ジョー小泉のひとりごと 2002年12月前半


2002年12月15日 大阪から東京へ戻る

今日は辰吉、セーン戦の速報をもっと早く入れたかったが、
新幹線の中でドコモのP−INがうまく作動せず。
9時半に東京に着き、プラットフォームの待合室に入り、
もう一度トライしたが駄目。仕方がないので、帰宅して
ADSLで送るとすぐ終了。
観戦のため出張に出たときの速報の送り方に課題あり
(特にリング・ジャパンでマッチメークした場合)。

帰郷後、印刷所に電話し、必要なら夜11時頃、出かけても
いいが、と言うと、今日は来る必要なし、との返事。
日曜だがかなり深夜まで私の本の写真製版を作って
くれているようだ。

大阪府立体育会館でかなり多くの人に声をかけられ、
「次の本を申し込んでいます」と言われた。
もう少し待ってください。
徳山の世界戦が終わったら、サインを入れてお送りします。


2002年12月14日 何とバードがホリフィールドに勝ち空位のIBF王座獲得

IBFヘビー級決定戦

12-14 アトランティックシティ
クリス・バード=B
判定 (117−111)x2、116−112
イベンダー・ホリフィールド=H

序盤、BがサウスポーのJ、12を好打しいいスタートをきる。Hは初回、肩を痛めたらしい(試合後の談話)。
Hは強引に打ち合いに持ち込もうとするが、Bの柔軟な防御を崩せない。
6回から9回、Bはポイントを連取。
10回からHが再び強引に打撃戦に持ち込み、Bがそれに応じる展開で大いに沸いた。
しかし、12回、Hは打ち疲れで失速し、中盤の失点挽回には至らなかった。Bのディフェンスが冴えた一戦。

フレス・オケンド=O
11回終了TKO
ジョージ・アリアス=A

Oは4月D・トゥアに敗れて以来の再起戦。Oは3回にDを奪うが、アリアスの猛反撃がありあす。だが、11回、Oの猛攻でAの右眉が切れ出血はなはだしくドクターの助言でTKO。

12−13 タイ・ナコーンサワン
PABAライト級タイトル戦
C A7位 プラウェート・シンワンチャ(タイ)=P
TKO2回
ジュン・ジュン・ヘラルディーノ(比)=J

Pは私がマッチメークし坂本博之が2回にKOした選手。その後、PABA王者になり数度防衛している。Jは福島学がO・ラリオスに挑戦する前、スパーリング・パートナーに私が手配した選手で、ランディ・スイコのパートナー。
Pが2度Dをとり、2回にレフェリーストップ。


2002年12月15日 辰吉、セーンを6回TKOで破り復活

辰吉、セーン戦

辰吉丈一郎
TKO6回
セーン・ソー・プルンチット

辰吉の見事な勝利。フットワークとジャブを駆使し、ときにガードも上げ、打たせずに打つボクシングに徹した。5回、左フックでセーンをぐらつかせ、ロープに詰め連打の嵐。セーンも反撃したのでストップできなかったが、6回、また強烈な左フックでロープまで飛ばし、乱打するところでストップ。会場は大フィーバーで、辰吉復活とももにボクシング人気復活を印象づけた。

日本Fe級タイトル戦
1位 大之伸くま
KO9回
CH 洲鎌栄一

21戦無敗のくまが終始、手数で洲鎌を上回り、9回、遂に連打でロープに追い込み、Dを奪うと、洲鎌は立ち上がれなかった。完全なフルカウントのKO。
KOまでの採点は、78−76,78−75,77−75と3者とも洲鎌有利と出ていたが、私のスコアは78−75でくまのリードだった。洲鎌は体重苦のためコンディションが良くなかったようだ。ゴメスに勝った洲鎌が伏兵くまに勝ち、日本のFe級は戦国時代に突入。福間スポーツジムはフェザー級の東洋、日本タイトルを独占。

ホルヘ・リナレス
KO1回45秒
鄭ヤンスー

長身でスタイリッシュなベネズエラの超ホープが12から左U(腹)でクリーンKO。大器の片鱗を披露した。

今日は場内満員でいい興行だった。


RJクラブ会員諸氏へ

今月中に1月1日分、会報を発送する方針ですので、今月のご投稿は明日15日で一応締め切ります。
1月号用のご投稿は明日まで。
どうぞ宜しく。

継続手続きも出来れば20日までにお願いします。
20日までの継続者に対しては年内発送とします。
21日以降の継続者については来年6日以降発送となります。


2002年12月14日 WBOフライ級タイトル戦

12-14 イタリア、カグリアリ
オマール・ナルバエス(アルゼンチン) 13-0 後
判定 3−0 (116−113)x2、116−112
アンドレア・サルリツ(イタリア) 17-2-1 後

ナルバエスは2000年五輪出場組で最初に世界王者になった選手。
後半、サルリツが反撃したが、ナルバエスの前半からのポイント
蓄積が上回った。

午前中、ペニャロサに声をかけに行き、そのあと府立体育会館へ行く。
ベネズエラ史上、最高のアマチュア選手といわれるホセ・リナレスの
プロデビュー戦(韓国人選手との6回戦)が楽しみだ。


2002年12月14日 辰吉、セーン計量

本日、大阪府立体育会館で計量が行われた。
辰吉 119
セーン 118 1/2
(契約ウェイトはバンタム級1ポンド・オーバーの119)

日本フェザー級タイトルマッチ
州鎌 125 3/4
くま 126

明日の速報は新幹線に乗ってからお送りしたいと思います。
万が一、接続不良の場合は、帰京後。
ともかく明日中に結果をご報告します。

ジェリー・ペニャロサ一行、夜9時来日。


2002年12月13日 やっと「珍談奇談」本当の校了

昨日、9時に事務所を出たあと、印刷所の社長来所あり。
社員から電話が来て、帰宅の途中、引き返した。
訂正個所の確認だった。

今日、4時すぎ、印刷所で社長が最終チェックした個所の最終確認。
さすがプロだ。あれだけチェックしたあとなのに、誤植を見つけ出した。感服。

840頁の大冊が1週間で出来上がるのか、21日に予定通り、納品してくれるのか、大いに不安。
「間に合わせます」と社長は約束してくれた。
その代わり、ムサシノ印刷は日曜も(私の本のために)出勤してくれるそうだ。
「あなたのためにいい本を作りましょう」という熱意が熱い。
その熱意に感謝。

明朝から本の各頁の写真フィルムを撮るそうだ。
私は明日、午後1時の辰吉、セーンの計量の前に大阪の府立体育会館に着く。


2002年12月13日 名護、土居戦 (速報メール 第1報、第2報)

<第1報>
12−13
後楽園ホール
名護明彦 121.25 20-3,13KO 前
負傷引分け 3回
土居伸久 121.25 12-5-3,6KO 前

1、2回と、土居は軽いコンビネーション、名護は単発の右Hや左Hを振る展開で、ともに有効打はなし。
3回中盤、両者バッティングで名護がD。これが効いたようで、名護の足元はフラフラ。
福地レフェリーは名護に休憩時間を与えたが回復せず、消化不良の負傷引分け。

この場合の裁定はレフェリーに権限が与えられているが、アメリカなどでは厳しいレフェリーなら最大5分間の休憩を与え、もし続行できなければ、名護のTKO負けになったところだ。故意ではないローブローで一方が倒れた場合がこれに準ずる。すなわち、もし最大5分間の休憩後、ローブローを受けた方が続行しなければTKO負けになるのと同様だろう。

名護再起の課題は精神力の強化だから、このくらいのハンディを押して戦い、勝利をおさめることを期待したが、名護自身が続行不能をレフェリーに訴えたので、今日の場合は仕方のない決着だっただろう。

M3 榎本信行 108 13-3-2、2KO 前=E
8回判定 80−77,79−75,80−74
山崎光洋 108 6-1,1KO 前=Y

サウスポーのEが終始、手数の多さで攻勢をとり続け、3−0の圧勝。
Eはスタミナもありこれだけ手数が出るのだから、いますこしパワーをつけたい。

<第2報>
名護、土居戦の英文リポートを書く途中、レフェリーが名護に与えた休憩時間の長さを訊くためコミッションの某氏に電話した。

休憩は5分。ただし、真相は私が書いた速報と違う。そこで訂正。

バッティングの際、土居の頭と名護の鼻の下がぶつかった。だから、名護は鼻血を出した。

さらに、バッティングの際、両者のヒザが衝突し、そのためか名護の足はしびれていた。そのしびれは試合の10分後、名護が医務室に来てもまだ残っていた。

名護自身は当初、続行を希望していたらしいが、ドクターによると脳震盪による下肢のしびれの可能性もあったので、あの場面ではストップが妥当ということだった。以上


2002年12月12日 WBCユースSB級タイトルマッチ

12-12

名古屋白鳥


WBCユースSB級タイトルマッチ

王者 杉田真数 12-0,10 KO 前

10R 3−0 (96−94)x2,98−97

挑戦者 エデュアルド・ガルシア 11-0,3KO前

両者とも12から左を返し合い、白熱の技術戦だった。



WBA・SB5 石井広三 29-3,21 KO 前

KO2R

タイSB2 ウィラチャイ・チュワタナ 7-8,4 KO 前

2回、左H一発のクリーンKO。



OPBF・W王者 渡辺博 16-2-2,12 KO 前

KO1R

ラムソンクラーム・スワンハーンジャビー 5-5,1 KO 前

右H(ボディ)によるKO。



LF9 小山晃司 10-2-1,6 KO 前

10R (96−95)x2,95−94

タイF1 メンポン・キャットドボーウボン 11-8,8 KO 前

3回、メンポンの左ジャブで小山D。6回、小山の強烈な右HでメンポンD。8回、小山がローブローで休憩したあと、メンポン猛ラッシュ。最後の2回、両者は必死に打ち合う。



SF7 中村好伸 15-1-2,11前

10R 99−96,99−93,98−94

タイF7 ダオチャイ・KTジム 5-6,1 KO 前

これも好試合。ダオチャイが頑張り、中村が追い込まれる場面もあったが、中村の有効打が優った。



井村峰和

TKO5回

チャロエムチャット・キャットプラサンチャイ

5回、井村がDを奪ったが、タイ人は猛反撃。井村がまた主導権を取り返し、コーナーに詰め連打するところでレフェレーストップ。



メインを除きRJのマッチメーキング。

試合前、タイ人のトレーナー、スピチャイに強く言った。

「昨日、東京でタイ人ボクサーがふがいない負け方をした。無様に試合を捨てるような選手がいたら、2度と私のマッチメーキングでは使わない。客から金を取っているんだぞ。一生懸命やれ。それで負けるのは仕方がない」

井村、中村、小山の相手はよく頑張った。



5時半開始で10回戦6試合。第1試合の途中、ロープが切れて20分の休憩。石井の試合の前、石井の入場曲を作っているロックグループの演奏(4曲)があり、すべて終わったのが10時半ごろ。


WOWOW「総集編」放送は23日(月曜)

「総集編」の放映日を25日と誤記したが、これは今年最後の音入れの日で、正しい放映日は23日(月曜)。

これは今年エキサイトマッチで放送した試合の中でセレクトした好ファイト集をハイライトでお送りするものだ。
今年も好試合が多く、これは見ものである。

23日(月曜)夜11時から。
エキサイト 総集編を 楽しみに(五七五)


2002年12月11日 「珍談奇談」の見本ができあがった

WOWOWの16日の音入れの際、「ボクシング珍談奇談」の見本を披露する。これは、25日放送の「総集編」である。
事務所に持って帰ると、社員諸君がその厚さに驚いた。
来月のボクマガの広告には、斜めから厚みが見える角度で撮った写真を使う。だから、自宅には持ち帰らず。

ホールからの帰り、印刷所から電話があり、細部の校正について質問あり。まだ仕事をしているのか。まるでリング・ジャパン並みだ。

12月は各地のマッチメーキングで誰かが出張している。
いま織田君が明日の名古屋の丸木ジムの試合で出張中。
今日、朝長君が明朝7時のセーン・ソープルンチットの出迎えのため、大阪へ発った。
13日から、村木君がペニャロサ一行の世話のため出張。
20日は大阪で世界戦の他に、花月でアポロジムの興行もあり、こちらも1人出張。

リング・ジャパン・クラブの会員継続は20日まで受けは年内に発送し、それ以降は来年出し、と指示。15日の辰吉、20日の徳山の試合で、リング・ジャパンは大忙し。

私は14日の辰吉の計量から大阪に入り、翌日試合後、帰京。
16日の総集編音入れを終え、翌17日から徳山、ペニャロサ戦のレフェリー、ジャッジの世話のため出張。

1月会報は24日の朝、印刷に出せば、27日に出来上がる。
27、28日で20日までの会員申込者に発送しきれれば、28日を御用納めにする。

できるだけ社員諸君に正月休みを与えたいが、6日あたりからシリモンコンが来日する。だから、今年は28日で終わりたいが、どうなるか。

今月だけ、会報の投稿は15日あたりで締めます。
会員諸氏、ご投稿はお早めに。


2002年12月10日 「珍談奇談」は840頁、厚さ5.26センチ

朝9時半にムサシノ印刷へ行く予定だったが、「まだお見せするところまで行っていない」と言われ自宅で待機していた。
それが1時になり、2時半になり、3時になった。

午前中、製本屋さんが来て、技術的な話をしたという。
トータル頁は、840頁。
厚さは、5.26センチ。

見本の本文がまったく白紙の本を見て驚いた。
まるで小六法のように厚い。すごい厚さだ。
献辞、目次、まえがき、本文、あとがき、参考文献、奥付を入れると、840頁だという。

これだけ厚いと、会社の書籍送付用の封筒に入るかな。
重さもあり、約1キロだから、書籍小包でおくるか、佐川急便で送るか、送料の比較をしなければいけない。

「読後感想アンケート」のはがきを入れることにした。
印刷するすべての部数に受取人払いのはがきを入れるため、助手に武蔵野郵便局まで問い合わせに行ってもらった。
サンプルのはがきを持参する必要があり、次の項目のアンケートはがきを作った。

1.どの話が一番おもしろかったですか?
2.どのジョークが一番おもしろかったですか?
3.その他、感想があれば

ホームページ掲載のため御協力ください、というアンケートである。

結局、今日から印刷には入らなかった。
ムサシノ印刷の若社長が念には念を入れ、もう一度、誤植の有無をチェックするという。

表紙のカバーを出してもらい、最終的な色校正をした。
赤の感嘆符と疑問符をもっと目立たせるため、赤をより鮮やかな色にしてもらうよう依頼した。
いろんな色見本を比べてみて、やっと決定した。
「ひとりごと」添付の色より、もっと濃い赤にすることにした。

もう1日あるのなら、もう1度読み返そう。
さっき読み終わったが、また修正個所が見つかった。
ミスではないが、私の好みの文言に直した。

WOWOWの16日の音入れ(辰吉、セーン戦の翌日)の際、「ボクシング珍談奇談」の宣伝をさせてもらうことになっている。
そのため、見本を作るよう依頼した。
25日の「総集編」のとき、その見本をお見せできるはずだ。

みんな見たら笑うかもしれない。
中身も珍談奇談だが、この厚さでは一種の奇書となるかもしれない。
14日の辰吉、セーンの計量に行き、試合後、一旦帰京し、16日のWOWOW音入れをし、翌日から徳山、ペニャロサのマッチメーキングのため、また大阪に行く。
それまでに本のすべてのチェックを終えておきたい。


2002年12月9日 東京はひどい雪だった

朝10時入りでWOWOWの辰巳スタジオに行く。
今日音入れして、今夜11時からバレラ対タピアなどを放送。
もう1本は来週月曜分で、モラレス対アヤラ戦。これも好試合だった。

雪のため、いつものように車で行くのは中止。途中、万が一、車がストップしたらスタッフの皆さんに迷惑をかけるからだ。

JRで市ヶ谷まで、そこらは地下鉄の有楽町線で辰巳まで。
車中、頭の中で「ボクシング珍談奇談」の文章を思い浮かべる。
約700頁の本の原稿が頭の中に入っている。
書いたのは自分だし、初校、再校を含め、もう5度は読み返している。

記憶の中の文章をたどっていて、是正した方がいい文言に気づく。
スタジオに入り、本番前に印刷所に電話し、部分的に修正する。

明日から印刷だ。直すのなら、明日の朝までだ。
もう校了した文章をまだ校正し続ける自分がおかしくもある。
誤植があった場合、それは印刷所の責任ではない。それを見落とした私の責任だ。出すからには、誤字、誤植のない本にしたい。
ゲラをもう一度見直すより、頭の中でスキャンする方が早い。
「マイノリティ・リポート」みたいだ。
頑張りすぎ?
これは性分(しょうぶん)だから。


2002年12月9日 OPBF LF級タイトル戦

12-9

後楽園

OPBF・LF級タイトルマッチ

王者 林田龍生 13-2-1,7 KO 前

判定2−1 118−113、116−114(ともに林田)、117−112(マルファ、これはひどい自国びいき)

OPBF9 ファビオ・マルファ 13-5-3, 7 KO 前

林田が手数で攻勢を取りポイントをあげるが、マルファは単発の強打で応戦し、7回、11、12回を取った。しかし、マルファの勝ちはなかろう。比国ジャッジに説教して帰った。


LF2 山口真吾 12-3-1,6 KO 前

TKO6回

今宮佑介 前9-4,3KO

山口は結構、苦戦していたが、6回、右HでDを奪い、ラッシュしたところでストップ。


池田政光 11-6,5 KO 前

TKO6回

タイB王者 ヨドシン・チュワタナ 14-3-1, 9 KO前


S同士。1回、池田はヨドシンをぐらつかせたが、右UでDを食う。ミスマッチだったかな、と悔やんだが、池田は4回にもう反撃し、タイ王者をグロッギーにし試合ストップ。池田は22歳と若く、非常にパンチがある。防御がよくなれば、日本ランク入りは確実。小気味のいいファイトだった。


12-9

大阪府立第2

WBC・SW5 大東旭 36-7-3,24 KO 前

TKO9R

韓M5 朴成桂 2-2-1, 2 KO 前



大東は好調だったが、朴が粘りに粘り、最後は9回にロープに詰め一方的にラッシュするところでストップ。

上記4試合のうち、国際試合3試合は東京、大阪ともRJのマッチメーキング。


2002年12月8日 日曜なのにまた印刷所に行った

朝起きたら、「あとがき」の最後にいいジョークを思いついた。
ムサシノ印刷の社長は、「明日は日曜だが、ひとり会社に出て、最終校正をチェックします」と言っていた。

午後3時、明日のOPBF LF級タイトル戦の計量に出かけ、その帰途、印刷所まで出た。

この社長さんはまだ若い2代目なのだが、頑強そうな体格をしている(昔、ラグビーでもしていたのかな)。
印刷所に寄ると、クラシックの現代音楽をかなり大きな音でかけそれをバックグランド・ミュージックにしながら、私の本の校正稿をチェックしていた。

わざわざジョークひとつのため、また日曜なのに私が来たのを笑っていた。ものごと、熱意だから。
「プリントアウトしなくてもいいです。そのパソコンの画面でチェックしますから」といって、2人で画面を見ながら、字面を検討する。

明日、私はWOWOWの音入れ(2本分)のあと後楽園ホールに直行だから、印刷所に行けない。
だから、火曜の朝、本の体裁になった最終稿を私がチェックしGOサインを出すと印刷開始となる。

本を読み切ったとき、読了の爽快感がある。
それと似て、本を書き切ったときも、ある種の爽快感がある。
体の中に、もう次の本を書き始めたい情熱があるのだが、「一寸は休めよ」という心の中のトレーナーの声が響く。
今回の本の資料で読み直したいものもある。だから、年内はその資料整理をじっくりする積りだ。


2002年12月7日 夜12時半まで印刷所で校正

5時ごろムサシノ印刷により、先にEメールで送っていた「まえがき」と「あとがき」のチェックをした。適当に切り上げて、後楽園ホールの鈴木選手の防衛戦に行きたかったが、印刷所の人たちの熱意にあおられ、途中で出られず、結局12時半まで。

何かフーテンの寅さんが裏の印刷所をのぞいたようで、彼らがパソコンで私の本の校正(再校)をしてはプリントアウトしてくれるのに、「じゃ、あばよ。オイラ、後楽園ホールへ行ってくらぁ」と言えなかった。

7時ごろ、「小泉さん、われわれは親子丼の出前を取りますが、一緒にいかがですか」と社長さんに声をかけられた。

なぜ断ったか?
(1)今日の昼食が、親子丼だった。
(2)私は空腹の方が頭がシャープに働き、校正の誤植を見つけられる。
(3)家に帰れば、カレーライスが用意してある。

さすが10時頃になると、空腹になった。昼、夜続けてでも親子丼を食べておけばよかった。
私がプリントアウトされたゲラに手を入れると、その直しが出てくるのがまた早い。
カウンターが早く飛んでくるので、動けない、帰れない。
こうなれば腹を決めて、最後まで付き合うことにした。

社長さんと話したが、B5サイズで厚さは4センチから4.2センチになるそうだ。
まるで弁当箱だ。
1章が50頁くらいで、11章だから550頁程度と計画したが、書いているうちにリズムに乗って筆が走り、約700頁になってしまった。
写真が400枚(正確な枚数を印刷所に数えてもらおう)。
表が100枚くらい。
ジョークが150くらい(非常に出来のいいのもある)。
10日から印刷に入り、製本に回し、20日納品という。


2002年12月7日 WBOヘビー級タイトル戦

12-7

ウラディミール・クリチコ=K

TKO10回終了

ジャミール・マクライン=M

Mはレイ・マーサーよりは善戦したが、Kは2回を除き着々とポイントを重ねた。10回終了間際、それまで有効だったサイドから直撃する左Hが好打し、Mがぐらつく。Kは12をヒットし、遂にDを奪いカウント9で試合再開と同時にゴング。Mのコーナーはダメージを考慮し、この10回終了で棄権。

10回までの採点は、(99−90)x2、98−91でKの圧倒的優勢。Kはこれで5度目の防衛。

メイウェザーは今回は僅差とはいえ3者とも文句のない判定で勝った。カスティージョ自身が敗北を認めたほど。王者はフットワーク、左J、ボディワークを駆使し、相手に的を絞らせなかった。

西岡は「いろいろ試したいことがあった」と語ったが、まずは再起戦に快勝し、3月ごろウィラポンへの挑戦がほぼ確定のようだ。


2002年12月7日 メイウェザー、カスティージョ戦

12−7 ラスベガス

WBCライト級タイトルマッチ

フロイド・メイウェザー

3−0 (115−113)x2(1人は森田)、116−113

ホセ・ルイス・カスティージョ



西岡利晃

KO1回1分32秒

エバンヘリオ・ペレス

西岡の左H一発の見事なワンパンチKO勝ち。



いまクリチコ、マクライン戦の最中だが、明日のOPBF LF級タイトル戦の計量に出かけるので、上記2試合の詳報とヘビー級の結果は夕方、また速報します。

私の「ボクシング珍談奇談」は20日刊行。約700頁。


2002年12月7日 日本ミドル級タイトルマッチ(速報メール)

後楽園
日本M級タイトルマッチ

王者 鈴木悟 18-3,12 KO前=S

判定10R (2-0, 96-94,97-93,96-96)

M6 浅野成 10-7-1,4 KO 前=A

Sがペースをつかみかけての5R、Aの右U、右Sが決まり波乱の予感。

7R、Sの左HがAのアゴをタイミングよく捕えダウンを奪うが、Aも果敢に反撃すればSも応戦という打撃戦に。

8R終盤、Sが右SでAをぐらつかせラッシュ。
9Rは逆にAが右SでSをふらつかせ連打。

10R中盤、Sの右Sがモロに炸裂するがAはそのピンチをしのぎ、ラスト10秒は激しい打合いとなりゴング。


2002年12月6日 「珍談奇談」本文、校正ほぼ済み

いま夜中の1時、昨日がんばったから、12章(最終章)まで校正終わり。
「まえがき」は済み。
「あとがき」は明日。
校了予定は10日(火曜)予定。
10日に校了が終わっていれば、印刷と製本で10日後の20日(金曜)出来上がる。
ちょうど徳山、ペニャロサ戦の日だ。
翌21日、帰京して発送できるか?
(出来上がりが5日間遅れ、申し訳ない)。
WBC総会で時間を食われた。


2002年12月5日 夜3時半までかかり9章まで校正済み

もう1章(10章)まで校正しようか、と思ったが、それをすると終わるのが朝5時ごろになる。
生活のリズムがくずれる。
明日もWBC総会に顔を出さねばならないので、ちょっとは寝ておいた方がいいだろう。
「そうかい」
だから少し寝て、朝また東京ドームホテルへ。


2002年12月5日 日本フライ級タイトルマッチ

後楽園ホール

王者 トラッシュ中沼 22-2,9 KO 前 111 3/4P=T

TKO10R 1:24

F7 小島武幸 10-1-2,5 KO 前 111 1/2P=K

Tは余裕を持ってブロック中心の防御で思い切った攻撃をしかける。2R終了間際、Tは右Uをアゴに直撃させKは動きを止める。しかしKは右U右Sなどを返し試合を盛り上げる。6R2分ごろ、Tの右Uが決まりKはぐらつき、さらに終了間際、左Uからの連打でKはついにD。その後一方的な展開になるもKはフラフラになりながらパンチを出しねばりを見せる。10R中盤にさしかかるころ、Tは右Sをもろに命中させ、Kがひるむところに連打をしかけるとレフェリーが割って入った。



WBC・SB13 福島学 22-5-1,16 KO 前 122P=F

KO6R 3:09

比SB2 ロベルト・オヤン 10-8-3,5 KO 前 122P=O

この日のFはリラックスしたボクシングを展開。3R後半にスイッチしたところに左Uをもらったが、それ以外は完全にFのペース。6R、まず右ボディストレートでOをひるませと終盤に右UをボディにめりこませOは前のめりにダウン。そのまま10カウント。


RJ会報は4日、5日ですべて発送しました。

会報は3日(月)発送の予定でしたが、少し遅れ昨日が半数、残りが今日、すべて発送しました。
1日、2日が土曜、日曜のため若干遅れ済みませんでした。
RJ主人


2002年12月4日 「珍談奇談」進捗状況

WBC総会出席のため本の校正の時間が削られ、なかなか進まない。
今日はランキングの発表があり、いろんな議論があった。
私が担当するフェザー級の池仁珍、ミニマム級ロデル・マヨールについてその世界ランキング(1位、および8位)を弁護する発言をした。

午後の部はパスして自宅で校正に集中。
ゲラの方は明日、12章まですべて出るが、今日は5章まで終えるのがやっと。
この調子で書き込みを続けると、700頁を超えるな。
海外に住む日本人のファンから注文が来ていたが、現時点では全体が何頁になり、重量がどのくらいになるか、予測がつかない。だから、海外の送料を答えられない。

夜7時半の約束で、1月18日、比国セブでランディ・スイコと1位ジョニー・キムのOPBF指名戦をプロモートしれくれるワキー・サルード・プロモーター夫妻とジュン・サリエル・プロモーターをディナーに招待。

帰宅が11時前で、筑紫哲也の番組に加藤周一が出ていたので、つい30分間見てしまった。
それから校正の続き。いま夜中の1時半。もう1時間頑張り、明日は9時半からのWBC総会3日目に出席する。明日は各級指名試合の確認だ。
もし眠くなったら、濡れタオルで鉢巻して頑張ろう。まるで受験生みたいだ。


2002年 12月4日(水) 海外情報

ロイ・ジョーンズの来年3/1のヘビー級挑戦が正式決定。
今度は本人の口から発表があったので間違いない。
相手は既報通りWBA王者ジョン・ルイスで場所はラスベガスのシーザースパレス。発表記者会見は5日(木)予定。

5日にヨーサナンに挑戦するL・ピアソン一行は試合10日前からタイ入りしているが、タイ側が用意した1日13jの安ホテルを拒否し、自分達が見つけた宿に寝泊りするなど、あくまでも、わが道を進む。

尚、当日の前座にはヨックタイ対ジョエル・フニオという日本に馴染の選手同士の対戦も。

WBC・W級王者バーノン・フォレストとWBA王者リカルド・マヨルガの統一戦、及び、IBF・C級指名試合、王者ワシリー・ジロフ対1位ジェームス・トニーが来年1/25に同時開催予定


2002年12月3日 加山、相原ともにKO勝ち

02-12-3

後楽園

SW5 加山利治 18-3-1,10 KO前 154

KO7回

カノンサクレック・KTジム 5-3, 1 KO前


加山が2回に1度、4回に1度、5回に2度、7回に2度Dを奪い、計6度のDを与えてKO勝ち。加山の調子はよく、相手のカノンサクレックも勇敢だった。Dした選手のダメージがそれほどでもないことを見て、7回まで試合を続けさせたレフェリーは立派だ。最近、安全管理という名目でちょっとでも早く試合をストップするのが常識になり、早く試合を止めるのがいいレフェリーのような誤解がある。それは間違っている。いいレフェリーとは適切なストップのタイミングで試合を止める主審のことだ。何でもかんでもDが1回か2回くらいあると、そこで試合をストップする風潮のため、最近のレフェリーは選手のダメージの大小を識別せずDの数で試合を止める傾向が見られる。だから、ノックアウトのスリルが少なくなり、K−1や他の格闘技に人気の点で後塵を拝するようになっている。昔のボクシングは一方が再三Dしても反撃、逆転の力が残っていれば、結構試合を続行していた。だから、ミスマッチに思える国際試合でも、相手側が頑張れば、最後まで倒しきるか否かでスリルがあった。今夜のメインのレフェリーはいい仕事をした、と思う。他のレフェリーなら、5回の2度のD(計4度目)で試合を止めていただろう。


W4 相原一隆 13-1,5 KO前

KO2回

タイSL3 ワット・ウォー・ウティナン 4-5, 3 KO前


2回に相原がまず右U(ボディ)でDを奪い、さらに左H(顔面)でクリーン・ノックダウンを与え、カウントアウト勝ちを飾った。ワットはパンチのあるスウィッチヒッターで時に強打を入れたが、相原が打撃戦で打ち勝った。

RJのマッチメーキング。今日はWBC総会初日のディナーがあったが、マッチメーキングを担当しているのでホールの方に来た。2試合で計8度のダウンがあるスリリングな試合が見られた。タイ選手は2人ともよく頑張った。

なぜ今夜のタイ人選手が頑張ったか。それはきちんとタイ人のトレーナーをつけていて、彼がチーフセカンドとして自分の選手を叱咤激励したからだ。日本人がチーフセカンドをし、タイ人選手ひとりで来日させた場合、そのタイ人は早く試合を捨てる。あきらめが早い。だから、試合がおもしろくない。試合の最初、日本人がチエーフセカンドになってタイ人が戦うとき、たいがい早い、ふがいないKO負けが多い。セコンドが勝たせる努力をしていないからだ。やはり選手というのは自分のトレーナー(タイ人)がセコンドにつき、彼がハッパをかけ選手にベストファイトさせるのが妥当な姿だろう。妥当というのは、客から正当な対価をとって試合を見せる、という意味だ。経費節減かもしれないが、タイ人選手をひとりだけで来日させ、日本人セコンドがつき、妥当なアドバイスもせず日本人が勝てばいい、といったお客をだますようなやり方は長い目で見れば決してよくない。もしそのひとりで来日したタイ人選手が日本のリングで事故でもおこしたら、国際問題になる。それだけでなく、そのタイ人の家族から日本側のプロモーターやコミッションが管理不行き届きで訴えられたらどうするのか。


2002年12月1日 国見、初回KO勝ち

12-1 金沢

SB9国見泰央 10-4-4,4KO前=K

KO1回

タイSB4ルッカイ・シスヨーエイ 3-0,1KO前=L


初回、Kの左U(顔)が効き、右Sをフォローするとd。

Lは立ち上がったが、Kのラッシュで防戦一方。最後は右H(腹)で再度dしカウントアウト。

RJマッチメーキング。朝長社員リポート。