ジョー小泉のひとりごと 2003年1月前半


最近おかしかったこと

数日前、神戸の母から家内に電話があった。
母の妹、つまり叔母が私に対してカンカンになって怒っているそうだ。
「年賀状も寄こさないで、義弘(わたしの本名)は私をバカにしている。テレビに出て本を出して偉い人になったのかもしれないが、自分の叔母を無視するようになった」とか言っているという。

この叔母(母より2つ下の76歳だが非常に元気)は一昨年、高松から新居浜に転居し、年賀状を出す住所登録を変更しておいたはずだが、それがなされておらず、以前の住所に出した年賀状は転居先不明で返送されてきていた。なにも偉い人になった積りなどない。仕事がえらい(きつい)だけだ。

かなわんな。年賀状ひとつでここまで非難されるのか。早速、詫びるため四国へ電話をかけた。
「明けましておめでとうございます」と挨拶をしたとき、叔母は何と言ったか?
「アラ、お元気?」

何がアラ、お元気だ。カンカンになって怒っていたのではないのか。年末、「珍談奇談」の本の出来上がりが遅れ、仕事納めの日の夜まで発送の手伝いをしていて、年賀状の住所をチェックできなかった、と詫びた。
「いえいえ、私は何も気にしていませんから」と言う。
一体、どうなっているのだろう。

詫びるため 電話を掛けて 拍子抜け
年賀状 再び書くや 新住所
いつまでも 子供あつかい 四国の叔母

翌日、母に電話し、「叔母さんは何も怒っていなかった」と言った。
「さきほど電話があり、昨日、もう寝ているところに義弘から電話があり、寝ぼけて話したので自分が腹を立てていたのを忘れていた」と、叔母は説明したらしい。
会社を出て夜10時前に車から電話したのだが、もう寝ていたのか。うちの母のように叔母も10時前に寝る習慣だ、とそのとき知った。年寄りは寝るのが早いのだな。

もうひとつおかしかったのは昨日のことだ。
助手のT君が夜8時半ごろ成田着の比国フェザー級チャンピオン、ジェフリー・オニャテを迎えに行った。彼は18日、セミファイナルで宮田芳憲(角海老宝石ジム、7勝7KO1分け)と戦う。

9時半ごろ、角海老宝石ジムの会長から事務所に電話があり、成田の入国管理局から連絡があり、オニャテが税関でトラブルに巻き込まれているという。

私はもう帰宅していたが、税関から私の携帯に電話があり、「ボクサーが観光ビザで、マネジャーがエンターテイナー・ビザになっている」という。比国の日本大使館で互いに申請ミスをしたらしい。オニャテのマネジャーは、サンバレスの現職の市長で今回、彼自身が随行している。そんなしっかりした付き添いがいるのに、このミスだ。どこのミスが知らないが、40歳を過ぎたマネジャーの方にボクサーのビザを出すとは、大使館も忙しくてチェック漏れだったのか?

結論として、私が成田の入国管理局に「オニャテはプロボクサーであり、こちらが身元を保証し、試合の翌日、責任持って帰国させる」と念書を入れることで解決。やっと税関から出してもらった。最初、角海老の若会長から電話をもらってから1時間半くらい掛かった。ボクサーとマネジャーのビザが逆だったなんて初めてだ。別の用途で、外国人選手のために念書を書いたことは何度かあったが、今回のトラブルは何かおかしい。

ビザ違い 成田でもめて ひと騒ぎ
念書をば 書いて解決 ひと安心
ホテルまで 入れて飛び乗る 終電車 (T君のこと)
(1−17−03)


昨日の世界戦を振り返る

今日の計量で、シリモンコン、崔ともに130ポンドのリミットでパス。明日は9時10分ゴング予定。

この一戦は外国人同士とはいえ非常に面白い組み合わせだ。両選手の練習ぶりを見たが、シリモンコンは離れた距離で右ストレートを合わせるタイミングが抜群。長嶋を2回でKOした右強打は健在だ。シリモンコンのボクシングの組み立ては単純で、左ジャブ(これも強くて的確)で間合いを
取り、右をカウンターで合わせる。パターンは単発だが、この右は威力充分。

問題は崔が全盛期のどの程度まで回復しているかだ。前半にシリモンコンの右をのぞき見ガードで殺し攻撃の機会を切り開かないと、チャンピオンに主導権を奪われ得意の接近戦に持ち込めないかもしれない。崔に勝機があるとすれば、シリモンコンを徹底的に追い、相手を打ち疲れさせ、コー
ナー、ロープに詰めてボディを攻める展開に持ち込むことだ。つまり、両者が得意とする戦闘距離が違う。

シリモンコンが辰吉戦のように相手のボディ攻撃で失速するなら、崔の終盤KO勝ちもあり得る。だが、シリモンコンは「判定勝ちの展開を想定してペース配分を考えて戦う」と言っている。シリモンコンにはそれを実行するスピードとクレバーさがある。崔が「いつか相手のスピードが落ち自
分が攻めるチャンスが来るだろう」と楽観視しれいると、ズルズルとシリモンコンのペースで行ってしまう可能性もある。

勝敗は、崔がいつスパークし始めるかにかかる。だが、崔が攻めるときにはシリモンコンが右カウンターを炸裂させる好機でもある。どちらが勝つにしろ、中盤以降、波乱が起こりそうな予感がする。

(今年は、世界戦、あるいは好カードの前、「速報メール」に私の予想や展望を書いてみたい、と思う)

<試合を振り返ると>
1.崔は8、9、10回に猛攻撃をかけたが、シリモンコンを捕らえきれなかった。やはり、崔は全盛期の反撃力が衰えていたのかもしれない。それはブランクにも影響を受けていたのだろう。

2.意外であり失望もしたのは、シリモンコンが帝拳ジムで披露していた右強打を温存し、スタミナの配分の方に重きをおいて戦ったことだ。崔のガードが固かったこともあるが、シリモンコンは得意の右にあまりウェイトを乗せず、タイミング合わせだけで打っていた。もっと強い右カウンターを合わせるタイミングは何度もあったが、シリモンコンは危険をおかさなかった。

3.シリモンコンはタイでの試合でもこれだけヒット・アンド・ランに徹したことはないはずだ。崔のような猛ファイターを相手にしたため、シリモンコンのテクニシャンとしての潜在力が引き出された試合でもある。

矢のごとく 速き左を 連発す タイの麒麟児 王座防衛

敗れても 善戦健闘 元王者
(1−14−03)


空港での出迎えについて

空港で人を出迎える苦労について考える。
顔見知りの人間を出迎えるだけだから簡単だ、と思われがちだ。しかし、ときにミス(滅多にないが)が起こるのだから、出迎えのコツを考えることに意味はあるだろう。

7日の早朝、チャンピオンのシリモンコン一行を出迎えたが、6時51分に到着したのに、ゲートを出てきたのは8時25分。最近、パッセンジャー・リスト(搭乗者名簿)を見せない航空会社が増えてきた。搭乗者のプライバシー保護のためらしい。ましてこんな早朝の場合、名簿を見せてくれるカウンターの人間がまだ出勤していない。

もうそのTG(タイ航空)便の客はすべて出てきた様子なので、「シリモンコンは乗りそこなったのか?」と危惧した。それから、12名がゾロゾロ出てきた。1個荷物が紛失していたため中で手続きをしていたという。時間がかかったはずだ。

ゲートにAとBあり、当然、Aゲートから出てくるはずがBゲートから出てくる場合もあり得る。なぜかというと、その乗客がたまたま荷物をピックアップしたあと、Bゲートに近いトイレに行き、その近くの出口(Bゲート)から出てくる場合もあり得るからだ。

教訓:
頭を柔軟にし、キョロキョロしながら待つこと。

まさかと思う出方をするときがあり得る。出てきた乗客に「○○便の到着者ですか? あと乗客はどのくらい残っていますか?」と訊く手もある。この場合、日本人より外国人に対する方が聞きやすい。

9日には、レフェリーのフランク・カプチーノを出迎えに行った。社員諸君は「速報メール会員」の登録や、シリモンコンの練習の世話でみんな忙しそうだったから、私が行くことにした。天気のいい日の昼過ぎ、湾岸道路を100キロを超すスピードで走るとなかなか気持ちがいい。

初春や 疾走楽しき 湾岸道路
カプチーノ 飲みながら待つ カプチーノ

カプチーノ・レフェリーは小柄な男だ。似たような背格好の男が出てきたので、小走りに向こうの出口に向かった。周囲の人も走る。どうしたのだろう? 大男が出てきて、それを待ち受けていた新聞記者の人たちだ。プロレスラーのハルク・ホーガンだった。カプチーノと同じ便で到着したらしい。私がカプチーノかと思ったのは別人で、また元の場所に戻ったら、彼が出てきた。

タクシー・ドライバーのような帽子をかぶり、いつもと全く違う格好で出てきた。
「フランク、変装をして出てくるなよ。私が来ていたから見つけられたが、助手が来ていたら見間違えたところだった」と言うと、彼は大笑い。

教訓:
顔を知らない助手に出迎えに行ってもらうとき、年齢、背格好、頭髪の有無、肥り具合、その他特徴を私からもっと詳しく説明する必要がある。

いつも「WBCとかWBAとかプラカードを出せばいい。レフェリー、ジャッジたちには出迎えると言ってあるから、相手側がプラカードを探す」と私は指示するが、私が行かない場合、もっと詳しくオフィシャルの特徴を伝達すべきだ、と思う。

出迎えの 責任果たし ひと安心 これで世界戦 メンバー揃う

正岡子規は駄句、駄歌を「月並み」という言葉で切り捨てるのが得意だったが、こんなのばかり作っていると子規先生に怒られそうだ。
(1−11−03)

「速報メール会員」には明日の世界戦の私の予想をメールした。ちょっと長かったかもしれないが。


日本SFe級タイトルマッチ

1-11
後楽園

日本SFe級タイトルマッチ

王者 本望信人(角海老宝石) 20-4-1,5 KO前 130P=H

判定10R 3-0(100-91,100-94,99-91)

1位 藤田和典(倉敷守安) 15-2,8 KO前 130P=F

試合内容およびセミファイナルの結果は速報メールで送りました。


速報メール会員の登録は今週中に終了します

速報メール会員の継続および新規・登録は今週中に終了します。
1月11日の今年最初のカード、本望vs藤田の日本タイトルマッチの速報を
出します。

継続希望者も必ず下記のメールアドレスに継続オーダーメールを送ってください。
1200円だけ送り「継続」とメモを入れた人も下記のメールアドレスに
継続オーダーのメールを送ってください。

1ヶ月 200円/6ヶ月間 1,200円
携帯・パソコン両方で受信希望の場合/6ヶ月間 1,800円

1.お名前
2.携帯会員/パソコン会員の別
3.受信メールアドレス
4.お支払方法(切手代用可)

上記情報をご明記の上、必ず order@ring-japan.com 宛までお申し込み下さい。
(この速報メールのアドレスへご返信頂いても手続きできません)
ご入金確認され次第、登録致します。

今年はこの「速報メール」に力を入れます。
半年間180日中に150以上、速報メールを出すことを目指します。
なお、「速報メール」の内容をそのまま「ひとりごと」に掲載することをやめ、
「ひとりごと」は身辺雑記や文字通り、ひとりごとを書きます。
(1−9−03)


「珍談奇談」は日本の本屋で1店だけ取り扱いあり

「ボクシング珍談奇談」は
通販だけが原則ですが、
日本中で1店だけ書店に置きます。

それは、
御茶ノ水の神保町
「書泉ブックマート」です。
Tel.03−3294−0011

本は一度手にとってから買うという
流儀の人で東京都在住者は
どうぞご覧ください。

神保町 見てビックリの その厚さ
立ち読みしても 抱腹絶倒

読むほどに 珍談奇談 面白き
(1−8−03)


シリモンコン来日

4時半起床。車で成田空港着、7時半。シリモンコン一行は記者、カメラマン6名を含み12名。ホテルにチェックインさせ、昼食を摂ったあと、千葉県八街市のシャイアン長谷川ジムへ崔龍洙の公開練習を見に行く。八街(やちまた、と読む)は成田に近い佐倉(長嶋茂雄の生まれ故郷)の隣街だ。都内のホテルから1時間45分かかった。

崔は好調そうだ。世界タイトルを獲るラスト・チャンスに賭ける意気込みが感じられる。技術的には、以前よりアップライト・スタイルになり、相手から見ると打ちやすくなっている。ただし、接近戦になったとき、執拗な連打は健在だ。

帰宅後、一休みして事務所へ出たが、成田まで車で2往復したので一寸疲れた。

八街(やちまた)の 落花生畑 通り過ぎ やっと間に合う 公開練習
(注)八街は落花生の産地として有名。

シリモンコン 自信たっぷり 再来日
(1−7−03)


墓参り

1月2日、須磨寺へ父の墓参りに行ったとき詠んだ歌

たらちねの 母を誘(いざな)い 線香の 煙る須磨寺 墓参かな

1月4日、家内の父の墓参りに行ったとき詠んだ句

線香を 濡らす小雨や 増上寺

今年は、五十句、五十歌を詠みたい。そのくらいの余裕がなければいけない。


今年の正月

11月初め、「珍談奇談」の最後の追い込みになったとき、一寸調子がおかしくなった。眼の疲れ、眼精疲労だ、と思う。毎日、朝9時から夜1時まで、パソコンを睨(にら)み続けたせいだろう。原稿書きの途中、区切りのいいところで会社に出て、マッチメーキングの契約書や問題点のチェックをしてから直ぐ戻り、また机に向かった。約2ヵ月半、無理をしてきたので眼がギブアップしだした。あと半月で出来上がるのに。

パソコンを見続けるのは眼によくないことが分かった。しかし、もう中断できない。12月15日発売(結果的には、26日完成になったが)と宣言しているのだから。薬局で「眼冷ましシート」とかいうのを買ってきて、1節書き終わるごとにそれで5分ほど眼を冷やし、それでパソコンに向かい直した。11月22日だったか、原稿をすべて印刷所に送り終わったとき、非常に眼が疲れているのを感じた。11月に入ってからは連日、睡眠時間を減らしてピッチを上げたので体の疲れもあった。

本というのは原稿を渡せば終わりでなく、そのあと延々と続く校正作業がある。計848頁の本を読み直すと、凡ミスがいくつかある。それも愛嬌なのだが、校正段階で私の視力が落ちていたのがそれを見落とした主因だろう。FAXにより校正原稿をチェックした頁があり、FAXの不鮮明さが誤植の副因かもしれない。体はばてていたのだが、11月26日の本田、ポンサクレック戦、12月15日の辰吉、セーン戦、20日の徳山、ペニャロサ戦とマッチメーキングが続き、一種の熱気にあおられすべて消化した。

12月26日に本が出来上がってからがまたひと苦労。すべての本にサインを入れる。今回は、申込者の名前を入れるのを省略させてもらった。名前も入れていれば正月まで食い込んだだろう。マッチメークの仕事もしながらのサインだから、サインが発送の流れ作業に追いつかない。28日の土曜をリング・ジャパンの仕事納めにする予定が、結局、社員諸君には30日の月曜まで出てもらった(だから、6日、月曜まで正月休みとし7日から仕事始めとした)。私は29日の日曜も出て、事務所で独りサインをした。30日、終電で帰る社員諸君を車で送ってから帰宅し、翌日は早起きして神戸に帰郷。無理に無理を重ねた12月だった。

31日、新幹線の中で、居眠りでもしていればいいのに、講談社バイリンバルブックスの「英語で読む日本史 Japanese History 11 Experts Reflect on the Past」を一応読了した。元旦に宝塚のデビッドの家に行く。カナダから学校の教師をしている彼の母親が来ているという。この本を読んだのは、それだけのためではないが、もし日本の歴史のことを問われて口ごもるのは日本男児として恥ずかしい。

「珍談奇談」を仕上げるため、犠牲を払った。3ヵ月間、水泳をやめた。その時間が惜しかった。最後の方は、後楽園ホールに行くのも犠牲にして本に集中した。本の参考文献(英文ばかり)を読み続ける毎日だったので、読書の時間も犠牲にした。読んでいたのは「正岡子規句集」。これなら、どこでストップしてもいい。一行読んでは、その俳句の情景を思い浮かべる。徳山、ペニャロサ戦のとき、大阪のホテルに泊まり、スライマン会長やレフェリー、ジャッジの世話をしていたら、子規でなく芭蕉が読みたくなった。御堂筋のホテルにいたので、心斎橋筋の書店で「奥の細道」の文庫本を買った。帰京するのぞみの中で芭蕉を読み直したが、車内の騒音にもかかわらず、いままでで一番よく味わえたように思う。

高浜虚子の「回想 子規・漱石」(これも岩波文庫)を読んだが、この俳人の作にしては面白くなかった。むしろ、柴田宵曲の「評伝 正岡子規」の方が文章といい、内容といい、ずっと出来がいい。ちなみにいま読んでいるのがこれも子規の「病牀六尺」だ。つまり、正岡子規がらみの本ばかり読んでいる。

まる3ヵ月、ボクシングの「RING」のバックナンバーばかり読んでいたから、後遺症で日本語の本が読みたくなったのだろう。子規は面白い。自分は病床にいるのに、世話をする妹に無理難題を言い、一方、実に明晰で批評眼のある文章を書き続ける。36歳で亡くなったが、「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候(これありそうろう)」と論争をしかける。このあたりが興味深く、漱石や秋山真之も子規に対しては敬意を払う。司馬遼太郎の「坂の上の雲」にも真之と子規の交友が書かれている。

31日の夜、神戸の中山手通りの焼肉屋で早めの夕食を摂った。家内の家族と一緒で、そのあと西村の珈琲店に入った。神戸では有名な店だ。出る前、10人ばかりのヤクザが入ってきた。その中にまだ明らかに10代の若者が2人いた。私の中学時代の同級生にもヤクザになったのがいた。ふと「あいついまごろはいい親分にでもなっているのだろうか」と想った。岡部進と2度日本タイトル戦をした、神戸ジムのMもヤクザになったとか聞いた。私は別にヤクザと交流があるわけではないが、われわれ団塊の世代は戦後のドサクサの時代に育ったから、妙な進路をたどる若者もいた。その同級生だったOなどもヤクザになるべくしてなったような男だった。性格は暗く、家は貧乏、いつも独りで、勉強も運動も嫌い、額に汗して皆と共同作業をするのが厭で、気障(きざ)で、体は細いのに怒ると喧嘩は強い。珈琲店で見た若者はヤクザの見習いなのだろう。Oもあんな風に兄貴分のあとをついて回り一人前のヤクザになったのだろうか、とふと想った。

東門筋を歩いて三宮駅に出る途中、「ジョー小泉さん、応援してるで」と通りですれ違った人に声をかけられた。私が神戸の街を歩いているのが全く不思議ではないような気さくな声のかけ方だったので、礼をしてから苦笑した。31日は9時半には寝た。眼が疲れていて、紅白歌合戦など母と一緒に見ていられない。2002年は何か本ばかり書いていたような気がする。

一時的に視力が落ちているのなら、この正月休みの間にそれを回復させよう、と考えた。
1. パソコンを見ない。Eメールを見ない。ひとりごとも書かない。
2. テレビを出来るだけ見ない。
3. 山や海など遠距離の緑色の対象を見る。
4. 本は区切りごとに眼を休めながら読む。

元旦の朝、雑煮が出来るまで須磨の浜を散歩し、水平線をぼんやり眺めた。神戸自体が海と山に挟まれた細長い街なのだが、この須磨のあたりは浜から山の麓(ふもと)まで2キロ以内だ。朝の散歩から戻るときも山の緑を見続けた。

11時半に家を出て、尼崎で宝塚線に乗り換え、中山寺まで。デビットは家内の従妹の亭主であり、カナダ人の化学者である。よくこんな駅から遠い不便な所に家を買ったものだ。初めてデビッドの御母堂に会ったが、穏やかで賢そうな人だった。家内にたくさん土産をくれたので、冗談を言った。
We, Japanese people, have an excessive tradition of exchanging gifts、but you might be influenced by our tradition.
(われわれ日本人は過剰に贈り物を交換する伝統があるが、あなたもその伝統に影響されたのではありませんか)。

昼食になったが、女性陣諸君、どうしてあんなものを出すのかね。タコ、イカ、巻き寿司と。カナダ人の母親は食べられるものがなく、ケーキとお茶だけ。デビッドの食習慣はもう日本人のようなものだから、彼は巻き寿司を頬張っていたが、彼女は息子がそれをバクバク食べるのをただ見ていた。
We like octopus or squid, not like Canadians.
そう言うと、彼女は笑った。まあ、食習慣の違いだろう。

デビッドとミキ(日本人だが私は漢字を知らない)の娘がリナちゃんで、カナディアン・スクールに通っている。まだ3歳の娘だがバイリンガルで、日本の祖母に対するときは日本語に、カナダの祖母に対するときは英語に、巧みに切り替える。もうIBMのThink Padを使っていてシャットダウンまで自分でする。両親が博士号を取得中の勉強家だから、この子も頭がいいのだろう。
David, if Lina should grow up to be tremendously intelligent, I feel sorry that there might be no proper occupation for her to show her talent here in Japan.
「あまり頭がいいと、日本ではそんな女性に適当な仕事が多くはないな」と私は言った。彼はまだまだ先のことなので、私の言葉に取り合わなかった。何か加藤周一になって喋っているような気分になった。

デビッドの車で駅まで送ってもらったが、JRの中山寺でなく阪急の山本だ。そこから宝塚、西宮北口で乗り換え、高速神戸まで1時間半かかった。又従兄弟の一郎君に「珍談奇談」を届けるため下車。私は神戸市兵庫区西出町の生まれだ。一郎君の家もそこにある。子供の頃、遊んだ道筋を通り、彼の家に行った。途中まで出迎えに来てくれていて都合がよかった。いつもなら本や絵の展覧会や加藤周一(われわれは若い頃、この頭脳明晰な文化批評家についてよく話した)を話題にするのだが、いまは互いの商売の景気について話すことが多かった。メトロ神戸で店を出している親友がいて、次にそちらに寄るので車で送ってもらった。この親友にも「珍談奇談」を渡してから須磨の実家に戻る。

夜、軽い本を読もうと思い、寺田寅彦の「柿の種」を読んだ。
中にこんな一節があった。
 子供の時分に漢籍などを読むとき、よく意味のわからない箇所にしるしをつけておくために「不審紙」というものを貼り付けて、あとで先生に聞いたり字引きで調べたりするときの栞(しおり)とした。

この不審紙の作り方をいやに詳しく説明している。短冊形に切った朱唐紙を用いるそうだ。そういえば、親父の旧い本には赤い紙が挟んであったような気がする。私はボクシングの本ばかりでなく、もっと人間として死ぬまでに読んでおくべき本に時間を割かねばならないように思う。

2日の午後、妹夫婦と須磨の家で合流し談笑してから、須磨駅まで車で送ってもらった。須磨から新大阪までの快速電車の中で、精神薄弱の乗客が素っ頓狂な叫び声をあげ続けるので、折角、六甲の山を眺めながら大阪まで戻る道中が興ざめであった。

新大阪で新幹線に乗る前、「西行と兼好 乱世を生きる知恵」という本を買い、それを読んだ。気鋭の国文学者数名による合作の本だが、遁世の経緯を経緯が興味深かった。西行、兼好、宗祇、利休、芭蕉、種田山頭火と、俗世を捨てた隠者が日本の芸術のある系統を形づくったことがわかった。8時、帰宅。

3日は、一度、事務所に出て、3月2日の名古屋の杉田竜平選手の相手を決定し、畑中会長に連絡。机の前に座ると、また仕事をし始める雰囲気になり、自制した。休むときは休もう。

4日は、終日、本を読んでは眼を休める繰り返し。永井荷風の「ふらんす物語」を読んだが、明治末期にこんなものを書けば発禁処分になるのは当然かもしれない。当時の荷風はボードレールの影響をかなり受けていたようだ。後味が悪いので、「落語百選」(麻生芳伸)を読んで寝た。

5日は、朝起きると直ぐ、水泳に行った。家内を誘ったが、風邪を引くといって断られた。パソコンとテレビを見ない数日間のため、視力が回復してきたのが自分でも分かる。夜、ワールドの「東洋から世界へ」を書き終わる。いつものように原稿を一晩寝かせ、翌朝、読み直してからEメールで前田編集長宛てに送る。夜、本を読んでいて下に降りると、NHKで小沢征爾のボストン・フィルを去るときのドキュメンタリーをしていたので終わりまで見てしまった。

6日、家内に誘われ、「ギャング・オブ・ニューヨーク」を見に行った。全編、殺人劇ばかりの非常に後味の悪い映画だった。朝、スポーツ報知の「ジョー小泉のウィークリーBOXING」の原稿を書き、Eメールで近藤記者に送った。毎週、水曜日に掲載。映画の後、本屋で正岡子規の「仰臥漫録」と「墨汁一滴」を買った。ともに薄い本だ。これで子規を読むのを終わる積りだ。

これで私の正月は終わり。明日7日は朝5時前に起きて、7時半には成田空港に着かねばならない。シリモンコン一行が到着する。都内のホテルに入れてから、また千葉の八街のシャイアン長谷川ジムまで崔龍洙の公開練習に行く。今年は本を書くのを控え、マッチメーキングにもっと集中しようと思う。


マチャード IBF S・フライ級王座を失う

1−4 ワシントンDC

WBO SL級タイトル戦

現王者 デマーカス・コーリー 28-1-1,16KO後

判定 (117−111)X2、116−112

元王者 ランドール・ベイリー 26-3,26KO後



IBF SF級タイトル戦

ルイス・ペレス 21-1,14KO後

判定2−1 115−112,114−113,110−117

フェリクス・マチャード 22-4-1,11KO後

「速報メール会員」には上記の試合内容とその他の試合結果(OPBFミニマム級タイトル戦)を
メールしました。


新年・海外試合スケジュール

2003年1月3日、米ノーマン
ローレンス・クレイ・ベイ対チャールズ・シュフォード
ランス・ウィテカー対アンドレ・パーレット

1月4日、米ワシントンDC
デマーカス・コーリー対ランドール・ベイリー、WBO・SL
ロセンド・アルバレス対ベビス・メンドサ、WBA・LF

1月9日、米ハリスバーグ
カバリー・サリーム対マヌ・ヌトー

1月10日、米マシャンタケット
ダバリル・ウィリアムソン対ロバート・ウィギンス
ブライアン・ビロリア対アレハンドロ・モレノ

1月10日、米ガルベストン
レジー・ジョンソン対デメトリアス・ジェンキンス

1月11日、米プロビデンス
レイ・オリベイラ対ゴールデン・ジョンソン

1月16日、米ロス
オスカー・ラリオス対マルコス・リコナ、無冠戦
ホセ・ナバロ対カルロス・マドリガル

1月16日、豪メルボルン
ジュリアン・ホランド対ウィリー・ワイズ

1月17日、米メンフィス
トーマス・ハーンズ対トーマス・リード

1月17日、米リムーア
トニー・タッブス対ギルバート・マルチネス

1月17日、加アルバータ
アーサー・クック対デビッド・ディファイアボン、加H

1月18日、独エッセン
アルツール・グレゴリアン対マット・ジーガン、WBO・L

1月18日、メキシコ、ロスモチス
フェルナンド・モンティエル対アドニス・リバス、WBO・SF

1月19日、豪メルボルン
コスタヤ・チュー対ジェシー・J・レイハ、世界SL
ムハマド・アブドゥラエフ対フィリップ・ホリディ
ルスラン・チャガエフ対デビッド・ベッダー
ゲーリー・ST・クレア対ミック・オマリー

1月25日、米テメクラ
バーノン・フォレスト対リカルド・マヨルガ、WBC、WBA・W

1月25日、米アトランティックシティ
シャーンバ・ミッチェル対カルロス・ビルチェス

2月1日、米ラスベガス
マヌエル・メディナ対ファン・M・マルケス、IBF・FE
デビッド・サントス対カルロス・エルナンデス、IBF・SFE
ミゲール・コット対セサール・バサン

2月7日、米フレスノ
タイガー・アリ対アルツール・ゲボルギャン

2月8日、米ラスベガス
シェーン・モズリー対ラウル・マルケス
アントニオ・マルガリート対アンドリュー・ルイス、WBO・W

2月21日、米、場所未定
ウェイン・ブレイスウェイト対ラビア・スプリングス、WBC・C

2月22日、米、メンフィス
マイク・タイソン対クリフォード・エティエンヌ

3月1日、米ラスベガス
ジョン・ルイス対ロイ・ジョーンズ、WBA・H
ジャン・マルク・モルメク対相手未定、WBA・C
サンティアゴ・サマニエゴ対アレックス・ガルシア、WBA・SW

3月7日、加モントリオール
レナード・ドリン対ミゲル・カジィスト、WBA・L

3月8日、米、場所未定
デビッド・トゥア対ハシム・ラクマン

3月8日、仏マルセイユ
ブルーノ・ジラール対メディ・サヌーヌ、WBA・LH

3月15日、米、場所未定
アセリノ・フレイタス対ガブリエル・ルエラス、WBA・WBO・SFE

3月22日、場所未定
スコット・ハリソン対ウェイン・マッカラー、WBOフェザー