ジョー小泉のひとりごと 2002年9月後半


2002年9月29日 熊本からのリポート

9-29 熊本市総合体育館

M1 豊住徳太郎 12-2-3,5KO 前=J(日本の略)159.75
3回TKO
テープジャカリン・タンロンカン(タイ)=T(タイの略)159.75

Jは1回から上下連打でTをロープにくぎ付け。
Tは単発のパンチで応戦するが、効果が薄い。
3回、Jのボディ連打でTはロープに腰をかける形でダウン。
再開後、Jはまたボディ連打でTをロープ際でダウンさせ、
ノーカウントでストップ。

工藤密 9-0,2KO 前 129.75=K 
3回KO
東出智敬 8-2,4KO 前 129.25=H

サウスポーKは1回左ストレートでダウンを奪う。
2回もKが一方的。
3回、Kが左ストレートでダウンを奪い、10カウント。
痛烈なKOだった。以上、久保田社員による電話リポート。

次回リポートより、ダウン=D、ストレート=S、フック=H、
アッパー=Uと略します。
たとえば、Kは左Hから右SでDを奪ったという風に。
そのうち、リポートを読んでも記号ばかりで訳がわからなくなったりして
(これは冗談)。


2002年9月27日 カルバハル、ロメロの挑戦を退ける

9-27 米 アルバカーキー

WBO B級タイトル戦

王者 クルス・カルバハル=C

4回終了TKO

ダニー・ロメロ=R



Cは大阪で金井彰広に判定負けした日本でもお馴染みの選手。

3回はCが有効打を当て、Rの右目を腫れあがらせた。

4回、今度はRが攻勢をとり、いいパンチを当てた。

だが、4回終了後、Rのチーフセカンド、元LH級王者

エディ・ムスタファ・ムハメドが目の腫れのためRを5回目に

出さず、TKO負け。



9-27 豪 クイーンズランド サウスポート

元IBFライト級王者 フィリップ・ホリデイ

8回終了TKO

元OPBF SW級王者 アーニー・アルタンゴ

ベテラン同士の対決。アルタンゴは96年に私がマッチメークしたことがあり、東京でオマル奥田に2−0の判定勝ちをした技巧派。アルタンゴは97
年からブランクで、5年ぶりの再起戦。ホリディ(豪州でジェフ・フェネクにTKO勝ちでIBF王座防衛したことあり)は現在、豪州に移住し、
カムバックを目指しているが、この試合では一方的に攻め、8回終了でアルタンゴをギブアップさせた。



なぜ昨今、何回終了TKOのパターンが多いのか?

まず、現代の選手が世界的に強打よりコンビネーションブローに依存しがちだ。

また現代のトレーナーたちは防御トレーニングを強調する。

互いに防御が上手くなり、軽いパンチの連打では倒しきれないケースが増える。

そのうえ、健康管理のため、一方がワンサイドに劣勢になった場合、試合をストップ

する傾向が強くなった。

だから、ダウンなしの、しかもコーナーでのTKOが増えつつある。

「ボクシングにノックダウンが少なくなり、面白くなくなった」と思わず、

現代の、あるいは将来のボクシングはこういう健康管理を考慮した格闘技に

移行しつつあるという認識を持ち、むしろ選手のテクニックを鑑賞するよう

意識改革してほしい。

速報メールが説教くさくなり失礼。


2002年9月27日 「ボクシング珍談・奇談」の表紙サンプルが出来あがった

リング・ジャパンのホームページの「ボクシング珍談・奇談」の広告を下までスキャンすると、表紙候補2つが見られます。

表紙候補が出来ると、気が引き締まった。残りを書き続けよう。


2002年9月25日 日高、宮本にTKO勝ち

9-25
後楽園
SW3 日高和彦 13-2,10KO 前
4回TKO
宮本陽一 7-3-1,5KO 前
サウスポーのホープ日高(金沢ジムの山本大五郎に逆転KO勝ち)は時に宮本の右フックを受けたが、強打を当て続け、宮本の右目出血(パンチによる傷)のためTKO勝ち。日高はもう少し体の柔軟性が欲しい。


F8 小島武幸 10-1-1,5KO 前
8回引分け
伊藤克憲
77−76小島、78−76伊藤、77−77。
伊藤が初回から飛ばしたが、中盤に小島も連打で対抗し、三者三様。

友成竜 9-3-3,3KO 前
8回 2対1(77−76,78−77,76−77)
浅見眞弘 7-2、6KO 前
サウスポーの浅見に対し、連打で対抗した友成が僅差の判定勝ち。接戦。

WOWOWの音入れのあと、ホールに着いた。
しばらくアメリカに行っていたので、久しぶりに日本の試合を見る。
軽いクラスの試合が多かったので、パンチの軽さを感じた。
そして、日本の選手たちは勇敢だが、総じて防御が甘い。
頑張ろう、日本人選手たち。


2002年9月22日 ニューヨークの一日

20日、ピーターの米国第1戦は判定負けだった。
翌日、ニューヨークの高級住宅街に住むビル・ケイトン共同マネジャー宅を訪ね、ピーターの今後の試合計画を2時間半ばかり話し合った。

23日(月)が日本では祭日なので、22日のニューヨーク発の便は満杯。23日に帰国し、翌日から出社する人たちで予約は一杯。ただし、それは東京行きの話で、松尾会長と東マネジャーはデトロイト経由名古屋行きの便が取れていた。

もうニューヨークでの仕事は終わった。22日、2人と一緒に朝食を摂ったあと、8時半にタクシーを見送った。9時になり、航空会社に電話し22日のキャンセル待ち状況を聞いた。「fully booked」と空席が一切ないといわれ、私だけもう1日ニューヨークに留まることになった。

ニューヨークはアベニューとストリートが碁盤の目のようになり、どの通りを歩いても趣がある。私は88年のタイソン、タッブス戦の前後、さらにその後のタイソンの日本のTVコマーシャルの交渉などで当時は頻繁にニューヨークを訪れた。もう1日ここにいて、何をする。もう観光の必要がないほど、この街はよく知っている。

日本に帰っていたら当然なすべきことをしよう、と考えた。それは執筆中の「ボクシング珍談・奇談」を書き進めることだ。9時から11時半ごろまで書いていたところで、部屋の掃除のためノックの音がした。

「30分くらい散歩してくるから、それまでに済ませておいて欲しい」と1ドルのチップを中南米系の男に渡した。ホテルは五番街近くにあるので、フィフス・アベニューを散歩し、バーンズ・アンド・ノーブル書店に立ち寄った。執筆のため、「BOXING REGISTER」があれば1冊購入しよう、と思った。この本を日本では2冊持っているのだが、日本に戻ってそれを見るより、もう1冊旅行用に持ってもいいか、と考えた。

本屋をのぞいてよかった。第3版が新しく出ていた。他のボクシング関係の本はすべて既に持っているものだった。それだけを買って、ホテルに戻り、綺麗に掃除された部屋でまた書き出した。

アメリカの朝食はヘビーなので、外出したとき時間が早かったので昼食を摂らなかった。資料を見ながら書いていると、3時ごろ急に空腹感を覚えた。しかし、執筆はリズムにのっている。5時ごろまでパソコンに向かって書いたが、目が疲れた。テレビでCNNニュースをかけ、画面を見ず、ベッドに横たわり、ニュースを聞いた。

ふと、「どうしてこんな面白くない生き方を自分に課するのだろう」と思った。折角、ニューヨークで空白の1日に恵まれたのだから、ブロードウェイまで歩き、新しい映画を見てもいい。美味い昼食をたべに出てもいい。しかし、そんな欲望を強制的に抑えこみ、黙々と書く。そして疲れる。牢獄に監禁されたような孤独感がある。

元「リング」誌副編集長でボクシング史家のハーバート・ゴールドマンに電話した。「夕食を一緒にしないか」と。彼は絶版になった最後の「リング年鑑」88年度版の著者だ。

私はいまの本を書く過程で、その「リング年鑑」をよく参照する。いくつか誤りに気づき、それを婉曲に指摘した。「ジョージ・ディクソンはバンタム、フェザー両階級のチャンピオンだったのに、フェザー級だけしか書いていない。1880年、ディクソンがロンドンでナンク・ウォレスに勝ち空位のタイトルを獲ったのは、バンタム級タイトルではないか。ピーター・アーノルドの本にその状況が書かれている」と。

ゴールドマンは並みのボクシング・ライターではない。ニューヨーク大学かコロンビア大学かの歴史学部を出て、ブロードウェイの俳優を経て、ボクシング記者になった博識の男だ。もう20年の付き合いになる。歳は私より一回り下だろう。彼の反論が凄い。

紙に当時のバンタム、フェザー級チャンピオンをそらで書き、タイトル変遷の歴史を語りだした。われわれは琥珀色のワインを飲みながら話していたので、議論というより談笑だった。ゴールドマンは、「当時、バンタム級とフェザー級の区分が明瞭ではなかった」と主張し、だから彼の年鑑の記述は間違いではない、と言った。

われわれは気が合う。その話す内容は、テリー・マクガバーンからヤング・コーベット、ジョー・ガーンズからバトリング・ネルソンと19世紀と20世紀の境界あたりのボクシング状況が主題だった。

彼はいまボクシングの歴史の本を書いていて、100ドル(1万2000円)を超えるほど高価で厚い本になるそうだ。私の本は、英語でいえば「BOXING’S FUNNY STORIES」だ、と言うと、そのテーマでのいろんな話をしてくれた。

2人で2時間以上話していた。ホテルの階下のレストランで会食をしたので、玄関で別れたあと、すぐ部屋に戻り、続きを書き出した。12時すぎまで資料を読み、そして書き、それから休んだ。今日1日で10時間は机に向かっていた勘定になる。2時ごろまで眠れず、もう一度起きて本の続きを書こうか、とも思ったが、体は疲れていないにしろ目がばてている。そのままベッドに横たわり、明け方少し眠り、早朝、ホテルを出る11時までまた書いた。結局、部屋の掃除の間、30分ほど散歩に出、ゴールドマンとディナーを共にした以外、ずっと部屋に閉じこもっていた。本を書くということは、我慢だ。辛抱しだ。精神力の鍛錬だ。それは、意志の問題だ。頑張ろう。目標を決めたら、自分を甘やかしてはいけない。


2002年9月22日 サバリース、ウィザスプーンにTKO勝ち

ニューヨークから速報

9−22 カリフォルニア・フライアス
ヘビー級10回戦
ルー・サバリース=S
TKO5回
ティム・ウィザスプーン=W

初回はWのオーバーハンドライトでLがピンチ。
2回から、Lが攻勢をとり、5回に右でWからダウンを奪う。
ここで追い上げ、レフェリーストップ。
この生き残り戦に勝ったSはWBOインター王座を獲得し、
クリチコへの挑戦をアピール。


2002年9月20日 ニュージャージーからの速報

ニュージャージーからの速報

9-20 ニュージャージー州ジャージーシティ・アーモリー・アリーナ

元IBF クルーザー級王者イマム・メイフィールド 214 21-4-1,17KO(前)
判定6R 58-56,59-55,60-54
OPBFヘビー級王者ピターー・オケロ 255 11-2,10KO(前)

体重差41ポンドを意識したメイフィールドは初回からピーターのプレッシャーに押され、以後、徹底した右回りと逃げ腰の左ジャブで対抗した。ピーターはジャブをヘッドスリップしながら追い、オーバーハンドライトを決めようと力むがことごとく外された。5、6回はピーターのあせりもあり、追っていっては左を食う展開で判定負け。日本なら、終始攻め続けたピーターの悪くても引分けだったろうが、メイフィールドの地元での僅差の振り分け採点では分が悪かった。TVの生中継に入れるため、当初予定の8回戦が6回戦に短縮されたのも結果的に痛かった。ピーターはパワーアップしており、ヘッドスリップも上手くなっているので、もっと打ち合ってくる相手なら好結果を残せるだろう。次戦に期待したい。


レイ・オリベイラ 148 48-8-2,18KO(前)
TKO9回
サウル・デュラン 142 32-6-2、27KO(前)

この試合の契約ウェイトは141で米国は1ポンド・ギブアンドテイクとしても、オリベイラの148ポンドは重すぎるため計量後、一旦はキャンセル。しかし、プロモーターが「両陣営、合意した」と報告し、ニュージャージー・コミッションから特別承認をもらったそうだ。

毎回、一方が打ちまくれば、他方が猛反撃する激闘。畑山と引分けたデュランは体格差にもかかわらず凄い打ち合いをしたが、9回、横を向いたところに左フックを食い、足が止まったところに連打を食いダウン。ここれレフェリーストップ。両者我慢比べのハードファイトだった。

ダニエル・アター 131 20-1-1,8KO(前)
判定10R (99-91)x2,99-92
トンチョ・トンチェフ 132 26-1,15KO(前)

トンチェフはサウスポーが苦手なのか、杓子定規に左ジャブからしか攻められず、アターはその出鼻をシャープな右ジャブ、右フックで叩き、毎回、僅差ながらポイントを重ねた。アターはさすがフレイタスに対し判定まで生き延びただけあって、防御カンは非常にシャープだ。パンチはいまひとつだが。トンチェフのボクシングはあまりに型にはまりすぎており、アターにパターンを読まれていた。


2002年9月19日 ニューヨークからの速報

ニューヨークからの速報

ニューヨーク着。
明日20日、ピーター・オケロが出場するのはESPN2で放映されるカードで、メインはダニエル・アター(アセリノ・フレイタスに判定負け)対トンチョ・トンチェフのスーパーフェザー級世界ランカー対決の前座試合。

セミファイナル予定のレイ・オリベイラの試合がつぶれたようなので、ピーター対イマム・メイフィールドの8回戦がセミに入り、全米ネットに乗る可能性が濃厚という。詳細は明日確認。

10月5日のWBCライト級タイトル戦、メイウェザー対カスティージョ戦はカスティージョの足首負傷でいま善後策を講じているそうだが、カスティージョは多分、出場不能らしい。代わりにホエル・カサマヨルが代理出場を申し出ているらしいが、メイウェザー陣営がカサマヨルへの変更を受諾するかどうか。

IBFライトフライ級王者、リカルド・ロペスが年内に引退する意向を示している。無敗のままグローブを壁に吊るせるか?

新WBCライトフライ級王者、ホルヘ・アルセの9月27日予定の(正王座の)初防衛戦は、カン・ピルクー(韓国、田中からOPBF王座を奪い、林田に王座失った)の米国ビザ取得が間に合わずキャンセル。アルセの次戦は、11月16日、モラレス対アヤラのWBCフェザー級王座決定戦のアンダーカードになりそうだ。挑戦者は、このカンか、元王者サマンか、未定。

デラホーヤ、バルガス戦のペイパービューのビジネス報告が出て、90万世帯が購入し、4560万ドル(約50億円)の収入があったそうだ。非ヘビー級のペイパービューとしては凄い数字だ。

松尾会長、東マネジャーと夕食を終えて戻り、ピーターに電話し激励したところ。
これから何をするか。
一寸予定より遅れている次の本「ボクシング珍談・奇談」を書く。
遅れているなら、追いつけばいい。
つねに強気でいこう。


2002年9月19日 内藤、再起戦を飾る

9-19
後楽園ホール

F3 内藤大助 19-1-2, 14KO(前) 113 1/2P=N

7RTKO 1:53

ダオチャイ・ソーソーゴージム(タイ) 6-5-,2KO(前) 115P=D

1R、Nは右ロングフックでDをぐらつかせ、さらに右ストレートを決めダウンを奪う。立ち上がってきたDをさらに追い込むがDも反撃をしフィニッシュにはいたらず。
2R以降、Nは積極的に攻めるがDも時折右ストレートを決め反撃する。
6R終盤、Nは右ストレートを決めスタンディングダウンを奪う。
7R、再度右ストレートでぐらつかし、ねばるDを攻め込み連打をまとめたところでレフェリーストップ。



リッキー・ツカモト 14-3,3KO(前)=T

判定10R(100-90×2,99-91)

レックペット・ポー・ムアンスリン(タイ) 5-3-1,2KO=R

6R、Tは右ボディでダウンを奪う。さらにボディを連打しダウンを追加。しかし、終盤Rはワンツーからの連打で反撃する。
7R以降、Tはボディ攻撃を中心に攻め込むが倒しきれなかった。


2002年9月19日 ニューヨークへ

ニューヨーク行きの飛行機に乗る前、一筆啓上。

WBAバンタム級王者ジョニー・ブレダールと4冠制覇を狙うレオ・ガメスのタイト
ル戦がやっと決定。11月8日、デンマーク、コペンハーゲン。この試合の勝者には日
本人選手の挑戦があり得るので要注目。

9-18 豪シドニー
OPBF LH級タイトル戦
WBC13位 ポール・ブリッグス
KO4回
IBF10位 グレン・ケリー

豪州ファン期待のライバル戦は王者ブリッグスが強烈な右を炸裂しケリー(ロイ・
ジョーンズに挑戦経験あり)にフルカウントを聞かせた。ブリッグスは豪州では評価
が高い。
「ああ、ひょうか」

9-18 インドネシア
比国ウェルター級王者 レイ・ペローニャ
KO2回
アスウィン・トジャブイ

インドネシアのホープが日本でもお馴染みの強打者ペローニャに意外なKO負け。ペ
ローニャは不法滞在、不法就労で日本で無期限サスペンドを受けている。

10月5日、メイウェザーに挑戦予定のカスティージョが練習中負傷し、このカードが
代理挑戦者を立て予定通り興行するのか、延期か、トップ・ランク社に照会中。池仁
珍(ファン・マヌエル・マルケスとWBC指名挑戦者決定戦に出場予定)の渡米日程を
変更せねばならないかもしれないからだ。

日本の21日午後、ニューヨークからピーター・オケロの試合結果を速報します。
帰国は24日。では飛行機に乗ります。





2002年9月17日 ガンボア、飯田戦決定

11月17日、元WBAミニマム級チャンピオン、ジョマ・ガンボアは静岡で飯田大介(三津山)と対戦することが決定。

セミファイナルは、村越裕昭(三津山)対比国バンタム級4位ハイメ・アセルダの予定。

ガンボアと同門のOPBF SFe級王者ランディ・スイコも来日させるので、もし手が治っていたら、エキジビションに出場予定。

9月20日
ピーター・オケロ(緑)は元IBFクルーザー級王者イマム・メイフィールドとニュージャージー州ジャージーシティで対戦。これはESPN2で放映される興行だが、ピーターの試合が入るか否かは未定。私は19日から、松尾会長、東マネジャーと再渡米。

24日に帰国して、次は10月5日の池仁珍対ファン・マヌエル・マルケスのため2日から再々渡米。


2002年9月17日 ランディ・スイコは右手負傷のため帰国

ランディ・スイコはラスベガスからロスに移動し、そこでトレーニングし10月4日のラスベガスの試合に出る予定だったが、右手の腫れの診断を受けたところ2週間の治療を要するとのことで、2戦目をキャンセルし帰国することになった。仕方がない。13日の試合で相手の頭を打ち、手が腫れていた。

今回の米国での試合はいい経験になった。
13日のカードは次の通りだった。

第1試合 4回戦 5時半開始
第2試合 8回戦
第3試合 10回戦(メインイベント)
ホセ・ロペス vs. アルベルト・オンティベロス
第4試合 8回戦(ランディ対ファン・ガルシア)
第5試合 6回戦
第6試合 6回戦

6時から、すなわち第2試合からTelefuturaのSolo Boxeoという番組が始まる。6時前、第2試合が1回か2回のKOなら、メインの前にランディの8回戦を繰り上げる、と言われた。そこでウォーミングアップをし、グローブを着けた(ただし、グローブをはめるだけでテープで留めず)。その8回戦が4回を過ぎたとき、「やはりメインのあと」と言われ、グローブを外した。

メインが始まるとき、早いKOに備えて、またウォーミングアップをして待った。メインが3回か4回で終わり、さあ控え室から出ようとすると、「TVタイムが6時から8時までで8回戦はもういれられないから、次の6回戦を前にする」というTVの指示を聞いた。仕方がない。また待機。

結局、6回戦のあと、5試合目に出ることになった。何度もウォーミングアップをしては休みでかわいそうだったが、これも試練だ。いい経験だ。いつも比国ではメインイベントだから、こんなに約2時間半、ウォーミングアップを繰り返すのは経験していない。しかし、相手のガルシアも同じ目にあっている。米国へ筋金を入れにきたのだから、こんな控え室のドタバタもきっと将来プラスになるだろう。

10月4日、もう1試合できなくなったのは残念だが、これもいい経験だろう。中途半端な状態で試合に出るより、帰国した方がいい。

この前の柳昇呼とのOPBF決定戦のとき相手が頭を持ってくる韓国スタイルのファイターだったからアウトボクシングしたが、ランディは本来ファイターだから、パシャパシャ捨てパンチなど打たず、初回からジャブで突き放しロープに詰め倒しかかる攻めのボクシングをしなければいけない。

強弱をつけるとかいうと格好がいいが、腕が疲れてくると強弱でなく弱弱になり、強いパンチを打てなくなる。体の回転をきかした強いパンチを速いピッチで打つ練習がもっと必要だ。そのためにはもっと体力をつける必要がある。2戦目で馬力のあるメキシカンと打ち合わせてみたかったが、それはネクストタイム。