊まった。

翌朝、パソコンでE−MAILを見て、出ようとすると坊さんが来た。10時半といっていたのに1時間早く、9時半に来たらしい。私は仏壇のある部屋にパソコンを置いていたので、それをそそくさと片付け、家を出て東京に戻った。

坊主来て 追い出されたり 須磨の実家(いえ)

表にその坊さんの乗ってきたバイクがあった。
ああ、私が仏教の坊さんになっていたら、このようにバイクにでも乗り、檀家を回りお布施を貰う生活をしていたのだろうな、と思った。

実は、私にはそんな話があった。
30歳くらいの頃だ。高校時代から親友のH1が結婚をすることになり、式に出るため東京の独身寮から神戸に帰った。

H1は高校時代、ESSという英会話クラブに入っていて、そこにH2というクラブメイトがいた。いい女だった。私と同い年だが一緒のクラスになったことはない。聞けば、まだ独身だという。彼女は変わったところがあり、神戸のTV局でディレクターみたいなことをしていて、あるとき休職か退職をしてインドへ1年間行っていたとかいう。

私はH1に言った。
「オイ、H2さんに俺がもらってやろうか、と聞いてみてくれ」と。
次にH1に会ったとき、その結果を聞いた。
「お前と一緒になってもいいが、実は彼女の親父さんが1週間前に檀家まわりをしていたとき、交通事故で亡くなったんだ。彼女は寺の長女だから、お前に養子に入って寺を継いでほしいということだ」

即座に断った。
「何で俺が養子に行って坊主にならないといけないんだ。この話はなしだ。断ってくれ」
H1が言った。
「ボクシング、ボクシングっていってたって仕様がないだろう。神戸へ帰ってきて、どこかの仏教大学へ行って坊さんになるのもいいんじゃないか」

当時、会社勤めをしながら、「リング」誌にはリポートを書き続け、マガジンにも「アラカルト」の連載を持っていた。それを全部捨てて、坊主になるのは御免だ。だから、この話はそれまでだった。

その後、H2さんは養子を迎え、その男はサラリーマンをしていたのだが、仏教大学へ行き直し、寺を継いだそうだ。

10年くらいして一度だけ彼女に会ったことがある。
正月だったか須磨の実家に帰り、朝散歩をしていた。
人通りがないとき、私は思いついたコンビネーションブローを肩だけのシャドーボクシングで組み立てる習慣がある。右ロングアッパーで相手の体をそらせ、左フック、左アッパー(顔面)、右ストレートといった組み立てをしながら歩いていた。

向こうから人が来た。知らない人が見たら、気違いかと思われる。だから、下を見ながら、新しいコンビネーションを組み立てて続けていた。
すれ違うとき、ふと顔を上げると、眼が合った。
あっ、彼女だ。
私はシャドーをやめて振り返った。向こうは振り返らなかった。
和服を着ていた。
まあ、声をかけても話すこともなかっただろうが。
それ以降、会ったことはない。

白井義男を育てたカーン博士は、平沢雪村先生の「ボクシング」誌だったと思うが、そこに「3つのパンチのコンビネーションは122種類ある」とか書いていた。この122という数字はうろ覚えだから正確ではないが、数学の順列と組み合わせの計算で出したのだろう。

最近、あるムック本に依頼され拙稿を寄せた。
ボディブロー特集の項を任され、次の3つの原稿を書いた。
(1)「ナンバーシステム」によるボディブローのコンビネーションの開拓
(2)ボディブローはなぜ効くのか?
(3)ボディブロー・アラカルト
そして
(4)長屋のボクシング談義(ジョーク集)
である。

5月15日発売で、本のタイトルは『あしたのボクシング』(白夜書房)。1500円だそうだ。

何だ、最後は本の宣伝か、と思われるかもしれないが、「ナンバーシステム」によるコンビネーションブロー組み立ての可能性については一読の価値がある、と思う。

上の話は作り話ではなくてすべて実話だ。
万が一、坊主になっていたら、余暇に哲学の本を読み、死ぬまでに1冊くらい仏教か哲学の本を出していたかもしれない。そうなっていれば、「ボクシング珍談奇談」を始めとするボクシング関連の本は書いていなかっただろう。
別に後悔はない。
(5−7−03)


ノエル・アランブレット対新井田豊戦展望 by 久保田

 新井田が約2年の沈黙を破ってリングに帰ってきた。
 新井田のトップシーンへの出現は衝撃的だった。01年1月の日本ミニマム級タイトルマッチで、この試合をステップに世界進出を目論んでいたチャンピオン、鈴木誠(野口)に9回TKOで完勝。早くから高く評価されていた才能が開花した一戦だった。

 5月の初防衛戦では指名挑戦者の飯田大介(三津山)に1回、いきなり2度のダウンを喫する大ピンチ。しかし、逆境をはねのける反撃で引分けに持込み、ベルトを死守。飯田と試合をする前から計画が持ち上がっていた世界タイトルマッチでは、この苦い経験を生かして競り勝つことになる。

 8月、挑むWBAチャンピオンは試合巧者のチャナ・ポーパオイン(タイ)。この老獪なベテランとのペース争いを制し、3対0の判定勝ち。ジムの先輩、畑山隆則をして「新井田こそ本当の天才」と言わしめた素質が、見事に開花したのだ。

 しかし、新井田はこのタイトルを1度も防衛することなく返上。世界の頂点に立ったという達成感と完治しない腰痛を理由に突然の引退を表明した。14勝7KO3分と負け知らず。当時まだ23歳という若さ。目前には、輝ける未来が開けていたにもかかわらず…。

 その後の新井田は横浜光ジムのトレーナーとして指導する側にまわっていた。そして、人を教えているうちに、自分のボクシングを冷静に、客観的に見つめ直すことができたという。いてもたってもいられなくなった新井田は昨年末、カムバックの意思を関光徳会長に伝え、今年2月からは本格的なスパーリングを開始した。コンディションは上々で、練習では勘のいい攻防を随所に見せているということなので、本番が楽しみだ。

 チャンピオンのアランブレットは、昨年7月に今回と同じパシフィコ横浜で星野敬太郎(花形)から判定でWBAのベルトを奪い、12月には場所を大阪に変えての再戦で、これも微妙な判定で前王者を返り討ちにした。一発の怖さはないが、相手の持ち味を殺すのが巧く、手数が多いテクニシャンだ。長期休養明けの新井田にとって、厄介な相手であることは間違いない。

 しかし、新井田本人に不安はないようだ。「ブランクの影響はない。いい休養になった」という言葉が、それを物語っている。新井田が挑む相手は、チャナの時と同じように、星野から王座を奪っているアランブレットだ。場所もチャナ戦と同じパシフィコ横浜、と新井田には追い風が吹いている。考えてみれば畑山がJ・ライト級に続きライト級で2階級制覇を果たしたときも、復帰戦イコール世界タイトルマッチだった。新井田に快挙の再現を期待したい。

チケットお申し込みはHPより。
(5−3−03)


何でもカルシウムが原因じゃないですよ from DR.山田

きょうの「ひとりごと」を、今さっき拝読しました。

老人になって、背が縮むのは、残念ながらカルシウムが主な原因ではありません。
人間の脊椎の骨の一つ一つの間にクッションとなる、結合組織があるのですが、トシ
をとると、この結合組織の水分が減少して、ぺちゃんこになり、その分、背が縮むの
です。

体全体の水分がかなり減るのですね。
180cmの人が170cmになるほどは、縮みませんが〜〜おそらく、これはカル
シウムのJOEが言われるように、姿勢が悪くて前かがみになることのほうが、ファ
クターとしておおきいでしょう。

それでも、脊椎の骨は頚椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎と合計30数個ありますから
(人によって、数は個人差があります。
仙椎、尾椎はほとんど無視できますが)、一つの骨の間が1〜2ミリ縮んでも、身長
としては数センチ縮んでもおかしくないのです。
(5−2−03)

このように仮説を立て推察を進めるとき、専門家からの訂正を受けると前進する。
つまり、PROGRESSIVE(漸進的)である。
私の勉強が進めば、こんな曲解の仮説が少なくなるだろう。
Dr.山田に感謝。


私の老人ウォッチング

英国に「バード・ウォッチング」という趣味があるらしい。それは望遠鏡などで鳥を眺め続けるだけのことらしい。

私には若い頃から「老人ウォッチング」の趣味があった。決してお年寄りに対して悪意があるわけではない。「いずれ自分がこれくらいの歳になったとき、この人より元気でいられるだろうか? 頭はシャープでいられるだろうか?」といった興味で、年長者の一挙手一投足を観察し、説教を聴かしていただく。

わが師の平沢雪村先生、神戸ジム会長だった故・谷崎善次氏、韓国の故・全浩然プロモーター、評論家の故・金裕昌先生、タイソンのマネジャーだったビッグ・ファイト社のビル・ケイトン、ホセ・スライマンWBC会長、など。

雪村先生とは食事をともにしたことがないが、他の人たちと会食し、彼らの健啖ぶりに驚いた。食事どきになると、「腹が減った」と強く主張する。悪くいえば食い意地が張っているのだろうが、よくいえばそれだけ規則正しい食事の習慣がついているのだろう。

最近の若い人たちは老人たちを毛嫌いするのかもしれないが、私は違った。長老、権威者に敬意を表するから、彼らは胸襟を開いて昔話をしてくれる。それは延々と数時間続き、同じ話を何度も聞くこともあった。彼らの喋り続けるエネルギーにいつも驚かされた。それだけ自分の言いたいことがあり、それを主張しようとする意欲が強いのだろう。それは彼らの活力を示していた。

私は韓国のボクシングの黄金時代を含め、もう200回以上、渡韓している。いつか全浩然プロモーターと名古屋の松田会長と3人で話をしていたとき、別に交渉ではなく、茶飲み話が3時間くらい続いた。全さんと別れたあと、松田会長が言った。「全さん、よく喋るね。あれだけ喋って疲れんのだろうか。ジョーさんの相槌をつくのが上手いから、いくらでも喋る。あげなよう喋る人は初めて見た」と。私は韓国へ行って観光をするわけではない。部屋で仕事をする以外は、コーヒーショップで朝から晩まで長老の昔話を聞いているのだ。昼食を一緒にし、夕食まで6時間くらいずっと話し込むこともあった。

金裕昌先生など、朝4時に起き、夜9時に寝るまで、朝食6時、昼食12時、夕食6時をずっと守っていた。朝4時に起きた先生は裏山へ登り、体操をし、清水でうがいをして6時前に帰宅する。そうすると、奥さんが温かいご飯を炊いて待っている。運動のあと当然、空腹だから、しっかり朝食を摂る。亡くなる前、足を痛めるまでは非常に元気だった。歩くのが非常に速く、せっかちなので「スピード金」という仇名で呼ばれていた。元銀行員で、若い頃、韓国の珠算大会で優勝しただけあって、ずっと暗算が得意だった。

歳をとっても脳活動を続けている人は頭がぼけないようだ。スライマン会長は一度会った人は、相手の顔だけでなく名前までしっかり覚えていて、周囲を驚かせることが多々あった。あれはいわば特技で、何かコツがあるのだろうが、記憶力はあの歳でもすごい。WBC17階級の30位以内のランカーの情報がいつも頭の中で更新されている。ビル・ケイトン老も金の数字については記憶力抜群だった。

英語に「STAY YOUNG」という言葉がある。若くとどまる、つまり若さを保つという意味らしい。私が敬愛した長老たちは、みんな歳の割りに若かった。身だしなみも整っていた。お洒落心、あるいはダンディイズムというのが若さの秘訣のひとつかもしれない。

数十年つきあっていると、みんな徐々に体が小さくなっていった。ビル・ケイトン老など180センチくらいあったのが、170センチくらいになった。背が縮んだのと、背中が曲がりだしたからだ。なぜ老人は背中が曲がるのだろう。多分、背筋力が弱くなり、上半身を反らす力が弱まるため、前かがみの方が楽になり、そんな姿勢を長く続けているから背筋が伸びなくなったのではないか、と推測する。なぜ老人は背が縮むのだろう。これはカルシウム不足が原因ではないか、と思う。あるいは、歳をとると、摂取した食物のカルシウムを吸収する効率が悪くなるのかもしれない。

またカルシウムの話に落ち着くのか。
イエス、私はいましばらく「カルシウムのジョー」。
(5−2−03)